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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅷ章.レベル71~80
124/138

124.イベント「Happy unbirthday eve」1

 イベントも三日目。


 時刻は5:59。


 今日も青竜の竜巻は元気に南エリアで渦巻いている。

 青竜は破壊活動に関して極めて積極的であり、討滅クエストの竜を思い起こさせるほどであった。

 壊している途中や壊し尽くした後に、下卑た笑い声がかすかに聞こえてきたのも二日目で幻聴ではないことがわかった。完全に青竜は破壊を楽しんでいる。


 6:00になり本日のエリア破壊戦が始まった。

 前二日と同様に竜巻がエリアを横断すべく北進していく。

 しかし、その進みが急に止まる。


「……奇妙な神気反応が」

「本当ですね。北でしょうか」


 魔力感知組のウィルとモルモーも呟いた。

 ウィルは神気反応を受けて気づく受動型だが、モルモーは別の方式で魔力を探知できる。

 受動型で感知してから、能動的に位置を探るといった芸当も可能であり、いろいろと汎用性が高い。


 モニター内の景色がぐるりと回るが、北エリアは遠いのでよく見えない。間に帝都もある。

 そのままぐるりと回ったところで木村は異常に気づいた。


「待って。止めて。さっきのところ」

「空に何かあったね」


 木村以外も気づいていた。

 映像が戻ると、ちょうど空から高速で何かが地面に落ちたところだった。場所は北ではなく西エリアだ。


「……隕石?」


 木村も落ちたところを見たのは初めてだった。

 映画とかではあるのだが、木村の見た映画での隕石は地球を破壊する規模の隕石である。

 映像の切り替わりで空に浮かんでいたときは点のようであったが、空に見えたと思ったら一瞬で落ちてきてしまう。

 遠くてはっきり見えないが、地上に落ちた後も津波や地震も起きることはない。

 石が落ちた。終わり。それだけである。


「魔力の反応は?」

「北エリアのものは消えました。西エリアのものは微かに残っている程度ですね」


 反応が隕石だったとすれば、北エリアの上空から西エリアに落ちたということかと木村は推測した。

 しかし、空に点として浮かんで見えたのは西側だったので推測とは一致しない。


「行ってみましょう」


 現時点でできることはそれだけだ。

 南エリアに鶏はいるが、言葉も通じず、まともな戦力として期待はできない。

 西エリアの微少な魔力を持つ隕石と、北エリアから探知された反応を確認することにする。


 青竜の竜巻も異常を感知した西エリアと北エリアにそれぞれ向かっている。

 竜巻は速度もそれなりだが高速というほどではない。カクレガの方が断然速いので先に行って確認することは容易である。


 反対意見もなく、カクレガは西エリアに舵を切った。




 木村たちは西エリアで隕石を確認できた。


 すでに大気との摩擦で生じていた熱は失われ、ボーリング玉程度の黒っぽい石が転がっている。

 穴が空いているが、中は空洞で何も入っていない。空っぽ。

 これだけならここで解散である。


