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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅷ章.レベル71~80
121/138

121.イベント準備 中

 木村たちはカクレガを出た。


 アセンドス三世らと話すべく城へ向かう。

 途中で襲いかかってくる亡霊兵士を蹴散らしていく。話をするために力を振るう。

 木村はリコリスたちが闘う姿を後ろから見ていて、けっきょく和平のためにはまず戦いがいるのかと考えていた。


 力がなければ話し合いの場に付くことすらできない。

 木村はこれを世界の矛盾と考えたが、まず力ありきという人間世界の理でもあった。



 城にたどりつき、亡霊兵士に囲まれたところで木村はリコリスに矢面に出された。

 いきなり先頭に出されて木村も焦ったが、すぐにアセンドス三世が出てきたため、さっさと話せということだと遅れて理解した。


「投降をしに来た訳ではないようであるな」

「はい。話があります。あなた方には話すこともないと思われますので、僕が一方的に伝えるだけになるかもしれません。現在の状況に関する話です」


 王は黙って先を促した。

 木村は彼らに現状の説明をおこなう。

 かつて王と声を交わしたときに出ていたフィラーが今は出ない。

 伝える内容のまとめ方は拙さがあったが、伝える姿に迷いはなかった。


「要するに帝都が滅びたのはお主がここに来たためで、余らがこのような姿でよみがえったのもやはりお主らがここに再び訪れたからということか?」


 アセンドス三世は木村の話をまとめた。

 まとめ方に悪意が混ざっていることは王自身も理解しているところではあったが、周囲に家臣団がいる手前、流れを有利にしておきたいという意志もある。

 実際のところ、木村たちをここに連れてきたのは帝国側であり、滅びたのも木村の行為による直接的なものではなく、何らかの大いなる力(イベント)によるもの。さらにはアセンドス三世らがよみがえったのもまた、木村のせいではなく不可抗力によるものと王は理解はしている。


「そのとおりです。僕があなた方とこの都を滅ぼしました。今回、あなた方がよみがえったのも僕のせいになります」


 木村は全ての原因が自らだと認めた。

 一部の家臣団はざわついたが、逆に王と一部の側近は木村の言葉を受けて冷静になった。

 王としては木村が何らかの否定をするものと考えていたが、彼は否定もせず真っ向から言葉を返し、その姿に戸惑いは見えない。


「そして三週間後に、やはりあなた方はまた滅ぶことになるでしょう。ただ、どう滅ぶかはまだわかりません。前回のようにいきなり竜が襲いかかってくるかもしれませんし、他の強大な存在に圧し潰されるかもしれません。三週間を待たず、今日や明日に滅ぶこともあり得ます」


 木村は淡々と告げる。

 彼の他人事のような物言いに、王の前と言えど、いよいよ兵士たちのざわめきが大きくなった。


「キィムラァよ。余になぜそのことを告げる。儂らが、抗えぬ滅びに嘆く姿を見物するためか」


 木村はここで初めて戸惑いを見せた。

 王の質問が木村には理解できなかった。滅ぶ人たちを横目で楽しむ趣味は彼にまったくない。


「あなた方にこの話を告げたのは自己満足が一番大きなところです。前回は伝える時間も余裕もありませんでしたから。今回はちゃんと伝えておきたかったんです」


 リコリスにも身勝手と言われたので、この点に関しては彼も認めるところである。

 ただ彼らに伝えたかったのは、この手前勝手な理由の他にもう一つあった。

 これもまた身勝手なものだが、彼だけで完結する話ではない。


「強いて言うなら……セリーダがこの城を見て、あなたに出会えてとても安心していた様子でした。僕は彼女に、あなた方が為す術なく滅んでいく姿を二度も見せたくないんです。ですが、やっぱりあなた方は滅ぶ。それならせめてあなた方が理不尽な敵と戦い抜き、セリーダとも言葉を交わして、納得できずとも後悔しないよう消え去って欲しいんです。彼女が壊れず顔を上げるために。それは、僕にはできないことですから」


