21.医務室
原住民と魔物との戦闘から一夜が明け、重症の獣人が目を覚ました。
「ここはどこだ」や「俺は死んだのか」などと一通りのありきたりな台詞があったようだが、木村は聞いていない。
すでにペイラーフやテイらが事情を説明している。
獣人の名がギシンジということは木村も聞いた。
名乗りはもっと長かったようだ。ルーオだかグギだかのギシンジだったか。
木村にとっては「あっ、そう」くらいの話である。
男の時点でさほども彼には興味がないし、ましてやあまりにも獣すぎて近寄りがたい。
ケガで倒れていたときは小さく見えたが、今は横になっているにも関わらず迫力がある。
かなり大きめのベッドのはずだが、足がはみ出しかけていた。
「貴方がここの代表者か。命を救っていただき、感謝するばかりだ」
改めて代表者かと問われれば、そうなのかもしれない。
委員会や部活もろくに経験していない木村には、代表者という立場に実感が沸かない。
「体は起こさないで!」
ギシンジは体を起こそうとしたが、ペイラーフに止められた。
身長も幅も倍以上違うが、ギシンジはペイラーフの声に大人しく従っている。
ちなみにここは医務室ではあるが、ペイラーフが管理しているわけではない。
木村も必要だろうと思って作ったのだが、そもそもキャラたちは病気をしないし、ケガもすぐに治る。
次の改装のタイミングでなくそうとしている部屋だった。
どうやら役に立ったようでなによりだ。
「明日には熱も引いて起き上がれると思う。頑丈だね!」
カクレガはギシンジを助けた位置で停留している。
他の獣人たちを追おうにも場所がわからなかったためだ。
大型の魔獣は倒したもの以外は出てこず、小さな魔物を倒すだけにとどめた。
翌日まで待つかと思ったが、昼頃に動きがあった。
数人の獣人たちが、カクレガの近くまでやってきていたのだ。
木村も、おっさんやウィルと一緒にブリッジで様子を見る。
「ギシンジは見つかったか?」
「いや、やはりもう――。せめて形見だけでも探さねば」
どうやらギシンジを探しに来たらしい。
ほぼ戦死扱いだが、形見を探しているだけ義理があるというものだ。
「……ん? 見ろ。俺達以外の戦闘の痕跡があるぞ」
「こっちにも残っている」
獣人たちは、木村たちが魔物を襲った痕跡を見つけた。
「焼け跡だ。炎の魔法だが、ガナヴェルのものではない。ここまで高度な魔法はあいつらには使えん」
「こちらは毒だな。危険な香りだ。近寄らない方が良い」
さすが獣人というべきか鼻がきくらしい。
次々に戦闘がどうおこなわれたのかを分析していく。
「見ろ。この足跡は我々のものではない。人族のものと、何かよくわからない足跡もある。数は……、六か」
「人族がいたなんて報告はないぞ」
「臭いは薄れているが、いたことは間違いなさそうだぞ。だが、臭いがここにしか残っていないのどういうことだ」
獣人たちは不気味がっている。
戦闘痕や臭い、足跡は確認できるのに姿がない。
細かい疑問は数多くあるが、とてつもなく大きな疑問が残る。
「そいつらは――どこから来て、どこに消えたんだ?」
獣人の誰もこの問いに答えられない。
平原を見つめるもの、空をみつめるものと分かれている。
なお、今、カクレガは獣人たちのまさに真下にいる。
答えは単純で、「足下から来て、足下に消えた」だが、事情を知らなければ一種のホラーだ。
「出て行くべきかな?」
「少なくとも今は止めた方が良いでしょう。ギシンジさんに説明をしていただかなければ、僕たち人間は獣人たちにとって敵でしょうから」
種族問題もあるようだ。
テイもどちらかと言えば人間に近い。
どちらにしてもこちらが何者かと問われれば説明がしづらい。
ウィルの言に従い、木村は大人しくギシンジが回復するのを待つことにした。
翌朝、ギシンジは立ち上がれるようになっていた。
背は高い。☆4のフィルクと同じぐらいか。木村が見上げるほどだ。
丸っこい小さな耳に、ピンと張った硬そうな髭、体は黒と金色の毛が交互に入り、目つきも鋭い。
それでいて横幅もあり、過去に動物園で見た虎を大きくして、立ち上がらせたらまさにこれだなと木村は思った。
「それじゃあ、ここでお別れにしよう」
