123.メインストーリー 9
まもなくイベントが始まる。
通常であればイベントの開始時には、ブリッジもしくはそれに準ずる地点に重要メンバーを集めるのだが今回は数が少ない。
ケルピィとシエイ、テュッポ、メッセ、ボローくらいだ。モルモーはいるのだが、今回は参戦不可なのでご意見番としてのみ参加だ。やる気はまったくない。
他の重要メンバーは派遣で各地に散らばっている。
メニューでの時計が11:58に変わったのを確認し木村は伝令を飛ばす。
「伝令――『まもなくイベントが始まります。各自準備を始めてください』」
メッセが木村の伝令を各エリアに派遣されたメンバーへと飛ばす。
返答があったのは三件だけである。
『ウィルとフルゴウルから「了解」と連絡あり、トリキルティスもすでに追い込みを始めており順調とのこと』
広場エリアのフルゴウルと貧困街エリアのウィルは返答をくれた。
しかしながら、今回の作戦においてさほど意味のあるエリアではない。
この二拠点は戦力と呼べるほどの戦力はない。
貧困街に特殊能力者はいたが、ウィルが接触しても意味のある反応はなかった。
体も心も死にかけている状態である。
広場エリアも人らしき姿はたくさんあるが、戦力となりうるべき人物は確認されていない。
市民運動らしき行動なので、もとをたどれば一般人である。
戦力の期待はできない。
王城にはセリーダと彼女を守る王とその兵士たちがいるが、立入禁止のため接触はしていない。
いちおうメッセで連絡は送っているのだが、返答はなく一方通行だ。
「残り一分を切りました。リコリスさんに出陣の合図を」
『伝えます』
カクレガの現在地は南エリアの地下である。
竜巻を発生させている青竜の近くだ。カクレガで接近できる地点まで移動している。
ここにリコリスを派遣して、青竜を挑発し西エリアに呼び込む。
そして、西エリアにはトリキルティスがいる。
彼女はすでに西エリアの魔物を南エリアに追いたてている。
実際には攻撃がほとんど通用しないので、攻撃して数を集めて引き連れているという流れだ。
「アコニトは?」
『返答ありません』
アコニトは東の水銀エリアに派遣してから音沙汰がない。
戻っていないので死んでいるわけではないだろうが、いっさいの返答はなく、東エリアに動きもない。
北エリアの竜人鶏はもちろん返事がないので聞く必要もない。
ゲージはミリで残ったままなので、もしかしてペイラーフが浄化したアンデッドも復活するのではないかと考えたが姿はなかった。
とりあえず北エリアに関してはないものとして作戦を遂行していく。
「イベント開始」
時計が12:00になったところで木村は告げた。
メッセも各エリアに伝える。現状で延期の連絡はない。始まったと推測される。
『竜巻に動きあり。リコリスへと移動』
ブリッジのモニターにも映っている。
青竜の竜巻はそれぞれがランダムに動いていたのだが、それらが明確にリコリスへと向かっている。
小さなリコリスへ柱のような竜巻群が迫る。
リコリスもときどき炎で攻撃は仕掛けているのだが、相性の悪さはみえる。
炎が風の壁に巻き取られては消えていく。リコリスも空を飛べるわけでなく、空への攻撃も得意ではないので有効な攻撃手段はない。
彼女本人から捨て身で挑めばやり口はあるとは聞いたが、今回は挑発目的が主なので捨て身での攻撃は控えてもらっている。
「……強すぎる」
木村の呟きには主語が抜けている。主語は「風」だ。
青竜の竜巻は遠くからだと柱だが、近くに寄ってようやくそれが風の集合体だとわかる。
近づくにつれ強まる横風とそれに伴う土埃で戦闘どころではない。
もはやリコリスも逃げの一手になっている。
「あっ」
とうとうリコリスも竜巻に巻き込まれた。
竜巻が中段から炎に包まれるが、炎もやがて消え、上空へと運ばれて消え去った。
スケールが違いすぎた。
リコリスは戦力としては強いが、あくまで対人・対集団戦への強さだ。
今回の相手は人や集団というよりも現象である。青竜本体というよりも自然災害との戦いである。
これらの竜巻は日本版改良藤田スケールにおいても最高階級のJEF5に当たる。
