120.イベント準備 上
半年前に滅びた都がよみがえった。
ぼんやりとした光を伴い、出来の悪い立体投影のようである。
それでもこの薄い光は実体を伴っていた。そして、木村たちはその光の実体と闘っている。
「ずいぶんしぶといね」
光のカレドア城で、亡霊のごとき帝国兵士たちが木村たちに襲いかかっている。
個々の戦闘力で言えば木村たちの方が圧倒していた。
リコリスは兵士の攻撃を全て避けて攻撃している。
ウィルも魔法で全てを押し返す。アコニトも毒で亡霊兵士を近寄らせない。
全員の防御力も上がっているため、亡霊兵士からの攻撃を食らったところで痛手にはならない。
しかしながら、亡霊兵士らはキャラの攻撃で怯むことはあれど死ぬことがない。
倒れても倒れても起き上がってくる。さらに兵士の数は時間経過とともに増えている。
どこかから湧き出てくる。まさしく今の彼らは亡霊であった。
「じり貧だね。退くべきじゃないかな。……キィムラァくん?」
ケルピィの声に木村は返答しない。
木村にケルピィの声は届いていない。木村は目の前で行われている戦闘状況にまったく意識が向いていなかった。
どうしてこうなるのか? という疑問が木村を支配していた。
もしも彼らともう一度話すことができたらと思うことがたびたび彼にはあった。
一方で話したところでどうしようもないともわかっていた。今さら「巻き込んですまない」と謝ったところでどうしようもない。
けっきょく彼らはもうよみがえられないし、完全に滅んでしまって話すこともできない。全て木村にとって都合の良い感傷に浸るだけのことだった。
ところが彼らがよみがえった。
十中八九イベントの影響なのだが、何の影響かはこの際関係ない。
彼らの顔や声を木村は覚えている。そして、人でこそないかもしれないが彼らが目の前にいた。
しかも、明確に木村たちに敵意を向けている。木村は彼のつまらない感傷から引き釣り出され、現実と向き合うことをよぎなくされている。
「おい、アコニト。玉の言うとおりだ。キリがない。そこのガキどもを連れてこの場を離れな」
リコリスが振り返りもせずにアコニトに告げる。
アコニトも反抗する気もなく、彼女の言に大人しく従う。
「おい、坊やぁ。いつまで呆けておるか。さっさと退くぞぉ」
アコニトが木村の頬をベチベチと叩く。
木村も正気に戻った。
周囲を亡霊兵士に包囲されているとわかりアコニトの声に頷く。
突破はできるだろうが、懸念点が二つあった。
「セリーダは?」
「ほっとけぇ。夢見心地だぁ」
セリーダは亡霊の中にあって状態が落ち着いている。
そこが彼女の本来の居場所であるかのように、アセンドス三世の亡霊の後ろで兵士たちに守られ身を委ねていた。
亡霊たちがセリーダに危害を加えることはない。どちらかと言えば、木村たちの方がセリーダに危害を加える側であった。
「ぼさぼさするんじゃないよ。早く行きな」
リコリスの声が苛立ちを含んでいた。
彼女こそが木村の懸念点その二である。
「リコリスさんは?」
弱い亡霊たちと言えど数が数だ。
足止めを一人でさせて良いものか木村は戸惑っていた。
「ハッ、あの婆の心配なら無用だぁ。年長者のありがたい意見は聞くべきだぞぉ、ほれ、行くぞぉ」
アコニトが半ば無理矢理に木村の腕を引く。
かつてリコリスに「逃げろ」と言われて、駄々をこねて戦場に残り続けた彼女とは違う。
自らに与えられた役割をこなすことができるほどに彼女も歳をとった。
「出でよ。余の精鋭たち」
アセンドス三世の声に従い、さらなる兵士たちが湧き出てくる。
木村たちを圧殺すべくさらに陣を立て直し、魔法の詠唱も始まった。
「お主らに逃げ道など、もはや――」
「あるね」
王の言葉をリコリスが遮った。