 セリーダはずっと過去に生きている。

 クスリで頭を馬鹿にしていないと生き続けることができない。

 木村も彼女に過去ではなく未来を向いて欲しいのだが、自らのやった行いを理解しているため、彼女を促す資格があると思えない。


「それだけです」


 木村は言葉を締めくくった。

 言いたいことは言った。後は野となれ山となれ。


 ウィルとトリキルティスは戦闘態勢に入る。

 周囲にいた兵士たちからも、戦闘の意志が現れていた。


 王から開戦の一言があれば、すぐさま始まる。


「キィムラァ」


 名を呼ばれて木村は姿勢を正した。

 言いたいことを言ってやや緊張を失ってしまっていたことを彼も自覚する。

 それだけではない。アセンドス三世の声に重みがあった。王として帝都の行く末を担う者に課された責任が声に込められていた。


「疾く失せよ。二度とその足で余の居城に踏み入ることまかり成らん」


 木村も兵士たちも王の言葉がすぐに理解できなかった。

 リコリスが木村の腕を小突く。


「ぼさっとするんじゃない。長居無用だ。帰るよ」

「……あ、はい」


 木村は王に問いかけることもできなかった。

 王も木村にこの判断の理由を説明することはない。


 全兵士らの殺気こもった視線を浴びつつ城を出た。




 カクレガに戻り、木村はやや放心状態だった。


 言いたいことを言えば、気持ちはすっきりすると彼は考えていた。

 甘かった。すごくもやっとしている。和解できるとまで都合良くは思っていなかったが、あの雰囲気で戦闘にならなかったのもよくわからない。

 二極論ではないが、もっとわかりやすい結論にいたって欲しかった。もやっとしてなかなかイベントの準備が手に付かない。

 そんな木村にかまわずフルゴウルたちはイベントの準備を進める。


「これを見て。地図に新しい表示が出たんだ」


 机の上に帝都を含めた一帯の地図が表示された。

 大まかに帝都とその東西南北でブロックに分かれる。さらに帝都内は三つに分かれていた。

 帝都外の東西南北の四エリアと帝都内の三エリアの合わせて七つのエリアが七色に塗り分けられている。

 各エリアの上には横長のゲージが設置されており、どれも満ちている。


「どのゲージも満タン。まるで……」


 そこで木村から言葉が失われた。

 各エリアのゲージをぼんやりと見ていて、それが何を意味するのか感じ取った。

 もちろん実際には違う可能性も十分にある。それでも直感は大切にすべきだろう。悪い方に働いた直感ならなおさらだ。


「まるでHPゲージみたいだ」


 木村はきちんと言葉に出した。

 周囲はきょとんとしている。ゲーム用語のため、彼らにはうまく伝わっていない。


「僕の世界にあったゲーム――遊戯ではよくあるエフェクトなんです。体力の残量をあんなふうにゲージで表して、攻撃を食らえばどんどん減っていく。そしてゲージがゼロになったら――」

「死ぬ、と」


 フルゴウルが言葉を引き継いだ。

 木村は説明をしていて嫌な気持ちになった。

 違って欲しいと思う反面、HPゲージ以外には見えなくなっている。

 帝都のカレドア城も色分けさもうれており、ゲージが配置されていた。

 これがきっとアセンドス三世らのHPなのだろう。


 彼らの滅びが地図で、しかも手抜きのようなゲージで嫌なほどわかりやすく表されている。

 今までも趣味の悪いイベントはたびたびあったが、ここまで嫌悪感を抱いたのは初めてかもしれない。

 これではまるで過去あるいは未来の人間を駒としたゲームだ。


「……そういやゲームだった」


 そこまで気づいて木村はかえって冷静になった。

 これはソシャゲのイベントなのである。


 外側の世界からみればただのゲーム。

 そのゲームの内側にいるからこそ、このゲームに嫌悪感を抱けるわけだ。

 あるいは他のゲームもそんなものなのかもしれない。今さらながら貴重な体験である。したくもない体験ではあるが……。


 キャラはプレイヤーに操られあっけなく死ぬ。

 プレイヤーはキャラの死にいちいち感傷をもたない。

 そもそも彼らはすでに死人である。今回のイベント地域に生者はいない。

 そのため今までのイベントの中でも、人死にがもっとも少ないイベントであろう。

 しかしながら死者の記憶と魂を利用している点が、今回のイベントをもっとも醜悪に見せている。

 「すでに死んでいる存在の残滓を再利用しているだけだから、どう扱っても別に問題ないですよね。どうせ全て消えますから」と倫理に配慮していますという姿勢を見せようとしてくる倫理感覚の欠如が本イベントのえぐみを出している。


