20.製作室
カクレガはパーンライゼ区域を南東に進んでいる。
どこまで進んでも平野ばかりだったが、ようやく景色が変わってきた。
木村の視界の隅に小さく木々が見えてきている。
今までは獣型の魔物が目立っていたが、中型の動物や小動物も見えるようになった。
魔物を倒すことでわずかながら素材が手に入るので、中型の群れが見えたときはまとめて倒している。
成長用の素材以外にも、武器製作用や限界突破用、食用などといろいろなアイテムが手に入った。
「これでどうでしょう」
木村たちはカクレガの製造室にいた。
製造室、製作室、加工室などキャラによって呼び方は変わるが、要するにアイテムや装備を作ったり、加工したりする部屋のようだ。
製造室に対応するスキルをもっているキャラがおらず、ボローの自己メンテナンス部屋だったのだが、ウィルが使用に手を挙げた。
「杖として認識されてる」
なんとかという木の枝のアイテムに、これまたなんとかという水晶玉を雑にくっつけただけだ。
加工と呼ぶのもおこがましい取り付けだが、これだけで杖として木村には認識されている。
さっそくウィルが装備して、訓練室で魔法を撃つ。
なんとなく強くなってはいる気がするが、はっきりとはわからない。
HPゲージが付いていれば、装備の前と後でダメージ量がわかるのだが、残念ながらステータス値でしか確認ができない。
「すごく良くなってますね。速さやコントロールが体感でわかるほどに増しています」
本人が言うならそれで良いかと木村も納得する。
それに杖と言ってもやっつけの杖だ。これで実感ができるほどである。
もしもスキル持ちのキャラが、良い素材を使って作ったり、強化するならかなりの物になるだろう。
「やはり装飾品は重要ですね」
「……当然じゃないの?」
ウィルの話す装飾品というのを装備と木村は捉えている。
装備がステータスアップにおいて重要だということはあまりにも当然のことだ。
「当然と言われれば当然なのですが……、作製はとても難しいんです。通常であれば、特殊な技術者が、貴重な材料を用いて、何日もかけなければ、これほどの杖を作ることができません」
これほどの杖と呼ばれる枝と水晶玉の工作を木村は見る。
とてもじゃないが、この杖がそんなに難しいものだとは思えない。
ゲームでなら序盤の序盤で入手できるモノなら妥当かなというくらいだ。
「そんなものかなぁ……」
「僕の収入だと数年分は溜めないと買えないでしょう」
「これが!?」
杖の材料はまだまだあまっている。
もう少し見映えをよくしてやれば、良い稼ぎになりそうだ。
木村はふと思い出した。
セリーダのブローチはかなり良い効果だった。
もしかしてあのブローチは凄まじい値が付くものではないだろうか、と。
「キィムラァ。魔物と原住民との戦闘が確認されたぞ。ブリッジに来てみてくれ」
おっさんが話題とともにやってきたので、木村はブローチのことは後回しにした。
やっと、魔物と動物以外の生物が見られるようだ。
ブリッジと格好良く呼んでいるが、外の光景が見える休憩室である。
いちおうブリッジ専用の調度品もあるようだが、現時点ではまだまだ高くて購入の目処が立たない。
まずは住環境を良くしてから、装備関係や機能の強化を追加していく方向性にしている。
キャラたちと一緒に生活していないなら、この順序は逆になっていただろう。
ゲームであればキャラのライフスタイルなど知ったことではない。
プレイがより効率的になるよう、カクレガや装備関係の機能から強化していたに違いない。
実際にキャラたちのライフスタイルと接し、彼らの生き方を目の当たりにしたからこその住環境強化である。
外の様子を見れば、大型の魔物と人型の生物が戦っている。
魔物は人型の生物より数倍以上は大きく、暴れているようにも見える。
一方で、人型の方は完全に人とは言えない姿だ。