そして、彼女は片手に握っていた炎の刀を地面に突き刺す。
「咲き乱れろ。曼珠沙華」
地面から炎の刀が次々と立ち上がる。
兵士たちを刺し貫き、炎を上げ、毒の火の粉を周囲にまき散らす。
見たことのない現象に兵士たちも驚きを隠せなかった。
炎刀は兵士たちの壁を破り、脱出路を作りあげる。
「行くぞぉ」
機を逃さずアコニトが木村の腕を引く。
それにウィルが続き、おっさんが当然のように殿を務めている。
「逃がすな。追うのだ」
「させないよ。鉄色箭」
木村たちの背を追いかけようとする亡霊たちの行く手を、地面から生えていた炎刀が動いて阻む。
炎刀の外側にも亡霊兵士は現れるが、内側の数と比べれば多いとは言えない。
その内側の亡霊は行く手を阻む一人に襲いかかろうとしていた。
「お主に恨みはない。だが、奴らの仲間である以上、ここで死んでもらうぞ」
「わっちはもうとっくに死んでるそうだ。あんたらと同じさ。いつまで歩きつづけるのか、まったくなかなか死ねないね」
「む?」
「変なことを言った。忘れてくれ。それよりわっちは待つのも待たせるのも嫌いでね。そろそろあいつらの後を追わせてもらうよ」
「余がそれをさせると思うか」
「思うね。あいつらはもう十分離れただろ、わっちも手を抜く必要がない。久々に使うから加減できるか不安でね。そっちのお嬢ちゃんが大切なら、全身全霊で庇うんだね」
地面から生えていた炎刀が消えていく。
兵士たちの行く手を遮っていた炎刀すらも消えてしまう。
壁となっていた炎刀はなくなったが、兵士たちは木村たちを追いかけることができなかった。
全兵士がリコリスを見つめている。彼女から目を離してはいけないと彼らの本能が告げている。
「――燃えつくしたる」
リコリスはもはや何も持っていない。
彼女の手からは炎刀すらも消え去っていた。
さらに彼女の燃えるような真っ赤な髪が、白く灰のように脱色していく
「此がわっちの寝るところ・咲き続けるは天上の花」
ぽつりとリコリスは呟くと地面から芽が伸びて、すぐさま赤い花が一輪咲いた。
薄い緑色の茎の先に、赤い花が付いている。
花弁は上向き。葉はない。
一輪、また一輪と兵士たちの足下からも花が咲いてくる。
帝国の兵士たちはその花を初めて見た。
葉見ず花見ず――彼岸花である。
丘を駆け下りていたアコニト達は追っ手が減ったことに気づいた。
「うぅっ」
ウィルが短く呻き、足を止め、膝をついた。
おっさんも足を止めて、丘の上を見やっている。
木村も彼らの様子を見て、上で何かが起きていると察した。
「真っ赤っかだ」
先ほどまでいた丘の上が赤く染まっている。
ぼんやりと光る城の下部分を、赤い光が覆っていた。
城へ至る道は白い光で舗装されており、城の周囲も白く光っているので赤の光は余計に目立つ。
赤の光がわずかに波打っていて、まるで天の世界が燃えているようであった。
追ってきた兵士も城の様子を見て立ち止まっている。
「婆の色だぁ」
アコニトはそう呟いたものの、リコリスが何をしているのかはわかっていない様子である。
おっさんとウィルの様子から木村は彼女が行っていることが何となくわかる。
テュッポ(真)やヅラウィ曲芸団の見せた技ではないか。
おそらく最上級の技を使っている、と。
リコリスなら使えてもおかしくはない。
ましてや彼女を縛っていた崩壊は☆1になってなくなっている。
技としての崩壊も消え去ってしまったが、縛りとしての崩壊が消えた今なら魔法も過去より自由に扱える面がある。
「……広がってるよ」
「ほんとだ。これって大丈夫なの?」
丘の上だけが燃えるように赤かったが、その赤が徐々に丘の上から出てきている。
徐々に丘を赤い花で侵蝕し始め、丘の下へ――木村たちの方へと速度を増して迫っていた。
