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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅷ章.レベル71~80
125/138

125.イベント「Happy unbirthday eve」2

 竜巻が帝都エリアを破壊し終わった。


 西エリアもすでに片付いているので、残るは北と東である。

 東エリアの水銀はすでに地中へと引っ込んでいるので、実質は北のみとも言える。


 木村たちも北エリアで待ち構える。

 リッチという仲間も加わり、できることは増えた。

 作戦も決定している。リッチで仲間を竜巻の内側に転移してもらい攻撃をしかける。


 なお、この突入作戦にリッチは付いてこない。

 本人の言によれば、「俺は墓地から移動できない」ということらしい。

 リコリスに疑われ、力づくで墓地の外側へと引きずられていたが、フルゴウルとウィルがリッチの存在にブレを感知したので嘘ではないようだ。



 時が来た。


「飛ばすぞ!」


 竜巻の轟音が近づくなかでリッチが叫ぶ。

 木村はおっさんに危険だと促されカクレガのブリッジから様子を見ている。

 作戦メンバーはリコリス、トリキルティス、ウィル、フルゴウル。アコニトがいない中では最強メンバーだ。


 四人の姿がフッと消えた。

 転移はされたらしい。


 転移直後にフルゴウルが筺で全員を包み、一時的に防御。

 ウィルが魔法で青竜本体を攻撃し、トリキルティスがリコリスを連れて飛び、二人がかり青竜に斬りかかる。


 竜巻の内側のため様子は見えないが、木村はすぐに駄目だったとわかった。

 赤い炎がチラリと見えたが、すぐに消え去ってしまう。


「全員やられたよ」


 ケルピィも教えてくれる。

 一瞬だけ止まった竜巻もまた動き始める。

 リッチも抵抗を見せたが焼け石に水。まるで効き目がない。

 墓地間の移動は転移でできるようだが、墓地から外に逃げることはできず、墓地ごと竜巻で消され、リッチは消え去った。


 他のエリアもすでに壊すものはない。

 青竜の笑い声がまたしても聞こえてくる。


「やられたね」


 ケルピィの言うとおりだ。青竜の一人勝ち。

 本日のエリア戦は終了した。


「それじゃあ、さっそく移動するね」


 だが、終了したのはエリア戦だ。

 まだ明日の準備が残っている。これなら今日のエリア戦が終了してもできる。


 後ろ向きなことに、木村たちは今日は青竜に勝てると考えていない。

 青竜を直接見たわけではないが、青竜本体も帝都や西エリアの存在と同様に霊体の可能性がある。

 霊体であれば木村たちの攻撃はほぼ効かない。今日の戦闘目的は撃破というより、青竜本体と竜巻突破の実現性確認が大きい。もちろん撃破できれば御の字だ。


「じゃあ、先にペイラーフのところに行ってきます。その後でモルモーのところに」

「はーい。こっちはエリアの選定をしとくね」

「おねがいします」


 青竜との戦闘前にすでに仲間やリッチとは話をしている。

 今日はともかく、明日以降の戦いをまともなものに進めるために何をするべきかだ。


 上がった策は二つ。

 一つ目は攻撃が通るようにするということ。

 青竜だけでなく他のエリアも、みな霊体で木村たちの攻撃が通らない。

 あの霊体たちへの攻撃方法として、リッチから案が出た。彼のいた時代にも霊体に似た存在がいたようだ。

 霊体への攻撃として常世魔草を煎じて飲むことが有効だと話していた。その常世魔草もローブの中にわずかだが持っていたようである。

 何でも冒険者の仲間と組んで挑む時に必要だったようだ。問題はこの草がわずか数本しかない。この量では一人分すら怪しい。


 できることとしてはこの植物自体を増やすか、似た効果のアイテムを見つけるかだ。

 園でどうにかして増やせないかをペイラーフに相談する。以前に、珍しい植物を採取して増やしていた。

 カクレガの機能で園にはそういった特殊な機能があるらしい。一時期はこの効果で高価な花の密造を考えていたが、そういったものはブームを起こしてからでないと効果が見込めないと知ってやめた。

