15.イベント「暗澹たる凪の刻 式微の跫音」4
カクレガはまもなく目的地である古遺跡に到着する。
木村は地図の前で深呼吸を一つした。
「君の世界は、どんなところなのかな?」
木村の息が間違いなく止まった。
横にはおっさんがいるかと思っていたが、いつの間にか無精髭の男に入れ替わっていた。
「ずいぶんと楽しそうに見えるが、この世界の何がそんなに楽しい?」
無精髭の男――ルルイエはどこか馬鹿にしたような笑みで、続けて木村に問いを投げた。
なお、姿を消したおっさんはウィルという青年や、☆3のテイと楽しげな会話に花を咲かせている。
なんだろうか……、明るい人間は明るい人間と、暗い人間は暗い人間とで会話を弾ませろと言うことか、このときの木村はやや陰キャ的な思考に走っていた。
木村は高校生だったが、高校生とは数ヶ月ほど私的な会話ができていない。
「教えてくれないか。私は知りたいんだ」
高校生と話すのは難しいにせよ、この無精髭と二人で会話をするのも辛いものがある。
どうでも良いときに現れるアコニトも現れてくれない。
木村は諦めて会話をすることにした。
「僕の世界には、魔法がなかったです」
一つ目と二つ目の質問にまとめて答えた。
魔法はないが科学はあった。しかし原理は別物だろう。
木村の答えは問いに対してはどちらも婉曲的な回答であったが、ルルイエは理解した。
「素晴らしいな。君がいたのは魔法のまったくない世界か。故に、君はこの世界で魔法を見て楽しんでいるわけだ」
「何が素晴らしいんですか?」
「魔法というのはね。歪みの現れだよ。魔法に満ちたこの世界は歪みきっている。しかし、君にはその歪みがまったくない。あまりにも自然だ。君のいた世界も歪んではいないだろう。――美しいな」
ルルイエが、木村の世界を夢想し恍惚としている。
一方で、木村はつまらない顔をするだけだ。
「美しいかはわかりませんが、おもしろい世界ではありませんよ」
「おもしろい世界とは何だ? 歪みきった法則の中で、歪んでいく様がおもしろいと? 君は傍観者だな。自らが純粋であるが故に、周囲の捻れていく様がおもしろいのだろう」
「わかりません」
木村にはルルイエが何を言っているのか本当にわからない。
歪みだの、捻れだのと言われても木村にはさっぱりだ。
「この地図を見るに、君は帝都を通ったようだが、崩壊にも関与しているんだろう」
「……さあ」
ルルイエが×印のついた帝都を指で示す。
木村は、どきりとしたが知らんふりをした。
「勘違いしないでくれ。帝都がどうなろうが私の知ったことではない。私が知りたいのは、――君たちの世界で、帝都が崩壊したときのようなことが起こりえるのか、ということだ。私の言う『歪み』とはまさにそれだ。君たちの世界で、人の意志や、世界に本来あるべき法則、それらを一切合切無視した現象が起こりえるか?」
起こりえない、木村は思う。
核ミサイルの発射や大地震、隕石の落下が起きれば別だろうが、それでも人の意志や自然法則、あるいは化学反応の結果だ。
木村の世界を支配していた法則は科学であり、その中に、竜がどこかから現れ、都市や人を焼き尽くすなどということは現実に生じない。
この世界に木村が来たということを考えれば生じているのだが、今の木村がその点にたどり着くことはなかった。
「起こらないだろう? 故に、私は君たちの世界が、君たちの存在が美しいと思える」
「そうでしょうか?」
「そうとも」
ルルイエは迷いなく頷いた。
木村は、彼が教授と呼ばれていたことを思いだし、彼の研究が何かがようやくわかった気がした。
「教授の研究は、世界の歪みを修整することなんですか?」
「初めはそうだった。しかし、無理だとわかった」
「なぜです? 魔法にはお詳しいんでしょう? 強いとも聞いています」
いまいち強さを理解していない木村は軽い気持ちで話をしている。
