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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅱ章.レベル11~20
28/138

28.イベント「しゃぼん玉われた」1

 テファネル丘陵の都は、丘陵という文字どおり丘の斜面に築かれた都市である。


 以前は独裁がおこなわれていたが、現在は五大民族の各代表による合議制が敷かれている。


 長き戦いの歴史の結果、ここ数年は大きな戦もなく、穏やかな時が流れていた。


 穏やかな時代でも騒乱を求める人間は存在する。


 ティガー族のヴンデもその一人である。


 ティガー族は虎の因子を継いでおり、強靱な肉体、しなやかなバネを持ち、さらにここに術技が加わる。

 ヴンデもティガー族の代表として、戦闘に必要な全てをその身一つに備えていた。

 今が戦乱の時代であればヴンデは英雄であっただろう。


 しかし、時代は平穏そのもの。

 必要なのは金の儲け方と、問題の調整能力である。

 ヴンデの力は、時代により腐りかけていた。戦乱こそ彼の求めるものだ。

 平穏に至りすぐティガー族は五大民族から外され、数多くある民族の一つという立ち位置になった。


 戦になれば、彼は彼自身の力でティガー族を五大民族、いや、さらにその上へと押し上げる力があると思っている。

 いささかうぬぼれてはいるが、彼の個としての戦力は周辺地域において突出しているものであった。

 あくまで併合している周辺地域では、と条件が付く。


 彼の地位と血が、戦いを求めていた。

 北西方向にはまだ併合していない民族が多くある。

 彼らを併合すべく軍を進出させるべきと、今日も議会へ出兵案の提出をしてきたところだ。


 今回の出兵案は、通る確信がヴンデにはあった。

 何度か却下された今までの案と違い、明確な出兵メリットも書かれている。

 さらに五大民族のうち、三民族とはすでに話をつけてある。

 後は上の決定を待つだけだ。


 近く出兵がおこなわれ、ヴンデは英雄となる。

 これは代え難き運命であった。

 彼の中では、だ。


 血に塗れた英雄となるはずのヴンデが、都に足を踏み入れたグ・ザマヒと出会ったのは、そんな日のことだった。


 まぁ、なんだ。


 だらだらと説明を続けたが、結論を先に言ってしまえば、今日がヴンデの命日ってことになる。


 彼とごくわずかな損害によって、出兵案は議論もされず即日却下される。

 余計な命の損失がなくなった記念すべき日でもある。


 ヴンデ氏は平和の英雄になれたのだ。


 めでたしめでたし――と終わりたいところではある。


 しかしながら、平和を築いた英雄の存在を忘れず、後世に伝えゆく義務が残されたものたちにはあるはずだろう。


 故に、平和の英雄――ヴンデ氏の最初で最後の英雄譚をここに載せる。



 グ・ザマヒは都に入ると、下からの景色を一通り楽しみ、次は上から見ようと建物の上を飛び跳ねて駆け上がっていった。


 兵士たちは最初こそ多かったが、彼の飛び跳ねる膂力について行けず、たった数人が残るだけである。

 その中には最初にグ・ザマヒを大声で止めた兵士もいる。


「多美的建築」


 グ・ザマヒが街並みを、丘の高いところから見下ろす。