 似た効果のアイテム探しはモルモーに頼む。どうせ暇そうにしているので鑑定を手伝わせ、アイテム作成あるいは合成で汎用性が高いものにできないか調べてもらう。


「おかえりー。選定は終わったよ」


 木村はペイラーフとモルモーに頼み込み、ブリッジに戻ってきた。

 中央のデスクには選定されたエリアが映っている。


 やるべきことその二がこのエリア選定であった。

 エリアというのは墓地にできそうな帝都のエリアである。特に南側だ。

 リッチが墓場から移動できないというので、移動できるための墓場を増やすことが目的である。

 現在の北エリアからでは南エリアの竜巻内部へのピンポイント転移が難しい。できるだけ距離を詰めておく。

 さらに墓地が増えれば増えるほど彼の力は増すようである。出力も上がり、竜巻自体に干渉できる可能性も増す。

 今のうちに帝都の南側に転移できる墓地を作ることで、明日は作戦開始直後に南エリア近くまで転移でき、帝都を阻止できることもできうる。


「二人ともできるとは言いませんでした」

「こっちも選定はしたけど、竜巻で瓦礫が飛ばされてて難しいかも」


 どちらも良い結果ではなかった。

 ペイラーフとモルモーは両者とも明確な回答はしてくれなかった。

 植物のサンプルが少なすぎる。増やすにしろ日数もない。似たようなものも見つかるかどうか不明だ。

 墓地の作成も青竜の視界に入らないよう作る必要があり、墓地を作るための墓石や柵とすべき物も竜巻で飛ばされている。


 前途多難であった。

 仲間達が復活してから木村は話をしたが、先行きは不透明だ。

 仮に墓地らしきものを作ったとしても、それが有効かどうかは明日の朝にリッチが墓地エリアとともに復活するまでわからない。


 それでも木村たちは行動を始めた。


 三日目の終わりに木村はブリッジのボードで現状を確認した。



☆ 三日目のゲージ変化と概要


 王城:60%⇒40% 青竜の竜巻により壊滅

 広場:60%⇒40% 青竜の竜巻により壊滅

 貧困:60%⇒40% 青竜の竜巻により壊滅

 北墓:1%⇒3%? 青竜により壊滅 骸骨が増えた

 東銀:95%⇒95% 変化なし

 南竜:100%⇒100% 変化なし

 西緑:100%⇒80% 青竜の竜巻により壊滅





 四日目が始まった。


 木村たちは貧困街エリアにいた。

 帝都の中で比較的竜巻の被害が少ないのが貧困街エリアだったためだ。

 最初から貧困街はボロボロのため、壊しがいがなく青竜が竜巻で襲う数が少なかったのだろう。


 王都に元からあった瓦礫をしようして墓地らしきエリアは作ったのだが、果たしてこれでいいのか木村たちも不安であった。

 瓦礫を比較的大きく長方形に並べて、墓石の代わりにこれまた石をぽつぽつと置いただけだ。いちおう木村も帝都で討滅クエストにやられた人たちに向けての気持ちは込めたが、気持ちを込めただけで墓と認められるかは怪しい。

