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14.イベント「暗澹たる凪の刻 式微の跫音」3

 木村は困惑していた。


 いきなり現れた無精髭の男が木村を見入っているのだ。

 無精髭の男は目を爛々と輝かせている。


「ルルイエ、待て」


 犬を落ち着かせるように、学長は手の平を見せるが効果はなかった。

 ルルイエはズカズカと学長室の中に入り込み、木村をいろいろな角度から観察し、体の部位を指で押したり引いたりしている。


 木村とウィルはそれぞれ固まっているが、固まっている事情はそれぞれ異なる。


 木村はいきなり現れた変なおっさんに絡まれ、訳もわからず為すがままにされているだけである。


 対して、部屋の入口にいたウィルはあまりの魔法に動くことができなかった。

 ルルイエが学長室に入ったとき、学長の仕込んでいたであろう幾十もの魔法が、ルルイエを敵対者として行使された。

 学長の「待て」はけっして手の平で犬を止めるような安易な行動ではなかったのだ。

 しかし、学長の行使した全ての魔法が一瞬でルルイエに無力化された。


 学長が行使していた魔法は人一人に対するものとしてはあまりにも強大だった。

 もしも、ウィルがルルイエと同じ立ち位置にいれば、魔法の圧だけで心臓を止めていたかも知れない。

 学長の圧倒的な魔法を全て同時に解除したルルイエには、尊敬を通り越してもはや畏怖の念しか抱くことができない。

 ときどきこの人についていって大丈夫なのかとウィルは思うのだが、こういった場面に出くわすとやはり自分の選択は間違っていなかったと感じる。

 他の教授は神聖術を行使する者、理解する者としてもちろん尊敬に値するが、ルルイエは神聖術そのものだ。崇敬など生ぬるい。


 そんなことなど露知らず、木村がおっさんに助けを求めて視線で合図を送るのだが、まったく伝わる様子はない。

 無精髭男と一緒に入ってきた青年や、学長も最初だけ止めていたが諦めていた。

 木村に「悪いけどもう少しこのままで」と伝えるだけだ。


「君はどこから来た? ――この世界のモノではないだろう」


 自己紹介など一切なく、ルルイエは木村の出自を尋ねる。

 しかも、木村がこの世界の人間ではないことも理解している様子だ。

 ルルイエは木村が困惑する様子を見て、すでに答えを得ている。そして納得した。


「美しい。これこそ世界の本来あるべき姿だ。美しいぞ、少年!」


 台詞だけだと男色家と疑われるものだ。

 顔もセットにするとマッドサイエンティストのそれである。

 さらに手や足の動きも含めるなら、もはや彼が何なのかわからない。


「良かったな、キィムラァ。褒められているぞ」


 まったく良くなかった。

 早くどうにかして欲しいと木村は願うのみである。


 ルルイエからいくつかの質問をされ、木村は諦め半分で答える。

 異質な質問もあったが、さっさと解放されたい一心に木村は答えていった。


 ルルイエもようやく落ち着いたようで、学長の椅子に座り、物思いにふけっている。

 ちなみに本来の主は、応接セットの椅子に座って木村たちと対面していた。

 空いた席にウィルが座り、「僕はここにいていいの?」と見回す。


「話を戻すとしよう」


 学長がゴホンと一つ咳をして、ようやく話を戻した。

 木村は何の話をしていたか、もうすでに思い出せないでいる。


「三日前に不審な人物が神聖国に現れた。二名だ」


 そういえば、その話だった。

 イベントに関連するキャラを探していたことを木村は思い出した。

 謎の無精髭男があまりにも強烈すぎて、他のことがどうでもよくなりかけていたのだ。


「一名はスィミアとかいったな。女性だ。こちらはベイスラー教授が連れているので、すぐに引き合わせることはできん。もう一名は捕らえておる。先にこちらから話を聞くことにしよう。名は確か……」

