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13.イベント「暗澹たる凪の刻 式微の跫音」2

 問題の日、ルルイエはいつもどおり研究室にいた。


 先日から感じていた不穏な気配が、学園内に入ってきたのを感じている。


 ルルイエは、魔力を人よりも遙かに強く感じ取ることができる。

 学園の言葉を用いるなら神気であるのだが、彼は帝国人と同様に魔力と呼んでいた。


 学園に入る気配は、魔力をうまく隠している。

 ただ、隠す動作は大きな違和感を生む。土と魔力を同化させるならまだしも、消そうとすればかえって異常な魔力反応が生じてしまうのだ。

 不思議な気配は、消すほどの違和感を出していないが、同化するほどには隠しきれてもいない。


 気配は明確になり、大きな気配の中から何か不気味な魔力が学園内に侵入してくる。

 ルルイエもこれほど魔力反応がぶれている存在を感じるのは初めてだ。


 数は一。

 魔力を隠す操作をしていない。

 姿を隠す魔法すら何一つ行使していない。

 それどころか動きに迷いはなく、堂々と構内を歩いている。

 よほど自信があるのか、ただの馬鹿なのか。前者だろう。


 ルルイエは、魔法を行使し、警備室に備えられている警報板に見回り要請の信号を発した。

 抵抗も考えて、警報の度合いは高としておいた。


 大まかな場所も伝えていたのですぐに駆けつけるだろう。

 教授や助教授と違って、警備室の兵士達は勤勉かつ優秀だと、ルルイエは考えている。


 彼の思惑通り、警備兵はすぐさま不審者へとチームで駆けだした。

 抵抗はなかったようである。対象は大人しく警備棟に連れられていった。

 予想していた展開とは少し違った。前回と違い、ルルイエが援護をする必要もなかった。


 しばらく注意をむけていたが、警備の一人が学長室に向かった。

 どうやら騒ぎを起こすのではなく、学長と話をしに来たようだとルルイエは判断した。


 その後、不気味な魔力の持ち主は、警備兵に連れられ学長室に入る。

 学長室の中は学長自身の魔力と、張り巡らされた罠の魔力が混ざり合いヘドロのようだ。

 謎の存在はおびただしい魔力や魔法の罠にかまわず席に座り変化がない。話をしているようだ。なかなかの胆力である。


 ルルイエは先ほどから何か違和感を覚えているのだが、それが何かはっきりしない。


「おはようございます」


 ルルイエが何をしているか、まったくわかっていない様子でウィルがやってきた。

 今日こそは自分の研究をするんだと意気込んでいる。


「教授。そういえば警備の人が、変わった人たちを連れていましたけど、もしかして昨日のあれですか」

「そうだ。……人たち? 一人だろう」

「大きなおじさんと、自分よりも若そうな子が一緒でしたよ」


 ルルイエは体を起こした。

 意識を集中させ、学長室の対象を観察する。

 どうやってもルルイエには一人しか感じ取ることができない。

 魔力の範囲を計測するに、これは大きなおじさんと呼ばれたほうだろう。


「ウィル、本当にもう一人いたのか?」

「見間違いでなければ」


 問われたウィルも驚いている。

 ルルイエがソファで起き上がることなど滅多にないし、ルルイエは学園内の全ての存在を感じているはずだ。

 問われていることの確認など、ウィルが応えずともルルイエにはわかるはずとウィルは考えていた。


「なるほど、たしかに周囲の物の魔力に歪みはあるか。しかし、魔力がゼロではないな。魔力を透過させている? この世の法則の干渉外? あるいは別次元の存在。……何だこれは? ぜひともこの目で見てみたい」


