23.討滅クエスト 第2回目
ガチャによる時間停止が解け、木村はさっそく行動に移る。
「作戦を考えました。聞いてください」
誰も木村の話を聞かなかった。
聞かないのではなく、そもそも聞こえていない。
各々がすでに自らのターゲットを見極め戦闘態勢に入っている。
他の人間とコミュニケーションをあまり取らないと声がどんどん小さくなる。
本人は普通に話しているつもりでも、相手から「は?」と何度も聞き返されるようになってしまう。
ましてや、この緊迫した場面で悲鳴や鼓舞といった声に、戦闘音すらも混ざっている、木村の普通に発した声が他人に聞こえるわけがなかった。
「あの、作戦を考えました!」
木村は声を大きくした。
それでもやっぱり誰も木村の話を聞こうとしない。
今回、数人は聞こえていたが彼を無視している。
明らかに現場経験のない人間が、荒れた現場でピーピー騒いでも、現場の人間は話すら聞かない。
「さ、作戦を……」
木村の声がもう小さくなった。
顔も俯きつつある。
パァン!
木村のすぐ左から大きな破裂音がした。
大きな音というよりは、耳に良く残る音である。
木村が音の方を見ると、おっさんが手を合わせている。
おっさんが手を叩いたようだ。
気づけば周囲の存在もおっさんを見つめている。
周囲というのは郷全体である。人どころか竜まで戦闘を停止しておっさんを見ていた。
木村はガチャで時間を止めたが、おっさんは手を叩くだけで戦闘を止めた。
全員の注目を一身に浴びたおっさんが木村を指さす。
「キィムラァが、この状況を打破する作戦を思いついたようだぞ。みんな聞いてやってくれ。――さあ、話してみろ。背はまっすぐ、声は大きめの一つ上、大胸筋を意識するんだぞ」
木村はおっさんに小さく頷いた。
周囲の視線が自分に向いていることをやや緊張しつつも木村は話す。
まだ、「えっと」「えー」などのフィラーは混ざっているが、要点を事前に頭の中で整理していたので帝都のときと比べ聞きやすくなっている。
獣人たちは二つのグループに分かれて、緑と黄の竜をここに引き連れる。
木村たちは三つに分かれて竜を引き連れるというだけの話である。
ついでに竜の属性攻撃の話をするくらいだ。
「引きつけるのはいいが、本当にどうにかできるのか?」
「できます」
できると思います、と木村は言わなかった。
根拠はさほどないのだが、確信に満ちた口調で断言した。
獣人たちも不承不承ではあるが頷いた。
手慣れた様子で二つのグループに分かれ、緑と黄色の竜に向かう。
実際にはもっと細かく分かれている。途中で住人を救う役や、戦える者に作戦を伝える役といった具合だ。
「こっちも三つに分かれるけど、竜はここまで連れてくるだけでいいから。さっきも言ったけど、倒そうと思わずにおびき出して。一撃当てれば後は勝手に来るはず」
帝都で見た竜は、アコニトが攻撃を加えたら敵対反応を示していた。
前回と同じであれば最後に攻撃した相手をターゲットにするようになっている。
竜との戦闘は木村が想像したよりも好調である。
獣人たちは引きつけがかなりうまい。
最初こそ攻撃をやたらに加えていたが、相手の行動パターンをすぐに読み取った。
今は、郷に被害が出ないルートを竜に通らせている余裕すらある。
一人が攻撃して注意をよせ、竜の攻撃が出そうになったら他の獣人が攻撃し意識を逸らせている。
大型の魔物の狩りによる戦闘経験が竜にも活かされている。
ウィルは単独での大型魔物との戦闘経験などない。
ただ、彼の担当している赤竜の行動パターンは木村から聞いている。
他の研究室との合同演習などで一通りの魔法対策はしているし、そもそも魔法の才が彼にはある。
近距離での戦闘にならないよう距離を開け、少しずつ竜を引き寄せる。
炎の息をときどき吐いてくるのだが、同じく炎の壁を出して防御の姿勢を取る。
セリーダの補助魔法も受けているため、炎の息への対策は、現状で万全と言って良かった。
戦闘メンバー全員のスキルテーブルを、素材を惜しまず進められるだけ進めたのも大きい。
特にウィルとセリーダの☆2組が、その恩恵を受けている。
ウィルは魔法攻撃の威力や速さが上がっているし、素のステータスも上がった。
セリーダは素のステータスなどないに等しいが、補助魔法の範囲や効果が上がっている。
二人ほどではないが、ボローもHPや防御性能が上がっていた。
金竜が真上を飛んだタイミングで挑発がうまく入り、彼一人でひたすら金竜の雷撃を受けている。
属性的には苦手のようだが、防御性能の高さでなんとか耐えている印象だ。
しかし、やはりと言うべきか金竜は挑発こそ入るものの、空を自由に飛び回り、任意の位置から雷を放ってくる。
