24.イベント終了
獣人の郷は異臭が漂っている。
すでに五体の屍竜は消え、彼らの残したブレスとその結果だけが残った。
獣人たちの遺体はどれも損傷が凄まじく、現れた竜の異質さを示すに十分である。
復活したウィルやゾルもこの惨状を見て、ウィルは吐いたし、ゾルも無言で目を伏せた。
木村も気持ち悪いのだが、どちらかというと喪失感が勝っている。
ひとまず獣人たちの遺体を弔った。
そして、木村は思う。
自分はどうして異世界に転移してしまったのか、と。
もしも神と呼ばれる存在が自分をこの世界に呼んだというのならその目的は何か。
行く先々で都や郷、あるいは国が壊滅している。
自らはこの世界の住人を殺し尽くすために、この世界にソシャゲの力を携え、遣わされたのだろうか。
それが自らに与えられた役割なのかと木村は考えてしまう。
主人公というより、敵側の魔王のようだ。
自分がいたから彼らは――。
「坊やぁ」
二チャアという粘っこい笑みを浮かべてやってきたのはアコニトであった。
すでにおっさんやウィル、ペイラーフは木村に声をかけてきた。
いろいろと励ましはあったが、どれも木村の心には響かなかった。
どの言葉も木村には虚しく感じるだけだ。
アコニトが来るとは予想外だったので木村も戸惑う。
しかも、その手に葉巻を取りだして、木村に差し出してくるではないか。
ちなみにすでにアコニトは葉巻をくわえて、ぷかぷか煙を吹き出している。珍しく煙管ではない。
「ほぉれ、吸うんだぁ。なぁに、危険はないやつだぁ。安いが儂のお気にだぞぉ。嗜んでみぃ」
「まだ、吸っていい歳じゃないんだけど」
木村の発言に、アコニトが心底つまらなそうな顔を作った。
やれやれと言わんばかりに首を横に振る。
木村もわずかばかりに苛つき、火をつけることなく、葉巻を口にくわえた。
吸っている振りをしてみる。
「なにやっとるんだぁ、坊やぁ?」
ポカンと訳がわからんといった表情をアコニトにされ、木村も馬鹿らしくなった。
もうやめようと、くわえた葉巻に手をかけようとするがアコニトに止められてしまう。
「葉巻ってのはなぁ。火をつけて楽しむもんだぞぉ」
んなこたぁ木村だってわかっている。
ただ、吸ってる振りでごまかそうとしていただけだ。
「はぁ、坊やは葉巻の吸い方も知らんのかぁ。ほぉれ、くわえたまま息を吸えぇ」
アコニトの顔が徐々に、木村へ近づいてくる。
彼女がくわえた葉巻の赤く灯る先端を、木村のくわえた葉巻の先端にくっつけた。
木村は緊張で固まっていたが、アコニトは気にする様子がない。
なかなかつかんのぉともごもご喋っている。
ようやく木村の葉巻にも火が付いた。
息を吸っていたので、彼の口内から喉へ一気に煙が流れ込む。
予想外の奔流に木村は思わず咳き込んだ。
アコニトがその様子を見て、ニタニタと笑っている。ご機嫌である。
おっさんが木村へと形相を変えて寄ってきたのだが、大丈夫だと手で示し、距離を取らせた。
アコニトもささっと木村の背に隠れていたが、すぐに余裕の面持ちで出てくる。どうもおっさんが怖いらしい。
「坊やぁ。あの中年や若造、杏林から慰めやら励ましの言の葉を受けていたなぁ」
「げほッ、ゴフッ、……え、うん」
中年はおっさんで、若造がウィル、杏林はペイラーフのことだ。
杏林は医者の別称であるが、木村はなぜペイラーフが杏林と呼ばれるのかわかっていない。
「あやつらの言の葉など何も坊やには響かんかっただろぉ、ん~?」
「……うん」
「素直だなぁ、ちぃとつまらんぞぉ」
アコニトは楽しそうな顔から、すぐにまたつまらないという顔に戻る。
「それで良い。『君は悪くない』、『元気出しなよ』など煙よりも軽い言葉じゃ。心どころか肺にすらガツンとこんであろぉ。儂がもっと心に残る言葉を贈ってやるぞぉ」
「はぁ、どうぞ」
木村は葉巻が心配になってきた。
臭いが同じだから、アコニトと木村が吸っているのは同じものだ。
危険はないと言っていたが、彼女の発言がけっこうおかしくなっている。大丈夫だろうか。
「坊やがこの郷の住人を殺した」
木村の呼吸が止まった。ヒュと変な音が喉から出てきた。
アコニトを見ると、アコニトも初めて見るほどの真顔で木村を見ている。
