29.イベント「しゃぼん玉われた」2
カクレガは泡を出すSLを追いかける、と木村は思ったがそうでもなかった。
普通に線路から逸れて、どこか別の場所に進んでいく。
「イベントと関係するのは間違いなさそうだけど、あのSLはいったい何だったんだろう」
SLではないのだろうが、間違いなくSLをモチーフにしているので呼び方は変えない。
煙突から泡も出しており、泡はSoapなので、SLでも大きく間違ってないだろうと木村は考えている。
ただ、SをSteamでなくSoapで考えると、途端に大人の性サービス店っぽくなってしまうのは不思議である。
走るSLという文字列への認識が、至極当然なものから、いかがわしいものへ変化していく。
カクレガの到着点らしき場所が示されたのは翌日であった。
「あるな」
「ありますね」
地図を見ていると、“花火の都――エスティ”とやらが南西部分に現れた。
都が現れただけなら今までにもあるのだが、今回あったのは都の名前だけではない。
以前のイベントでもあった扉のマークが都のど真ん中に存在している。
しかも前回のように×で潰されてもいない。
「“花火の都――エスティ”。聞いたことは?」
「寡聞にしてありません」
ウィルも知らないようだ。
都とは書かれているが、そこまで大きな都市ではないのかもしれない。
花火の都と付いているくらいなので花火が有名なのは間違いなさそうだが、それ以外の都の情報がさっぱりわからない。
扉があることから、この世界の竜とやらがいるのは間違いないだろう。
「しっかりと心の準備をしておくんだぞ」
おっさんの物言いがすでに嫌な気配を醸し出している。
諦める心を持てと言っているのか、立ち向かう心を持てと言っているのか判断に迷うところでもある。
とりあえず何が起きても受け入れる広い心が必要なのは間違いないだろう。
さらに一日が経って、エスティの都に到着した。
たしかに街と呼ぶには大きいが、帝国や神聖国の中央ほどではない。
都を囲う城壁も今まで見たものよりかなり低い。平和なところだとは木村でもわかった。
城壁は低いにしろ、入口には門があった。
より正しくは、門があったであろう痕跡が見受けられる。
門の中央部分に線路が敷かれ、門だったと思われる木の破片が周囲に散らばっていた。
何があったのかすぐにわかった。
例のSLが門に突っ込んで破壊したようだ。
線路を追うようにカクレガは地下をこっそりと進んでいく。
ところで、線路は急に曲がれないし、SLは急に止まれない。
何が言いたいかと言えば、線路は街の真ん中を容赦なく突き進んでいた。
途中の建物や像が容赦なく弾き飛ばされているのが見て取れる。
おそらく都の中心部だろう。
問題のSLは堂々と街中に停車している。
車両の一部が家を貫通していようがおかまいなしだ。
車両の周囲を兵士が取り囲んでいる。
兵士に獣人だけでなく、普通の人間も混ざっているのに気づいた。
「近寄りたいけど無理だよね」
守る兵士の数が多すぎる。
さらに車両を囲む兵士の内側に、調査をしている別の人たちまでいた。
車両の扉は全て閉じており、窓はついているが、中の様子は窓が曇って見ることができない。
調査員の人たちも魔法やら工具で車両をいじるが、まったく歯が立たない様子だ。
「夜になるのを待った方が良いでしょう」
今は近づくことを諦めて、都の中で情報と食料品を集めることに専念した。
情報を聞いて回ったところ、SLは昨日の朝に都へ突撃を食らわして、あそこに止まったようである。
兵士たちが中に入ろうとしているが、どうやっても扉が開かず苦戦しているとのこと。
なぜここで止まったのかもわからない様子だ。
夜になって、手薄なところからカクレガで近づいた。
兵士がわずかにいて邪魔だったのでアコニトの煙で眠ってもらった。
今回は比喩ではなく本当に眠ってもらっているだけである。用法と用量を間違えなければ普通に有用である。
メンバーはいつもの最強メンバーではない。
アコニトとウィルだけだ。
おっさんにより、パーティーメンバーを制限されてしまった。
すでにイベントが始まっているようで、イベントキャラクター分が二枠予約されていると推測できる。
車両の扉に近づくと、扉は勝手に開いた。
「普通に開いた」
木村は思わず声が出た。
開かないと聞いていたのに、一切の手間も労力もなく扉が開いた。
「入って良いのかな」
木村が振り返ると三者三様である。
アコニトが珍しく真面目な表情で車内を睨んでいた。
おっさんは車内には目もくれず、外の一点をジッと見つめている。
最後のウィルは口元を抑え、地面に膝をつき、暗がりでもわかるくらい顔色が悪い。
「どうしたんだ?」
とりあえず木村は、見るからに様子が悪そうなウィルに声をかけた。
大丈夫かと尋ねようと思ったが、大丈夫でないことは明らかなので何が起きているのかを尋ねた?