「隕石が亡霊だ」


 隕石自体が亡霊仕様であった。

 城や兵士、あるいは西エリアの魔物たちと同様に石は半透明だ。

 この隕石が現時点で起きた異変ではなく、過去の時点で起きた出来事を示すものである。


「変なのがいるね」


 歩く鬼婆ことリコリスが木村たちとは違う方角を見て告げた。

 彼女の視線の先には一体の魔物がいる。


 西エリアには魔物が多い。

 ゴブリンのような小さなものから、四足歩行の犬っぽい獣、大きめの毛虫らしきもの、目が三つの烏とまるで低レベル迷宮の坩堝のようである。

 しかも魔法を使ってくる個体もおらず、本当にゲーム初期のエリアのようであった。


 多様な魔物はいても特徴がある。

 群れる魔物と群れない魔物。また、同型魔物には類似の特徴があるという点。

 ゴブリンや犬っぽい獣は群れ、毛虫や烏はさほど群れない。さらに同型の魔物は大きさや強さ、色合いに個体差はあれど、特徴はほぼ一致する。


 その西エリアにおいて異様な魔物がいた。

 犬型の魔物の群れから一体だけ離れた個体が木村たちの視線の先にいた。

 その犬型魔物はまるでファンタジーアニメのように後ろ足の二本で地上に立つ。

 木村たちが直立する犬型魔物を見つめているように、その魔物も木村たちを見つめていた。


「セイメイタイ、ゲンゴ、チノウ、ブンメイ」

「……喋った」


 犬の魔物が喋った。

 木村も驚いた。発した言葉はカタコトだが意味はわかる。


「生命体、言語、知能、文明?」


 木村が犬の魔物の言葉を繰り返す。

 犬の魔物が目と口を開き、驚いたような表情を作った。

 木村や犬の魔物だけでなく周囲のキャラたちも驚いている。

 その驚きは犬ではなく、木村に向いていた。フルゴウルが思い出して呟く。


「……この現象は、以前にも見たね」

「え? 何がです?」


 木村が仲間達を見るが、仲間達は魔物を注視しつつ木村の疑問に答えた。


「私には先ほどの獣の唸りは声に聞こえなかった」

「僕もですね。デモナス地域の住人の時と同じです。キィムラァ、あなただけがあの魔物の唸りを言葉として認識しています」


 リコリスはどうかと木村は見たが、彼女は反応を示さない。

 すでに手に炎刀を出して攻撃する準備をしている。


「こちらの言葉がわかりますか?」

「リカイ、モトム、コウシン」

「わかりました。話をしましょう」

「ショウダク」

「話をすることになったから武器を下ろして」

「位置はこのままで話しな」


 リコリスの言葉を受けて、木村は犬の魔物にその旨を伝えた。

 犬の魔物も是と返し、話し合いになる。距離はそのままだが、すでに武器は構えていない。


 カタコトで話しづらいが、魔物が伝えたいことは木村も理解できた。

 理解はできたが、その理解に常識が付いていかない。


「つまり、貴方は宇宙人だということですね」

「イナ、ヒトデハナイ」

「えっと、宇宙生命体?」

「フタシカ、ソノタンゴ、ゼンセイブツガイトウ」


 木村もわずかに考えたが、すぐに「あー」と頷く。

 彼は外の星から来た文明の生物という意味で「宇宙生命体」と言ったつもりだったが、「宇宙生命体」という単語だけを見れば宇宙にいる生物で有り、宇宙にいる生物全てということになるという話だ。