「ゲージが七つあるということは、城の彼らの他にも勢力がいるってことだよね」


 エリアの色分けはされているが、カレドア城以外のゲージはまだ灰色である。

 カレドア城のゲージは薄茶色。セリーダの亜麻色の髪を連想させた。


「他の勢力はまだ現れていないのかもしれない。今のうちに各勢力地域を見てみてはどうだろうか。ソケット博士も見つけて確保しなければならないからね」


 フルゴウルの提案に全員が賛同した。

 カクレガも各エリアの移動ができるようでさっそく他エリアの探索を始める。


 各エリアを回り、けっきょく何も得られないまま一日目を終えた。




 二日目になり、異常は現れた。


 南エリアである。

 帝都南門からの整備された道は消え去っていた。


「……凄まじい魔力反応ですね」


 ウィルが冷や汗を垂らしつつその異常をモニター越しに見ている。

 数ヶ月前の彼ならすでに倒れていたであろう。


「あれって……竜巻?」


 木村も異世界に来て、つむじ風は見た。

 風魔法とかで使ってくる敵もいたし、ウィルも似たようなことができる。

 しかし、あくまでつむじ風だ。せいぜい建物一つ二つ分の風が渦を巻いているだけである。

 「せいぜい」と付けたが、実際に目の当たりにするとつむじ風でも十分に恐怖を感じられる。


「もはや巨大な柱だね」


 南エリアの風の渦はつむじ風と評するにはあまりにもスケールが違いすぎる。

 風は土埃を高く巻き上げ、渦巻いてこそいるがあまりにも巨大すぎて茶色の壺のようだ。


 しかもその巨大な竜巻は一本ではない。少なくとも五本はある。

 南エリアを巨大竜巻が蹂躙していた。


「……はっきりと見えないがね。中央の巨大な竜巻の内側に何かおぞましい存在がいる」


 フルゴウルが戦々恐々と呟いた。

 木村も竜巻群の中にあってなおひときわ大きな竜巻を見る。

 フルゴウル以外には土埃が邪魔をしていて、その内側を見ることはできない。


「ゲージにも色が付いたね」


 木村もゲージを見る。

 灰色だったゲージが、エリアと同じ青色になっていた。

 木村は青色を見てふと思い出した。


「青、竜巻……」


 誰かから聞いた。

 すぐに思い出すことができた。創竜が言っていた。

 誰だかが青を竜巻ごと真っ二つにしたんだぞ、とかだったはずである。


「おっさん」


 おっさんは無言。

 目を合わせようともしない。

 これは知っている時の反応である。

 故に答えは明解だ。南エリアには竜がいる。青竜だ。


 今までも異世界の竜を見てきたが、青竜の力は隔絶しているように木村は思えた。

 目で見てはっきりとわかる危険性が現象になっている。ある意味で一番木村の認識に近い竜とも言える。


 警戒はしていたが、竜巻は南エリアを跨ぐことはない。


 周囲のエリアにも目を配りつつ二日目を終えた。




 三日目は帝都の内部で異変が生じた。


 ちょうど討滅クエストの赤竜が現れたあたりだ。

 広場付近に赤い長帽子を被った亡霊が大量に現れていた。


「地味ですね」

「そうだね」


 昨日の竜巻で全員が今日の変化を怖れていたが、思った以上に地味でほっとしている。

 またしても化物が現れるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、縦に長い赤のとんがり帽子を被った亡霊が歩くだけだ。

