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2.10連召喚

 木村がやっとのことで立ち上がると、おっさんと獣たちが対峙していた。

 おっさんの立ち姿はあまりにも雄々しい。腕を組んで立っているだけなのに巨像か何かかと木村は錯覚するほどだ。

 木村だけではない。獣たちもまた、おっさんただ一人を前に動けずいる。


「ようやく起きたか。見てのとおり、状況は良くない。なんとか抑えているが、このままでは突破される」


 木村は突破される光景が思い描けなかったが、とりあえず「はぁ」と気のない返事をする。


「キィムラァ。もう良いだろう。お前の力を見せるときだ。俺が見込んだお前の不思議な力を見せてくれ」

「不思議な力なんてないけど……」

「いや。ある。お前には力がある。まだ、気づいていないだけだ。目を凝らしてありのままに世界を見てみるんだ」


 木村は不思議な力を感じた。

 まるで本当に自分には何か力があるんじゃないかと感じた、……ないのに。


「キィムラァ、目を閉じろ」

「え、でも」

「いいから目を瞑れ」


 否応なしに目を瞑らされる。


「ゆっくりだ。ゆっくり目を開け、お前なら見えるはずだ」


 木村が目を開くと本当にあり得ないものが見えた。

 目の前にいたおっさんを塞ぐように、四角い枠が出ている。


“10連召喚!”