 翻訳がうまくいっていないのか、この生命体が言葉に厳しいだけなのか木村は判断がつかない。


 話をかいつまむと、彼あるいは彼女の星が滅びかけたから宇宙船で脱出して宇宙を彷徨い、この星にたどりついたようだ。

 聞いたことのない星から、主の存続という木村の理解を超えた目的のため、途方もない時間をかけて、この星にやってきた宇宙人が目の前にいた。


 木村は珍しくガチャ以外で興奮している。

 魔法の蔓延る世界にやってきて、大なり小なり驚きの連続だったが、最近は「魔法だから」で慣れてきていた。


 ところがこの宇宙人は別枠だ。

 魔法的な要素もあるのだろうが、木村の世界とも繋がっている部分を感じる。

 限りなく非現実的にもかかわらず現実に存在しうるであろう存在がいて、言葉を交わしている。


 しかも現状では木村だけが彼と言葉が交わすことができる。

 希少かつ特別という状況に彼は満たされていた。

 ある意味で限定ガチャに似ている。


「キィムラァ、そろそろ」


 竜巻が迫っている。

 カクレガに避難する時間だ。

 貴重な存在を竜巻の餌食にするわけにもいかない。


「どうぞカクレガに入ってください」


 木村はカクレガで宇宙人を匿うことに決めた。

 リコリスがやや嫌な顔をしたように見せたのは木村の勘違いではないだろう。

 彼女が反対なのはわかっていた。ただ、今回は彼女だけでなくウィルやフルゴウルも反対の様子なのが木村には意外だった。


「残念だが、今回のゲストはカクレガに入れないぞ」


 おっさんは無慈悲である。

 事務的に感じさせる言葉で入船を拒否する。

 システム的に入れないなら仕方ない。助けられるキャラもいない。


 宇宙人を一人置いて、木村たちはカクレガに戻った。



 宇宙人は竜巻から逃げたが、やはり為す術なく飲み込まれた。


 途中で二足から四足歩行になって逃げたのは、やはり元となった生物の特徴によるものだろう。

 彼らは生物に取り憑き、内部から体を操り支配するようである。


 木村もカクレガに戻り、徐々に冷静さが戻ってきた。

 どう考えても危険生物だ。元の人格は乗っ取られるので完全に支配である。

 SF映画なら完全に悪い敵対者であり、主人公の身近な存在か政府関係者を乗っ取って地球を侵略するべく暗躍する輩だ。

 リコリスだけでなくウィルやフルゴウルが反対なのも当然だ。しかも、見た目が魔物で言葉は木村だけしか通じない。そりゃ入れさせられない。


「……宇宙人。宇宙人かぁ」


 木村の無意味な呟きがブリッジに溶けていく。

 ウィルとフルゴウルはデモナス地域の住民が、先ほどの存在の子孫ではないかと議論していた。

 彼らの血の色は緑色だったと木村も記憶している。ゲイルスコグルと尻尾鎧に虐殺された時に見た光景が頭にまだこびりついている。


 ヒトの血が赤いのは、赤血球中のヘモグロビンが酸素と結合して赤になるからだったはずだ。生物で習った。

 生物の教師は青い血にも言及していた。カブトガニの血は青いらしい。銅を含む色素たんぱく質によるものだっただろうか。

 しかも、このカブトガニの青い血は、細菌の毒素を検出する唯一の天然資源として重宝されているだったか。

 それでは緑色の血には、何が含まれていて、どのような効果があるのだろうか?


 緑といえば、本イベントの西エリアのゲージも緑色だ。

 そのゲージが三日目にしてようやく減った。西エリアのキーマンは宇宙人で確定した。


 木村は血とゲージの色で連想していたが、ウィルやフルゴウルは魔力的な観点で話をしている。

 魔力的な要素以外として、彼らの言語を木村だけが理解できていたという点も重要なファクターだと彼らは話す。

 木村はデモナス地域の住民の起源論にはさほど興味が湧いていない。思い出したくないカテゴリーに入っているので議論には参加しない。


 木村は今回のイベントに関する見方がやや固まりつつあることを自覚していた。

 本イベントは、今までのイベントよりもゲーム的な要素が大きい。エリアに分かれている点、各エリアにHPらしきゲージがある点、それに日ごとにリセットされる点と挙げられる。

 さらにいえばシナリオが希薄だ。今のところストーリーの主要キャラは出てきていない。戦犯の博士もいまだに木村たちは出会えていない。全てがこの異世界の人物あるいは生命体だけで構成されている。