「ズェーダです。昨日、教授が『うちの研究室に呼んでくれ』と言われたので申請手続きをしました」

「そうじゃったか。まだ、儂のところまで書類が上がってきておらんな。今後にもよるが、承認することになろう」


 頼むからやめてくれ、とウィルは言いたかった。

 教授一人でも面倒なのに、この上さらに面倒なものまで押しつけられたくない。


「申請は取り下げる」


 ルルイエが声を出した。

 言い出しっぺが撤回し、ウィルは「昨日の手間はなんだったんだよ、こんちくしょう」と拳を握っている。

 どっちにしろウィルが困ることになる話であった。


「もう必要ない。君たちの仲間だろう、そちらで回収してくれ。私は少年だけいてくれれば良い」

「全ッ然、良くないです」


 木村は首を激しく横にふった。

 可愛い女の子キャラならまだしも、こんな意味不明な男とは一緒にいたくない。


 そもそもズェーダという人物に木村は会ったこともないし、名前も知らない。

 ソシャゲのキャラと考えられるので、こちらの仲間かと問われれば、分類上はそうなるとも言える。


「カクレガで相談してみたらどうだ?」


 おっさんが助け船を出してくれた。


「そうだね。知ってる仲間がいるかもしれない」

「すまないが席を外すぞ。申し訳ないがズェーダというのを連れてきてもらえるか」


 学長が、ポワッと光る小さな使い魔を呼び寄せ、何かを囁いた後にどこかへ飛ばせた。

 「わぁ、本当に魔法の世界だぁ~」とどこか現実逃避気味に木村はその光景を見ていた。


「よし、開けるぞ」


 おっさんが学長室の床に指をさしこむと、切れ目が入り床が持ち上がった。

 学長の眼鏡がずり落ち、ウィルも目をしぱしぱと瞬きをしている。


 彼らも神聖術に関しては素人ではない。

 むしろ、異世界全域で見ても詳しい側に入る。

 その彼らがカクレガに気づくことすらできなかった。


「階段を降りて、三叉路を右に進んだ部屋。入口から見て左側の椅子に座っている女が関係者だな。連れてくると良い」


 とっくに床のカクレガの存在に気づいていたルルイエが、先ほどとは打って変わってつまらなさそうに告げる。


 今度は木村が呆気にとられる番だった。

 カクレガに驚かれることもなく、ましてや中を見てすらいないのに、ルルイエは中の構造を口にした。

 さらに、ズェーダとやらの関係者がどこにいるのかも、どうやってかわかっている様子だ。


 木村が階段を下りて、右の部屋に行き、椅子に座っていた☆3のスメラを見る。

 彼女も木村に気づいたようで、何事かと木村を見る。


「ズェーダって名前に、心あたりある?」

「兄です。……どうしてそれを?」


 本当にスメラが関係者だったことに木村はひるんだ。

 スメラの見た目は人だが、正確には地人族と言い、人間とはまた別の人種らしい。

 肌の色が浅黒く、日光に弱い。カゲルギ=テイルズ内では地面の下に王国を築く人種という位置づけのようだ。


 木村が簡単に事情を説明すると、スメラは外に出ると言った。

 念のため、学長に事情を話してみると「良い」ということで、スメラを連れて上がり、学長室でズェーダが登場するのを待つ。


「兄さん」

「……スメラ。どうしてここに」


 兄弟の再会はありきたりな台詞で始まった。

 さほどストーリーに興味がない木村は話をぼんやりと聞いている。


 要約すると、彼らの地底王国で発掘されたやばい箱の一つが、何者かに盗まれた。

 その箱はかつて地底王国を闇に落とし、彼らの父もその箱から出た闇に飲まれたらしい。


 兄のズェーダは国の重要なポジションについており、箱を探索する特命を受け、地下の王国を離れていたと話す。

 家族には内緒で国を出たため、それが兄妹の不和になったとか。


 カゲルギ世界での都市モルデンにて、箱の手がかりを得たところで、この学園――異世界に迷い込んでしまったとのこと。



 木村はイベントの内容が読めた。

 もう一人の不審者が、箱を持っている暗躍側だと。

 本来なら都市モルデンなる地で、怪しい箱が開かれストーリーのボスとなったに違いない。


 そして、この木村の予想は当たっていた。

 やたら重い題名の割にはありきたりなストーリーであり、ネットの板では「サ終の跫音」とささやかに盛り上がっている。


 実際、木村の予想を裏付けるように、学園の取り調べを担当した警備兵から「奇妙な箱を持っていた」という証言が取れた。


 大筋がわかればズェーダの人となりは、もはや木村には興味がない。肝心なのは性能だ。

 流れとしてはズェーダがイベントキャラで仲間になるはず。ステータスを見れば☆4の特殊型である。

 ☆5で特殊型のエースはいるのだが、特殊型自体まだ数が少なく、役割もキャラごとに大きく違うのでありがたい。

 最初のイベントストーリーキャラは多くのケースで、かなり使えるキャラのことが多いものだ。

 今後の活躍に期待ができる。


「やるべきことは明解だな。俺達でそのスィミアなる不審者を倒し、箱を回収するんだ。そうだろ、キィムラァ?」

「え、あ……、うん」


 まるでおっさんが主人公のようである。

 別におっさんが主人公でも良いのだが、イベントがいきなりボス戦で、あっさり解決しそうなことに木村は戸惑いをいだいていた。

 初回のイベントストーリーというのはもっと、無駄に長いイベントがあり、意味のないムービーが入り、同じ姿をしたレベルが1だけ変化する雑魚戦が途中に十以上はあり、ボスとはその先に鎮座するものはずだ。