彼女の真剣な顔が恐ろしくなり、木村は息がなかなかできない。彼女はさらに続けて口を開く。
「帝都の人間も、神聖国の人間も坊やが殺した。『僕は悪くない?』 いいやぁ違うぞぉ。坊やがあの場にいなければ、あやつらは死ななかった。坊やが殺したんだぁ。自覚があるだろぉ。ん?」
「…………うん」
時間をかけて木村は肯定する。
まさに先ほど思っていたことだった。
「素直だなぁ。気にする必要はないぞぉ」
「え?」
「気にする必要なぞない。人など勝手にポクポク死んでいくものだぁ」
「いや、でも……」
「だがなぁ、忘れてはやるなぁ。わずかでも一緒にいたんだぁ。どんな奴だったかだけは覚えておけぇ」
アコニトは顔を逸らして煙を口から漏らしている。
どこか遠くを見て何か懐かしんでいる様子だ。
これが彼女なりの慰めだと木村も気づいた。
「うん。わかった。でも、意外だった。アコニトがそんなことを言うなんて」
「……坊やぁ。おぬし、狙われておるぞぉ」
アコニトがやや迷いがちに言葉を紡いだ。
思いがけない言葉に木村も黙って続きを待つ。
「坊やはこの世界の住人ではないだろぉ。元来、儂らを使役するような力だって持っていないはずだぁ。力を与えた存在がいることは間違いない。そのあたりは坊やだって気づいているだろぉ」
木村は言葉に出さず、ただ頷いてアコニトの言葉を肯定する。
小説サイトで出てくるような神の存在を、無神論者の木村ですら認めざるを得ないところだ。
異世界に飛ばされ、ソシャゲの力を与えられ、いわゆる魔法だってこの目で見てきた。獣人だっていたのだ。
「そろそろ自分がこの世界に連れてこられた目的なぞを、まじめくさって考えているんじゃないかぁ?」
木村はこれにも肯定する。
アコニトは人の感情に鋭いと思っていたが、鋭すぎて不気味になってきた。
「いいかぁ、言っておくぞぉ。連れてこられた目的なぞ真面目に考えるなぁ。考えてもいいが、絶対に『これこそが自らの役目だ!』なぞと思い込むなよぉ。それこそ、連れてきた奴の思うつぼだぁ」
まさに思いかけていた木村であった。
もしかして自分は「この世界の魔王的ポジションとして降臨させられたのではないか」と。
「どうしてわかるの?」
「儂がそうだったからだぁ」
ニタァとアコニトは嗤った。
体験談だった。一気に話の真剣さが薄まっていく。
「儂も東日向の神の一柱だからなぁ。力や地位を求める無知蒙昧な人間がわさわさ集まってくるんだぁ。選定という形で力を与えることだってあった。どういう奴を選ぶかわかるかぁ? 虚栄心が強く、声だけ異様に大きい奴だ。こういう奴はなぁ。よぉく踊ってくれる。『俺が選ばれた。俺が正義で、俺は偉く、俺以外みんな馬鹿。だから俺は何をやってもいいんだぁ!』となぁ」
何か思い出したようにアコニトはゲラゲラと笑い始めた。
「ひたすら自由気ままに力を振るわせてなぁ、最後に力を没収してやるんだぁ。面白いぞぉ。本人も周囲も予想を裏切らない!」
良くない神だろうなと木村は考えていたのだが、想像よりもずっと邪悪だった。
ただの薬中とかじゃなくクソだった。封神されて然るべき神だ。
「おい、他人事じゃないんだぁ。良く聞け。今の坊やが、そのときの人間に近いぞぉ。いいか、絶対に『自分の役目はこれだ』など思い込むなぁ。坊やはつまらなくて良い。坊やにやれる小さなことを淡々とやっていけぇ。それが踊らせる側に一番効く。儂が言うんだから間違いない。馬鹿な踊りをするのは、酒を飲んだり、葉っぱを吸った一時で良い。坊やは今のまま素直で面白みのないままでいろぉ」
アコニトなりの、おそらく彼女しかできない忠告でありアドバイスだった。
木村の薄情とも言える心がわずかに動かされた。
「ありがとう。でも、やっぱり意外だ。アコニトがそこまで気をつかってくれるなんて」
「なぁに。言っただろぉ。坊やは儂の獲物だぁ。儂が思ったように踊ってくれないとなぁ。訳のわからん奴に、慣れん踊りをさせられては横で見る儂がげんなりするんだぁ」
なんだか素直に喜べない木村だが、なぜか気持ちが落ち着いたことは確かだ。
葉巻をもう一度だけ口にくわえ、やはりむせかえる。
アコニトの下卑た笑い声が、初めて心地よく耳に残った。
獣人の郷が地図から消えて二週間が経った。