「全ての歪みを正せると思い込んでいた時分もあった。しかしだ。歪みでは歪みを修整できない、と結論を得た。基準がわからないんだ。魔法が卓越する故に、歪みきった私には『歪みのまったくない存在』という基準が、どんなものか想像すらできなかった。そこからの私に、生きる気力は湧いてこなかったよ。だがね。私は今日。希望の光を見た――答えは近いぞ」
光を見たという言葉とは裏腹に、ルルイエの光をまったく感じさせない目が木村を捉える。
木村はルルイエの眼の奥深くに沈み込みそうになり、底なしの恐怖を感じ、逃げるように目を逸らした。
「着いたようだぞ」
おっさんが今さら木村に近づいてきた。
「わかった」
木村はルルイエから離れるように、扉の方へと向かう。
とうとうイベントのボス戦が始まる。
カクレガから出ると、周囲は茶色の世界が広がっていた。
テレビで見たエジプトのピラミッドが色としてはこんな感じだったが、遺跡の形としてはアンコールワットに近いだろうか。
土色の世界に、木村がまさに想像したようなThe・遺跡が広がっている。
「ウィル。わかるか?」
「これは、さすがに僕でもわかります。良くないですね」
学園側の二人は遺跡を見て、何かわかったように呟いている。
木村にはさっぱり何が良くないのかわからない。
「良いか悪いかはどうでもいい。面白い『魔力』の構造をしている」
ウィルがルルイエの言葉の前半・後半の両方を窘める目つきで見るのだが、見られる側は何も反応を示さない。
「学園ではまず見られない魔法だ。よく見ておくと良い」
魔法という言葉に眉をひそめるが、貴重な提言なのでウィルは展開されている魔法に集中した。
古遺跡一帯に、精神を蝕む類いの魔法が張り巡らせている。入った者の精神を無差別に侵すものだとウィルは読み取った。
たしかに規模、効果、作用対象ともに学園では見られない。
こんなものを学園で使えば謹慎は確実だ。
一方の木村も、これはおそらく危険だから仲間を呼んでも良いと判断した。
アコニト、ボロー、セリーダ、☆4で遠距離攻撃もできるプーシャンで挑むことにする。
最近のメインパーティーがこれだ。ボス戦を考慮すれば本当は回復役を入れたいのだが、あまり良いキャラに恵まれていない。
「キィムラァ、連れて行けるのは二人までだぞ」
「えっ?」
連れて行く直前でおっさんからストップがかかる。
「もうルルイエとウィルがいるだろう」
「この二人もカウントされるの?」
当然とばかりにおっさんは頷いた。
この二人がどの程度強いのかが木村にはわからない。
ひとまず攻撃役のアコニトと防御役のボローを連れていくことにした。
古遺跡に入り、何度か魔物が現れた。
人型の魔物だ。
グランツ神聖国で見たような服を着ていた。木村は嫌な予感を覚えている。
「教授。この人たちはベイスラー研究室の……」
ウィルは、自分たちに襲いかかってきたモノたちに心あたりがあった。
話したことのある人もいた。彼らの話が聞こえ、木村も「やはりか」と予感が当たっていることを認識した。
「ベイスラー? どんな人物だったか」
真面目に知らない様子のルルイエに、ウィルは呆れている。木村も呆れた。
ルルイエの記憶には、彼以外の他九人の教授などまったく刻まれていない。
学園でも彼が記憶に刻んでいる人物は、両手の指があれば足りる。
助手のウィル、学長とうるさい方の副学長、それに腕が立つ警備兵をいくらか。
ルルイエにとってなにより一番重要なのは学食のおばちゃんである。
彼はまともな料理ができないので、おばちゃんがいなければ生きていけない。
たまに食事を忘れて、時間外に行っても作ってもらえるので学園においての最重要人物は誰を差し置きまず彼女であった。
「操られてるの?」
「違うなぁ、坊や。何かに取り憑かれておるぞぉ」
木村の意見を否定したのはアコニト。珍しく意識がはっきりしている。
クスリで意志をねじ曲げ操る側として見れば、彼らの様子は操られているものではない。
彼らの意志が何者かに乗っ取られている、あるいは完全に支配されているときの様子であるとアコニトは勘づいている。
「どうにか、できないでしょうか?」
ウィルが、乗っ取りを解除する術がないかと声に出す。