 とりあえずこれでうまくいっているならリッチが転移でやってくる手はずだ。

 駄目なら木村たちが北エリアに行くことになる。


 今は壊された景色が戻る最中である。

 再構築の様子を地上で見ていた。


 メンバーはウィル、フルゴウルと少なめだ。

 どうにもリコリスとトリキルティスはリッチと相性が悪いので留守番してもらっている。

 戦闘も今日のところは予定していないので問題ないと判断した。


「あ、すごい。神気量が本当に増えてますね」


 一番最初に気づいたのはウィルだ。

 6時になってすぐ呟く。呟きの後ですぐにリッチが木村たちの作った墓地もどきに飛んできた。


「成功したようだな」

「驚きました。本当にこれで良いんですね」

「すでに完成されたダンジョンを侵蝕しなければ判定はかなり緩い。形だけ整えてもいける。それに周囲の人間が墓地だと考えればさらに緩くなる」


 木村だけでなく、他も「はぁ」と返すだけだ。

 墓地の判定にはさほど興味がない。ウィルは気になっていた方だけ尋ねた。


「本当に神気量が増えていますが、どういう理屈ですか?」

「俺も知らん。とりあえず墓場の領域を増やせば増やすほど力は増す。これで力も増すが、あれに正面から対抗できるほどではないな」


 木村は竜巻を見た。

 またしても南エリアを越えて蹂躙しようとしている。

 今日も西エリアからのようで、今の帝都はまだ被害はない。しかし、風前の灯も同然だ。


「常世魔草はどうだったか」

「……いちおう植えてみたのでそれ待ちです。成功かどうかも現状では不明です」

「だろうな」


 草の方は失敗の可能性が高い。

 まずモルモーによる似た効果探しは失敗だった。

 ペイラーフも地面に植えはしたが、根がちょっとしかないので成功する可能性は極めて低いと言っていた。

 最悪、合成機に入れて種が出ることにワンチャン賭けた方が確率は高いかもしれない。


「……そうか」


 リッチが強くなっても状況は昨日とさほど変わらない。

 こちらの攻撃が通らなければ意味がない。


 昨日の竜巻への突入は成功した。

 中に入ったが、内側も地獄のようだったらしい。

 仮にこちらの攻撃が通っても、勝てるかは怪しいということになる。


“戦力が足りていない”