「待たれよ。郷にて礼をさせていただきたい」
挨拶やらなんやらを述べた後で、礼をしたいと言われてしまった。
木村としても気持ちはわからんでもないのだが、そもそもグランツ神聖国に向かっている途上である。
獣人を助けるところまではウィルも合意してくれているが、これ以上の遅延はいかがなものかと木村としては思うところだった。
「キィムラァ。命を助けられ、礼をしたいと思うことは人として当然の心情だ。ギシンジは義理を果たそうとしているんだぞ。ここで一方的に別れを告げて、義理を固辞するのは残酷というものだぞ」
なんかよくわからん理屈で、おっさんがギシンジの側についた。
木村としては、礼を受けても受けなくてもどっちでも良い。
ここは急ぎの用件があるウィルの意見を聞いてみるとした。
実質、今回は彼の判断が最終決定になる。
「お招きいただけるなら行ってみたいです。獣人の郷なんて本ですら書かれていないですからね」
「いいのか、急がなくても」
「一日二日でどうこうなる事態じゃないですから。せっかくの機会は活かしておくべきでしょう」
最初の数日はウィルも気が沈んでいたが、すでにカクレガの空気に馴染んでしまっている。
テイやペイラーフから、ソシャゲ世界での魔法の在り方を聞いたり、外の光景を見たり、実際に外で草や石を採取して楽しんでいるように見えた。
「あまり考えたくないというのが本音ですね」
ウィルにすれば、直属の教授が国を一個消しているかもしれない状態だ。
木村ですら、何の縁もゆかりもない帝都を崩壊させて気分が落ち込んだので、生まれ育った国に×印が付いていたら気分は最悪だろう。
残った人が無事でも何かを言われる可能性が高いし、死んでいたら死んでいたでやはり気が沈む。
他に何か考え事や楽しいことをすることで、気を紛らわせている――ウィルにはその自覚があった。
「わかった。お礼を受けることにするよ」
「存分に受けてくれ」
カクレガを、ギシンジの指示する方向に進ませる。
獣人の姿が見えてきたところで、木村たちはカクレガから出ることになった。
地面からいきなり出てきた木村たちを見て獣人が驚き、警戒を示したが、ギシンジが姿を見せ、声をかけたことで事態が落ち着いた。
ひとまず代表者の数人で、酋長のところに挨拶へ行くことになった。
木村、おっさん、ウィル、ペイラーフ、テイの五人である。
ボローとアコニトは、あまりにも他者を刺激するところが大きいので今回は留守番だ。
アコニトはそもそも獣人に興味がなさそうだったし、ボローについては何を考えているのかさっぱりだった。
テイは獣人に近いから選んだ。彼女は滅多に外に出ないため、何にでも興味を示して落ち着かない。
ペイラーフは見た目こそ小さいが、精神年齢は高いようで自然体に見える。
ウィルもおどおどしている印象が強いが、こういう場面ではさほど緊張しているように見えない。ルルイエ教授が関わらなければ、彼は立派な青年だった。
木村は慣れていないので、テイとはまた違う落ちつかなさを示している。キョロキョロと挙動不審だ。
「キィムラァ。先頭を歩くときは、堂々と前を向いておくんだぞ。キィムラァの一挙手一投足が俺達の存在を示すことになるからな」
おっさんに指摘され、木村は視線を前方に固定した。
「いいぞ。もうちょっと顎を上げろ。胸は突き出すくらいだぞ。大胸筋を意識するんだ。――良い調子だ」
大胸筋を意識しろ、で木村はやや顔が緩んだ。
どうやらおっさんなりの冗談だったようだ。緊張が少しほぐれた。
おっさんは、まるで使節団のリーダーのごとく木村の横で胸を張って歩いている。
服装がタンクトップなので異質なのだが、これはこれで獣人に対しても何らかの畏怖を与えているのかもしれない。
周囲の獣人たちもおっさんとその他四名を見る目で明らかに違いがあった。
間違いなく木村の動きではなく、おっさんの動作が見られている。
「このたびは我らルーオの戦士、グギの子――ギシンジを助けてくれたようで感謝致す」
獣人の長というから、すごい年寄りで杖をついてるのが出てくると思ったが違った。
元は戦士だったのだろう。顔に傷痕があり、体格もギシンジに劣らず髭だけが少し垂れかけている獣人だった。