 ウィルやフルゴウルの見立てでは戦闘力もない。木村から見ても戦闘員には見えない。

 地味だ。これくらいで良い。あんな竜巻の化物なんて誰も望んでいない。


「ここまで無害だと逆に気になるね。彼らはいったい何なんだろう?」

「元の街並みよりもやや新しく小ぎれいなので帝都の過去なのでしょうが、歴史がわからないのでさっぱりですね」


 歴史調査クエストでもこの活動は出てこなかった。

 赤い帽子を被った亡霊たちが集団で声をあげているが、意味のある言葉には聞こえない。


「デモ行為だろうか」

「それっぽい雰囲気はありますね」


 看板を持って行進をしたり、道ばたで演説をしている。

 木村も生では見たことがないが、SNSやニュースでそういった活動をしている人たちを見た。雰囲気が似ている。


「ゲージの色は赤。まあ、色は関係ないか。南が例外だよね」


 ところが色は関係があったのである。

 帝国歴八九年――赤の叛逆と呼ばれる事件が起きた。

 革命家を名乗る反逆者の名はメロツレド。今はカクレガの真上で常人を偽っている。




 四日目の異常はいっそ清々しいものであった。


 西側エリアに魔物が現れた。

 かつてデモナス地域に生息していた魔物あるいはモンスターが大量に蠢いている。


「どう?」

「強そうなのはいますが、デモナス地域ほどではありません」

「私から見てもたいしたものはいないね。今の戦力なら苦戦はしないだろう」


 木村の目から見ても魔物は小型である。

 小型と言っても木村の背くらいは余裕であるのだが、目を瞠るほどの巨体の姿はない。

 ただし、一体一体は弱くとも数は多い。全て倒すとなれば多大な根気が求められることに疑いようはなかった。


「時代はいつなんだい?」


 リコリスが素朴な疑問をあげた。

 木村はウィルを見た。ウィルも首を捻る。


「この地域に魔物がいたなんて話は聞いたことがありませんね」


 王国の西にはまだそこそこいた。

 しかし帝国に入ってからはまったくと言って良いほど見ていない。

 帝国は人間主義と言うべきか、かつてアセンドス三世も魔物はみな処刑と話していた。

 それくらいに魔物の数が少ない。人が移り住むよりもずっと昔のところだと一同は結論づけた。


 ゲージの色は緑。

 やや黒っぽい深めの緑色である。


 二日目の青よりは断然危険度は低いが、三日目の赤よりは危険度が高い。

 現時点では要観察となった。




 五日目の変化は地味だった。


 帝都の一部が変化した。

 都の外れの外れがボロボロの街並みに変わった。

 街並みと言って良いのかも微妙なところである。木だけで組んだ家が並ぶ。


「スラムだね。時代はいつだろうか。昨日まではいかなくとも、かなり前と思われるが……」


 木村もフルゴウルの意見に同意した。

 住んでいるのは人なのだが、彼らの目に生気はない。

 腕も足も胴体だって枯れ枝のように細く、立ち上がるだけで折れそうなほどの人がやまほどいる。

 亡霊である彼らに何かを与えることもできないので、木村たちは目を背けるようにスラムから離れていく。


 移動速度があまりにも緩やかになり木村は異変に気づいた。

 周囲を含めて空までもが暗くなる中で、道ばたに座る一つの人影がぼんやり明るい。


“調べる”


 コマンドが現れた。

 木村がコマンドを押すと久々に見た文字列が現れる。


“特殊能力名称:罅”