「獣人ですね」
「獣人?」
「はい。僕もここ以外では初めて見るのですが、獣人で間違いないでしょう。パーンライゼ区域は、人ではなく、彼ら獣人によって支配されていると聞いています」
木村も、獣人はゲームやアニメでなら見たことがある。
現にアコニトやテイなどがそれだ。
しかしながら木村が思っているよりも獣だ。
ちょっとケモミミが生えている人間ってレベルじゃない。
アコニトやテイのように耳生やして、尻尾を付けましたじゃ済まない。
もう完全に獣が二足歩行で歩いているという段階だ。
ケモ度指数が高すぎてちょっと怖い。
「どうするんだ、キィムラァ。苦戦しているようだぞ」
おっさんの言うように、大型の魔物の方が優勢だ。
魔物にも傷はあるが、それ以上に獣人たちの負傷が目立つ。
獣人たちもこのままではまずいということがわかったようで撤退し始める。
撤退は素早かった。それぞれが散らばり、一目散に駆けていく。
魔物もどれを追うか悩んでいたが諦めてしまった。
「あ、チャンスだ」
獣人たちは撤退してしまっている。
逃げたのならもらってしまっても良いだろう。
この大型はまだ倒していないので、ドロップが気になる。
負傷して弱っているのも追い風だ。
「アコニトとウィル、セリーダ、ボローで行こう」
最近のお気に入りメンバーである。
セリーダのブローチをウィルに付け替えて、セリーダをパーティーから外し、攻撃役か回復役をもう一人入れたいが、なかなか良いキャラに恵まれない。
アコニト以外は☆3以下なのだが、現状ではこのメンバーが一番戦闘力が高い。
おそらく装備が整ったり、レベルの開放が進むことで高レアの方が強くなるのだろうがまだまだ先の話だろう。
外に出る直前に、セリーダで残りの三人に補助をかける。
出た直後にアコニトとウィルの攻撃を、一方的に大型魔物の背後から浴びせた。
さらに、振り向いた直後でボローが挑発し、ターゲットをずらし、さらにアコニトとウィルの攻撃でたたみかける。
さすがに大型ということがあり、なかなかしぶとい。
それでも試練の塔ほどの耐久力があることもなく、自爆を選択肢に入れることもなく倒すことができた。
損傷も特になく、宝箱からは新しい素材も入手できた。
奇襲からの完勝である。
しかし、問題が一つ残った。
「うっ、ぐぅ、ミィナ……」
魔物にやられ、まだ死んでいない獣人が残っている。
素人の木村から見ても非常に良くない状況だ。血だらけだし、骨すら見えている。
あまりの痛みに汗が出ており、毛がしっとりと濡れ、白く固まっているようにすら見える。
「どうするんだ、キィムラァ」
横取りや奇襲はできても、怪我人を見捨てることは木村にはできなかった。
譫言のように誰かの名前を呼んでいるのも見ていて心苦しいものがある。
「殺してやった方が、楽だと思うぞぉ」
アコニトがニタァと木村を見て微笑む。
木村が迷っている様子を見て楽しんでいる様子だった。
「開放骨折しています。下手に動かしてはいけません。ペイラーフさんを呼んできてください。それまでは僕が応急処置をします」
ウィルが獣人の側により、魔法を唱え始める。
普段は詠唱もせずに魔法を撃っているのだが、回復魔法は難しいのだろうかと木村は思った。
ペイラーフは回復スキルを持つ☆4キャラである。
回復能力は優秀だ。単体回復で、状態異常の除去すらも持っている。
しかし、回復能力が高いためかクールダウンも比例して長いため、現状ではやや扱いづらい。
ただ医療の知識があり、こういう重傷者一名を回復する場合ならうってつけだろう。
「俺が呼んでこよう。ちゃんと生きて待ってるんだぞ」
おっさんがカクレガを開けて中に入る。
獣人に聞こえているかは怪しい。ウィルの魔法も効果がいまいち見えない。
「ほぅれぇ、儂が楽にしてやるぞぉ」
アコニトが煙管から口を離し、煙を込めた息を重傷者に吹きかけた。