 そして、木村が今回一番に感じていることは魔法的な要素よりも科学的な要素が強いということだ。

 科学というより科学的空想――SFの要素が大きい。


 本イベントの元凶となったタイムマシン。

 東エリアに満ちる水銀の海。

 南エリアから各エリアを蹂躙する超巨大竜巻。

 西エリアに落ちた隕石とそこから現れた宇宙人。

 ……とそれぞれが一冊の本の主題になるテーマにもなりうる。


 北エリアのアンデッドは、SFよりもホラーに該当しそうではあるが死者の蘇りという点ではSFと言えなくもない。

 フランケンシュタインも怪奇小説寄りのSFなので間違ってはいないだろう。


 もちろん前面に出ているものがSFに見えるというだけで、それを司るものが魔法なのでけっきょく魔法だとは木村理解している。

 それでもSFらしさという共通点を感じた木村は帝都の三エリアに関してもSF要素があるのではないかと期待し始めた。

 ロボットものはないはずだ。機械要素は異世界の過去という点でそぐわない。もしも出たとすれば例の博士が担うべきところである。

 ロストフューチャー、深海世界といろいろ考えたところで木村は「SFってそもそも何だっけ」と頭がこんがらがってしまった。

 サイエンスフィクションが元のはずだが、サイエンスファンタジーになりつつある。しまいには少し不思議とか言われる始末だ。

 もはや何でもありではないか、とまで考えてしまい、妄想から離れて現実を見ることにしたのである。


 次に向かうのは北エリア。

 もう少しで先日アンデッドを浄化した地点に到着する。


「……あれ?」


 木村が北エリアのゲージをなにげなしに見ると、ゲージが微増していた。

 今もミリ単位なのだが、細線から太線に見えるくらいにゲージが増している。錯覚だと言われれば納得してしまう程度である。



 カクレガは北エリアの墓地にたどりつき、木村たちも変化に気づいた。

 浄化したアンデッドが復活しているのは知っていたのだが、そのアンデッドの近くに見慣れぬ物体があった。

 明らかにこの世界のものではない機械的なパーツが地面に散らばっている。換気扇のファンのようなものから、モーターらしき軸を持ったもの、線が通っていそうな管と様々だ。


 変化のその二として、落ちている部品を集めている存在がいる。

 例のアンデッドではなく、別の存在が複数いた。見るからに骸骨であり、骸骨以外に形容できない。


「屍者を使役してるね」


 リコリスの言葉は短く重い。

 彼女の目つきが敵を見るそれだったので、木村はそっと彼女から目を逸らす。

 木村も異世界でアンデッド系のモンスターは何度か見たが、ここまで立派な骸骨は見たことがない。

 ゲームからそのまま持ってきたような骸骨(スケルトン)である。しかも複数いる。小学校の理科室にあった埃を被った骨格標本を思い出してしまう。

 それらの骸骨を例のアンデッドが指示して、操っているように見える。


「埋めています」


 地面に大きな穴が空いており、その穴に例のスケルトンが地面から拾ったパーツを入れていた。

 見ていても仕方がないので木村たちも見に行くことにする。



 リコリス、ウィル、フルゴウル、ペイラーフを連れてカクレガから出た。


 例のアンデッドはすぐに木村たちに気づいたが、興味なさげに顔を背け、パーツの埋没作業に戻る。

 相手に前回のような警戒心はない。周囲の骸骨も木村たちに興味を示さない。


 リコリスは戦闘態勢だが、他の三人に戦闘の意志はない。

 リコリスはフルゴウルをトリキルティスにしようとしていたが、あまりにも武力的メンバー過ぎたので木村が替えた。

 木村はペイラーフを会話要員と考えているが、リコリスはアンデッド抹殺要員と考えている点に大きな違いがある。


「戦闘なら後にしろ。竜巻が来る前にやらなければならないことがある」


 木村が声をかけるよりも前に、アンデッドの方が木村たちに告げた。

 アンデッドは顔を木村たちに見せることもなく、ただ穴の中を見ている。


「以前は、その、なんというかすみません」


 とりあえず木村は謝罪を述べる。

 いきなりの戦闘で、しかも助けるところから浄化してトドメを刺してしまった。