 でかでかと、しかも派手派手しい装飾でそう書かれている。


「見えたな。それがお前さんの力だ」

「えぇ、何これ?」

「さあ、力を行使するんだ!」


 木村が「10連召喚!」と書かれた枠をタッチする。


 周囲の時が止まった。


 木村を囲むように十の扉が虚空から次々と現れる。

 九個目の扉まではボロボロの扉だったが、十個の扉は虹色に輝き、神秘的な扉であった。

 まんまソシャゲの高レア確定演出だったが、木村は口に出さなかった。


 …………木村は待っているが、扉は開く様子がない。


「何をぼんやりしているんだ? 早く開けないか。運命の扉は自らの手で開くものだぞ」


 時間が止まっていると木村は思っていたが、おっさんは普通に動いて側にやってきていた。

 なお、デカい狼の方は停止しているので、このおっさんが特別なのだ。


「さあ」


 おっさんの声に導かれ、木村は虹色の扉へと近づく。

 まさに扉に手をかけようとしていたとき、おっさんが声をかけた。


「なぁ、キィムラァよ。物事には順序ってもんがある。その扉は最後にするべきだと俺は思うぞ」

「……あ、はい」


 静かな圧力を受け、木村は隣の木の扉へと移動した。

 木の扉を押すと、蝶番がいかれたような「キィィ」と耳障りな音がして扉が開く。


 逆光だった。

 扉の中に人影が見えるが、眩しくて誰かはわからない。


 光が徐々に収まり、ようやく木村はその人物を見ることができた。

 体格は良い。背も高い。彫りの深い顔で腕を組んで木村を見下ろしている。


「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」


 木の扉から出てきたのは、木村のすぐ後ろにいたはずのおっさんだった。

 木村がすぐさま振り返って見るが、彼の後ろにいたはずのおっさんは消えてしまっている。


「えっ? ……ええっ?」

「どうしたんだ、後ろを振り返ったりして。次の扉を開くんだぞ」


 木村は首を捻りながら、次の木の扉を戦々恐々と開く。


「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」


 光が収まるとまたしてもおっさんが出てきた。

 木村の後ろにいたはずのおっさんは、やはりどこかに行ってしまってもういない。


「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」


 九回ほど同じ声と挨拶を聞き、木村は頭がおかしくなりそうだった。

 自分はソシャゲの夢を見ていると思っていたが、世にも奇○な物語の夢かと思ったほどだ。


 しかし、まだ木村には希望があった。

 最後の扉だけは、明らかに見た目が違う。ボロボロの木の扉ではない。

 すなわち謎のおっさんは出てこないはずだ。


「最後の扉だぞ。すごい力を感じるな」


 木村が扉に近づくと、扉の煌めきはさらに増した。

 手を扉にかけて、ゆっくりと押し開く。


 逆光も今までの比ではない。

 光自体が力を持っているようで、木村は思わず後ずさる。


「儂を呼び寄せるとは愚かな人の子がいたものよ」


 妖艶な女の声が木村の耳を撫でた。

 同時に、甘ったるい嗅いだことのない臭いが彼の鼻をくすぐる。


「おやぁ、まだ乳臭い坊やじゃないかぁ。儂がかわいガッ――」


 あと一歩で扉から出てくるというところで、謎の存在は見えない壁にぶつかって止まった。

 謎の存在が持っていたと思われる棒が地面に転がる。


「痛っつ……、なんだぁ、これはぁ! は? 待――」


 虹色の扉がパタンと閉まった。

 全ての扉が消え去る。


「お、これはすごいな! ☆5の装備品だぞ!」


 おっさんが謎の棒を拾い、木村に見せてくる。


 木村はまだ状況が理解できずにいた。

 確かに謎の存在はいた。おそらく女だったと思う。

 謎の女が扉から出る途中で何かに阻まれて、扉から出てこなかった。

 謎の女が持っていたであろう棒だけが地面に転がり、女はもはや現れることはない。


「ほれ、どうした木村。お前が持っておくんだぞ」


 おっさんが差し出してきた小さな棒を木村は手にした。

 同時に不可解な情報が木村へと流れ込んでくる。


菫狐きんこアコニトの煙管』


 どうやら先ほどの存在は菫狐アコニトというらしい。

 棒は煙管だったようで、見た目よりもずっと重く、木村の素人目で見ても作りがしっかりとしていた。


 時は動き出す。


 狼の唸り声が聞こえ、状況はおっさんと木村、そして新たな武器の煙管である。


「おいおい、キィムラァ。その煙管は専用装備だ。お前さんじゃ使えないぞ」

「駄目じゃないか」


 駄目だった。10連を回して、九人のおっさんとレア度☆5の煙管(使えない)が出ただけ。

 つまるところ状況は何も変化していない。


「駄目駄目じゃん」


 木村は二回言った。

 しかも二回目は駄目を重ねた。


 ダメダメすぎた。

 糞ガチャだ。リセマラのやり方を教えて欲しい。

 それかアンインストールの方法でも良い、木村は心からそう思った。


「どうすりゃいいの?」

「待て。焦るな。まだ手はある」


 おっさんがポケットに手を入れ、抜き出すとそこにはしわくちゃになった封筒が握られていた。

 ほれ、とおっさんが木村に差し出す。


「俺には読めなかったが、お前なら読めるだろう」


 しわくちゃになった封筒を軽く伸ばし、封を開けて手紙を取り出す。


“カゲルギ=テイルズ リリース記念の10連ガチャチケット”


 名前に見覚えがあった。

 カゲルギ=テイルズは木村がタブレットにダウンロードしたゲームのはずだ。


 そんなことはどうでもいいかと木村は10連ガチャチケットの方に目が行く。

 手紙がそのまま消え、木村の目の前には先ほどのように「10連召喚!」の文字がでかでかと浮かんでいる。

 木村は力強く、その文字を押した。


 先ほどのように扉が次々と現れる。

 九個の扉が全てボロボロの木の扉で、十個目だけが金色の扉だった。

 ひとまず、おっさん以外のキャラが出てくれれば、木村はそう願って扉を押していく。


「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」

「よう。キィムラァ。また、俺の出番だな」


「クソがッ!」


 木村は激怒した。

 手に持っていた煙管を地面に叩きつけた。

 煙管は頑丈であり、折れるどころか傷一つ付くことはない。

 自らの非力さが、彼をさらに怒らせる。


「何でだよ! 『俺の出番だな』どころか、お前の出番しかねぇじゃんか!」

「キィムラァ、なぁ、落ち着け。世の中、何でもかんでも自分の思ったとおりになるわけじゃないぞ。それに、まだ最後の扉が残ってる。希望はある。まだ希望は潰えていない。だろ」


 誰のせいだ、とおっさんをにらみつけるが確かに扉はあと一つ残っている。

 木村は深く息を吸い、扉に手をかける。


 もしも先ほどのように専用装備品だったら……。

 嫌な思いにとらわれて手は止まったが、体重をかけ、なんとか体で金の扉をこじ開けた。


 まばゆいほど逆光。

 扉の内側に倒れかけた木村を細い腕が支える。

 腕こそ細いが、支える側の体はぶれることがない。まるで大樹に身を預けているようだった。


「私を呼んだのは貴殿か。よろしい。ともに進もうではないか」


 凜々しい声が木村の耳を打つ。

 女性の声だ。顔立ちも声のように格好良く、それでいて女性らしさもある。

 「ようやく当たりを引いた」、木村の目頭には涙が溜まっていた。


「行こう。我が主よ」

「……はい」


 女性に支えられつつ扉を出る。

 出ると同時に金色の光が、虹色の光へと変わった。


「どこへ行くか。その坊やは儂の獲物じゃ」


 扉の外に出た木村が振り返ると、凜々しい女性の背後から怪しい影が忍び寄っていた。


「何者ッ?!」


 凜々しい女性が振り返り、しかし、その体はすぐにふらりと倒れた。


「やぁやぁ、坊やぁ。先ほどぶりだなぁ」


 倒れた女を足蹴にして、気持ち悪い笑みを浮かべた女が扉から出てきた。

 顔は女である。頭に狐のような耳がついている。顔立ちは綺麗だがどこか歪んでおり不気味さを感じさせた。

 薄紫色の地面まで届く髪を引きずりながら、木村へと歩み寄ってくる。


 彼女の背後には、彼女よりも背の高い毛の生えた尾が何本も見えている。

 ふへ、ふへへぇと女は笑いながら、地面に落ちた煙管を拾い上げ口にあてた。


「紹介が遅れたなぁ。儂はアコニト。菫狐アコニトだぁ。久方ぶりの現世。楽しませてもらうぞぉ」


 アコニトが、紅を塗った唇から円になった煙を吐き出す。


 扉は全て消え、またしても動き出した狼たちとの戦闘が再開された。

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