 誰も言葉にはしないが、全員の共通認識が一致した。

 ここからできることが思い浮かばない。


 西エリアに行って宇宙人と話をしてみたいが、これは木村の興味であって戦力には結びつかない。

 帝都の三エリアはどうやっても青竜との戦闘に役立つとは思えない。

 東エリアの水銀は地下に引っ込んでしまっている。


 墓場を作ればリッチは強くなるようだが、作りすぎれば青竜に見つかり竜巻で消し飛ばされる。

 仮にリッチを強くしたところで攻撃は青竜に通らない。

 彼もまた霊体ではない。現状では霊体は霊体からしかまともに攻撃が通らないのである。

 すなわち、どのエリアかに青竜に対して有効な攻撃手段を持つものでなければこの状況は打破できない。

 何らかの変化が望まれる。


「しかし、このエリアは何と言うか……ひどいな」


 リッチが話を逸らした。一度、物事を俯瞰すべく周囲を見渡すことにしたのだ。

 貧困街エリアの惨状には墓場に住む彼も「ひどい」と述べる状態だ。


 ある意味で墓地エリアよりも死んでいる地域がここだ。

 人はいるのに活気はまるでなく、竜巻が来る前にすでに人は野ざらしになっている。

 なんなら自然に塵となって消えてしまう人すらいるくらいであった。


「ええ、ここは誰も彼もがこんな感じですね」

「ふむ……、ん? 誰も彼もが? あいつらは雰囲気が違うが」


 リッチが白い指で木村たちの背後を示す。

 そこには貧困街を歩いている数人の集団がいた。


「……え、あれ、セリーダ? いや、違う、誰?」


 遠目でセリーダと横顔の雰囲気が似ていたが違っていることに気づいた。

 着ているものも違うし、髪の色も違う。似ていたのはあくまで雰囲気だけだった。取り巻きもまったく知らない人物である。


「雰囲気は似ていましたね。しかし、神気が異常に薄いです。今にも消えそうなほどに」

「私にはぼんやりとしか見えないんだが、そんなに似ているのかな」

「知り合いと似ているのか?」

「何となくの雰囲気だけは」

「追いましょう」


 何にせよ、昨日までいなかったのは間違いない。

 昨日、西と北に変化があったように、今日の変化がこれなのかもしれない。


 木村たちはセリーダに似ている女性たちを追う。

 その姿がぶれている。時々、本当に消えてしまい、別のところから現れるほどだ。


「すみません! あの!」


 木村は声をかけるが、女性たちは木村の声に気づかない。

 フルゴウルが筺で閉じ込めるが、筺の壁すも無視して通り過ぎていく。


「どうしようもありませんね」


 歩調はゆっくりだが確実に東エリアへと移動していく。

 姿も、声も、魔法すら届かせることができない。

 亡霊よりも亡霊のようであった。


 そんな彼女たちが例の特殊能力者の近くまでやってきた。

 セリーダに雰囲気が似た女性が座る男に声をかける。周囲の人物の雰囲気は硬いが、その女性だけは柔らかい微笑みを男に向けていた。


 声をかけられた特殊能力者が反応を示した。

 木村が見た限りでは、初めて人の声に反応をしたはずだ。


「あ、あぁ……、あっ……」


 特殊能力者が慌てて手をセリーダ似の女性に手を伸ばすが、その手は虚空を切った。

 彼女たちは亡霊ですら届かない幻影だった。


 男は立ち上がろうとしたが、その足は思うように動かず、その場に崩れる。

 セリーダ似の女性たちは、倒れた男にかまわず移動を始める。


 仲間たちは女性の後ろ姿を追うが、木村は倒れた男が気になった。

 男は倒れたまま女性の背中に手を伸ばしている。

 歩くこともうまくできないようだ。


「先に追ってて」


 木村は倒れた男の腕を引き、彼を起こす。