「……この瓦礫はいったい?」

「知らん。お前らではないのか? いきなり現れて爆散した。中にいた女も死んだぞ。今は埋葬の最中だ」


 木村たちは顔を見合わせる。

 機械が何かは木村もおぼろげに把握できる。

 タイムマシンだ。しかし、中にいたのが女性というのはわからない。


「その女性がソケット博士ではないかな?」

「男性だと思っていましたが、女性ということですか」

「性別は言及されていなかったはずだよ」


 木村は思い起こすが、確かにソケット博士の性別について書かれていなかった。

 勝手に男性だと考えていたが、女性の可能性もあり得る。

 しかし、別の可能性もある。


「あるいは助手のナットが女性だったかだ」


 木村も頷く。

 この機械がタイムマシンなら、中にいたのはソケット博士と助手のナットだ。


「もう一人いませんでしたか?」

「一人だけだ。最期に少しだけ声を発していた。言葉は通じなかったが、夢半ばだったな」

「夢半ば? どういうことです?」

「あの女は瀕死だったが、声に情熱があった。その目はすでに光を映さずともしかと未来を向いていた。――夢を追いかける者の眼差しだ。せめて弔いくらいはすべきだろう」


 木村は言葉が出なかった。

 その女性がソケット博士か助手のナットかはやはりわからない。

 今は目の前のアンデッドの言葉が、あまりにもアンデッドらしくない言葉で理解が追いついていなかった。


「屍者が夢を語るとはね。偉くなったもんだよ。その女もあんたが操れば良いんじゃないかい? こいつらみたいに」


 リコリスが尋ねた。尋ねるというよりは皮肉であった。敵を前にして手よりも口が先に出ることは珍しい。

 フルゴウルがちらりとリコリスを見たが、彼女の視線は誰も気づかなかった。


「俺はこいつらを操っていない。こいつらが勝手にここへやってきたから、手をかしてもらっているだけだ。それと――」


 そこまで言って、アンデッドはようやく木村たちへと振り返った。

 彼はリコリスへと視線を向けた。その視線に恐れはない。堂々と彼女に対峙している。


「なるほど。俺はお前の言うところの屍者に違いない。リッチとも呼ばれるな。屍者が偉そうに語らせてもらおう。俺は先日、お前らに消された。昨日、一昨日は竜巻に消し飛ばされた。しかし、俺はまだここに立っている。なぜかわかるか? 俺はここで消える定めではないということだ。俺には夢がある。その夢が成就するまで俺は消えない。屍者ですら夢がある。お前らに夢があるのか?」


 木村にはアンデッドの理屈がわからなかった。

 なぜ夢があると消えないのか。根性論かこじつけだ。

 夢を尋ねられたが、夢の有無がいったい何だというのか。

 性能厨に寄っている木村からは、遠い考えの持ち主であった。


「私もこのような姿だが夢はあるよ」


 フルゴウルが場を和ませるように発言した。

 やや緊張が緩んだように思える。


 カクレガでも考えの遠い持ち主は多くいる。

 ここにいるパーティーですら木村とは遠い考えの持ち主だ。

 彼らの根底にある意思と、彼らの能力・為し得ることは切り離して判断すべきと木村もわかっている。


「とりあえず夢の話はいったん置きましょう。亡くなった女性が博士か助手かもひとまず後回しです。おっさん、この壊れたタイムマシンはカクレガで直せそう?」

「無理だぞ」


 埋められつつあったタイムマシンをカクレガの製造室で直そうと考えていたが、おっさんはあっさりと不可能と断定した。

 博士の死体はすでに土にまみれて見えず、掘り返すほどのメリットがあるとも木村には思えない。

 そうであれば埋められた博士と埋没しつつあるタイムマシンはもう考える必要がない。

 目の前のアンデッドが戦っている姿は昨日もモニターで見た。

 彼を戦力として取り込む方が優先順位で上となった。


「先日は状況が状況だったので改めて提案させていただきます。あなたはあの竜巻と戦っていましたよね。僕たちもどうにかしてあの竜巻の中にいる存在を倒したいと思っています。先日の遺恨もあるでしょうが、ひとまず竜巻の主を倒すまでは手を組みませんか。僕たちからは情報の提供と、あなたが言われていた人間二人の保護を提示できます」