 特殊能力者であることは木村もわかる。

 しかし――、


「キィムラァ。何を見たんだ?」

「特殊能力者がいる。……でも」


 木村はその字が読めなかった。


「缶に虎……、いや虎でもない。何て読むんだろう」


 文字の読み方は諦めて人影を観察する。

 他のスラムの人たちと同様に全身が枯れきった枝のようである。

 目は開けているようだが、その目が何を見ているのかまったくわからない。

 生きる力をまったくもって失っているようだ。破れた衣服も、そこから伸びる皮膚もボロボロだった。


「とりあえず無視で良いかな」

「そうか」


 特殊な力を持っているのは間違いない。

 しかし、彼が何かをできるとは思えない。今日の晩には飢え死にしていそうだ。


 全員に特殊能力者がいることは共有したが、誰も彼の力を見いだすことができないため今はスルーすることにした。

 かつて見た特殊能力者であるロゥも、力を発揮するのは特殊な状況になってからであった。

 現状で下手に刺激することは憚られる。


 ゲージの色は灰色のままである。


 ただしゲージはところどころで小さく欠け、ひびが入っていた。




 六日目である。


 本日は東エリアに異常が生じた。


 あまりにもわかりやすい。

 東エリア一面が銀色に輝いている。

 あまりの光景に木村たちも思わず外に出て観察を始めた。


「銀色の海? 何これ?」

「汞だぁ。近寄りすぎるなぁ」

「みずがね?」


 外でタバコが吸いたいと言って出てきたアコニトが答えた。

 予想外のところから答えが返ってきたので、木村も驚いている。


「狐くんらしい古い言い方だね」


 フルゴウルが応える。

 彼女はタバコの臭いが苦手なので風上をキープしていた。


「水銀と呼ぶ方が一般的ではないかな」

「ああ、水銀。……えっ、これ全部水銀なんですか」


 水銀なら木村も知っている。

 化学の授業で出てきた。中学の公民の教科書でも公害の話であった。

 なぜアコニトが知っているのかもわかった。水銀が毒だから、毒の専門家である彼女も知っていたというわけだ。


 しかし、目の前は一面銀世界である。

 量が量だ。なぜ一面の水銀世界ができあがってしまったのか。


「水銀といえば黎燦国のエルメラルダでしょうか?」

「あれ、知ってるの?」

「初代帝王によって滅ぼされた国ですからね。有名ですよ。歴史というより、もはやお伽噺に足を踏み入れていますね」

「あ、いや、国じゃなくてエルメラルダって人の方」


 創竜が興奮して話していたので、木村も名前の響きを覚えている。

 エルメラルダで間違いない。これまたウィルという意外なところから名前が出てきた。


「エルメラルダは人の名前ではないですよ。役職……、いえ、称号と言いましょうか。黎燦国はグランツ神聖国に似ているんです。グランツ神聖国が黎燦国に似ていると言うべきでしょうか。神聖国よりもずっと神聖術至上主義だったようで、トップも当代のもっとも優れた神聖術者が務めていたと聞きます。その頂点をエルメラルダと呼んでいたのです。最終のエルメラルダは神にもっとも近づいたと言われています。神聖国でも研究されていました。水銀を使うことまでは知られているのですが……」