「どうして先ほどは、どうにかする前に攻撃した?」
ルルイエがウィルの疑問に対して疑問で返した。
皮肉ってるわけではない。自身の心理状態がおかしいことを認識しろというルルイエなりの気遣いである。
「……いや、それは急に攻撃を仕掛けられたからであって、考える余裕がありませんでした」
「君には余裕があったように見えた。助けたいと思うならやってみると良い」
気遣いこそすれどルルイエとしてはどうでも良かった。
ウィルがしたいなら勝手にすればいいだろうくらいの感覚だ。
問われた側のウィルとしては、余裕があったかもしれないと反芻し、動きを鈍らせている。
他の研究室の人間を助けたいと思う一方で、倒さなければならないと思いつつある。
木村やアコニト、ボローはまったく容赦がない。
魔物は経験値であり、素材であり、イベントクリアへの障害物である。倒すのみだ。
ウィルは戦闘パーティーに組み込まれ、無意識下で木村に支配されつつあった。
通常であれば、無意識下の侵食にウィルは気づくことができたであろう。
しかし、場に充満する別の侵食――ベイスラー教授の研究員を侵食している精神攻撃を防ぐのに気を取られ、木村側の侵食に気づくことができなかった。
ちなみに木村もまた無自覚であるので、彼が悪いとは一概に言えない。
ルルイエもウィルが支配下に置かれつつあることを気づいているが止めようとはしない。
支配の攻撃が確かに木村から放たれているにもかかわらず、木村自身に魔力の流れがないことを興味深そうに観察している。
ちなみにアコニトとボローにも周囲から精神攻撃が飛んでいるのだが、二人は耐性を持っているため効いていない。
木村やおっさん、ルルイエもそれぞれ別のやり口で無効化している。
古遺跡の奥へ進むと、探していた人物が立っていた。
さらにその隣には別の人物もいて、壁と向かい合っている。
それと体が人並みに大きい鼠が壁の側にいた。鼠の輪郭が煙のようにぶれている。
「ほら! もう来ちゃったじゃない! いい加減、諦めなさいよ!」
「待ってくれ! もう少しだ! もう少しで解けるはずなんだ! あー、クソ! これじゃないのか!」
急かしているのは女性だった。
長い髪を揺らしながら木村たちと壁に向かう男を交互に見ている。
聞いていた服装や髪型、体型といった特徴からこちらが、不審者の一人であるスィミアと木村は判断した。
壁に向かっている男を木村は知らない。
背中から見ても土で汚れた服に、白い帽子を被り、わずかに見える肌は日に焼け黒っぽくなっている。
「ベイスラー教授! ご無事ですか?」
ウィルが、壁に向かっていた男に声をかける。
彼がベイスラー教授だったようだ。
「ん? げ! ルルイエ! ――とそのおまけ。……あとは、誰だ? ん? おい! どうして魔物がここにいる? お前が呼んだのか!」
ベイスラーと呼ばれた男が、アコニトを見た後に、背後に立っていたスィミアを睨んだ。
スィミアは「はぁ?!」とベイスラーを睨み返す。
スィミアは激怒していた。
彼女はカゲルギ世界の都市モルデンに潜り込み、「箱」の起動準備に入っていたら、訳のわからない世界に飛ばされた。
自らの実力に自信はあったが、謎の武装集団にあっさりと捕らえられた。
その後は、これまた訳のわからない教授が彼女の技能を買って、なんとか牢には入れられなかったものの、古い遺跡に押し込められ、土まみれの埃まみれだ。
切り札である「箱」も都市モルデンを陥落させるために取っておいたのに、まさか人もわずかな古遺跡で開けることとなった。
開けて、ようやく解放されると思いつつも、「あの方」に何と言い訳すれば、と彼女はほとほと困っていた。
だが、さらなる追い打ちがあった。
ベイスラーと呼ばれている人物には「箱」の効果がなかった。
なんでも「遺跡を調査するときは罠を意識して防御壁を何重にもかけている」かららしい。
大鼠の攻撃もまったく効かず、スィミアの攻撃も無論効かない。ひたすら壁にかけられた封印術式と向き合っている。