迫力だけならおっさんにも負けていない。
木村たちも軽く挨拶をしておっさんにバトンタッチした。
ゴツいおっさん二人が流れるような会話を続け、話が次から次へと決まっていく。
まとめると、感謝の証として夜に酒の席を用意する。
しかし、人族とは仲良くできないので明日には出て行って欲しいというものだ。
「今宵だけではあるが、ルーオのもてなしを受けていってくれ」
「ルーオのもてなしとなれば、他の報償幾千にも勝るというもの。ぜひともご相伴にあずかろう」
「すまんな」
長としての立場もあるのだろう。
申し訳ないという長の気持ちが、言葉以上に木村でも感じられた。
おっさんも普段は適当なことを言ってるが、よくもこういう世辞がスラスラでるものだと木村は感心している。
夜になり宴会が始まった。
木村はこういう場に慣れていない。
酒も飲めないし、食べ物も肉ばかりで胃もたれしそうだ。
「よし、次はいないのか!」
「俺が行こうか!」
おっさんは酒を飲みつつ、周囲の獣人と腕相撲を始めた。
全戦全勝で、ギシンジまでやってきた。
ペイラーフは、医療が詳しいということで病気の獣人を治療しに行った。
テイはお酒も肉も駄目なため、獣人の子供たちとかくれんぼとおにごっこの混ざったよくわからない遊びを始めている。
ウィルはお酒を適度に飲み、周囲の獣人から郷の成り立ちや生活様式を聞き、逆に魔法のことを説明している様子である。
木村はどうすれば良いのかがわからない。
誰とも話すことができず、すみっこで臭いのきつい飲みものを口に含み、嫌な顔を作っている。
これが飲み会というものなのだろうか。将来、働くようになったらこういう場を何度も味わわなければならないのか。
異世界から帰る算段もつけてもいないのに、日本での将来を憂うことが木村に唯一できたことだ。
「よっし! 儂が飲むぞぉ! こっちにも持ってこーい! 注げ注げぇ!」
木村は二度見した。
気づけばアコニトも混ざって酒を飲んでいる。
しかも、すでにできあがり、他の獣人と飲み比べをしていた。
それどころか机の上に立って、彼女お得意の奇抜でサイコなダンスを踊っている。
クスリも間違いなく混ざっているのか動きがなんだかおかしい。
周囲は気づかず、手を叩いて拍子を取る。
「げ」
机の上で踊っていたアコニトと目が合った。
彼女は机から颯爽と下りて、木村に近寄ってくる。戦闘の時よりも動きが機敏だ。
「なんだぁ坊やぁ! なぁぜ飲んでおらん?!」
「だって酒なんて飲んだことないし、それにまだ歳が――」
「阿呆たれぇ! 酒を飲むのに年齢なんか関係ないだろぉ! よぉし! 坊やの初めては儂がもらってやるぞぉ!」
木村はアコニトに首を片手でつかまれた。
普段はボロクソにされている彼女だが、☆5キャラであり身体能力はそこそこある。
要するにただの人間程度の木村ではどうやっても抜け出せない。
さらにアコニトはもう片方の手で木のジョッキを持ち木村に口に押し当てる。
スンとした液体が木村の口の中に溢れていく。
むせると木村は思ったが、アコニトが彼の首を掴んだ手をぐりぐりといじって、喉をスムーズ通過させていく。
奇妙な能力の無駄遣いによる最悪のアルハラであった。
急性アル中という言葉が、木村にとって数年先の縁のない話から、身近な話に変わった瞬間でもある。
その後、木村はさらに飲まされてアコニトとテーブルの上で踊ったところまで覚えている。
そこから先は――。
木村が目を覚ますと、カクレガのベッドの上だった。
見た記憶がある。医務室だ。
「起きたね!」
大きな声が頭に響いた。
ペイラーフが木村の目線とほぼ同じ高さで彼を見ていた。
「初めてなのにあんなに飲むから! 治療は弱めにしといたよ! 良い薬だと思ってね!」
高笑いをしながら、ペイラーフは水を持ってきた。
木村は感謝しつつ水を飲み干す。
医務室は外部の人間しか使わないだろと思っていたが間違っていた。
木村は自分を計算から外していた。キャラはケガも病気もしないだろうが、木村はするのだ。
医務室は残しておこうと木村は決めた。
落ち着いてきて、ふと疑問が出てきたのでペイラーフに尋ねる。
「もしかして、もう出発した?」
「いいや! 最後に挨拶をしてからって話になってね! 起き上がれるなら行こう!」