もしもこの場におっさんがいたら顔面が潰れていたに違いない。
まさか殺したのかと木村は思ったが、獣人は生きている。
「……どうしてそんなことができるの?」
心ない行動に思わず木村も口が出た。
さすがの彼も、このアコニトの行為は看過できなかった。
彼も大概なのだが、自らのことは棚に置いている。
「どうしたぁ、坊やぁ。顔が怖いことになっておるぞぉ? 怖くて泣いちゃいそうだぁ」
アコニトに反省の色はない。
キヒヒィと笑って、木村の様子を見て楽しんでいる。
それが余計に木村を苛立たせた。
「どいて! どいて! あたしが通るよ!」
やたら大きい声の女性が木村の背後からやってきた。
ペイラーフである。声は大きいが背は低い。木村の半分ほどだ。
ミニィ族と呼ばれ、身長があまり伸びない種族である。
「んー?」
ペイラーフが重傷者の容態を診てから、アコニトに視線を移した。
「やるじゃん! 見直したよ!」
「見上げることも許すぞぉ」
ペイラーフが「馬鹿言ってんなよ!」と治療スキルを使う態勢に入る。
二人がバチバチやり合う流れだと木村は考えていたので、何がどうなってるのかわからない。
スキル対象の重傷者を見ると先ほどよりも、落ち着いた顔をしていた。痛みで苦しむ様子が見られない。
「あ……」
木村もようやく思い至った。
病院では痛みを和らげるために麻薬を使うこともある、と。
「坊やの反応は正しいぞぉ。だがなぁ、用法と用量を守れば、こういう使い方もできるということだぁ」
アコニトが重傷者に煙を吹きかけたのは、痛みを取り除くためだった。
木村は、バツが悪そうな顔でアコニトを見るが、彼女は木村の顔を見てニタニタと楽しそうである。
「何も言うことはないぞぉ。儂が坊やの反応を見て楽しんでいたのは事実だからなぁ」
ケヒケヒと笑いながらアコニトは煙管を吸っている。
横ではペイラーフと、彼女の補佐をするウィルが重傷者の処置をひとまず終えたところだった。
獣人は一命を取り留めたようだ。
そもそも命に別状があるわけでもなかったかもしれない。
それでも彼が助かったことは、ひとまず良かったとすべきだろう。
「まだ熱が引かない! 連れて入るよ!」
ペイラーフが木村を見た。
ここに放置しておくわけにもいかない。
せっかく助けたのに魔物に襲われて死なれては、それこそ無駄な労力というものだ。
「わかった。頼むよ」
ウィルとおっさんが獣人を連れてカクレガに入る。
ペイラーフもその横をついて行く。
「儂らも行くぞぉ、坊やぁ」
おっさんの背を見送っていた木村にアコニトが声をかけた。
彼女は煙を空に向かって吐き、入口をくぐっていく。
「待って」
「待たぬ。早う来んか」
「いや、違くて。煙管はまずい」
「んぁ? 少しだけだぁ、おおめに――ふぁっ!」
アコニトがカクレガの中に入ったと思ったら、次の瞬間には上向きに勢いよく排出された。
「……うっわ、すごい飛ぶ」
アコニトは空高く飛ばされ、空中で無意味にパタパタもがき、地面にベチャッと叩きつけられる。
木村が近寄るとアコニトは瀕死の状態だった。もしかしたら先ほどの獣人よりもひどい状態かもしれない。
「えっと、喫煙室以外で吸ったら、外にはじき出されるようにしたって言わなかったっけ」
「聞いて……、おらんぞぉ……」
アコニトはそのまま力尽きた。
力は尽きたが死なない程度に意識を失っただけで、その場に倒れ続けている。
面白い仕掛けだったので、素材も少ないから導入してみたのはいいが、思った以上に飛んだ。
せいぜい地面から数メートルだと思ったが、数十メートルは飛んだかも知れない。
その後、様子を見に来たおっさんに、アコニトを引きずってカクレガに連れて帰ってもらった。
脚を掴んで階段から引きずり下ろしていたのでけっこう痛そうだ。
そんなこんなでカクレガは進んでいった。
木々を潜り、獣人の住む地域へと。