自爆をどうやって当てるかが問題になると木村は考えている。
新たな仲間のゾルは問題がない。
竜の氷の息は、周囲を広く凍らせている。
前回よりも威力が低いので、厚い氷に覆われるということはない。
されども、地面や家に白い霜が張る様子からその冷たさはうかがえる。
どちらかと言えば、寒さによるダメージではなく凍結による状態異常がメインだ。
フル装備のゾルには、状態異常が効かない。
竜に正面から近づいて、氷の息も真っ向から受けて、それでも進んでいっている。
爪や尻尾の攻撃も剣で受け止めていた。それどころか手で殴って止めている光景すら見えた。
どうやら戦闘中に自動でHPが減少していき、パッシブスキルのHP減少による能力アップが効いている様子だ。
「つっよ……」
恐ろしい光景だった。
すでに、ゾルは竜よりも強くなっている。
攻守が逆転して、ゾルが竜の腕を折り、尻尾を潰し、顎を割っての半殺し状態だ。
時間停止中に話をしていたように、言葉通り首に腕を突き刺して、竜の巨体を引きずって木村たちへ歩んでくる。
狂化により暴走しているのではないかと思ったが、殺さないだけの理性は働いていた。
単体との戦闘であれば、短期決戦最強仕様ではないだろうか。
今後のイベントボス戦や、試練の塔でもますます役に立ってくれそうだ。
各チームがそれぞれの形で竜を中心近くまで引っ張ってきた。
そろそろ自爆を発動させても良いと木村は考えた。
「カクレガに入って!」
おっさんがウィルやセリーダ、獣人たちをカクレガに誘導する。
残っているのは木村、おっさん、ボロー、ゾル、それに最後の切り札であるアコニトだ。
ボローは金竜の引きつけに加えて、他四体の竜も挑発し、退けなくなっている。
ゾルも残っていた。狂化により木村の声は届かず、青竜を押さえつけるという意志だけで動いている。
自爆はすでに発動可能だ。
問題はゾルが話していたとおり、空を飛び回る金竜になる。
ゾルが撃ち落とすと話していたが、彼女はすでに狂化により意識がはっきりしていない。
他のチームも竜たちを引き寄せるだけで金竜に意識を回す余裕がなかった。すでに彼らはカクレガに避難済みだ。
一度だけ金竜が近くを飛んだときに、ボローへ爪による直接攻撃をしてきたが、たった一度だけなので偶然かも知れない。
せめて空を飛べれば近くに誘導できるのかもしれないが……。
「あぁぁぁ、どうしてこんなにもうまくいかんのだぁ……」
アコニトが地面に座り込み、死んだ目でぶつぶつと何か言っている。
どうも良くない方にトリップしてしまったようだ。本人も葉っぱを吸うときは環境が大切と言っていた。
自己嫌悪に落ち込んでしまっている。普段のトンだ言動がなくこれはこれで不気味だ。
そんな彼女を見て木村は思いついてしまった。
空を飛ぶ方法があったことに――。
「ボロー。先に謝っとく。ごめん。葉っぱを吸ったアコニトを抱えて、一緒にカクレガに入って」
ボローは木村を向く。
少し見つめてから頷いてくれた。
どうやら彼は木村が何をして欲しいのか悟ってくれたようだ。
ボローが挑発を解いたようで、股間につけていた棒状のものが下にうなだれた。
その後、彼は葉っぱを吸いつつ、ぐだっているアコニトを抱え、木村を見る。
「損な役回りをさせちゃうけど、何とか頼むよ」
彼はまたしても頷き、おっさんが無言で開いたカクレガに足を向ける。
ボローがカクレガに足を踏み入れた瞬間に、彼と抱えていたアコニトが空を飛んだ。
カクレガに設定した、喫煙者排出システムが作動したのだ。
ボローは上空から、竜四体の中心にアコニトを投げ捨て、自身は挑発スキルを使用した。
地上の竜四体だけでなく、金竜もボローにターゲットを移す。
さらに金竜は空中にいるボローへと突撃の攻撃を繰り出すべく移動を開始した。
木村が周囲を見ていたのはそこまでである。
彼の視線はアコニトに移った。
竜五体を巻き込む環境はみんなが整えてくれた。
後は木村が、アコニトを地上の竜の頭くらいの高さで自爆させれば良い。
「戦闘コマンド」
ここは事前に流れを確認していなかったので、声を出して実行していく。
浮かび上がった“戦闘コマンド”を選択し、スキルへ移動。
「自爆」
“自爆”を選択した。
周囲の時の流れが緩やかになった。
四体の竜がボローを見あげ、金竜はボローに突撃すべく翼を大きく広げている。
その中で、白く光る二つの存在がいた。
一体は、ターゲットを取ってくれていたボローである。彼は木村に親指をあげていた。
もう一体はアコニトだ。彼女は空中でも器用に煙管をふかし、口から漏れる煙が空に軌跡を作っている。