 そのまま回転するように男の体を背中へと回し、彼を背負った。

 酒とクスリで潰れたアコニトを担いで喫煙所に捨てに行く技術がここで役だった。

 この男は軽そうとは思っていたが、重量がまるでない。人の形をした風船を背負った気分である。


 木村は男を背負ったまま、女性たちの後を追う。

 背負われた男は嗚咽と涙を流して、彼女たちを見つめていた。


 やがて女性たちは帝都から出て、東エリアへと歩を進める。

 木村たちもやや躊躇したが、彼女たちを追って東エリアに侵入した。

 彼女たちの会話も時々聞こえてくるのだが、声すらも途切れ途切れでうまく聞き取れない。

 東エリアに北が、やはりこちらの声は女性に届かず、触ることもできない。


 「姉様」、「エルメラルダ」、「心配」、「お戻りに」といった単語は聞き取れる。

 詳しい内容はわからないが、東エリアに帰る先があるようだ。


 彼女たちの後を追っていると、東エリアにも小さな変化が生じた。

 地中から水銀が出てきた。場所はセリーダ似の女性が進む先である。


 液体金属は形を変えて人の姿を見せる。

 その姿もまたセリーダと雰囲気が似ていた。

 しかし、セリーダよりずっと大人びており、冷たい雰囲気を感じる。


「メーティル」

「お姉……! わざ……迎えに…………あり……」


 水銀の女性が声をかけるとセリーダ似の亡霊がお供の女性を置いて、水銀の女性へと走る。

 水銀の女性も両腕を広げて女性を抱き留める姿勢を作る。


 しかし、セリーダ似の女性は水銀の女性をすり抜けた。

 すり抜けてから水銀の女性の背後で立ち止まっている。見えない誰かと抱擁を交わすように腕にそのスペースができている。


 ここでセリーダ似の亡霊たちは消え去った。

 残されたのは木村たちと、木村の背負った亡霊男性、それと水銀の亡霊女性だ。

 リッチは墓場から出ることができないのでおいてきた。


 全員が沈黙であり雰囲気が良くない。

 特に水銀のこわめの女性が木村を睨んでいるのが良くない。

 木村も睨まれているのが自らではなく、背負っている男性だと気づいたが下ろすこともできない。


「……えっと、すみません。二人はお知り合いなんですか?」


 かろうじて出すことのできた言葉がこれである。

 されど言葉に反応はない。女性は背負われた男性を冷たい目で睨んでいる。

 睨まれた男は再び廃人の状態に戻ってしまう。木村の問いかけや水銀女性の声も届いていない。


「ゴミが」


 水銀女性は明確な怒りを言葉に込めて放ち、液体の姿に戻った。

 もはや興味はないと地面へと消えていく。


「あの……、えっと、そうだ! 僕たちの仲間に先ほどの彼女と似た女性がいるんです! あなたと関係があるかもしれません!」


 必死に木村は叫んだ。

 関係は全くない可能性が高いが、とりあえず生じた変化を逃すわけにはいかない。

 水銀の地下への浸透は残りわずかのところで止まった。ゆっくりと人の形に戻っていく。


「聞かせなさい」


 木村は言葉につまった。

 先ほども女性の顔は木村に向いていたが、正確には男の方を向いていた。

 今は間違いなく木村に向いている。視線の角度にしてわずか数度の違いだが、その違いの大きさを感じている。

 背の高さこそ違うが、過去に似た感覚を味わった。スクルドやリコリスに睨まれた時だ。この女性はおそらく強い。それもとてつもなく。彼の背に冷たい汗が流れ始めていた。


「僕の仲間にセリーダという女性がいます。そのセリーダが先ほど消えてしまった女性に似ていたんです。あなたとも何となくですが似ていますので、もしかして関係――血の繋がりでしょうか、があるのではと思い、声をかけさせていただきました」