カクレガは寄り道しながらも少しずつ南東へ進んでいっている。
現実世界ではようやく第一回のイベントストーリーが終了になったと告知が来た。
木村としてはイベントストーリーよりもむしろ先週終わった第二回討滅クエストの方が記憶に鮮明だ。
鮮明と言っても嫌な方に鮮明だった。
討滅戦も二日目からは一体ずつの戦闘に変更し、行動パターンを研究しつつ、余裕を持って勝つことができた。
五連続で戦う場合は、あのやばい竜は出てこないことも確認した。
討滅クエストの最終日に、まとめて倒すことでまたもや出現させたが、力不足を実感させられる結果となった。
特にウィルが悔しがっていたのが木村には印象的である。
「神聖術はこういう相手にこそ有効であるはずなのに」と自らの力量の低さに拳を握っていた。
落ち込んでいた木村も、あろうことかアコニトに諭され、強くなることを決意した。
実際のところ強くなるのはキャラなのだが、木村も戦う意志を強くもつことが大切だと感じ始めている。
次の討滅クエストまでにコツコツと力を付け、彼なりに獣人たちの弔い合戦とすることを決めた。
さて、異世界ではすでに一週間前からイベントがなく非常に退屈だ。
デイリークエストも回数の制限があるし、訓練室は対策とシミュこそできるが、目に見えて力が付くわけでもない。
イベントとイベントの狭間。
ユーザーの離脱の大半がここでおこなわれるという――魔の空白期間である。
長すぎると当然やめてしまい戻ってこず、短すぎると疲れが出てやっぱりやめてしまう。
目安は一週間から二週間であるが、二週間はガチ勢が退屈になってやめる。
金を落とす層に合わせてこの期間は調整される。
運営の決めることに異世界にいる木村ができることなど何もない。
そうなると彼にできることと言えば、外に出て魔物を倒すことや食料の採取と散歩くらいである。
魔物もあちらこちらにいるわけではない。むしろパーンライゼ区域が異常だったくらいだ。
あの区域でもっと魔物を倒しておけばとやや後悔してすらしている。
「ダンジョンや迷宮みたいなものがあればいいんだけどな」
「ダンジョンとはなんだ?」
「ダンジョンは……、階層がたくさんあって、魔物がいっぱいいるところかな。道中でアイテムが落ちていたり、最奥にボスがいたりして。倒すと報酬が手に入るんだ」
「なるほど、試練の塔みたいなものか。――この世界にはないな」
「だよねー」
おっさんの返答に木村も少し落胆するが、予想はできていた。
しかし、横で聞いていたウィルが話に乗ってきた。
「ボスがいるかはわかりませんが、魔物がたくさんいる場所ならいくつか知っていますね」
例えば――とウィルがいくつか遺跡や洞窟の名前を出した。
木村も知っているバーンライゼ区域も出てきた。
「キィムラァ、ブリッジにアンテナを設置できるか? 魔物がいる地点を地図に表示できるようになるかもしれないぞ」
木村はさっそくカクレガの変更をするマシンへ移動した。
ブリッジの全面改装は無理だが、一部を改装するだけなら討滅クエストでも手に入った素材を投入すればいける。
さっそく一番安い索敵用のアンテナをブリッジに設置した。
丸いパラボラアンテナを考えていたが、最安はもっとしょぼかった。
家の屋根の上によくある魚の骨っぽいアンテナだ。それがぐらぐらと方向を変えている。
今にも倒れるか、折れてしまいそうで木村は心配になった。
性能もまったく期待できない。地上波すら受信できなさそうだ。
ちなみに良く見かけるこの魚の骨みたいなアンテナは八木式アンテナという。
見た目は悪いが、百年近く使われていることからも性能の良さがわかるというものだろう。
そんなことも露知らず木村は休憩室に戻り、おっさんやウィルのいる地図前に向かう。
「表示されるようになったぞ」
「おぉ、けっこういる」
おっさんが地図を示す。
デフォルメされた可愛げな熊のマークが地図のあちらこちらに出ている。
特にルートから少し外れた南側に大量の熊マークがあった。
「ここ、すごいいるね。ちょっと行ってみよう」
カクレガの進路が変わり、ゆっくりと熊マークに近づいていく。
木村がメンバーに声をかけ、彼らも準備を始めた。
魔物狩りの時間はまもなくだ。