 彼の住むダ・グマガ渓谷には建築物などない。みな岩場に穴を掘って生活している。


 外の人間が家をこさえて生活するのは彼でも知っている。

 建築物など無駄な労力と彼は思っていたが、ここまで整然と並んでいるとまた別の思いが生じる。

 外の人間が非力であることは知っているが、脆弱な彼らはグ・ザマヒと彼の家族たちにはできないことを成し遂げることができている。


 ダ・グマガの全力を結集してもここまでの景色を作ることはできない。

 他人の為す力を認めるだけの度量が、グ・ザマヒにはあった。

 テファネルの街並みを美しいと彼は捉えている。


「なんだお前は?」


 屋根の上から町を見下ろすグ・ザマヒに、下の道からヴンデが誰何を投じた。

 グ・ザマヒはヴンデを一瞥したが、さほど興味もないのですぐに彼の気に入った街並みに目を戻す。

 狭量なヴンデは、彼を見下ろしたダ・グマガが気に入らなかったし、ヴンデに興味もまったくなさげな様子だったのがさらに気を悪くした。


「ヴンデ殿!」


 兵士らがヴンデの方に駆けてきた。

 ヴンデは、軍や治安部隊には非常に顔がきく。

 兵士はやっと闖入者を止めうる存在がいたことに安堵した。


 兵士は、ヴンデに事情を説明した。

 ヴンデは自らの都合の良いように話を捉えた。


 ダ・グマガ渓谷という場所をヴンデは知らない。

 しかし、その渓谷が北西にあり、彼が提出した出兵案の矛先にあるということ。

 さらに渓谷出身の闖入者が、歴史ある石扉を壊し、都に不法に侵入した罪人であること。

 これらの事実こそがヴンデにとっては重要であった。


 門を壊したということを、ヴンデは可動機器を破損させた程度に受け取っていた。

 ただ壊したことは事実であり、不法に侵入したというのも同様に事実なので彼は細かい点を気にしない。


「聞け! テファネルの同胞よ!」


 ヴンデは、集まってきている野次馬に向き直る。


「そして見よ! あそこに見えし蛮族は、テファネルより北西にある集落から出てきたという! 奴は歴史ある西の石扉を破壊し、今もなおテファネルを泥まみれの足で踏みにじっている!」


 踏みにじっているのは民家の屋根である。

 門扉についてはごもっともなので、全体としてはおおむね間違ってはいない。


「あのような蛮行を許しておいて良いものか! 否! 良いわけがない! 我らティガー族は北西にいる蛮族を駆逐すべく、軍を出すよう議会に案を出した!」


 野次馬も「おおぉ!」と声を上げた。

 別に出兵案に賛成しているわけではなく、数年間退屈だっただけにこのようなイベントを面白がっているだけにすぎない。


「我らテファネルは、ますますこの地の中心としてあり続けるのだ!」


 のりのりなヴンデの演説に、野次馬も声をあげた。

 これも彼に賛同するものではなく、ただの賑やかしである。民衆とは無責任なものなのだ。


「貴様。騒、閉嘴」


 ダ・グマガは静かに街並みを見下ろしたいのだが、あまりにもうるさい声に辟易していた。

 そのため、彼は下で騒ぐ男に声をかけた。

 うるさいから黙れ、と。


「蛮族はまともに言葉も発せないようだ! テファネルの民よ! 刮目せよ! ティガー族のヴンデが如何に蛮族を平定するのか。その一端を今から諸君らに見せる! どうか伝えて欲しい! ここに立つことのできなかった諸君らの家族に、友に、同僚に! テファネルの先陣にヴンデあり、と!」


