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16.イベント「暗澹たる凪の刻 式微の跫音」5

 イベントボス戦が始まった。


 煙の大鼠ことデザチューは何というか地味に強い。

 めちゃくちゃ強いと木村は考えていたので、そこは拍子抜けではある。


 ただ弱いわけではない。

 まず、体が真っ黒の煙なので直接攻撃が効かない。

 パーティーに直接攻撃するキャラがいないので問題はなかった。

 しかしながら、もしも全員が物理キャラなら詰んでいた状況である。

 これには木村も反省し、次回はもう少しバランス良くパーティーを組もうと意識をあらたにする。


 煙の大鼠の攻撃は噛みついてきたり、体当たりである。

 ボローの股間についた専用装備の挑発が効果を奏し、一人で鼠の攻撃を引き受けている。

 実際のところは接触による状態異常の付与だけでなく、精神攻撃もおこなっているのだが木村は気づいていない。


 ただし、木村たちの攻撃も効いているとは言えない。

 アコニトの毒は無効化されないまでも耐性があるようで微妙だ。


 真に厄介なのはスィミアである。

 彼女は魔法だけでなく、ナイフを投げて邪魔をしてくる。

 しかもナイフには、魔法の壁を貫通する効果も仕込んでいるようだ。

 デザチューに、唯一まともな攻撃ができるウィルを重点的に狙ってくるのでやりづらい。

 彼女の方がむしろ強敵かも知れない。デザチューこそいれど、ウィルやアコニトの攻撃をほぼ彼女一人で凌いでいることに、なかなか強いなぁと木村は驚いていた。


 初回のイベントボスとしては、そこそこ難易度が高いのではないだろうか。

 状態異常メインと物理・魔法のバランスが取れたもう一人。

 体力は低そうだが、地味にいやらしい組み合わせだ。


 火力が足りなければ回復役が必須だろう。

 さらに二体の攻撃を引き受ける防御役もいるかもしれない。

 そうすると攻撃役が二人。火力不足でじり貧に追い込まれる可能性もある。


 木村としては、ウィルが普通に使えるキャラだったことに驚いている。

 下手に今のカクレガの仲間を突っ込むよりも、彼の方が戦力としては上だろう。

 異世界の人でも戦えるキャラはいるんだなと木村は認識をあらためている。


 問題は残る一人だ。ルルイエは何もしていない。

 彼はつまらなさそうに遠くを見ている、と木村は考えている。


 ルルイエが戦闘に参加していないのはそのとおりだが、何もしていないわけではない。

 奥に、叫びながら一人走って行ったベイスラーの魔力を彼は追跡していた。

 さらに、ベイスラーの行く先にある扉に注目している。


 実はルルイエは過去にここを訪れたことがあった。

 その際、奥までこっそり入り込み、謎の扉があることは確認済みである。

 過去に入り込んだときは結界を破壊せず、中和して潜り込んだので魔力が極めて薄い場所だとしか感じなかった。

 扉もおかしな挙動をしておらず、魔法的にも無価値なものであった。


 しかし、今は扉の性質が異常だ。周囲の魔力を恐ろしい勢いで吸い込んでいる。

 今まであった結界が消え去ったことにより、結界が遮っていた周囲の魔力が扉へと流れ込んでいるとルルイエは察した。


 もともと、この遺跡付近は地脈であり、魔力が流れ込む場所ではあった。

 本来、その魔力はこの扉に流れ込んでいたのだとルルイエは推察した。

 そして魔力を吸って、謎の扉が作動したと話を繋げた。


 さて、今までは結界により、吸い込まれるはずの魔力が滞っていた。

 その行き場を失った魔力を学園側に引き込むことで、グランツ神聖術学園は魔法で繁栄していた。

 これは今後の学園にも大きな影響が出そうだとルルイエは考える。


 ただ、今回の場合は他にもっと考えるべきことがあった。