 水銀の女性がわずかに驚いている様子である。

 彼女の視線がミリ単位で動く、男性をわずかに見た。その後ですぐまた木村に戻る。


「会わせなさい。そこの地面ですか」


 水銀の女性が視線を地下に向けた。

 木村もすぐに理解した。はっきりとはわからないが、カクレガがあることは推測できる。

 外側からカクレガの位置を把握できる時点で彼女の強さがわかる。

 木村も緊張の度合いが一つ上がった。


「彼女はそこにはいません。あの西の城の中に、彼女の家族だった存在たちと一緒にいます」

「確認させます」


 水銀女性の横の地面から水銀が湧き上がる。

 湧き上がった水銀は宙へ伸びて、鳥の形を取った。その鳥の上に兵士の姿も現れる。


「連れてきなさい」


 水銀の兵士は小さく頷く。

 鳥が翼をうつ。銀の翼が陽の光を反射し煌めいた。


「――待ちなさい」


 一瞬だけ浮いた鳥がまた地面に着地した。

 兵士が女性に顔を向ける。


「連れてこなくてもけっこう。確認だけに留めなさい」


 銀の鳥がまた浮き上がり、今度こそ空をかけていった。

 とても比重が重い水銀とは思えないほど軽やかに飛んでいる。


「あなたたちはここで待ちなさい」


 周囲から水銀の兵士たちが湧き上がり、木村たちを囲んだ。

 良い雰囲気ではない。木村はリコリスを連れてこなかったことを後悔した。

 しかし、この場面ではすぐさま武力抗争が起こりそうなので、かえって連れてこなくて良かったとも思えている。

 いつもこういう場面になると「ああしておけば……」と悔やむ。同時に、反対の考えも浮かんでくる。迷ってばかりだ。


「質問があるのですが」


 沈黙を破ったのはウィルだった。

 水銀の女性がウィルを見た。興味はない目である。


「黎燦国のエルメラルダとはあなたのことでしょうか?」

「そうだとしたらなんなのです」


 木村としてもウィルの悪い癖が出たと目を瞑ってしまう。

 この女性はまともに話せる人種ではない。木村でもわかるほどだ。

 ウィルは常識人ぶっているが、魔法が絡むとたがが外れる。黙って待てなかったのか。


 最近のウィルは自らへのエンチャントで、強すぎる外部魔力からの保護手段を得た。

 保護の良い点として戦闘中に相手の魔力から自らを守ることができる。

 悪い点としては魔力感知が弱くなるという点である。


 魔力感知によって引き起こされる恐怖は自己防衛手段であるがそれが利かなくなる。

 檻を隔てて猛獣がいる。檻が頑丈であるほど、猛獣への恐怖は薄まる。

 その檻すら飲み込む猛獣がいることも忘れてしまう。


 今のウィルは檻一枚隔てた猛獣に興味を持って近づいた子どもであった。


「水銀のエルメラルダは、神にもっとも近づいた存在と言われています。どのような神聖術か知りたかったのです」


 もしもここにリコリスがいたら、ウィルの後頭部を意識が昏倒するほどに叩いていた。

 隣のフルゴウルは愚か者を見る目でウィルに視線を送る。

 木村は呆れているし、おっさんは笑顔である。

 ウィルは顔を輝かせている。


 猛獣が子どもの手を噛み千切らなかったのは、子どもの表情が読み取れたからだ。

 水銀の女性はウィルの顔を見つめてその表情の意味に気づいた。

 そして、彼女も表情をほんのわずかに緩ませる。


「今の言葉は、うぬぼれではなく好奇心ですか」

「はい! 興味が尽きません!」

「あなたであれば、直に知ることになるでしょう」


 ウィルは「やった」と嬉しそうだが、木村は嬉しくない。

 今の言葉に含まれる意味が理解できてしまった。


 もしも城から戻った兵士が「セリーダと似ている人物はいませんでした」と報告したら、ウィルを(もちろん木村たちも)魔法で殺してやるという意味だ。

 逆にいた場合でも、何らかの形で手が下されるのではないかと木村は不安になってきた。

 彼女はクスリで頭がやられている。王城にはいるがまともな状態ではない。

 あの様子のセリーダを見て、良い報告になるはずがない。

 もしもクスリの効果が切れていても同じだ。



 兵士の帰りを待っていると、周囲の水銀兵士たちが構えていた武器が下りた。


「確認が取れました」


 兵士は帰ってきていない。

 どうやってか水銀の女性は、城に送った兵士と連絡を取ったようだ。


「あなたの言う『セリーダ』は確かにいたようです」


 木村はひとまず安堵する。

 彼が似ていると感じただけで、他のヒトからは似ていないと思われる可能性もあった。

 どうやらそこはクリアされたようである。問題は彼女の状態だ。


「彼女は狂騒状態とのこと。この状態になった経緯を説明しなさい」


 木村はわずかに迷ったが素直に説明する。

 この素直さが彼の持つ唯一の武器であると言っても良い。


「彼女は過去に家族や知り合いの死を目の当たりにし、心を深く病んでしまいました。僕たちでは彼女の心のケアが難しく、自殺をされても困るためクスリであの状態を保っています」