「箱」を開けた者――スィミアは「箱」の中身の煙型の鼠を処理しなければ動くこともできない。
近くにいる人物が全滅するまで鼠は活動し続けるとスィミアは聞かされていた。
煙の鼠は今でこそベイスラーを狙っているが、生きている対象がまだいるにも関わらず、開封者が移動した場合は開けた者を狙うと聞いている。
すなわち、スィミアが距離を取ると鼠はスィミアを狙うことになる。
彼女の魔法や武器は特殊寄りの攻撃方式だが、煙の鼠を処理することはできない。
ましてやその煙の鼠が、攻撃を諦めてしまうほどの防壁を張り巡らせるベイスラーを破ることなどもってのほかだ。
逃げることすらスィミアには許されない。
訳のわからない世界、どこかもわからない遺跡、ヘンテコな人物、最悪の魔物、おそらく自身の敵と見受けられる訪問者――スィミアの頭は理解の限界に達していた。
スィミアは泣きかけている。
ありとあらゆることが上手くいかない。
他の仲間は次々と功績をあげ、「あの方」に認められている。
スィミアはこの作戦が最後のチャンスと見て、大がかりな作戦を組んだのに、何一つ思い通りにならない。
「何でも良い! とりあえず待ってくれ! もうちょっとだ! もうちょっとで解ける! ついに神聖術の祖とも言われるメシアン様の神聖封印に、私が終わりを告げることができるのだ! この私がだぞ!」
ベイスラーはすぐに壁に向き直る。
彼にはスィミアも、煙のよくわからん鼠も、ルルイエも、魔物やそれと一緒の人間などもどうでも良かった。
幾十にも封印されている、おそらく最後の障壁がスィミアの衰退特化の神聖術により弱まった。
彼が人生をかけて向き合ってきた壁が今、解かれようとしている。
彼の頭の中では脳内麻薬が湧き出て、座っているだけイキかけていた。
パキン、と魔法の砕ける音がした。
正確には音ではなく、魔力を感じるものの錯覚であり、木村以外にしか聞こえていない。
見えていた壁が音を立てて動き、新たな道を作っていく。
「来た……、来た! 来たぞッ! やったぞ! ひゃあああああ! ついに俺はやったんだぁああああ! やぁああああ!」
ベイスラーは達した。
目からは涙、鼻から鼻水、口から涎と泡、股間からは白い粘性のある液体をこぼしながらガッツポーズをする。
パチンコで言えば、連日預金していた台に生活費を切り詰めて作った諭吉を投入し、確変が起きたおっさんのような反応である。
その場で勢いよく立ち上がり、近くにいたスィミアと煙の鼠とで円陣を組み、ぐるぐると踊っていた。
スィミアもなぜか目に涙が浮かび、煙の鼠はベイスラーの腕をガジガジ噛んでいる。
「あやつ、狂っておるぞぉ」
アコニトの呟きには「お前が言うな」状態だったが、木村も同じ事を思った。
「おい、坊や。『お前も狂ってるだろ』と思うたろぉ、ん?」
「……思った」
「坊やは素直じゃのぉ。覚えておけぃ。クスリでラリるのと、狂うのは別物となぁ。儂は狂うてはおらんぞ。ラリっておるだけじゃ」
その二つを区別する必要あるのかと木村は思ったが、とりあえず頷いておく。
「うっひゃあああ、一番乗りだあああ! へははははは!」
ベイスラーが年甲斐もなく雄叫びを上げながら、新たに開かれた道を突き進んでいく。
彼が離れたことで煙の鼠の攻撃対象が移った。
箱を開けた本人はひとまず例外なので、次の標的はよくわからない集団――木村たちである。
スィミアはようやく逃げるチャンスが訪れたと感じ、訪問者を撃退することにした。
「いきなさい、デザチュー! こうなったらもうやれるところまでやってやるわ!」
スィミアがやけっぱちに煙の大鼠――デザチューに命令した。
木村は、そのネーミングはあまりにもグレーすぎないかと心の中で突っ込んでいる。
ひとまず大鼠が木村たちに敵意を向けてきたのは間違いない。
イベントのボス戦がようやく始まったのだが、木村は詳しい話が見えていないので首をかしげるのみである。
長年にわたり、行く手を遮ってきた壁の鍵は破られた。
閉ざされていた空間に魔力が流れ込み、終焉が姿を見せようとしている。