瞬間風速は秒速で140m/sを超えており、時速にして500km/hを超えている。
ちなみに平均分速で参考値をあげると平均風速で10m/sほどで傘はさせなくなる。
20m/sで看板が外れ、30m/sでは車の運転が困難になる。
40m/sになると倒壊する家屋も見られる。
エネルギーの話で言えば、2013年5月にアメリカのオクラホマ州ムーアを襲った竜巻を例に出すと、広島に落とされた原爆のおよそ600倍。
この竜巻の瞬間風速で記録されているものが約90m/sである。
青竜の竜巻はさらにこれよりも強い。
もしも青竜の竜巻が地球の都市を襲えば、通り道の地表から建物は消えてなくなる。
建物だった物体が、元の場所から百メートル以上離れた地点に突き刺さっていることになろう。
鉄筋コンクリートのビルですら、地表から漏れなく消えるのである。
石で上手に組みました程度の建物は例外なく消え失せる。完全にオーバーキル。
異世界版一級建築氏が「魔法を大量に仕込んでありますので、軍の魔法を一斉に受けても大丈夫です」なんて台詞はフラグ以外の何ものでもない。
「リコリスさんの顔写真が灰色になったね」
ケルピィの声で木村はモニターを見た。
各エリアに派遣キャラの顔がアイコンとして出ていたが、リコリスの仏頂面が灰色になった。遺影写真のようだと木村は感じた。
やられたということだろう。他のアイコンはまだ通常のままだ。それならばアコニトも生きているということになる。
リコリスを消し去った竜巻がさらに動き始める。
どこか一方にではなく、分かれて各エリアへ進んで行った。
「キィムラァくん。言いづらいんだけど――これ、抵抗できないよ」
ケルピィが告げた。
木村も返す言葉がない。そのとおりだ。
どうやって闘えばいいのかすらさっぱりわからない。
リコリスの炎ですら竜巻の一つを軽く炙って終わりになった。
他のキャラの攻撃がまともに通るとは考えづらい。
竜巻の風が攻撃と防御の両方を兼ねている。
そして、そのどちらも完全にこちらの防御力と攻撃力を上回る。
すなわち攻撃は効かず、防御はできない。当たれば渦に飲み込まれ上空に放り出され、地面に激突して死ぬ。
「メッセ。各方面に撤退の指示を。回収を急ごう」
『了解』
無駄に死なせる必要もない。
西エリアと帝都の二エリアは回収すべきだ。
カレドア城エリアに関しては、迷ったあげく木村は回収を見送った。
イベントが開始されたためか竜巻はとうとうエリアの境界を越えた。
西エリアの魔物を全て消し飛ばし、帝都を討滅クエストの時よりも跡形なく消し、北の墓地エリアの墓を藻屑のように消し去った。
「鶏、つよ」
北エリアの竜人鶏は竜巻で回収できなかったのだが、あろうことか竜巻を生き残った。
頑丈に作られていることは知っていたが、耐えるどころか熱線で反撃し、竜巻を追い払ってすらいた。
東エリアは水銀が竜巻に巻き取られて地上から消え去ったのだが、そこにアコニトや他の存在は確認されなかった。
最後までアコニトのアイコンは灰色になることはない。
全てのエリアを消し飛ばした後で、どこかから気持ちの悪い笑い声が鳴り響いていた。
笑い声がとても愉快で、どうしようもなく楽しそうで、木村はその声にどこか不愉快さと怒りを覚えた。
地上からおおよそ全てが消えた後でカクレガでは情報交換会が行われた。
「帝都エリアのゲージが減っているね」
回収したフルゴウルが呟いた。
すでにウィルとトリキルティスも回収済みだ。
しかし、戦死したリコリスとセリーダはカクレガでの復活がない。
「帝都エリアの三エリアは全てゲージが5分の1ほど減っていますが、北・西エリアはゲージがそのままですね。東はほんの少し減ったくらいですか」
亜麻色のカレドア城のゲージ、赤色の広場エリアのゲージ、灰色でひび割れの貧困街エリアのゲージは減っている。
消滅したにもかかわらずゲージの減り方は少ない。およそ20%消耗している。
残りがまだ80%近くもある。地表には何もないにも関わらずだ。
ゲージが減った帝都エリアとは違い、北・西エリアはゲージが減っていない。