 ついにルルイエがソファから立った。


 ルルイエはそのまま研究室から出て行く。


 ソファからルルイエが自発的に立ち上がるのは、トイレや食事以外でウィルは見た記憶がない。

 絶対参加の教授会ですら、ウィルが背中を極めて強く押さなければ出ていかないほどだ。


 初めての出来事にウィルは何か大きなことが起きていると察した。



―― ―― ――



 一方、場所は同じで、時はわずかに戻っての木村である。


 彼はグランツ神聖国に到着した。

 カクレガは、神聖国の総本山であるグランツ神聖術学園でようやく進行を止めたのであった。


 グランツ神聖国を散策してみようとおっさんが提言し、木村も賛同した。

 周囲の様子をカクレガから覗き見たところ、人間以外の姿がないため、ひとまず木村とおっさんだけで外に出た。

 そして、国の中枢たるグランツ神聖術学園の敷地を歩き、警備の人にあっさりつかまった。


 周囲が一様な制服を着ている中で、木村は日本の服、おっさんは暑いからとタンクトップに短パンを着ている。どうやっても目立つ。

 なぜ、これで散策しても大丈夫だと判断したのかが、つかまった木村でもわからない。

 行ってみようぜ! という場の雰囲気に飲まれていたのかもしれない。


 ただ捕らえられると言うよりは、不審者として事情を説明させられている状態だ。

 木村は困惑し役に立たず、おっさんが対応している。


「見学だ。許可はもらっているぞ」

「許可証は?」

「落としてしまったようだな。最高責任者に聞いてもらえばわかる」

「学長の?」

「ああ、学長だ。聞いてみてくれ」


 それで大丈夫なのか、と木村はハラハラしつつおっさんを見ている。

 警備兵たちも明らかにおっさんの言が嘘だと感じているのだが、万が一、事実だった場合、これ以上の拘束は非礼にあたる。

 情報の出所がルルイエだったことも大きい。

 不審者の情報をくれるのはありがたいが、過去にお忍びで来ていた学長の客――国外の要人を見つけ出して、地下送りにした前例があった。


 今回の場合も過去の例に近い雰囲気を警備兵は感じている。

 服装が異国のもので、不審者は抵抗する様子もなく堂々と受け答えをしている。

 しかも、片方が明らかに弱そうであった。要人とお付きのものと言われれば、その可能性を排除しきれない警備兵である。


「確認してくる」


 警備兵はひとまず不審者二人の勝手な移動を制限し、不審者の言が事実かどうか、確認をすることにした。


「“帝都を知る者”と言えば、わかってもらえるはずだ」


 おっさんの一言に、木村は心の中で感心した。

 大抵の人間が帝都で死に、何が起きたのかを明確に知る者はほぼいないだろう。

 それにテレビやインターネットどころか電話もない世界だ。あそこで何が起きたのか知っている人間は重宝される。

 ただ、自分たちが問題を起こした張本人であることは黙っておくべきだ。


 事実確認をした兵士が帰ってきて、おっさんと木村を見張っていた兵士達を集めて声をかけた。

 彼らはすぐに二人の側に駆け寄ってくる。


「学長の客とは知らず、ご無礼を致しました」

「いや、諸君らは諸君らの仕事をしたにすぎないぞ。次からは許可証をかけて見学するからな。気にしないでくれ」


 おっさんが朗らかな笑みで応えると、兵士達も頷き施設を案内してくれる。

 木村は、一番偉い人の部屋はだいたい高いところにあると考えていたのだが、そうではないこともあるらしい。


 案内された部屋は、やや離れた建物の一階である。

 それも奥にあるわけでもない。よく考えれば、木村の高校でも校長室は一階にあるし、一番奥という訳でもない。むしろ入口に近かった。

 客を迎えることが多いのならば、入口近くに居室をもった方が合理的なのかもしれない。


「ようこそ。――どうぞ。遠慮せずかけたまえ」


 学長とは聞いていたが、まさか本当に映画の中で見るような魔法学校の校長みたいなのが出てくるとは思ってなかった。

 長くぱさついた白髪に、日本ではまず見ないほどの長い髭、丸い眼鏡に、ローブまで着ている。

 木村は自分が映画の中に入り込んだのではないかと錯覚したほどだ。

 赤い服ととんがり帽ならサンタクロースでもある。