丘の上をみやっていたおっさんが振り返り、木村とウィルを担いで走り始める。
担がれた状態で木村は丘を侵蝕する赤い花を見ていた。
地面に真っ赤な花が咲き乱れ、一面が赤い花に埋め尽くされる。
地面どころか亡霊兵士にまでその赤い花が咲き始めた。
兵士から命を吸い取るようにして芽を伸ばしている。
赤さは華やかだが、同時に恐怖も感じさせる。
鮮烈で同時に艶やかな命の色だ。
どこか別の世界へ来てしまったかのようだった。
花が日本的あるいはアジア的で、城や道の西洋さとそぐわないがそれもまた異世界感を醸し出している。
数日前にモルモーから発された言葉が木村に思い起こされ、実感を覚えた。
帝都ガラハティーンはまさしく死者の都になったのだ、と。
木村たちはなんとかカクレガに戻った。
地図部屋兼最終準備部屋で息を整えていると、リコリスも平然と戻ってくる。
セリーダは戻ってこない。もしかしたらリコリスが連れてくるかもしれないと木村は思っていたが、淡い希望は消え去った。
「あいつらもなかなかやるもんだね。お嬢ちゃんを最後まで守ってたよ」
珍しい言葉だった。
リコリスがプラスに評するのは滅多に聞かない。
「あの。王や兵士たちはどうなったんでしょうか?」
「死んじゃいないよ。わっちの全力でも消せなかったとなるとカラクリがありそうだね」
亡霊たちはやはり死なない。
倒れることはあれど、この世界の魔物やデイリーの敵のように消滅することはなかった。
リコリスはカラクリと言うが、木村は単純に仕様ではないかと考えている。亡霊はHPがゼロになっても復活する。あるいはHPが1残って全回復する。
亡霊やゾンビ、アンデッド系のエネミーが持っていそうなあるある仕様だ。
「今回は死者がよみがえるイベントなんですか?」
ウィルが悪趣味だと言わんばかりに顔を歪めている。
木村もまだイベント通知の手紙をしっかりと読むことができていない。
ここで声に出して読み、また集まって読んでも手間が倍になるので人を集めて知らせることにした。
ブリッジにすぐまた集まり、フルゴウルやモルモーも呼んだ。
「イベントのメッセージが来ました。外の影響はイベントによるものと思われます」
ブリッジから外の様子は見える。
亡霊となった兵士たちが光の都をうろついている。
兵士たちだけではない。住民たちもかつての暮らしをしていた。無論、亡霊の姿でだ。
兵士たちは木村たちを探しているかもしれないが探知機能が増したわけではないので、見つかる心配はない。
仮に見つかってもカクレガの装甲を、彼らが突破する術もない。
「イベント名は『ハッピー・アンバースデー・イヴ』で七日後から開始のようです」
木村が手紙を読んでいく。
“メガラヤックの片隅でソケット博士がタイムマシンの試作機を完成させた。
「行くぞ助手よ!」
ソケットは助手のナットとさっそくタイムマシンで時空の流れに飛び込んだ。
ところがタイムマシンの動作に異常が生じ、時空の流れが研究所を中心に歪んでしまう。
五百年前の領主から、四十年前に生きていたソケットの祖父、なんと未来の住民までもまぜこぜになる。
あなたはメガラヤックにいたため、時間の混線に巻き込まれてしまった。
さあ、ソケット博士たちと一緒に時間の混線を元に戻そう。
ついでに行方がわからなくなったナットもみつけてあげよう”
木村はあらすじを読み上げた。
その後で、頭をポリポリと指でかく。
「クソイベ」
この言葉しか出てこない。
あらすじだけで言うとクソイベに尽きる。
どうして最初の一行目から“タイムマシン”が出てくるのか。
しかも動作がおかしくなっていると来て、主人公たちは巻き込まれたらしい。
ストーリーはクソイベに違いない、報酬やボス難度も要素にあるが異世界においてはストーリーが最重要だ。