「本当に何も感じないんですか? この凄まじい神気を――」
木村はまったく何も感じていない。
ウィルがすごい汗をかいているところを見るに、やばいことは間違いない。
「アコニトは何か感じないの?」
「イヤァな匂いが漂ってくるぞぉ。同胞がいるなぁ」
顔をやや歪ませてアコニトが答えた。
魔力の話をしたつもりだったが、匂いの話が返ってきた。
もしかしたら同じ話だったのかもしれないが、木村には判断が付かないところである。
そもそもソシャゲキャラから魔力やら神気の話を聞いた記憶がない。
渓谷でもゾルやアコニトは気にしてなかった。
「おっさんは?」
「状況は良くないぞ」
それは木村でもわかる。
SLに乗る前から嫌な状況になっている。
「とりあえず、ウィルは今回やめた方が良さそうだね」
「すみません。ちょっと……無理です」
ちょっとどころではない。かなり無理そうだ。
立つことすら難しいようで、おっさんにカクレガの中へ連れて行かれた。
「残る一人は誰にしようか」
ウィルが無理になったとすれば、候補に挙げられるのは四名。
補助のセリーダ、防御のボロー、攻撃のゾル、回復のペイラーフだ。
選択肢が多いのはありがたいことだが、選ぶ悩みが生じる。贅沢な悩みである。
アコニトを抜く選択肢も当然あるのだが、車内に同胞がいるようなので彼女は戦闘力だけでなく情報源にもなり外し難い。
そうなると残る一人が本当に迷う。
せめてイベント強制の二枠が、どんな役割のキャラかわかれば助かるのだが。
「少年」
聞き覚えのない声がした。
木村が振り返ると、赤い髪をした女性が立っていた。
ゲームでしか見たことがないような、燃えるような赤のウルフカットだ。
顔は端整であり、可愛い系ではなく格好いい系だ。
ヴィジュアルバンドのセンターでマイクを握ってそうな顔立ちだった。
服装はこの都でよく見かける色鮮やかな織物だが、やはり髪の赤が目立っている。
ただ、こめかみの辺りから角が二本生えているので人間でないのは間違いないだろう。
「少年はこれに入るんだろう」
「え……? あ、はい」
見た目からして木村とは縁がないカッコイイ系の女性である。
さらに初対面とくれば、木村にまともな会話などできようはずもない。
「ボクも行こう。異論はないね」
異論しかない。そもそも誰だ。
木村は助けを求めるようにアコニトを見る。
「いいんじゃないかぁ」
アコニトは心底どうでもよさそうである。列車内の同胞が気になるらしい。
そんなんでいいのかと木村は不安になった。
「待たせたな」
おっさんがカクレガから出てくる。
赤の女を一瞥してすぐに木村に視線を移した。
「さほど待ってはいないさ。気にしなくて良いよ」
なぜか角のお姉さんが応える。
ひとまずおっさんも警戒してないので無視することにした。
訳のわからない一般人と考えておく。
「あと一人なんだけど――」
「キィムラァ。残念だが、今回は一人しか連れて行けなくなったぞ」
「え?」
「たった一人の枠が、女狐でいいのか? 本当にこいつにするか? 後悔しないか?」
「二人じゃないの?」
先ほどまで二人と言っていたのに、急に一人になってしまった。
しかもアコニトを変えようと圧がかかってくる。
どちらの原因も木村はわかる。
片方だけ尋ねた。
「もしかして、この人も戦闘メンバーに入るの?」
「そのようだぞ」
「……というかこの人は誰なの?」