「キィムラァ。椅子を勧められているんだ。立ったままでは失礼にあたるぞ」


 ちょっとした感動で動きを止めていたが、おっさんは木村に声をかけ着席をうながす。

 木村が慌てた様子で座り、髭の学長もそれを見てから椅子にかけた。


「それで――帝都の一件をご存じだと」


 学長は寄り道せず、さっそく本題に入った。

 彼はすでにルルイエから何かが来ることを聞いていたので、余裕をもって対応することができている。

 もしも聞いていなくても帝都の一件を知ると聞けば、対応はしていただろうが、彼本人がここまで丁寧に対応していたとは限らない。


「そのとおりだ。我々は帝都陥落の場に居合わせた」


 おっさんの言葉に学長は目を瞠った。

 グランツ神聖国として、帝都にスパイはもちろん入れていた。

 しかし、全員が帝都陥落に際し、命を落としたようで不確かな伝聞情報しか聞けていない。


「事の始まりは、――赤い竜の出現だ」


 おっさんの説明は、現地で目の当たりにした人間のみが持つ情報の重み、あるいは生々しさが含まれていた。

 火で焼かれる街の臭い、逃げ惑う民の叫び、凍った城を見上げ絶望する人々、割れた地に飲まれ、城壁にも潰された人であったモノの姿。

 さらに陥落した帝都で、茫然自失としていた生存者の顔。

 隣で聞いていた木村も当時のことをまざまざと思いだし、震えが出たほどだ。


 学長は、おっさんの話を聞き、木村の様子も見て、これが事実だと悟った。

 後から聞いた情報とどれも一致する。さらに三匹の竜についても詳細に語られている。

 竜の大きさ、攻撃の手段、神聖術に対する耐性の有無、出現の仕方と行方のくらまし方、どれもがグランツ神聖国として知りたかった情報だ。


「情報の提供に感謝する。さて、今さらだが貴殿らはいったい何者だ?」


 これほどの情報を得て、しかも密入国を今日の今日まで悟らせなかった。

 ただ者ではない。グランツ神聖国と敵対するのなら、今ここで処理する必要がある。


 すでにこの部屋は学長の魔法領域である。

 たとえ、副長他九名の教授がここで学長に反旗を翻すことがあろうと彼は対処できる。

 一名の例外はこそあるが、それ以外の何者がここで暴れようとも学長に指一本触れることはできないだろう。


 学長はそう考えている。

 傲慢ではあるが、間違っているわけでもない。

 それほどまでにグランツ神聖国の「学長」という地位は、世界でも確固たる実力を示すものなのだ。


「私や、このキィムラァは今回帝都で起きたような世界の異変を追いかけている」

「このたび、こちらのグランツ神聖国でも同様の事態が起きると察知し、馳せ参じた」

「ここでか?」

「そうだ」

「あの竜がここに出るのか?」

「いや、今回は竜とは違うかと思われる。もっと静かに、水面下で事態が進行しているのかもしれない」

「すでに起きていると?」


 おっさんは無言で木村を見た。

 学長が木村を見ると、木村は頷いてみせた。


 学長の魔法は発動されることはなかった。

 この二人が、グランツ神聖国に警鐘を鳴らしに来たと学長は悟ったのだ。

 味方かどうかはまだ不明だが、少なくとも敵ではない。


「どうやってそれを知り得たのだ?」

「こちらのキィムラァにはそういった力がある。前回の帝都でも事前に異常を察知致した。しかし、力及ばず……」


 結果は陥落だったと学長も頷いた。


 学長はこの二人をすでに信用しつつある。

 大柄の男は力量を測りづらいが、嘘を言っているような口ぶりには見えない。

 隣の少年は、まだまだ可愛げが残る年齢だ。この年頃の子を多く見てきた学長は、少年が嘘を言っていないと判断した。


 神聖国と敵対する意志は見えず、むしろ協力的である。

 一部の情報を隠している様子はあるが、全てを開示しろとも言えない。

 見返りがあるかどうかもわからないのに、これほどの情報を出してくれただけでも御の字だ。


 そう、学長はまだ彼らに見返りの話を聞いていなかった。

 彼らはこの情報をグランツ神聖国に流し、いったい何を得ようとしているのか。


「貴公らはその情報を我々に知らせ、いったい何を望む?」

「異変の解決だな。まず、神聖国内を動き回れる許可証をいただきたいと考えている」

