25.狩り
木村はカクレガから出た。
大量の熊マークの中心で周囲を見渡す。
「いないね」
場所は渓谷である。左右を異様に高い崖に挟まれていた。
谷間の部分を川が通り、やや暗めの雰囲気を感じる場所である。
「陰気なところだのぉ」
アコニトが口にして、ゾルも無言で頷いた。
今回はアコニト、ゾル、セリーダ、ウィルの攻撃三、補助一だ。
セリーダが全員に補助をかけ、各々が得意な攻撃に専念し、大量の魔物を一気に狩りつくす寸法である。
「こんな陰気なところに住まう魔物なぞ、気性も暗く、図体の小さな臆病者に違いないぞぉ」
アコニトは一人でゲラゲラ笑って先に進む。
木村も進もうとしたが、ウィルが手で木村の行く手を遮り、おっさんが木村の肩に手を置いて動きを止めた。
「すぐに戻りましょう。神気が異常です。屍竜より遙かに大きい」
「そうだな。帰るべきだぞ、キィムラァ。ここはまだ早いな」
この二人が戻れというなら木村としても反対などない。
一方で女性陣は話を聞かずどんどん突き進む。
「ほぅれ! 出てこんか根暗どもぉ! 儂の遊び相手になってくれぇ!」
風を切る音が聞こえたと思うと、アコニトの正面に岩が落ちてきた。
よく見ると岩ではない。毛も生えており、動いているし、丸くぎょろりとした目がこちらを見ている。
大きな――とても大きな熊だった。
足どころか爪だけで木村と同じくらいの大きさがある。
「……おおっとぉ。いかんなぁ。儂、ちぃと用事があったんだったぞぉ」
アコニトが振り返り、木村たちの方へと歩いてくる。
木村としては「こっち来んな」だが、彼女はそんなことにかまいはしない。
「なぁんてなぁ! 隙ありぃ!」
アコニトが巨熊と距離を取ってから、全力と思われる毒霧を吐き出した。
“毒無効”
久々に見た文字列である。
アコニトにとっての絶望だが、彼女にこの文字列は見えない。
巨熊が腕を上げた。木村は一歩後ずさる。
アコニトは熊が腕を上げたのを、苦しみの合図と判断し、顔に笑みを浮かべた。
ここから先は書く必要もないと思われるが、彼らの反省を活かすべきとしてあえて書き記しておく。
常にプレイヤーが狩りを楽しめる立場にいると考えるべきではない。
時に、ひたすら楽しく暴れるのがモンスター側のときもあるのだ。作者も最近体験した。
上げられた巨熊の腕が、アコニトを薙いだ。
あまりにも一瞬過ぎて木村にはよく見えてなかった。
気づいたら腕は振られ、アコニトも姿を消してしまっている。
なお、アコニトは川の水面を水切り石のように小刻みに飛び跳ねながら対岸へ行き、さらにそのまま崖にぶつかり埋まった。
木村が気づいたときには、崖から彼女の尻尾が生えている状態だった。
「カクレガに入るんだ」
すでにおっさんがカクレガを開き、逃げる準備を整えている。
木村とウィルが、やや離れていたセリーダの腕を両側から引っ張って一目散に逃げ出す。
熊が雄叫びを上げた。
あまりの音に木村とウィルが足を止める。
わずかな沈黙の後に、岩のような巨熊が雨のように次々と地上に落ちてきた。
カクレガは完全に包囲された。
全ての熊が叫びを上げて、カクレガに向かってきている。
大きな図体に似合わず、動きが速すぎる。
「行って! 時間を稼ぎます!」
ゾルが叫び、鎧をフルにして熊に向かう。
木村がふりかえって彼女を見ると、ちょうど彼女の鉄骨剣が熊を殴ったところだった。
熊は鉄骨を体に受けてもびくともしていない。
そのまま巨熊が腕を振るい、ゾルが地面に潰された。執拗に攻撃を加えられている。
木村たちは間一髪で逃げることができた。