北エリアはもともと1みたいなものなので消滅せず現状維持だ。
西エリアは魔物が全滅したがゲージはそのままである。
東エリアは数%ほどゲージが減っていた。
「一日の消耗限界が20%なのかもしれません」
木村はゲージが減っている方の推論を述べた。
もしも今日一日でゲージが完全に消える仕様なら、今回のイベントは一日で終了だ。
イベントを長く遊んでもらうために一日のゲージの減少を一定の限度を持たせているのではないか。
「つまり、明日になったら各エリアがよみがえる可能性があると?」
「復活するかどうかはまだわかりませんが、それなら霊体だった説明もつきませんか。霊体なら再構成するのが実物よりも簡単だから、と」
「私も霊体なのだがね」
「あ、いや、そういった意味で言ったのではなく」
「冗談だよ」
フルゴウルのジョークはややタイミングと趣味が良くない。
それでもまだジョークが出るだけの余裕がある。
「一日に20%が現象の限界ということは最低でも五日間は行われることになるのかな」
「おそらく。ゲージの減り方が20%で抑えられた推測はできるのですが、ゲージの減り方の推測はちょっとわかりませんね」
「そちらは推測できている」
フルゴウルが告げた。
「核となる人物の損傷具合だろうね」
「核となる人物っていうのは各エリアのボスってこと?」
「君の言い方に合わせればそうなる。広場エリアで活動のリーダーと出会った。ギャンダーという者だ。カレドア城はアセンドス三世だろう」
「貧困街エリアは例の特殊能力者でしょうか」
「おそらくそうだろう」
各エリアにボスがいて、それの体力がゲージに連動されている。
いかにもゲームらしい設定だ。
「それなら西エリアは?」
「強そうなのはいなかった」
トリキルティスが誇らしげに告げた。
倒すことはできないが、魔物を追いたてる役割はこなしたので働いた感を出している。
「まだ出ていない可能性もあるのではないですか」
「それはあるかも。日数経過が出現のトリガーになってるかもしれない。あるいはゲージ減少か」
もちろん両方の可能性もある。
日数が経過し、ゲージが何パーセント以下という条件だ。
「東エリアが不気味ですね。完全にやられたわけではないということでしょう。それならここにいた存在はどこに消えたのでしょうか。アコニトさんも姿が見えませんし」
木村もウィルと同様の気持ち悪さを感じていた。
アコニトの姿がない。東エリアにいた存在もわずかなダメージで済んでいる。
「地下ではないかな?」
「地下ですか?」
「そう。竜巻の発生が多い地域では地下にシェルターを作ると聞いている。もちろん規模の違いはあるだろうが、地表のものは風で吹き飛ばしても地下深くに潜られてはあの巨大竜巻もさほど意味をなさない」
木村も「なるほど」と頷く。
地表のものこそ跡形ないが、地魔法のように地面が大きく抉られている様子はない。
地表面より上では絶対的な攻防揃えた竜巻も、地面深くには攻撃が届かないという推測は正しいと感じた。地表に姿が見えないことも説明がつく。
「それよりも問題はやはり竜巻の主だろうね」
誰もが後回しにしていた問題にようやくメスが入る。
「打つ手がありませんね。リコリスさんの炎ですらアレでは」
「私の筺もすぐさま破壊されるだろう」
「竜巻にドゴーンって突っ込んで本体を斬ったらどう?」
ウィルとフルゴウルに混じってトリキルティスが提言した。
あまりにも捨て身な発言に二人は苦笑する。
「すごい風でしたから突撃する体が耐えられないと思います。リコリスさんですらあっという間でしたから」
「そうだよね。鬼婆もアレじゃあね。そのまま天国まで行ってくれればいいんだけど」
トリキルティスがアハハと楽しげに笑うが、他の誰も笑わない。
最近はリコリスからのしごきがひどかったので、彼女の鬱憤が晴れたと木村も考えておくことにした。
「やれるとしたら鶏くんだろうね」
「……ああ」
木村もメインキャラで考えていて忘れていた。
そういえば鶏は善戦を見せた。創竜印の異常な防御力に、貫通性の高い熱線。
あの熱線が本体を貫けば意外に良い戦いになるのではないかと木村やウィルも想像することができた。