 ヴンデが拳を上げると、民衆もおもしろがって手を叩いた。

 あまりにもうるさくて仕方ないので、グ・ザマヒは景色から目を外し、屋根から地面に下りた。


「ようやく下りてきたか! だが、今さら泣きついても遅い! テファネルにティガー族あり! ヴンデあり! よく覚えてもらおうか!」


 ヴンデは術技を発動させた。

 彼は術技を使わずともたたき伏せられると考えている。

 しかし、この戦いを見た人の記憶に残るよう、より派手にこの蛮族を倒すことにした。


「テファネルの御霊よ! 我に宿れ!」


 言葉は無駄に仰々しいが、効果だけ抜き出すと雷の属性付与である。

 これにより、ヴンデは身体に雷を纏う。


 見た目も派手になるのだが、身体能力にも明らかな効果が生じる。

 反応速度も、攻撃能力も桁違いに上昇する。さらに魔法とはプロセスが異なるため、燃費が遙かに良く、彼の力なら戦闘中は常に雷の力を宿すことができる。


 これを纏ったヴンデの戦闘はまさに紫電一閃と呼べるものであった。


 ただ、あまりにも速すぎると見る側に伝わらない。

 ぎりぎり彼らが見極めることができる速度で、ヴンデはグ・ザマヒへと距離を詰めた。


 ヴンデの踏み込んだ地面は浅く陥没し、気づけば彼はグ・ザマヒの目前にいる。

 ――これが民衆の見た景色であった。


 そして、ヴンデは雷の力を込めた拳を蛮族の腹に打ち込む。

 稲光がヴンデの拳から放たれ、雷鳴が轟いた。


「騒。虚弱」


 雷に打たれた側は、何の変化もない。

 言葉どおりの感想である。


 すなわち――うるさいだけ。弱すぎ。


「な……」


 手加減をしていたとはいえ、無事では済まない一撃のはずだった。

 ヴンデはどういうことかとダ・グマガを見上げている。


 今度こそ、と手加減抜きの一撃をヴンデはさらに加える。

 ひときわ大きな雷鳴がむなしく響き渡る。

 爆竹のようなものだ。


 対するグ・ザマヒは手をゆっくりと上げて、それを振り下ろした。

 聞き分けの悪い子供の頭を叩く父親のようである。


 音はヴンデの時よりも小さいが、衝撃はずっと上であった。

 ドンという短い音が響く。


 ヴンデの姿が消えた。


 正確には彼の立っていた地面に穴ができ、そこにヴンデは埋まってしまった。

 グ・ザマヒはさらに足を上げ、埋まったヴンデの頭を踏みつける。

 さらに大きな揺れがテファネルの丘を襲った。


 グ・ザマヒはこれでも最大限の手加減をしている。

 術技をわずかに使い効果を可能な限り制限した。美しいと感じた建物を壊すのは彼の望むところではない。


 ヴンデは地中の奥深くでひっそりと息絶えた。


 一部始終を見ていた民衆も、ヴンデが血を出して倒れたなら叫んだだろう。

 しかし、ヴンデが地面に埋まり、姿がまるで見えなくなったので理解が間に合わず停止している。

 むしろ、ここにいない民衆の方が謎の揺れで騒ぎ、声を出している状況だ。


 静かになりつつある状況に満足してダ・グマガは屋根に再び上がった。

 声があちらこちらから出ているが、これもまた趣があって良いと彼は街並みを見下ろしている。


 街並みから外れ、門に目が行き、さらにその外側である。

 すなわちテファネル丘陵の都の外側に、その線は突如として浮かび上がってきた。


 線は東から西へまっすぐ伸びている。

 グ・ザマヒから見るとやや弧を描いて伸びているように見えた。


 遠くから間抜けな獣の鳴き声がしたと思えば、浮かび上がった線の上を何か小さな箱が東から西に走ってくる。

 箱は小さく見えるが、何個も連なっており、それが整列して線の上を走って行く。

 遠くにあるときは遅く見えたが、正面に来るとかなりの速さで走っていたことがわかる。


 グ・ザマヒは彼が何を追いかけて、ここまでやってきたのかをようやく思い出した。

 線の上を西へ淡々と走り去っていく箱の群れを見て、彼は自然と立ち上がる。


 地中を走っているようには見えないが、あれはあれで興味深い。

 追いかけるべきものをはっきりと目で捉えた。


 今度は線を辿っていけばいいから、ずっとわかりやすい。

 もしかしたら当初に追いかけていたものも、線の先にあるかもしれない。


 そして、グ・ザマヒは屋根から飛び降りた。



 後日談ではあるが、ヴンデは地下深くに埋まり、掘り起こすことは労力に見合わないと判断された。

 彼は引き上げられることなく地中に埋め立てられ、直上に公費で石碑が建てられる。

 彼は、彼自らの体を以てテファネル丘陵の礎となった。


 平和の英雄の完成である。


 議会は、今回の事案をダ・グマガ渓谷からの北西出兵案への警告と捉えた。

 性格に難ありとは言え、個人戦力で突出したヴンデを、ダ・グマガの熊人は衆人環視のもとで赤子のようにひねり潰したのだ。

 さらには石扉すら一人でこじ開ける力を持っているという、そんなものをまともに相手にすれば被害は甚大である。

 警告に来たのなら、「テファネルから手を出さないなら、ダ・グマガ渓谷も今は手を出すつもりはない」という意志の表れともとれる。


 今のところ被害はただ一人の犠牲と、門の装置の破壊くらいのものだ。

 死者には勲章を送り、装置は修復で済む。


 何も知らず北西に攻め込み、手痛いしっぺ返しを食らうことを思えば安い物である。