「当然だ。手配しよう。他には?」

「キィムラァ、他に何かあるか?」

「えっと、仲間の分の許可証がいただければと、戦闘も考えられますので、僕は戦えないですし」

「仲間がいるのか?」

「ええ。その、仲間が人間ではないのですが、良いでしょうか……」


 木村が遠慮がちに告げた。

 どうやらこのグランツ神聖国がどんな国かをわかっている。


 故に学長もすぐに頷くことができない。

 グランツ神聖国は人間以外立ち入り禁止だ。


「すまんが、仲間の立ち入りは許可できんな。代わりにこちらから戦力を提供しよう」


 戦力は、この二人の監視役でもある。


「ありがとうございます。ただ、彼らを表には出しませんが、こっそり潜ませておくことはお許しいただきたい」

「儂ですらどこに隠れておるのかわからん。出てこないなら目を瞑ろう」


 ちなみにカクレガはすでに学長室の真下につけている。


「感謝致します。また、不測の事態があった際には彼らの力が必要になるやもしれません」

「そういったことが起こった際は儂が擁護しよう」

「失礼ですが、その旨、一筆書いていただいても」

「良いだろう。ただ、命の危機が明確な場合に限らせてもらうぞ」

「重ねて感謝致します」

「他には?」


 おっさんは木村をみて、木村は首を横に振った。


 あまりにも求めるものが少なすぎる。

 学長は、彼らが本当にただ異変を追い続けているのかとやや驚いている。


「さっそくだが事態の対応に当たりたいと思う。水面下で異変が進行していると話されたが、どのような異変が起きていると考えられるか?」

「キィムラァ、何かわかるか?」


 話が急に振られ、木村は少し戸惑った。

 こういったイベントストーリーを、木村はだいたいスキップしてしまうのであまり共通要因が出てこない。

 それでも何かないかと木村は考える。


「あ、そうだ。キャラだ」


 木村は思いつき、言葉に出した。

 イベントストーリーなら、イベント専用のキャラが出る。

 だいたいそういったキャラが裏か表かで、何かとこそこそ動き回っているものだ。


「最近、急に現れたキャラ――不審な人物はいませんでしたか。僕たち以外で」

「おったな」


 学長もすぐにあたりが付いた。

 学長は、彼らに直接出会ったわけではない。


 ルルイエから指摘を受けた警備兵が捕らえたと聞いている。

 こういった間諜は別に珍しくもないので、副長以下に対応を任せていた。


「二人おる」


 一名は事情を落ち着いた後は敵対する意志もなく、協力的だったのでベイスラー教授が引き取った。

 もう一名は、完全に黙秘を貫いているので地下の牢にいる。


 ベイスラーは北の古遺跡に行っているだろう。

 そうすると地下にいる方から話を聞いた方が良いと学長は判断した。


「入るぞ」


 学長室の扉を男が無造作に開けて入ってきた。

 来客中の学長室にこんな無作法な真似ができるのは、学園でも一人しかいない。

 たとえ来客中じゃなくても一人だけだ。ルルイエである。


「駄目ですって教授! すみません! 教授は疲れてるみたいです! すぐに引き取りますから!」


 ルルイエの脇に控えていた青年が、無作法な男の腰を掴むがびくともしていない。

 無精髭を伸ばしたルルイエは、学長室の主を見ることもなく、おっさんを見ることもなく、ただの少年をみて歓喜の声を上げた。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ!」


 ルルイエの顔には声どおりの喜びと驚きが貼り付いている。

 ルルイエを知る学長とウィルは、彼の歓喜する顔を見たことなどない。

 いつもつまらなさそうな顔、あるいは面倒そうな顔で皮肉をぶつぶつ言っている姿しか思い浮かばない。


「えっ……、なに?」


 見つめられている木村も驚いている。

 いきなり変なおじさんが部屋に入ってきて、自分を見つめて喜んでいるのだ。


「お、どうやらキィムラァのすごさをわかる人物が現れたな。キィムラァ、特訓の成果が出ているぞ」


 一人だけ方向性が違う言葉を発したが、誰も気に留めなかった。

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