「今だ!」
アコニトを意識した。
時の流れが戻り、急激な速さで周囲が動き出す。
アコニトの体が淡く光り膨らみ、金竜はボローにぶつかる寸前だ。
「伏せるんだぞ!」
おっさんが木村の頭を押さえつけ屈ませる。
木村の耳から音が消え、見えていた地面が真っ白になった。
地面が大きく揺れ、世界の終わりを感じさせる。
どれくらいその時間が続いたか、はっきりとはわからない。
おっさんが木村の肩を揺らし、ようやく全てが終わったと木村は理解する。
音はまだ良く聞こえず、揺れもまだ続いているように感じる。
それでも木村の目の前には宝箱が出現していた。
地上に残る四体の竜は爆発で燃やされ、真っ黒焦げになっている。
金竜も爆発に巻き込まれ、空から地上に落ちていた。落ちた地点に何もないのは幸いだった。
爆発の範囲は、地面ですら黒焦げになり、まだ熱があるのか赤くなっているところもある。
竜の背後を見ると、彼らが壁になってくれたようで大きな被害は見えない。
うまくいったようである。
木村は体から力が抜け、尻もちをついてしまった。
「よくやったな、キィムラァ」
木村もうまく声にならず、ふぬけた声でおっさんに頷き返す。
「うまくいったようですね」
ウィルもカクレガから出てきた。
ゾルやボローは自爆に巻き込まれてここにはいない。アコニトも当然いない、
復活にはまだ時間がかかるのだろう。彼らと一緒に勝利を喜べないのが木村には残念でならない。
カクレガから出てきた獣人たちも、竜たちの死体を見て勝ちどきをあげた。
郷にほとんど被害が出ていないことに対して、さらなる歓喜の声が上がっている。
木村も彼らの喜びの声に救われる気持ちだった。
「キィムラァ、報酬を受け取らないのか」
木村はゆっくりと立ち上がり、宝箱の前に立つ。
負けて開ける宝箱と勝って開ける宝箱はまったく感覚が違う。
扉を開ける瞬間に得られる達成感が前者にはない。戦闘がハードだっただけに達成感はひとしおだ。
「10連ガチャチケット。それに上級の素材まである」
おそらく10連ガチャチケットは初回の勝利報酬だろう。
素材の方は勝利してなかったら、中級の素材だったかもしれないなと木村は考えた。
これは始めた人救済のための素材メインの討滅戦であり、上級素材が入っていてもどうしようもないということから推測できる。
木村の推測は当たっていた。
勝利報酬と敗北報酬は違っている。
勝利すれば上級の素材が手に入る仕様だ。
五回の連続戦闘でも、まとめて一回の戦闘でも報酬は変わらない。
「キィムラァ、やったな。うまくまとめて倒すことができていたぞ」
ただ、木村は違和感を覚えるべきだった。
「ああ!」
「見事だったぞ。隠し条件が達成された褒美として――」
なぜ竜が倒されたにも関わらず、前回や他の魔物のように竜の死体が消えていないのかと。
「ボーナスステージが開放されたようだ。すでに始まっているぞ」
「…………は?」
しかし、気づいたところで彼にできることは何もない。
竜の死骸から煙が上がった。
死骸の近くにいた獣人たちが煙を吸って倒れた。
「異常な神気反応です!」
金竜の死骸がゆっくりと起き上がった。
死骸からは煙が立ちこめ、まとわりついていた焦げた肉が爛れ落ち始めている。
肉も臓器も溶け落ちて、金竜の骨だけが残っていた。
瞳には赤紫色の光が灯っている。
骨の竜が立ち上がり、不気味な声で叫ぶ。
残り四体の竜も同様に動き始める。
彼らは爛れた肉のままだ。
獣人たちが唖然としている中で、ウィルがすぐに魔法を放つ。
火の魔法だ。炎が骨の竜を包むが、骨の竜は口からどす黒い霧を吐き出した。
ウィルがすぐさま距離を取るが、霧を吸い込んだのがまずかった。
彼の体がぐらりと揺れ、そのまま地面に倒れる。
彼は起き上がることなく消滅した。
「え……?」
骨の竜がさらにうなりを上げると、周囲に紫色の雲が広がり、黒紫色の雷が郷の空を走る。
周囲の爛れた肉の竜たちも、生きていた頃の属性とは異なる息を吐き出した。
体中から出血を伴う血霧のブレス。
地面すら溶かしてしまう強酸のブレス。
周辺に病原菌をまき散らす疾病のブレス。
体をかじり尽くす害蟲をばらまく蝿のブレス。
そして、骨の竜が吐き出す死のブレス。
五体の竜が獣人の郷を闊歩する。
どの息も食らえば死であり、木村の戦闘メンバーはすでに全滅している。
獣人たちの郷が、死臭漂う竜たちに壊滅されるのを、木村はただ見ることしかできない。
手に握っていたはずの光輝く希望は、あっという間に手からすり抜ける。
絶望という言葉の意味を木村は初めて実感した。