 誰が彼女の家族を死なせたかは言わない。

 木村たちと南エリアにいる鶏なのだが、今はその鶏すらも木村たちの仲間である。


「ちなみに彼女は、ここにあった帝国のお姫様です。帝国は半年ほど前に滅んでしまったので今は意味のない肩書きですが」


「……そう、ですか」


 水銀の女性に動揺が見られた。

 どう考えているのかは木村の知るところではないが、断定と命令の二パターンの会話にようやく変化ができた。

 女性が木村の背負った男を見る回数も増えているが、男にやはり変化はない。最初に現れ、消えてしまった女性以外には興味を示さない。


「このゴミクズめが」


 女性は、木村たちにはいっそ無関心だが、木村の背負う男性には怒りが込められている。

 しかもその怒りは徐々に増しているようにすら見えた。

 水銀の女性が木村に手を伸ばす。


「……あ」


 一瞬だった。木村の横から男のかすれた声が聞こえた。

 女性の手の形状が変わり、木村の顔の横へと槍のように伸びていた。

 木村は首を動かせず、眼球だけを動かして女性の伸びた腕の先を見つめる。


 背負った男の眉間に女性の腕が突き刺さっていた。腕というよりは刃である。

 リッチが闇を刀や斧に変えたように、女は水銀の形状を自由に変え、武器として男を刺した。


 刺さった男は塵のように崩れ去ってしまう。

 女性は崩れ去る男を見ることもなく、木村たちの横を歩いて行く。その歩く先は西である。


 女性はすでに木村たちに興味をなくしており、竜巻が迫る王城をひたむきに見つめて歩を進めていく。

 彼女が一歩踏み出すたびに地面からは水銀の兵士たちが現れ、水銀の軍団ができあがる。

 木村も彼女が青竜と戦ってくれそうだと期待した。


「良かったね。水銀の魔法が見れそうだよ」


 木村はウィルに声をかけたが彼はなかなか返答をしない。

 何かに気づいたようで、口をポカンと開け、水銀の軍団を見つめている。


「どうかしたの?」

「しかし、いや、そんな……。あ、いえ、あまりにも自然すぎて気づくのが遅れました。これは恥ずかしい……。僕はすでに水銀の神聖術を見ていたようです」

「そうだね」


 フルゴウルがウィルの言葉に頷いた。

 ウィルが解説すると木村は思ったが、彼は水銀の軍団を見つめるだけで解説を行わない。

 ただ、木村も何となくはわかる。これだけの規模の軍団を湧き上がらせること自体が異常な現象である。


「この水銀の軍隊が魔法の軍団ってことだよね」

「やや違う」


 木村の理解をフルゴウルが否定した。

 彼女が珍しく目を見開いて四つの瞳で、水銀の軍団を追っている。


「全てが魔法だ。この軍も、先ほど話していた女性さえも」

「それは、まあ、水銀だったからそうなのかなとは思ってました。本体は別のところにいて、水銀で分身体を創って現れていた、と」

「それもやや違う。分身体ではない。全てが完全な別個体。あの軍団の中に誰一人として同じ人物はいない。精気組成すら別物。それぞれが命を持った水銀だ。水銀の主は彼らを一人ずつ作り込んでいる。いや、これはもはや作っているとも思えない。再現をしているのか? 互いに干渉し合ってさらなる完成に近づいている。まるで自らが天の中心と思いこんでいるかのような魔法だ」


 気に入らないな、とフルゴウルは吐き捨てる。

 木村としてはフルゴウルも似たような存在ではないかと感じている。


「アコニトが心配になってきた」


 水銀の女性に聞きそびれてしまった。

 東エリアの状況を知ってしまい、彼女が大丈夫か不安になってくる。


「狐くんなら大丈夫ではないかな」


 フルゴウルが口にするが、特に彼女も根拠があるわけではない。

 割とどうでもよいとすら思っている。


「まあ、アコニトだからね」


 なんだかんだで無事だとは木村も考えている。

 ただ、生きたまま拷問されていれば、さすがに可哀相だと思う。


「けっきょく男の人はなんだったんだろう」


 もちろん誰もわからない。

 塵となってしまったが、先ほどの女性と因縁があるように見えた。

 それに消えてしまったセリーダ似の女性を見た時の反応も気になっている。


 反応と言えば軍団を率いる水銀の女性が男を見た時の反応も気になった。

 セリーダの状態を聞いた時もわずかながらも取り乱していたし、塵になった男を見ていた。


 わからないことが増えていく中で、わかったこともある。

 塵になった男と水銀の女性が知り合いということだ。あの反応であれば間違いないだろう。

 エリアはそれぞれ完全に別の時代だと考えていたが、被っている時代があるのかもしれない。



 いまだ手探りの中、状況が動き出す。


 王城に迫る竜巻と水銀の軍団がぶつかろうとしていた。

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