 ウィルはそこで言葉を切った。やや興奮している様子が見られる。

 水銀が使われるが、使い方は知られていない。もしかしたら見られるかも知れないという昂ぶりである。


 一面の銀色は世界を侵蝕していた。

 南の竜巻も異世界だが、この東もまさしく異世界である。

 西の魔物だらけの光景も異世界と言えば異世界なのだがやや迫力に欠ける。


 東と南は現状で手に負えないということは確かである。




 七日目である


 いよいよ明日からイベントが始まる。

 開幕を前日に控え、最後の領域である北側が解禁された。


 黒のエリアであり、色からして木村は不安だった。

 不吉な色だ。暗闇を連想させる。


 朝の六時前にブリッジで待機する。

 変化が起きるのは六時とすでに判明していた。


「うわ……」


 時計が06:00を示し、北エリアも変更された。

 初めは庭かと木村は思った。四角形で囲まれた小エリアがいくつも現れたからだ。

 しかし、庭ではないことがすぐにわかった。四角形で囲まれた小エリアの中に石が整然と並んでいる。


 日本でも似た景色はある。

 さらに言えば異世界でも似たような景色を幾度も見た。

 人間の共通項というべきか、この様式は世界が変われど、同じものになるのであろうか。


「墓地だろうね」

「ええ。たぶん間違いないでしょう」


 まだ日も明けておらず、暗く冷たい雰囲気が北エリアを覆っていた。

 墓地とくればアンデッドであろう。亡霊やゾンビが墓場から現れればそれらしいが捻りはない。


「詳しい時代は不明だが、少なくとも墓地があるからには人の時代と考えて良いだろう」

「魔物は墓地なんて作らないでしょうからね」


 もしかしたら作るかもしれない。

 だが少なくとも西の魔物たちが作るとは木村は思えなかった。


「墓地としても不気味だね。なぜこんなに点在させる必要があるのかな」


 墓地がエリアで分けられていることはある。

 しかし、そのエリアが飛びすぎている。十字に並んだところから北に大きく離れたところにまた小エリアがある。

 それどころか明らかに別区域として墓地エリアができているところもあった。


「それに、エリアを区切るものがちょっと……」


 ウィルもやや引いた様子で口にする。

 木村も墓地の各エリアを区切っているものを観察する。

 中心の墓地エリアはまだ木の柵でまともな墓地の形をしていた。

 ところが中心エリアから離れるにつれて、墓地の区切りをつけるものは白く小さいものに変わってきている。


「うわ気持ちわるっ」


 その柵が何なのか木村も気づいてしまった。

 鳥肌が立つのを抑えられない。


 石だと思っていた白のそれは骨であった。

 大量の骨を地面に挿すことで墓地の柵が築かれている。

 いったいどれだけの骨を――人の死骸を使っているのか数えたくもない。


 誰も何とも言わないが、暗黙の了解で北エリアに近づこうとはしなかった。

 東西南北のどの帝都外エリアも入りがたいものとなっている。


「北エリアのゲージを見て」


 ケルピィが地図を示す。北エリアのゲージで異常が生じている。

 他のエリアのゲージは全てMAX状態で固定なのだが、北エリアだけは減っていた。今も減り続けている。


「あ、ギリギリ残った」


 どこまで減るのか、このまま消滅するんじゃないかと予想したがゲージはミリ残して止まった。

 始まる前からすでに死にかけている。墓場なのできっとすでに死んだ存在だろうが、ここで死んだらいったいどうなるのだろうか。

 墓場(マイナス)(マイナス)が掛け合わさり、何らかのプラスが生じるのかと木村は冗談交じりに考えた。




 けっきょく帝都から外には出られない。


 巨大竜巻の南、魔物だらけの西、水銀世界である東、不気味すぎる墓地の北とどれも足を踏み入れたくはない。

 帝都の中も混沌としている。広場の赤帽子は日に日に勢力を増しており、逆にスラムは今にも潰えそうだ。

 立ち入りを禁じられたカレドア城では、飛龍に乗った兵士たちが空を飛び周囲を監視している姿が見て取れる。


 各地域に人員を一名ずつ派遣できるようだが、カレドア城のセリーダ以外は配置できていない。

 かろうじて広場なら派遣できそうだが行きたがる者はいない。


「最後のエリアが開放されましたが、ソケット博士はいませんね」


 今回のイベントの最重要キャラと考えられるソケット博士がまだ現れていない。

 見つけしだい確保して、カクレガ内で軟禁し、余計なことをさせないつもりだったのだがそもそも姿が見えない。


「もう死んでいるのではないかな?」


 一部が少し笑い、その後、長い沈黙が訪れた。

 十二分にありえる。南は即死、東もきっと死ぬ、西でも十中八九死ぬ。北はそのまま墓入りだ。

 帝都の広場エリアならまだしも、スラムエリアやカレドア城エリアでは死なない保証がまるでない。


「ナットくんも心配だね」


 最初は冗談だった言葉も今は笑えなくなっている。

 博士は戦犯だからどのエリアに飛ばされても自業自得として、助手のナットくんはまだ同情の余地がある。

 憐憫の情が湧く。せめて帝都内であって欲しい。


「全勢力が解禁されたところで、イベントが開始された後のことも考えようか」


 昨日までも考えていたが、北エリアがどうなるか未知数だったのであまり深い話し合いはしていなかった。

 今のところ各勢力は各エリア内で活動はしているが、エリアを跨いでの行動は見られない。

 これはイベント開始前であることによる制限だと推測されている。


 イベントが開始されればエリア間での移動制限はなくなるであろう。

 そのときに各勢力がどう動くかが注目される。


 ちなみにカクレガの現時点の方針としては均衡維持だ。

 それとカレドア城の勢力が潰えないよう支援することともしている。これは単純に木村の願いである。


 イベントが始まらないと何とも言えないところはあるが、今回のイベントは先が見えない。

 手を出さず成り行きを見守るだけという選択肢もあるはずだが、異世界が絡む以上、とてつもなく嫌な予感を全員が感じ取っていた。


 いちおう残るエリアも明らかにやばいところは消しておきたい。

 特に均衡を破る勢力があるなら潰してから均衡を取ることも念頭に置いている。


「やはり一番警戒すべきは南エリアだろう」


 二日目に現れた南エリアの竜巻は今もなお渦巻いている。

 ときどきエリアを越えようと竜巻が境界線すれすれまで迫っているのも確認できた。


「非常に好戦的であり、脅威もわかりやすい。それ故に動きも読みやすく、利用もしやすいと言える」


 南以外のエリアがそれぞれ敵同士としても、南エリアほどわかりやすい脅威を放っておくことはできない。

 一時的とはいえ、手を取り合う形になると予想される。


「開幕は時間との闘いになる。竜巻が各エリアを襲う前に、勢力を集結させ一気に倒す」

「集結してくれるでしょうか?」

「カレドア城と広場、それに東の水銀は応じるだろう。文明があるのなら、力を合わせることで為し得ることがあることも知っている。他勢力の力を知り、あわよくば勢力を削がせ、最大の脅威を討てるなら誘いに乗ってくる」