「配置換えが必要だね。今は変更できないようだが、巫女殿と鶏くんを早いうちに入れ替えるべきだろう」
木村はなるほどと頷いた。
こうして一日目は青竜による壊滅で幕を閉じた。
二日目に入り、リセットが入った。
すなわち帝都が復活した。
城も、広場も、貧困街もすっかり元どおりだ。
さらに西エリアの魔物もうごめき、東エリアは水銀が満ちる。
北エリアは墓地が戻ったが、ボロボロなのでさほど更地と変わりがない。
リコリスも南エリアで復活した。
復活したが、南エリアに戻された青竜の竜巻に巻き込まれかけている。
カクレガですぐさまむかい、北エリアで回収しておいた鶏と入れ替えをおこなう。
「空が綺麗だったね」
「心配したよ、師匠! 無事で良かった!」
トリキルティスがリコリスを厚く出迎えていた。
木村はこの鳥女が昨日、笑いながらした発言を、この場で繰り返してやりたいと感じたがなんとか堪える。
彼もリコリスの死んだ灰色アイコンを遺影写真みたいだな、と思ったのがまずかった。
彼は自らがアコニトの影響を受けていると感じた。彼女ならきっと口にした。
「それで、アレはなんだい」
「秘密兵器です」
リコリスの代わりに外に出した鶏を秘密兵器と木村は説明する。
正直、あの鶏でどうにかならなかったらどうにもならない。
工夫でどうにかできる相手を超えている。
ブリッジから鶏と青竜の戦いを見守る。
初手は青竜の竜巻である。鶏を襲ったというより、竜巻の経路に鶏がいて巻き込まれた。
鶏はあっさりと竜巻に飲まれて見えなくなったのだが、空から赤黒い熱線が地上や空中を駆け巡った。
竜巻を貫き、ときどき切り裂くように撃たれるのを見たのだが、やはり竜巻の壁は厚い。
竜巻の中にいるため狙いが定まらない上に、光が水に入った時に屈折するように熱線も竜巻の壁で減衰や屈折するようで本体には当たらない。
青竜も鶏に気づいたのか、竜巻の移動がわずかに止まったが地上に降りた鶏が何事もなく歩く様子を見て、鶏を無視して帝都や東西エリアに竜巻が突っ込んでいく。
二日目もまた帝都は壊滅した。
やはり西エリアは魔物が全滅してもゲージがまったく減らない。
東エリアは水銀が地面に吸い込まれるようにしてなくなり、ゲージが減らなかった。
北エリアは例のアンデッドが復活したようで竜巻に一瞬だけ抗ってみせたが、一瞬で飲み込まれて消え去った。ゲージはミリで残ったままだ。
二日目の反省会も楽しいものではない。
鶏を援護して青竜を倒す算段をつけるかどうかであった。
そもそも論として、別にこのままイベントを終わらせても良いのではないかという話も出た。
木村も帝都が関わらなかったらそれでも良かった。
しかし、討滅クエストで竜に滅ぼされ、霊体でよみがえったところを青竜に滅ぼされてではあまりにも惨い話だ。
戦うどころか抗うことすらできていない。闘って満足して消えてください、とは言えない状態である。
せめて青竜をどうにかしてあげたいと木村は考えている。
思っているだけで策は浮かばない。
せめて変化が起きて欲しいが、そう都合良く起きることはないと彼も知っていた。
ところが彼の浅い知は裏切られた。
三日目に入り、状況が動いたのである。
しかも一つではなく二つも変化があった。
一つ目。
北エリアに念願のソケット博士が出現した。
ただし、ソケット博士はタイムマシンと一緒にお陀仏してしまった。
ローブを着たアンデッドが、もう動かなくなったソケット博士と壊れたタイムマシンをどうしようもなく見下ろしている。
二つ目は西エリア。
隕石が落ちた。
さほど大きな隕石ではない。
頭蓋骨ほどの隕石が割れ、中から粘液が出てきた。
粘液は緑色で、石からヌトッと出てきて地面に流れ出る。
様子を見に来た魔物が粘液を触ろうとした。
粘液は見た目とは裏腹に素早く動いた。魔物の顔にべっとりと取り憑き、もがく魔物の口から体内に侵入していく。
やがて魔物はもがくのをやめて起き上がった。
魔物は仲間達のところへ歩んでいく。
その歩みに淀みはなく、先ほどまで四足歩行だったとは思えないほど、綺麗な二足歩行だった。