 そのはずがあっさりと解決に向かっている。

 なんだこれは? 初めてのイベントストーリーとは一体何なのか。

 木村にはわからない。


「さあ、行くぞ。キィムラァ。早くカクレガに入るんだ」

「私も同行しよう」


 ルルイエが学長の椅子からようやく腰を上げた。


「えっ? なんで?」

検体()に何かあれば、私が困るからだ」


 そういう台詞は格好いい女の子キャラに言われたいと木村は思った。

 この男の場合は、木村を実験体としてしか見ていないような気がしてならない。

 最初に出た☆4のキャラが思い出される。あの凜々しかった彼女にまた会いたい。一緒に戦ってもらいたい。


 木村がルルイエに感じた思いは間違っていた。

 ルルイエは木村の存在を含めたより広い、異世界人ひいては異世界に興味があるのだ。

 研究対象でこそあれ、ルルイエは木村にも興味はあるし、木村に何かがあったら困るというのも彼の本心から出た言葉だ。

 だからこそルルイエが自発的に動いている。そうでもなければ彼は学外はおろか、研究室外にすら出ない。


 木村はルルイエでなく、召喚されたキャラに関しても思い違いをしている。

 召喚された格好良い女の子キャラが木村を見る目も「木村」を見ている訳ではなく、「召喚者」としか見ていない。

 彼らは召喚者に対して事務的に台詞を吐いているだけだが、木村はそれが本心だと勘違いしている。キャバクラに行ったら良いカモになるだろう。

 召還後に、召喚者としての関係を続けるか、木村として仲良くなるかが信頼度に顕れてくるのだが、木村は信頼度をプレゼントをもらえるゲージにしか考えていなかった。


「じゃあ、僕も行きますよ。教授を一人で行かせたら、迷惑をかけますからね」


 なぜか青年も手を挙げる。

 男ばかりが増えていく。木村はうんざりしていた。


「儂も行こう」


 学長も腰を上げた。

 これには木村も意外な面持ちである。


「爺さんは留守番。ほら、椅子は返すぞ」

「儂もそのカクレガとやらに入りたい。お主らだけずるい、ずるいぞ」


 学長はカクレガに興味津々だった。

 学長という立場を忘れ、一研究者としての興味が勝っている。


 元来、学長の分野は神聖術による長距離集団移動の効率化である。

 転移術式は便利な判明、魔力を食うし、学長でも無詠唱は難しく、魔法陣を描き短縮化する必要がある。

 召喚獣や、自然にいる獣の従順化は、やはり魔力を食うし、技術も要る。

 なかなか良い答えにたどり着いていなかった。

 そして、このカクレガが現れた。


「儂も力になれるであろう。ひとまずそのカクレガの中に入り、古遺跡に向かいながら中を見学させてくれ」

「ほら、爺さん。無理を言わない。大人しく留守番しとくんだ。腰を悪くするぞ」

「老人扱いするなよ、若造! お主が生まれたときから儂は学長やってんだぞ!」


 学長と無精髭が言い合っているのをみて、木村は緊張感を失いつつある。

 彼らはわかっているんだろうか、これから挑むのはボス戦だと。


 バランス調整に失敗した竜と同じ程度の強さのボスが出てきてもおかしくない。

 それどころかもっと強いボスが出るかもしれない。


 老人扱いされている学長が強いことは木村にもわかる。

 彼なら付いてきても足手まといにはならないだろうし、むしろボス戦の力になるかもしれない。

 しかしだ――。


「あの、すみません……、この教授さんは強いんですか? かなりの危険が予想されますよ。無理に来ない方が」