 この扉が何なのかだ。


 とりあえず後で調べればいいかとルルイエは思考をいったん止める。

 ちょうどそこへ、木村が苛つきの混じった声でルルイエに声をかけた。


「あの、何か手伝ってもらえませんか」


 戦闘はやや状況が悪い。このままではこちらが負けそうだと木村は判断していた。

 仮にルルイエが他のキャラなら、一キャラ分こちらが優勢になっている。

 何もせず突っ立たれては、まさしく何の役にも立たない。


「まだやっていたのか」


 ルルイエが煙の鼠を見た。

 彼が見ただけで大鼠が苦しみもがき地に伏す。


「――これで良いだろう」


 木村には、ルルイエが何かをしているようには見えなかった。

 本当にただ大鼠を見ただけ。今までまともなダメージが通らなかったのが嘘のように、鼠はダメージにより行動を止めている。


 ルルイエには魔物の正体が詳細に見えていた。

 様々な状態異常をもたらす効果を付与した煙の中に、魔物の核となる部分がある。

 動きや密度を変え、場所を特定させないようにしているようだが、ルルイエにとっては意味がない。

 隠そうとするぶんだけ、動きが生じてかえって目立つ。


 その不格好な核に向かって、魔力をぶつけてやっただけだ。

 もはや魔法とすら言えなかった。


 核を穿たれた煙鼠は、追撃を避けるために形態を変化させた。

 煙を分裂させ、おびただしい数の小さな鼠を出すことで本体を隠そうとする。


「なんだぁ! ばらけたぞ!」


 無意味な抵抗である。

 すでに先の魔力当てでルルイエは魔物の核にマーキング済みだ。

 どれだけの数に分裂しようとも、核を瞬時に見分けられるし、外すこともない。

 ルルイエはトドメとして魔力をもう一度撃つ。


「終わった。――ほう、初めて見る現象だな」


 鼠があっという間に消滅し、宝箱が現れる。


「え? 何をやっ、やられたんですか?」


 あまりにも一瞬で全てが終わり、木村も思わず敬語になるし言い淀む。

 木村には、最初から最後までルルイエが煙の鼠をただ見つめていただけにしか見えなかった。

 だが大鼠は倒れ、倒した証とばかりに宝箱が木村を待っている。


 周囲も絶句し、ルルイエを見る目が変わりつつある。

 ウィルだけは自らの担当教授を嬉しそうに見つめていた。


「まだやるのか?」


 いかにも面倒そうな顔でルルイエは、呆然としているスィミアに問いかけた。


「あ、あり得ない。あり得ない。あり得ない。――あり得ない!」


 スィミアは目の前の光景が理解できない。

 「あの方」からいただいた箱は、都市モルデンを壊滅させるに十分な魔物が入っていた。

 事実として、過去に地底王国を再起不能の数歩手前まで追い込んだ。


 もちろんあの時とは事情が異なることはスィミアも承知している。

 周囲に人の数が多いほど猛威を振るうと聞かされていたが、今回は周囲に人が少なすぎた。

 それでも猛威こそ減れど、魔物としての力が減るわけではない。

 デザチューは彼らを殺すはずだったのだ。


 そのデザチューが一瞬でやられた。

 何をされたのかもスィミアにはまったくわからない。

 ただ「まだやるか」というからには、やる気の感じられない無精髭の男がやったに違いない。


 男はスィミアの対応を待っている。

 スィミアを見ているようだが、もっと別のどこかを見ている気もする。

 デザチューがやられた以上、彼女としては何もせずに白旗を揚げるわけにもいかない。


 せめて一矢報いなければ。


 スィミアは右腕を伸ばし、袖に隠していたナイフを手に出す。

 そして――、


「右手のナイフに弱体化を付与し、加速させ投擲。ナイフに目が行った隙に左手に仕込んだナイフに着色を付与しを背後から見えないように投げ、軌道を曲げて私の首へ横から突き刺す」