 リコリスの背中から剣呑な雰囲気を木村は感じたが、手を組む点に関しては妥協できない。

 西エリアの宇宙生命体は意思疎通こそできたが戦力になり得ず、対竜巻には現状で無力と言える。

 このアンデッドの戦力も竜巻と比べれば無視できる程度のものだとしても、手数は可能な限り増やしておきたい。


 それに木村はおそらくこのアンデッドは反対しないと考えている。先ほども「人間二人の保護」の部分で表情がやや動いた。彼は一緒に転移されたと考えられる人間に固執している。

 タイムマシンで死んでいった博士(もしくは助手)を見た直後なら、その人間二人の安否はことさら不安視されるだろう。


「人間二人の保護が約束されるなら、俺も手を組むことに異存はない」


 やや時間を置いてからアンデッドは答えた。

 木村もほっと息をつく。


「それではさっそく説明をさせてもらいます」


 竜巻はまだこちらに来る気配がない。

 今は帝都エリアを絶賛蹂躙中だ。


 あの竜巻が襲う優先順位は、対象の数で決まっているようである。

 西エリアや帝都エリアは優先的に狙われており、遠くて過疎な北エリアと水銀だけの東エリアは後回しにされている。

 現在進行形で竜巻に消し飛ばされている亡霊諸氏には申し訳ないとわずかに思いつつも、木村はこの時間猶予を有効に活用してアンデッドに説明することにした。

 なお、ペイラーフはお役御免とさっさとカクレガに帰った。


 説明を開始したが、その最初で詰まった。まだ自己紹介部分である。

 木村たちが簡単に自己紹介したところで、アンデッドが口を開いて固まったのだ。


「俺の名前は……」


 アンデッドとは思えないほど堂々と動いていた口がここで止まる。

 木村たちも待ってみたが、なかなか続きが出てこない。


「えっと、お名前は?」

「――そうだ。こういうときのために作っておいたのだ」


 アンデッドはローブの中をまさぐり始めたが、右手がごそごそ、左手がごそごそと動き、首もかしげている。

 アンデッドの手が動くたびにリコリスが警戒するので互いに気が気ではない。


「俺の名前だが、思い出せない。よくあることだ。どうやら作ったばかりの名札もどこかへ行ったな。せっかく骨に刻み込んでおいたんだが……。どちらにせよ本名で呼ぶ奴は少ない。『リッチ』と呼んでくれ。そう呼ぶ奴の方が圧倒的に多い」