 木村としては、無精髭の教授に気をつかったつもりだった。

 見るからに戦えなさそうだし、これから数学か化学の授業でもしに行くと言われた方がまだ理解できる。


 言ったは良いものの、学園側の三人はそれぞれ動きを止めて木村を見つめていた。


 まずウィルは、先ほどの神聖術がこの少年には見えていなかったのかと不思議がっている。

 次いで学長は、戦えないと少年本人から聞かされてはいたが、本当に神聖術を使えないのだなと納得しつつある。

 ルルイエについて言えば、まともに心配されたことなどここ十数年はなかったので、どう反応すればいいかわからず思案にくれている。


「強いぞ。まだまだ見る目が足りていないな、キィムラァ」


 三人が何も言わない中で、おっさんだけが無精髭の男の強さを認める。

 このときの木村は、やはりまだ無精髭の男の強さがわからず、おっさんが言うのならいいかくらいにしか思っていなかった。

 おっさんは「強そう」だとか「よく鍛えてある」などと半ばお世辞に近い評価はするが、明確に「強い」と断言したのは初めてだったことに木村は気づいていない。



 カクレガに乗り込み、木村とおっさんが地図の前で目的地を確認する。


 学長はけっきょく留守番となった。

 カクレガに後で乗せてもらう約束を取り付け、無精髭と青年の二人を送り出した。

 学長はすでに問題のことなど気にしていない。ルルイエが動くなら問題は解決どころか壊滅するだろう。

 カクレガに乗ることを自分の椅子に座り夢見ている。


 一方、カクレガの木村たちである。

 ☆3のテイが興味津々で青年に声をかけており、青年もリスの獣人が珍しいようでお互いに楽しそうに話をしている。

 無精髭の男はご機嫌な様子で木村を見てきていて、木村は気が触れそうだった。


 意識しないよう地図をジッと見ていると、目的地の付近に変わったマークがあることに気づく。

 四角形を縦に分割するように線が一本。さらにそれぞれの長方形の真ん中縦線付近に小さな丸が描かれている。


 両開きの扉だろうと木村は推測した。

 でも、なぜ扉のマークが地図にあるのかはわからない。

 しかも扉マークは、帝都のように×で潰されている。

 この扉はそもそも何の目印だったのだろうか。


「この扉のマークは? ×で消されているようだけど」


 おっさんは、しばらく地図を見つめ、返事をするまでにわずかな時間があった。


「扉は、扉だな。見たところ、今は使い物にならなくなっているようだ」


 本当に見たまんま過ぎて木村は「そう」としか言えなかった。

 遺跡か何かがあるとは聞いているので、扉に関連した遺跡なのかもしれない。

 ただ、場所が古遺跡と言うだけで別に気にすることはない。


 カクレガは、ボス戦となる×印の扉へとゆっくり近づいている。



 初めてのイベントボス戦が近いことに、木村は自身がわずかな緊張と楽しみを抱いていることを自覚した。


 今回のイベントボスはさほど異世界に傷痕を残すことはなさそうだと木村は判断している。


 ――甘かった。


 なるほどイベントボス戦そのものは大きな問題もなく終わるだろう。


 しかし、ボス戦を呼び水として何が現れ、どうなるかが今回の場合は重要なのであった。


 終焉の跫音は、扉一枚を隔てた向こう側で鳴り止んだ。


 後は扉が開かれるのを待つのみである。

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