 スィミアの手が止まった。

 彼女のやろうとしたことが、そのまま男の口から出てきた。


「お前は人の心が――」

「読めない。魔力の流れが読める。君は優秀だな。発動前から明確に魔法の軌跡を描けている。それ故に流れがとてもわかりやすい」


 男の言っている意味がスィミアにはわからないが、読めるからといって止められるわけではない。

 スィミアは魔法を行使しようとした。


「っぁ!」


 スィミアが魔法の行使をしようとした瞬間に、彼女は右手に鋭い痛みを覚えた。

 手かこぼれ落ちたナイフが、地面とぶつかり硬い音を立てて転がる。


 彼女は右手を貫かれたように感じたが、見ても何も変化はない。

 血の染みすら出てきていない。それでもまだ右手にはしびれが残っている。


「これ、あの時の――」


 彼女はこの鋭い痛みに覚えがあった。

 スィミアが異世界にやってきたとき、彼女は学園の警備兵と戦った。

 あのときもこれで魔法が発動せず、彼女はあっさりと捕らえられてしまうことになったのだ。


「あんただったのね……。いったい何をしたの?」

「魔法が発動される瞬間、魔力の流れは淀み、歪みを生じる。魔法発動寸前に、歪みの中心を魔力で突いた。魔力が抜け、魔法は発動されなかった」


 「それだけだ」と締めたが、彼以外の誰にも真似はできない。

 木村はよくわからない。風船の空気を抜いたくらいに思っている。

 他は理解すらできない人間と、理解ができても実行ができない人間に分かれた。


 スィミアは近接戦に持ち込もうとしたが、力を入れた足の裏にまたしても同じ痛みが走る。

 彼女は声こそ出さなかったが、足を踏み出すことをできなかった。


 手も足も出ない、――出せないということに彼女は気づいた。


「サシなら私だってそこそこできるのよ。幹部連中とだって同条件ならやり合える。どうしてその私が手も足もでないのよ」


 スィミアの強さは木村も認めるところである。

 鼠が仲間にいたにせよ、アコニトとボロー、それにウィルという三人を相手に互角以上の戦いを見せた。


 ただ、ルルイエが異端過ぎた。

 はっきり言って、相手が悪いとしか言いようがない。

 魔法のことがよくわかっていない木村ですら、ルルイエが別格だと理解し始めている。


「『あの方』から頂戴した肝いりの箱ですら、相手にならないなんてどうなってるのよ!」


 木村もスィミアに同情し始めている。

 箱と言えば、まだドロップした宝箱を開けてないと木村は思いだし、宝箱へと向かう。


「『あの方』にいったい……、ちょっとあんた! 私が話してるんだから、せめてこっちを向きなさいよ。なんでデザチューがやられて、見たこともない箱が出てきて、しかもあんたが中身を漁ってるのよ。私のデザチューなんだから、その箱も私のでしょ! もう訳がわからないわよ!」


 木村は宝箱を開けて、ボスのドロップに喜んでいた。

 素材や装備のみならず、ガチャチケットまでもが中に入っていたのだ。


「キィムラァ、人の話はちゃんと聞くべきだぞ」


 おっさんにも注意されてしまった。

 さすがに空気を読んでなかったと木村も反省する。

 だが、宝箱の権利を譲るつもりは毛頭ない。


「こんなのどう報告しろって言うのよ」


 ついに左手に持っていたナイフを、地面に叩きつけた。

 叩きつけられたナイフは、跳ね返ってスィミアの脚を切り付け、どこかへ跳ねていく。


「いっつ……。何なのよぉ。何なのよこれは! 何だってのよ! どうしろってのよ。報告しようがないじゃない……」


 木村も沈黙で肯定する。

 スィミアはもう心が限界だった。涙が勝手に目からこぼれ始めている。


「『箱を開けましたが私は生きています』と報告すれば良い」


 ルルイエが助け船を出したが、スィミアは激高するだけだ。


「そんなこと言えるわけないでしょ! どうして開けたのにのうのうと生きているんだって言われるだけよ!」

「いかにも、君が生きていることが『あの方』とやらにとって、聞くに値する報告だろう。君は死んでいるべきなのだから」

「…………どういうこと?」

「先ほどの鼠は、周囲に人がいなくなれば、最後は開封者である君を襲うよう設定されていた。箱を開けているにも関わらず君は生きている――どうやって生き延びたかは重要な情報になるだろう。肝いりの鼠が倒されたところを君は見たのだしな。鼠が倒された方法も先に話したとおりだ」