すでに最悪の一歩手前の状況になっている。イベントが始まったらさらに悪くなる。
「ナットくんが心配だね」
フルゴウルなりの冗談だった。
木村も少しクスッと来た。行方不明になり、ついで扱いされている助手くんだ。
フルゴウル以外のメンバーは単語がSFすぎてどうやら話の流れに付いてくることができていない。
「つまりどういうことなんですか?」
ウィルが尋ねる。
木村も彼なりの解釈を返した。
「タイムトラベル系? 時間が過去に行ったり、未来に行ったりするのかな。あれ? でもそうなると帝都の人たちはどういうことなんだろう? なんで亡霊?」
時間が巻き戻るなら、亡霊みたいな姿である必要はない。
過去に見たように人の姿のまま現れるべきだ。
「おそらくだけれどね。この世界の構造がそのストーリーの設定に追いついていなんじゃないかな。私がいた世界でもあるけれど、そこまで異常ではなかったはずだよ」
「どういうことですか?」
「つまりね。あの帝都の人たちはよみがえった訳ではなく、“時間が巻き戻った結果として現れたように見せられている”ということかな。この世界としては部分的に過去に戻るということが世界構造としてあり得ないから、別の方法であの人物たちが現れるような現象が無理矢理引き起こされた。それがモルモー女史の言う死者の復活術式群や未知の術式だったということじゃないか、と私は考えている。もしも本当に過去と現在、未来が混ざれば、過去の人間の行動により現在と未来が大きく変わってしまうからね。パラドックスが連鎖的に起きうる。そのため現在に各時間軸の人物の記録だけを持ってきて矛盾を無くすよう代用しているのではないかな」
周囲はわかったような、わかっていないような微妙な表情である。
木村もどちらかと言えばわかってないに属するところだった。
「時間の幅が広い。五百年前となると相当だ」
「まだ帝国すらない時代ですよ」
「王国もないね」
過去だけではなく未来も混ざると書いてある。
この世界の未来は半年ほどしかないはずなので、未来が混ざるかは疑わしい。
もしも未来が混ざるのなら大神も喜ぶところだ。時間幅はひとまず置くとして今後の話が重要になる。
「今は半年前の滅ぶ直前だけど、イベントが始まる頃にはさらに過去と未来がごちゃ混ぜになるかもってことですよね」
「そうだろうね。人の記憶も重要になるかもしれない。君たちの話を聞いたところでは彼らは滅ぶ直前の記憶があったようだからね。歴史と実際の出来事が一致せず問題が大きくなるかもしれない。特に帝国ができる前の人物がここにくれば帝国などただの侵略者だろう。そのあたりの歴史も知っておくべきだろう。我々の立ち回りも変わってくる」
木村は面倒な話だと感じた。
彼は歴史が嫌いである。人の名前を覚えられない。
特に世界史のカタカナの名前はまったく頭に入らないのである。
「もう一つ重要なことがある」
フルゴウルは人差し指をみせて示す。
「ソケットなる博士の身柄確保だ。タイムマシンがどのようなものかは現時点で不明だが、おそらく彼にしか直せない。“時間の混線を直そう”と書かれているくらいだ。間違いなく本イベントのキーマンは彼になるはずだ」
この点に関しては全員が理解を示した。
木村はソケット博士を一発ぶん殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
もちろん運営が作りあげたキャラなので、ソケット博士を殴るのは筋違いではあることは認めている。
「キィムラァくんに一つ聞きたい。イベント名はどういう意味かな?」
フルゴウルが木村に尋ねる。
異世界でも言葉は伝わるがおそらく変な訳として伝わっている。