 リッチは名前じゃなくて種族名だろ、と木村は感じた。

 しかもリッチという種族に、木村は良い印象を持っていない。

 存在が悪という意味の悪印象ではなく、強さとして悪い印象ばかりが先立つ。


 リッチはゲームや漫画では圧倒的に噛ませ犬ポジションだ。

 序盤、中盤くらいの墓場やダンジョン、街にいきなり出てきて、「なぜこんなところにリッチが!」と驚かれている。

 このときにリッチがどれだけやばい存在かを、遭遇者がひたすら解説してやられる。

 やれ死者の王だ、やれ大魔道士のなれの果て、やれ死を越えた賢者だ、と。

 解説してる暇があればさっさと逃げろよ。


 そして、その後に主人公が出てきて「あれ? またオレ何かやっちゃいました?」とあっさりリッチはやられてしまう。

 悲しいくらいに噛ませ犬ポジションが異世界ものの定番である。


 しかも目の前のリッチは自らの名前を忘れて、骨を備忘録代わりにしていたようだ。

 夢があることを語るよりも名前を覚えるところが先ではないのか。

 木村も不安になってきた。手を組むのは失敗だったかと。


「リッチさんが先日使った魔法はいったい何だったのでしょうか?」


 黙っていた木村の横からウィルが乗り出してきた。

 おっさんに尋ねたが、明確な返答をもらえずやきもきしていたのである。


「闇魔法だ」

「はい? 闇の神聖術?」


 ウィルも疑問符で返す。木村も知っている単語だった。

 過去に王都で見た。不変だか不偏で干渉できなくなる無敵技だった。

 何ならアコニトが闇竜から加護をもらって、半端だが使うことができている。

 意識の世界を作って、別世界へ隔離するだったはずだ。闇の同化と呼ばれていたはずである。


「もしかして闇で竜巻を消すこともできるんですか」

「闇で竜巻は消せんだろ」


 「何を言ってるんだ」という口調で返された。

 木村も首をかしげるし、ウィルもよくわからず停止している。


「見せてもらえばいいんじゃないかな」


 フルゴウルが提案する。

 リコリスが嫌そうな顔をしたが、口にはしない。

 やるならさっさとやれ、というように顎だけでリッチに示す。

 手にはしっかり炎刀を出しているので、協力体制もあってないようなものだ。


「まず、これが闇の最高位」


 リッチが口にするが、特に変化は見えない。

 ウィルとフルゴウルはわかったようで頷いた。


「すり抜けですね。それはわかります」


 木村もウィルにやってもらったことがある。

 超短時間の回避技だ。


「闇の高位」


 リッチが手を伸ばすとそこから真っ黒の剣が伸びた。しかも形状が斧になったり、手だけでなく体の一部から複数出すこともできている。

 これには「おお」と木村も唸る。これこそ木村の考えていた闇魔法に近い。

 ウィルも不思議なものを見るようであった。


「闇の中位」


 リッチから離れたところに犬の魔物が出てきた。

 真っ黒で獰猛なフォルムだ。それが意思を持ったように動いている。

 リコリスを刺激しないよう、闇の犬たちは木村たちから離れるように走って行く。

 これには木村も「おぉ」と唸りから声に変わった。


「最後に闇の低位だ」


 リッチの目の前に闇の小さな玉が現れる。

 これは木村も前に見た。すぐに腕を斬られてしまったいたのでどういった魔法かはわからない。


 今回、リッチは闇の小さな玉を直接握らなかった。

 闇の玉が地面にズプリと音もなく沈み、黒の水たまりを作ってそれがリッチの足下に広がる。

 その黒い闇がリッチに這い上がって取り憑いた。ボロボロのローブがさらに黒くなっていかにも闇の魔法使いという印象になる。


「少し飛ぶぞ」


 リッチの体がふわりと浮かんだ。

 木村はわかりやすくすごかったので楽しんでいるが、ウィルは絶句している。


「あの辺りに転移する」


 リッチの姿がフッと消え、一秒足らずでリッチが指で示していた地点からリッチが現れる。

 スッと現れるというよりWebで画像を読み込んだように、頭から徐々に体へと下に出てきていた。


「すごい!」


 木村は心からの賞賛を送った。

 前回も見たが、あの時はリコリスの恐さが勝り、素直にリッチの技を見ることはできなかった。


 特にこの転移は便利そうだ。

 青竜の竜巻の壁をこれで越えられるのではないかと考える。

 さほど期待していなかった反動もあり、打開策が一気に湧き上がり、木村は自らの認識を改めていく。


 しかも、リッチは転移してからも雷や氷といった魔法を見せてきた。これはウィルやシエイもできるのでさほど木村は驚きがない。

 しかしウィルやフルゴウルが驚いているように見えた。心なしかおっさんもやや興味深そうである。