 スィミアは理解に時間がかかった。

 ようやく理解が追いついたが、彼女はそれを口にできない。

 口にしてしまえば、彼女は自身がもう立ち上がれなくなると自覚した。


 彼女の自覚を鋭敏にも悟っている存在がいた。

 アコニトである。彼女が今まで笑いを必死に堪えていたのは、全てこの瞬間のためだ。

 スィミアの心は崖っぷち。最後の一押しこそアコニトの数ある楽しみの一つ。

 彼女は魔物らしい歪な笑みを以て、スィミアに這い寄る。


「うぬは――」


 それだけ言って、アコニトは溜める。

 次に口にする言葉をスィミアがきちんと受け止めるよう、逃げられないよう彼女の心を焦らしていく。


 そして、スィミアの口となってアコニトは告げた。


「使い捨てられた、ということだなぁ」


 スィミアが呆けた顔でゆっくりとアコニトを見る。

 信じられないという表情だ。


「嘘よ……。嘘、どうしてこの私が」


 スィミアの表情を見たアコニトの体に愉悦という名の電流が走る。

 アコニトはまだ落とせると判断し、さらに追い打ちをかけた。


「なぁぜ、そこまで己に自信が持てるんだぁ? うぬは先ほどのネズミで、どこぞの都を落とすつもりだったんだろぉ。それなら、なぜうぬはここにおる? どうしてここで箱を開いたぁ? ん~?」


 アコニトがスィミアへさらに近づき、触れないぎりぎりの距離を保ち、ゆっくりと回りながら言葉をかけていく。

 木村は、アコニトがとても楽しそうだと気づいた。最近はひどい目にあってリアクション芸を磨いていたが、本来の彼女はこんなのだったなと思い出しつつある。


「『あの方』とやらに与えられた役割の一つもこなせぬ、根拠のない自信に満ちたうぬだからこそ使い捨てにされたのじゃないかぁ。話が飲み込めたかぁ? お使いすら禄にこなせないお嬢ちゃぁん」


 スィミアは崩れ落ちた。ここまで溜まっていた不満がついに爆発した。

 周囲に爆発できたならまだ良かったが、責める対象がなくなりできることは一つだけだ。


 ギャン泣きである。

 スィミアは声を上げて、ただただ泣きわめく。


 木村は、女性のギャン泣きがここまで見るに堪えないと知らなかった。

 もはや彼では手の施しようがない。


 アコニトはかつてないほどの好機嫌でスィミアの周囲をクルクル回り、ギヘギヘと不快な声を出して楽しんでいるし、ボローは感情がまるで読めない。

 木村とウィルがどうしたら良いのかと途方に暮れている。


 木村がおっさんを、ウィルがルルイエを見ると二人とも真顔だった。

 なんだこいつら、と若い二人は感じたのだが、異変が起きていることに気づいたのはウィルの方が早かった。


 ルルイエは遺跡の奥にあった扉が開いたことを確認している。

 扉から現れた何かは魔力反応が極めて薄い。そこだけぽっかりと穴が空いたようだ。

 穴に向かって、周囲の魔力が流れ込み、また魔力だけでなく近くの物体もその穴に飲み込まれていた。

 魔力の穴は出現した直後にベイスラーを消し去り、ルルイエたちの方へ向かって移動を始め、すでに壁一枚を隔てたところにいる。


『どうしたの?』


 子供のようなあどけない声が木村には聞こえた。

 心配が声に出ている。心から彼女を気にかけているような無垢な声だった。


 声は耳ではなく木村の頭に響いた気がした。


 声の主はどこにも見えない。


 ただ、奥の壁にぽっかりと穴が空いている。


『ねえ、キミ。どうして泣いてるの?』


 またしても声が聞こえた。


 やはり声の主はどこにも見えない。



 ボス戦は終わった。


 ドロップアイテムも回収された。


 イベントは、幕を閉じようとしている。

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