熊たちは臭いどころか魔力まで辿っているのか、ひたすらカクレガを追跡し、地面を攻撃してきていた。
渓谷が見えなくなるようになって、ようやく熊は追跡をやめた。
木村は生きた心地がしなかった。
反省会である。
地図の前に立って、熊のシンボルを見ると、シンボルが真っ赤に染まっている。
色はどぎついのだが、可愛げなマークなのがずるいと木村は思う。
地図に名前が書き込まれていた。
ダ・グマガ渓谷と呼ばれるところだったらしい。
「めちゃくちゃ強かったね。なんだあれ」
「あんな場所は僕も初めて知りました」
あんなに強いのに知られてないってのは不思議だと木村は感じる。
一匹だけでもやばいのに数十匹はいた。しかも群れになって襲いかかってくる。
「おそらく近づいた人は全て殺されているんじゃないでしょうか」
さもありなんと木村も納得する。
鼻もかなりよさそうだったし、執念深さを感じた。
問題はこのマップだ。
魔物の位置はわかるが、強さが出会うまでわからない。
たまにソシャゲでも序盤マップに終盤並の強敵が配置されているのだが、まさにそれを体験した。
ちゃんと距離を取って確認して、強さを見極めてからじゃなければ駄目だ。
怠るとこちらが狩られる側になる。先ほどのように。
「儂、熊に会ってからの記憶がないぞぉ」
アコニトが首を捻って、休憩室にやってきた。
崖に埋まったまま無事に死ねたようだ。彼女にとって幸せなことである。
「一番危険なのが儂と判断したかぁ、敵ながら良い判断だぁ」
熊は毒無効なので、アコニトは何の脅威にもならない。
せいぜい自爆くらいか。
「……すみません。一体も倒せませんでした」
「あれは相手が強すぎたよ」
ゾルが申し訳なさそうに謝ってきたので、木村も慰めておく。
慰めるというよりは、ただの事実確認であった。
「あいつらを集めてから自爆ならいけるかな?」
「倒しきれないでしょう。神気の密度が桁違いでした。一体一体が試練の塔にいたどの魔物よりも遙かに上です。奥からはうっすらですがもっと強い神気を感じました。僕たちでは手が付けられません。教授案件です」
試練の塔で、現状挑める最上階の魔物も、スペシャルスキルと自爆を入れても倒しきれない。
あれよりも上となれば、今の段階では諦めるしかなさそうだ。
しかも奥にもっとやばいのがいるって……。
木村は大人しく進路上の近くにいる魔物を、ちょこちょこ倒していくことにした。
カクレガの改造も住居方面から、いよいよ戦闘方面に振っていく必要が出てきたと木村は感じている。
特にブリッジのものは、戦闘を有利に進めるものが多そうだ。
焦っても仕方ない。少しずつ強くなれば良い。
ダ・グマガ渓谷の最奥に一体の熊人がいた。
「昼、何? ル・ガダナ、絶呼」
途切れ途切れの単語で、熊人が近くの熊に声をかける。
熊人は地面に座ったままでけだるげであった。
「人、侵入、迎撃、消失」
熊人よりも遙かに大きな熊が、傅き敬うように報告した。
「侵入? 消失?」
「是」
「殺?」
「不可殺」
「……逃?」
「是。地走」
「地走!」
熊人が立ち上がった。
その顔には楽しげな様子すら見て取れる。
巨体の熊はますます縮こまるのだが、体を小さくしても熊人よりずっと大きい。
「消失、方角行方?」
「東南東」
「我征、唯一」
熊人が渓谷の中を歩き出す。悠々と、堂々と。
全ての巨熊が渓谷にて、熊人の出立を叫びで示した。
大切なことなので繰り返させてもらう。
常にプレイヤー側が狩りを楽しめると考えるべきではないのだ。
時に、狩るのがモンスター側のときだってある。
狩られる側は木村たちに他ならない。