すでにカクレガが移動中かと思ったが違っていた。
通路でペイラーフが話すには、木村が急性アル中で倒れ、彼女が呼ばれたようだ。
あらためて木村は彼女に感謝を告げた。木村は運ばれたが宴会は深夜まで続いたと彼女は話した。
休憩室にいたおっさんやウィルとも合流し、カクレガの外に出る。
天気は良好で太陽の光が目にきつい。日光で体が浄化されていく感覚を木村は覚えた。
郷の中央の広場に、昨日も来ていた獣人が集まっている。
むしろ昨日の宴会よりも多く見えた。女や子供に老人までもが混ざっている。
テイは子供たちと別れの挨拶を交わし、ペイラーフは女性や杖を突いた獣人に感謝されている。
わずか一晩だが彼女たちは獣人たちと良好な関係を築けてたようである。
ウィルやおっさんも同様だ。
木村は自分が情けなかった。
酒を飲まない状態では誰とも話すことはできず、飲んでも倒れてしまいベッドの上だ。
「人族にしては良い踊りだったぞ」
長が木村に話しかけた。
木村は、長が誰に話しかけたのかわからないかったが、朧気な記憶が蘇り、自分のことだと気づいた。
「あ、はい、ありがとうございます」
長は軽く笑う。
馬鹿にしたようなものではなかった。
どうやら自分も何らかの関係が作れていたのだと木村は安堵した。
「ん~! んっんんーー!」
変な声がした方を木村は見て、目を見開いた。
アコニトが縄で縛られ、口枷もされて地面に転がされているではないか。
「何あれ?」
「昨夜、はしゃぎすぎたな」
「外で喚き散らして、走り回り始めたんです」
ウィルが解説をしてくれる。
そこから先は木村でもわかった。
迷惑をかけたところでおっさんにつかまりこうなった、と。
「外で涼しい風に当たって酔いを醒まさせている。良い天気だ。毛も干せるな」
「飲まされて大変でしたね」
木村はほとんど覚えていない。
アコニトと踊った記憶がうっすらと思い出される程度だ。
「……口枷は取ってあげて」
飲まされたのは大変だったが、残っている記憶は悪いものではない。
机の上で彼女と一緒に踊っているときは、周囲との一体感が確かに感じられた。
木村にとって、あまり経験がないことだ。
珍しい経験に木村自身もやや困惑しているが、また体験してみたいとも思える。
「素晴らしい宴をありがとうございます」
考えての発言ではない。
ありのままの気持ちが木村の口から出た。
「楽しんでくれたようでなによりだ」
ギシンジも満足そうに頷いた。
「……じゃあ、これで。またどこかで会えたら」
「貴方たちの旅程に、ルーオの恵みあらんことを祈る」
男たちは武器を手に持ち、地面に叩きつけるような素振りだ。
女や子供たちは、男たちの後ろから祈る姿や手を振ったりと別れの挨拶は様々である。
昨日出会ったばかりの人たちだ。
たった一晩でも新しい経験が増え、出会いがあり、名残惜しさがある。
いつまでも突っ立っているわけにはいかないが、足はなかなか動かない。
おっさんも気を利かせているのか、カクレガの入口の横に立ち、何も言わない。
木村のタイミングで中に入れと待ってくれていた。
ピッピコーン!
木村は体に流れる血が止まった気がした。
なぜ、このタイミングで鳴るのか。本当に鳴ったのか? 聞き間違いでは?
「ひっ!」
アコニトの短い悲鳴で本当に鳴ったとわからされた。
彼女をチラリと見ると、縛られた状態のまま顔が青ざめている。
おっさんに視線を戻すと、にこやかに手紙を渡してくる。
手が震え、手紙を落としてしまった。
現実ではまだイベント期間中のため、最近は事務アナウンスのみだった。
まだイベント期間中のためおそらく事務アナウンスだろう。
事務アナウンスだと自分に言い聞かせて、手紙を拾い直し、内容を読み上げる。
「“イベント攻略の応援!”」
木村は息を吐けるところまで吐いた。
事務アナウンスどころか、良い連絡だった。
元の世界では、やはりまだイベントストーリーが続いている。
新しく始めた人たちにも向けて、運営がアイテムを配りますということのようだ。
どうも心配しすぎていたようだ。
木村とアコニトは顔を見合わせ、互いに安堵の笑いで示しあい、胸をなで下ろした。
ピッピコーン!