赤い髪の女は、前髪をサッとかき分ける。
動作がいちいち絵になるが、さっさと答えて欲しいと木村は思った。
あまりこういうキザなキャラは好きじゃないのだが、現実だとますます好きになれないとわかった。
「少年。一つ正しておこう。ボクは人ではない」
なんかめんどくさいなぁ、と木村は思う。
本人曰く人ではないらしい。そりゃ角が生えてるから人ではないだろう。
「すみません。獣人さんはどなたでしょうか?」
フフッと角の女は笑う。
「獣人でもない。ボクは竜だよ。名は、“赤”と呼ばれることが多いかな。好きなように呼ぶと良い」
「竜……? 竜ってあの扉の?」
「詳しいね。ひょっとしてキミ――、ボクのファンだね」
話がまともに進まない。
扉に反応するくらいだから本当に竜なのかもしれない。
しかし、前に遭遇した竜とは雰囲気がまったく違う。こちらから危険は感じない。
普通に口で喋ってるし、姿も割と人間に近い。危険に見えないだけで、実は人を食べたりするのだろうか。
「取って食べたりしないさ。だけど、食べられたいなら話は別だよ」
ウインクして、口の端も軽く上げている。
狙ってる感が強すぎて、木村は話すのに疲れてきた。
「……行こうか」
誰も反対しない。
赤と呼ばれた女だけが、はしゃいでおり緊張感がまるでない。
扉は開いているが、扉の位置が異様に高い。
本来なら車体をホームにつけるので、そのぶんだけ地面からは高くなっている。
木村は半分よじ登ってなんとか中に入った。
「みっともないのぉ。そこは飛び上がるべきだろぉ」
アコニトが木村の醜態をなじる。
「儂が手本をみせようかのぉ。ちょっと奥に行けぇ」
言ったアコニトが手本を見せるように軽く飛び上がってきた。どやぁという顔がうざったい。
そして、足を踏み出すと横に広がる尻尾が扉にひっかかり、バランスを崩して地面にぼとりと落ちた。
木村が地面を見下ろすと、みっともなくひっくり返ったアコニトがいた。
ここで何か言うと後で数倍になって返ってくるので、木村は硬く口をつぐんだ。
おっさんと赤の女もアコニトを何も言わず見つめている。
「……なんだぁ? 何か言いたいことがあるなら聞くぞぉ」
アコニトは開き直って、堂々とした態度で木村たちを見返す。
おっさんは何も言わず、足首の動きだけで扉へ飛ぶ。
赤の女は高く飛び、クルッと縦に一回転して入ってくる。
見事ではあるが、そこまでしなくても別にいいだろうと木村は思う。
アコニトもよっこいせと尻尾を軽く押さえながら上がってきた。
「尻尾が立派すぎたんだなぁ。いやはやまったく罪な尾よのぉ」
ちなみに毛を刈られつくした尻尾は、デイリークエストで体ごと消しとんだら復活後に戻っていた。
「これなら何度でも刈れる! 錬金術だ!」と木村が言ったら、アコニトに軽くキレられたので錬金術案は没になった。
全員が中に入ると扉は勝手に閉じる。
わずかな揺れが生じ、外の風景が動き始めた。
列車が走行を再開した。行き先はまったくわからない。
外で慌てている兵士たちの顔が、現れては消えてを繰り返していく。
さて、外からもわかっていたことだが車内は明るかった。
扉こそ狭かったが、通路はすれ違えるほどには広い。
木村は過去に夜行列車に乗ったことがあり、この列車も似ている。
扉付きの部屋がいくつもあって、部屋の数としては過去に乗った列車よりも少ない。