「こんなところだな。もう一つあるのだが、特殊な状況でないと使えん。今は無理だ」


 リッチがすたすたと歩いて戻ってくる。

 木村は両手を叩いて彼を迎えた。


「すみません。闇魔法を見くびってました。すごかったです、とても」


 木村は正直に感想を述べる。

 最後の雷と氷は別魔法だろうが、飛行と転移だけでも便利すぎる。

 高位と中位もザ・闇魔法という見た目で木村は満足している。手を組んだのは間違いではなかった、と。


 リッチも木村の素直な賛辞に、まんざらでもないようで表情を緩めていた。

 一方でカクレガの魔法考証組は表情を硬くしている。リコリスは相変わらずの仏頂面だ。


「これは……、闇ではないのでは?」

「私も初めて見るものだった」


 両者も疑問が顔に浮かんでいる。

 フルゴウルの初めて見るものは木村でもまだわかる。


「どういった構築をされていますか?」

「構築?」

「はい。無詠唱で術を展開しているのであれば、魔法領域で術式の構築をされているでしょう。その構築がどういったものかを知りたいのです」

「言っている意味がさっぱりわからん。頭の中で詠唱しているだけだ」

「……はい?」

〈闇よ。獣となりて野を走れ〉


 リッチが呟いた。

 闇の獣が湧き出て、墓地を走って行く。

 やがて黒い犬は影のように地面に溶けて消えてしまった。


「今の詠唱を頭の中で唱えると発動する」

「…………はい?」

「うん?」


 ウィルは混乱している。

 リッチも言われている意味がわからない。


「中位と高位は不明だが、低位はウィルくんや巫女殿がやっているものと同じ類いのものだね。自らへのエンチャントだろう。何を付与して、なぜあの現象が起きているのかが不明だが」

「自らに闇を付与して、『こうしたい』と願ったらそれが実現される。なぜ起きるかは知らないが、そういうものだろう?」


 フルゴウルも言葉を失った。

 木村も珍しい展開に面白みを感じている。

 思考が体育会系だと考えていたが、どうやら魔法も体育会系らしい。

 なせばなる。なぜなるかは知らないがなるものはなるから後はどうでも良い。魔法部分の思考は木村も近い。

 「魔法は魔法だから発動する、そんなものだろ」というくらいの気軽な考え方が彼は好ましい。

 ウィルはあまりにも魔法考証が多すぎる。


「つまり、その状態のあんたが相手に『俺の言葉に従え』と願えば、相手を言葉で操れるのかい?」


 リコリスが静かに尋ねた。

 あまりにも感情の抑揚を感じさせない質問に場が張り詰めた。

 運命の選択とも言える質問だった。全員の視線がリッチに向けられる。


「――そうだ。俺が願えばそうなる」


 リッチは一切の言い訳もなく肯定した。


「そうかい」


 リコリスが動き、その手には炎刀が出ていた。

 けっきょくこうなるのかと今度は木村が言葉を失った。


「だが、俺がそう願うことはない。なぜかわかるか?」


 リコリスの炎刃はすでにリッチの喉元まで迫り止まっている。

 もしも今の発言が命令に属するものであれば、リコリスも操られた可能性があった。

 その場合は、すぐさま対抗魔法が発動され彼女は正気に戻り、リッチの首はあえなく飛んでいたであろう。


「人の行動は己から湧き出たものでなければ意味がない。それを湧きだたせるのがたとえ他人であったとしても、そこにはお前のような圧倒的な強さ、あるいは言葉を体現すべき行動といったものが必須だろう。意志という源泉を欠いた行動を強いるのは俺の哲学に反する。相手がそも無価値な存在であれば別だろうが、少なくともそちらとは協力体制にあり、そのうち一人は夢を持っていると言った。俺が言葉一つで気軽に操って良い存在ではない」


 リッチは途中でフルゴウルを見て言った。

 フルゴウルも軽く頷き、「そのようですよ」とリコリスをなだめる。

 ちなみに、言われたフルゴウルその人は、言葉一つで他人を操る人種なので価値観の違いを感じていた。


 リコリスも「ふん」と声が聞こえてきそうな仕草で炎刃を納め、足を退かせる。

 後退する途中で一言だけ述べるにとどまった。


「屍人が夢なんてもつべきじゃないね」


 その言葉はリッチに言ったというより、彼女自身に言い聞かせているように感じた。

 リコリスが木村のすぐ近くまで戻ってくる。油断こそしないが、いちおう協力関係とはみなしたようである。



 こうして、いくつかの悶着を超えて北エリア――リッチとの協力体制ができあがった。


 青竜の竜巻は帝都を壊滅させ、北エリアへと迫っている。

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