まさかの連続である。
おっさんがまた手紙を出してくる。
あの運営といえど、このタイミングで変なことはしまい。
イベントストーリー中に、他のイベントを挟むのも変な話だ。
おそらくピックアップガチャか何かの案内。
もしくは今度こそ事務アナウンスだろう。
「“討滅クエスト開催”」
木村から血の気が失せた。
アコニトの目はキョロキョロと落ち着かない。
どこにあの竜が現れるのかを、常に探し続けている。息も短く荒い。
木村は内容を読んでいく。
うまく読めない。手が震えて文字がぶれる。
内容はこうだ。
今回も前回と同様で挑戦しただけでアイテムがもらえる。
新規プレイヤー向けにスキルテーブル素材多めの報酬らしい。
たしかに負けてもアイテムが手に入るなら良いだろう――ゲームならだ。
現在のイベントストーリーの中だるみを刺激するという役割もあるのだろう。
前回から変更された点もある。
まずは、難易度の修正をおこなったということ。当然だ。
さらに回数が三回から五回になった。こっちは最悪だった。
竜の種類も二種類ほど増やしたらしい。
一番重要なところは前回挑んでいる場合は、一回の戦闘で五回分の報酬がもらうよう設定もできるという点だ。
スキップモードのようなものだと木村は判断する。
これをオンにすれば戦闘は一回で済む。
一回だけで、難易度も調整されているなら何とかできる。
三回が五回になったところで、戦闘が一回だけならむしろ報酬の面でプラスだ。
木村はそう考えた。
「キィムラァ。どうやら今回の討滅クエストは、五回連続で戦うか、一回にまとめるかを選べるようだぞ」
「一回! 一回にして!」
「よし。一回だな。――どうやらあと一分ほどで始まるようだぞ。準備するんだ」
「ウィルはアコニトの縄を解いてやってくれ、おっさんはテイとペイラーフを中に入れて、ボローとセリーダを呼んできてきて。全力で一回を乗り切る」
ウィルは何がなんだかわかっていないが、木村とアコニトの様子から事態の深刻さを理解した。
木村は獣人たちへ向き直る。
「みなさん。今からここに竜が出現します」
事実を端的に伝えた。
彼らは何を言ってるんだと戸惑うが無理もない。
どこにも竜の姿は見えない。影も形もないし、音や臭いもしない。
――だが来るのだ。
「速く逃げて!」
木村は叫んだ。
もはや叫ぶことしか彼にはできない。
それでも獣人たちは、何が何だかという様子で顔を見合わせるだけだ。
ようやくボローとおっさんが現れた。
残る一人のセリーダはおっさんに担がれている。
獣人たちがうろたえていたが、急に木村の背後を見て表情をかたまらせた。
彼らの反応を見て、木村もゆっくりと背後を振り向いた。
赤い竜が出現していた。
郷の西端だ。
前回よりもサイズが大きく見える。
おそらく周囲に高い建物がないためだろう。
問題は強さだ。
前回よりも弱くなっているのは間違いないが、どれだけ弱くなっているのかだ。
やることは決まっている。
セリーダで強化し、ボローで挑発、アコニトとウィルで攻撃。
この流れならどれだけ焦っていてもできる。デイリーでの特訓が体にしみこみ始めているのだ。
「よし! や――」
「やろう!」と発破を入れようとしたところで、木村は腕を力強く引かれた。
アコニトだった。彼女の顔面は初めて見る表情だ。恐怖すらも抜け落ちて完全な無になっている。
彼女は赤竜を見ていない。
右をジッと見ている。なんだろうと木村は右側――村の北側を見る。
竜がいた。
青い竜が村の北端に出現している。
「東と南にも神気の乱れあり。囲まれています!」
ウィルも叫ぶ。
木村が見ると東には黄色の竜が、南には初めて見る緑の竜がいた。
「さらにもう一体。――上空です!」
木村たちのいる中央の広場、木村と獣人たちのすぐ真上に金色の竜が現れた。
竜は空を飛んでいる。あまりにも大きすぎて雲のように郷の一部に影を落とす。
金色の竜がうなりを発した。
うなりと同時に雷鳴が轟く。稲光が郷を襲った。
獣人の女子供は叫び、男たちは武器をかまえる。
アコニトが地面にへたり込み、ウィルは呆然と金竜を見上げる。
セリーダは何がおかしいのか笑っていて、対照的にボローは無言だ。
木村は、頭が真っ白になった。