考えた言葉は意図したように伝わるが、書かれているものを読み上げる時は訳がおかしくなる傾向があった。
イベント名は前回、それ以前も意味があった。
タイトルの意味を知り、推測をしておくことが重要である。重要ではあるのだが……。
今回のイベント名は「ハッピー・アンバースデー・イヴ」。
「えっとですね。ハッピーが『祝う』。アンバースデーが……アンバースデー? 『誕生日じゃない日?』 イヴがクリスマスイヴとかで使うから『前日』かな? まとめると『誕生日じゃない日の前日を祝う』でしょうか」
「わからないね。強いて言うなら一年間で誕生日の前日だけは祝わないということかな」
おそらくイベントが始まらないとこのあたりの意味はわからない。
だいたいのイベントでそんなものだった。しかも最後の方でようやくわかることが多い。
タイトルは重要ではあるが、けっきょくのところ現時点ではわからないという、いつもの結論に至ってしまった。
なお木村はイヴを前日と言ったが、前夜が正しい。
さらに言うなら、昔は一日の起点が今のようにきっちり0時ではなく、前日の夜というざっくりしたものなのでイヴもまた昔基準では当日である。
「セリーダはどうしましょう?」
「セリーダ? ……そのうち戻るんじゃないかな」
フルゴウルはさほどセリーダを重要視していない。
なぜならセリーダはカクレガのメンバーのため死ねばカクレガに戻る。
今の話では歴史がめちゃくちゃに入り乱れ、近く騒乱が起きることをフルゴウルは予想していた。
そのためセリーダも騒乱に巻き込まれ、カクレガに死に戻るという意味で発言した。
フルゴウルだけではなく、他のメンバーもまた彼女を重要視しているものはいなかった。
そもそもセリーダはいつも頭が壊れて笑っているのでコミュが取れず、カクレガの誰とも人付き合いがない。
最初期のメンバーなので、元の彼女がどんなかを誰も知らないし、もっと言えば木村も彼女の人となりを知らない。
初めて出会った時の彼女の護衛たちが、アコニトのスペシャルスキルで溶けて消えて、ひどく取り乱した姿が印象に残っている。
そこから先はほぼほぼクスリで頭がいかれていた。
聞いただけの話ではアセンドス三世はセリーダを特に可愛がっていたようである。
そりゃ最愛の娘がそんな扱いをされていればぶち切れるよな、と木村は納得してしまう。
しかもサポートメンバーとしてほぼスタメン入りしていたので、彼女は頭がイカれつつもキャラや魔物の死に様を何度も見ている。
もしもこの都が今のままなら、彼女はここに残った方が幸せだろう。
だが、状況は刻一刻と変わりゆくとすでにわかっている。
「さて、さっそく周辺地域の調査をしようか。ケルピィ殿、マップが出せるかな」
「はいよー。どうやらカクレガも周辺探索ができるようになったみたいだよ。移動して人員を各地点に置くことができるみたいだね」
ケルピィが解説する。
おっさんよりもチュートリアルをしているなと木村は感心した。
イベントに向けて、仕様が徐々に変更されつつある。
木村がカクレガにいてもセリーダが単独行動できるのはそのあたりだろう。
いろいろとやれることはできたが、どれもいまいち木村にはピンとこない。
一番最初にすべきことがすでに彼の中では決まっていて、どうにもそれをやらない限りは次に進められない気持ちであった。
「リコリスさん」
「なんだい?」
「彼らに全力をぶつけたと言いましたが王様はどんな様子でした?」
「言っただろ。死ななかったよ。倒れてもすぐに起き上がった」
「あ、いえ。起き上がった後の様子です」
「お嬢ちゃんを守った後は、さすがにわっちとまともにやり合う気概はなくしたようでね。わっちも鬼じゃないから、何もせずに丘を下りたよ。あいつらも追ってこなかった」