 なるほど、と木村も頷いた。

 逆に誘いに乗らないところも理由がわかる。


「西の魔物たちは手を出してこないだろう。理想は西に竜巻を襲わせ、西の勢力を削ぎつつ竜巻の主を倒すことだ。東の水銀が帝都エリアを侵略するとも考えられるが、それくらいは安いものだろう」

「北とスラムはやはり無理ですよね」

「スラムは戦力と数えるべきではない。開幕の鍵を握るの北だね。話が通じる相手なら誘いに乗るだろう。南エリアの脅威から一番距離があるからね。ほどほどに参加して様子見をすることもできる。話ができない相手なら、逆に脅威が一つ増えることになる。南の相手をしつつ、北にも目を向けなければなるのだから。仮に南の脅威を排除した後でも、彼らはどのエリアにも自由に攻めることが可能だ」


 鍵を握る北エリアはすでにHPがゼロに近い。

 誘いに乗らない可能性どころか、そもそも話もできず動きがない可能性もあり得る。


 明日の開幕に合わせて、これからカクレガの人員を各エリアに派遣し、開戦直後の動きを統一しようということで決まった。


 派遣の候補案は広場エリアがフルゴウル。

 ここは明らかに話が通じる相手なので、おそらく彼女が問題なくこなす。


 東エリアはアコニト。

 まったく向いてない役回りだが、水銀毒に耐性があるキャラしか派遣できないため彼女になった。


 西エリアはトリキルティス。

 機動力のある彼女で無秩序な魔物たちを南エリアに追いたてる。猟犬の役割だ。

 西エリアの魔物たちを無理矢理、竜巻との戦いに巻き込んで戦力もとい囮にしてしまおうという作戦である。


 南エリアはリコリスだ。

 彼女が竜巻の主を挑発して西エリアに竜巻を誘導させる。

 相性はあまり良くないが、他のパーティーメンバーも出して彼女を援護する予定だった。


 問題は北エリアである。


 幽霊のルーフォに声をかけたのだが拒否されてしまった。

 アンデッドが怖いからと言うが、鏡に映らない自分のことを棚にあげている。


 冥府のモルモーは今回上司から参加禁止命令を受けたようで自粛している。

 自粛を半ば楽しんでおり、毎日リラクゼーションルームで緩やかな時の流れを満喫していた。


 写真家兼マスコミのヘルンに墓地の撮影話で持っていったが、オカルトネタは興味ないと断られた。

 もう面倒だから木村はこのマスゴミリスを無理矢理連れて行こうと考えた。


 けっきょくマスゴミリスには逃げられ、木村は食堂でしょぼしょぼとご飯を前にしている。

 ペイラーフがやってきたのはそんな時であった。


 彼女は花の手入れが終わったようで、これから園にテーブルを置いてティータイムをするとのことである。

 イベントのことなど知ったことではない様子であり、随分と気楽なものだと木村は感じた。


「息抜きに一緒にお茶でもどう! 最近また根を詰めすぎてるんじゃない!」

「まあ、そうだね。……誘いはありがたいんだけど、今はお茶を飲むどころじゃないかも」

「食事も摂れず、お茶を飲む心身の余裕もないってそろそろ気づくべきだね!」


 ペイラーフが木村の手の付近を指で示す。

 そこには食事が並べられていたが、箸はほとんど付けられていなかった。


「忙しいにしても、ゴタゴタから離れて時間を過ごすことも大切だよ!」

「…………やっぱり、同席させてもらおうかな」

「よしきた! お菓子を持ってきてね! 多いぶんには困らないから!」


 ペイラーフは「先に行って準備しとくから!」と叫び、食堂を去った。

 静かになってから木村は気づいた。今のは医者としてのペイラーフなりの気遣いだったのではないかと。

 木村はクロエに適当にお菓子を出してもらう。説明せずともペイラーフの声が聞こえていたようで、すでにお洒落な袋にお菓子が詰められていた。

 せっかく出してもらった食事を食べきれなかったことをリン・リーに詫び、木村も食堂を出る。



 お茶菓子を片手に最上層の植物園へと向かう。

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