そのぶん一部屋は、過去に乗った列車よりもずっと広いものになっているのだろうと木村は推測した。
普通の列車と違うのは、車内の天井に泡がぷかぷか浮いていることだ。
ただの泡ではないようで、なかなか割れない。列車の揺れに合わせて天井で互いに押しあったり、ときどき合体して大きくなったりする。
列車は動き出した。
なんとなくわかってたからそれは良い。
問題は、この後どこに行けばいいのかがわからないことだ。
「ボクはこっちに行こう」
「儂はこっちだぁ」
竜と邪神はそれぞれ逆方向に歩み、互いに振り返ることなく別車両へ移動した。
竜は先頭車両方向、邪神は最後尾方向に消えた。
おっさんと木村が取り残される。
どうしようかと木村がアコニトの消えた方へ歩くと、体の横の扉がスッと開いた。
びっくりして体をよじらせるが、部屋には誰もいない。
「おっ、ここがキィムラァの部屋のようだな。俺の部屋は――」
おっさんが口にすると、隣の扉がひとりでに開いた。
隣がおっさんの部屋らしい。
勝手に入り込んだのに、部屋が既に用意してあることに驚いた。
いや、でも扉が誘い込むように開いたから、そもそもソシャゲ内のイベントでは招待券が届いていたのかもしれない。
「今日はもう遅いな。行動は明日から始めるべきだぞ」
「そんなものなの?」
ありがたい話なのだが、寝ていたらアコニトと竜の女が何かやらかしそうだ。
なんなら、目が覚めたらもうイベントが終わっていたなんてこともありそうだと木村は思う。
「ゆっくり休むんだぞ」
言葉に甘えて、部屋に入る。
ベッドに、机に、ソファと調度品の数は少ないが品は良い。
前に乗った夜行列車は板に近いベッドだけだったので、最高位ではないだろうがだいぶマシだ。
車両の案内図も机の上に置かれていた。
機関部を除いて十一両編成、先頭の機関部を入れれば十二両である。
木村の部屋は六号車にあたるようだ。
先頭車両方向はほぼ客室であり、八,九号車にダイニングと賓客室が用意されている。
最後尾が展望室で、四,七号車にラウンジがある。
一号車は乗務員専用らしい。
先頭方向に消えた竜は機関部に行き、アコニトはダイニングか賓客車両に行ったのだろう。
問題を起こさなければ良いのだが、と木村は案内図を机に置いた。
「キミたち、ボクをこんなないがしろに扱うなんて良くないよ」
「こちらがお客様の部屋になります。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
「おいおい、ボクの声が聞こえてるのかい? ボクはね。先頭の部屋さえ見せてくれ――」
声が途切れた。
どうやら赤を名乗る竜はさっそく問題を起こしていたらしい。
「儂が会いに行ったのだぞぉ! この儂がだ! どうしてあやつは出てこんのか! ふざけておる! 儂を誰だと思っておるか! 儂は――」
「――手間をかけさせてすまないな。こちらで引き取ろう」
アコニトが叫んでいたと思ったら、鈍く重い音がして静かになり、おっさんの声が聞こえた。
見えなくても何が起きたのかわかるようになったのは成長と言えるだろうか。
乗務員らの短い礼が聞こえ、彼らが立ち去る音がした。
続いて、おそらく出入口付近で何かが投げ捨てられる音が聞こえた。
そして、一人分の足音だけが木村の部屋の前を通り、隣の扉へと消えていく。
列車の走る音を聞きつつ、木村は深い眠りに落ちていった。