 議会は北西への出兵案をすぐさま棄却した。


 勘違いこそあれど、テファネルは安寧を取り戻したのだった。



 ―― ―― ――



 一方、場所を遠く西に移動し、やや時間が経っての木村たちである。


 木村たちがデイリークエストを消化し、外に出ると地上に異常が生じていた。

 ちなみにゾルとボローは戦闘の犠牲になり、カクレガでの復活をよぎなくされた状態だ。


「……なんで線路が?」


 等間隔に置かれた枕木と、その上に敷かれた金属のレールが果てから果てまで伸びている。

 間違いなくデイリーに挑む前はなかったものだ。


「これが何か知っているのですか?」

「線路だね。この上を電車が走るんだ。車輪がこうレールの上を沿ってシャーって感じで」

「車輪のついたデンシアが、この平行した金属線の上をシャーと走る……」


 ウィルが首を捻って想像しているが、彼が想像しているものと現物は大きく違う気がすると木村は思った。

 おそらくウィルの想像している電車は生きている。


「冷めたくて気んもちがいいのじゃあああー」


 頭のトビかけているアコニトがレールに頬を付けて寝転んでいる。

 本日のクエストは自爆を使わなかったので、頭がおかしいまま外に出ることになってしまった。


「何か聞こえてくるぞ」

「おぉ、何か小さく揺れておるぞぉ。良い心地じゃあ」


 木村にも一定の音で鳴り響くものが小さく聞こえた。

 彼には聞き覚えがある。テレビで見たことのある、昔の汽車が鳴らす汽笛と似ている。


 線路の片側を見れば、小さく映るものがある。

 全員が静かに見ていると、それは徐々に大きくなってくる。


「わぁお……、SLだ」


 電車どころか蒸気機関車である。

 黒く重厚な車体が線路の上をしゅっぽしゅっぽと走っていた。

 木村はさほど電車にも機関車にも興味がない。テレビの中でしか見たことのない車体だ。

 まさか現実を飛ばして、異世界で蒸気機関車を見ることになるとはまったく想像だにしていない。

 見てもさほどの感動が湧かない。むしろ疑問だ。


「なんでSLが?」

「エスエルというデンシアなのですか?」

「いや、あれは電車じゃない。蒸気機関車だから蒸気のSteamのエスと、Lはなんだろう……?」


 Locomotive(機関車)なのだが、木村は知らない。


「――いや、違う。SLでもない」


 木村はすぐさま訂正した。

 戦闘車両の煙突からは煙が出ているはずだが、煙突から出ているのは無数の泡だ。

 ぷかぷかと泡をいくつも上空に飛ばしながら前進を続けている。


「え、もしかして……」


 泡を見て木村は思い至った。

 三日後に始まるはずのイベントストーリーの名前と繋がる。

 イベント名は「しゃぼん玉われた」であった。時期が重なる。これに違いないと木村は確信した。


「来ますよ」

「来るぞ。キィムラァ、離れるんだ」


 考えていると機関車がすぐ側に迫っていた。

 おっさんとウィルが木村に離れるよう手で指示する。

 レールから離れているのでさほど危険はないのだが、念のため距離を取る。


「アコニト、危ないから離れて!」


 距離を取り改めて線路を見れば、アコニトはまだ線路の上でごろごろしていた。

 木村が叫んでもまったく聞こえている様子がない。

 煙管をふかし、まるで彼女がSLだ。


「来いよ。大魔王! 儂が相手じゃ! ここを通りたくば、この儂を倒してからにせい!」


 アコニトが寝っ転がったまま空を見ながら、意味のわからないことを言っていた。

 いつものことだが今はまずい。いや、いつでもまずいんだが特に今は良くないというか。


「とにかく早く逃げて!」


 木村は叫び、彼女の側に駆け寄ろうとするが、おっさんに腕をつかまれた。


「心配するんじゃない。女狐なら大丈夫だ。見ろ」

「何をもたもたしている! 儂をおいて先に行くんじゃあ! 振り返るな! 行け! 儂なら大丈夫じゃあ! ええい! 行かんかぁ!」

「ほらな。大丈夫だ。女狐の覚悟を無駄にするんじゃない。信じてやれ。しっかり女狐の最期を目に焼き付けておくんだぞ」


 何が大丈夫なのかさっぱりわからない。覚悟も信じるも何も、最期って明言している。

 もうすでに機関車は目前だ。風圧すら感じ始めている。


「アコニト! 逃げ――!」

「いいかぁ、絶対に止まるんじゃな――」


 黒い車体は容赦なくアコニトを跳ね飛ばした。

 跳ね飛ばすとかそんなもんじゃない。当たった瞬間に膨大な質量と速度がアコニトを爆ぜ飛ばした。

 彼女だったものが散り散りになって、線路の脇にボトボトと落ちていく。


 爆ぜた彼女は紫色の煙を残して消滅する。

 いったい何を覚悟して、何を信じて、何が大丈夫だったのか教えて欲しい。


 木村とウィルはしばらくミンチ肉を食べることができそうにない。

 目に焼き付けてしまった光景が、肉を食べるたびにフラッシュバックしてしまいそうだ。


 十両以上の車体が、爆ぜ飛ばしたアコニトを無視して突き進んでいく。

 まるで彼女の言葉どおり絶対に止まらないという意志を感じる。

 あっという間に遠くへ行き、見えなくなってしまった。


 空に浮かぶ無数のしゃぼん玉だけが、風に揺られ揺蕩(たゆた)っている。

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