もしもアコニトがいれば、鬼婆と呼んだだろう。
死なない亡霊軍団の戦意を失わせるほどの力を持った存在を戦鬼と呼ばずして何と呼ぶべきか。
「頼みがあります。彼らと話をしに行くので付いてきてもらえませんか。リコリスさんがいれば彼らもいきなり襲いかかることはしないでしょうから」
「話してもわかりあえるとは思えないね」
「僕もわかりあえるとは思ってません。話すというよりは伝えるでしょうか。彼らに何が起きているかを伝えたいんです」
木村はただ伝えたいだけである。
かつては彼も何もわからず、彼らが滅びに立ち向かうのを為す術なく見守った。
見守るどころか彼らが滅んでいく中で、アコニトを犠牲にして報酬をゲットしようと竜に挑ませたくらいだ。
「伝えてどうなるかはわかりません。けっきょく同じことの繰り返しになるかもしれません。それでも、僕は彼らにここで何が起きているのか、何が起きようとしているのかを伝えておきたいんです。僕自身が後悔をしないためにも」
「身勝手だ」
リコリスは一言で木村を断じた。
顔は相変わらず不機嫌なまま席を立つ。
「いつまで座ってるんだい。さっさと行くよ。決めたならすぐ行動しな」
リコリスは立ち上がってブリッジを出て行く。
木村も慌てて彼女の後を追った。
ウィルも後ろから追ってきて、ついでに廊下で寝ていたアコニトもリコリスに首根っこを掴まれた。
「なぁんで儂がぁ! 儂はいらんだろぉ。いい加減にしろよ、クソ婆ぁ! くつろいどるのが見えんのかぁ!」
「老人扱いするんじゃないよ。きびきび歩け」
アコニトの首を掴む手から、ミシミシと鳴ってはいけない音が聞こえてくる。
必死に手を剥がそうとアコニトも対抗するが、まったく効果がない。
やはり鬼婆で間違いないなと木村も感じた。
「トリキルティスにしろぉ! どうせ暇しとるぞぉ! おぉい! トリキル! どうせそのへんにおるだろぉ!」
「呼んだ?」
背の高い影が廊下の曲がり角から出てきた。これには木村も驚いた。
食堂からの帰りらしく、彼女の手はおかしで溢れている。
「チェンジ! 儂とチェンジだぁ! ボケ老人の徘徊に付き合ってやれぇ!」
「そういうことだ。鳥頭、あんたも来な。バカ狐もだ」
「はぁ?!」
「僕も行きたいです!」
ウィルがやたら積極的である。
亡霊兵士に試したい魔法があるか、丘で腰を抜かしていたリコリスの謎魔法が見たいかのどちらかだと木村は推測した。
おそらく後者だと予想し、それは見事に当たっていた。ウィルは付いていけばまたリコリスの謎魔法が間近で見られると考えている。
問題があった。
戦闘メンバーがリコリス、アコニト、トリキルティス、ウィル、すでに外に出ているセリーダを入れて五人になる。
「戦闘メンバーがオーバーしているので誰かを外さないと駄目かな。トリキルティスさんに留守番してもらった方が良いのではないですか」
「いえーい! だってさ。ごめんね、バカ狐。羽を伸ばして帰りを待ってるからねー」
ふっふー、と勝ち誇ったようにトリキルティスが翼を広げて、アコニトを挑発する。
その中でおっさんが木村の誤解を指摘した。
「キィムラァ。セリーダは派遣人員の扱いだぞ。戦闘メンバーはここの四人でも大丈夫だ」
「……らしいです」
トリキルティスが逃げ、リコリスがアコニトの首から手を離し、解放されたアコニトがすぐさまトリキルティスの足を掴んだ。こういうときだけ動きが異常に速いし連携もとれている。
掴まれてもまだ逃げようとしたところで、リコリスが動きの鈍ったトリキルティスの首根っこを掴み、さらにどさくさに紛れて逃げようとしたアコニトの首も掴む。
こうして外に出るパーティーメンバーが確定した。
メンバーを見ていて木村は思う。
話し合いにまるで向いていないパーティーだと。




