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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅷ章.レベル71~80
119/138

119.陣営ボーナス

 ソシャゲのキャラを語る際に切って離せないのが性能である。


 大抵のソシャゲでキャラのリセマラやTierが攻略サイトに載っている。

 見た目や性格、ストーリーでの活躍、声優が魅力的なキャラも性能が悪ければ、愛がなければ使い続けることが難しい類いは多い。

 とりわけ戦闘がメインや難しいゲームであればあるほど、キャラの性能は重要となる。

 カゲルギ=テイルズも例外ではない。


 ただし、カゲルギ=テイルズの場合は、強さの他にカクレガ内での職業能力や人格も重視される。

 ここで新たに手に入れた☆5のトリキルティスと☆1のリコリスを考える。


 まず☆5のトリキルティスである。

 ☆5の物理前衛であり、同じく☆5の物理前衛であるゾルとは役割がやや被る。

 しかしながら、棲み分けはできていた。ゾルが単体メインの一撃必殺型であるのに対し、トリキルティスは複数体相手でも使える手数タイプであった。


 動きが遅く大型の敵あるいは高防御の敵にはゾルが使える。

 逆に、動きの速い小型の敵や防御の薄い敵、数が多い場合にはトリキルティスが使える。


「キィムラァ。陣営ボーナスが発動されたぞ」


 ☆5のキャラで同陣営キャラをパーティに入れることで能力にプラス効果が得られた。

 今回はトリキルティスとアコニトである。三体、四体と増えるほど陣営ボーナスも大きくなる。

 この点から言っても、トリキルティスを育てるメリットは大きかった。

 彼女をパーティーに入れるだけでアコニトも強くなる。

 頭打ちになりつつある戦力の限界が突破される。

 さらには連携攻撃も発動するようだ。


 このような理由から木村はトリキルティスに可能な限りの素材を投入した。



 もう一方の☆1リコリスである。


 ☆1は大きく二種類あった。

 育てられるキャラと、育てさせる気がないキャラである。

 前者に該当するのはフルゴウルやシエイ、テュッポ。素材を投入すれば他のキャラ同様に強くできる。


 後者はおっさんや今回のリコリスが該当する。

 おっさんはそもそもスキルテーブルが開けない。木村も見てみたいのだが名前以外は見せる気がない。


 一方でリコリスはステータスが見える。

 スキルテーブルだって見える。強くすることは一応可能だ。

 しかし必要素材がエグすぎた。一段階目の強化ですら、現在のアコニトのスキルテーブルを一つ進めるよりもずっと多くの素材が要求される。

 救済措置とも言うべきか、☆1の彼女は普通に強い。生前ほどの強さはないが、無強化で☆5を凌駕する強さである。

 スキルテーブルのエグさは本来☆6相当であり、スキルテーブルの一枚目を埋め尽くして、二枚目のスキルテーブルに突入しているからとも考えられる。


 要するにリコリスは強化する必要もなく普通に戦力になる。スタメンだ。

 トリキルティスやアコニトとも連携がとれて、戦術眼も文句なしのピカイチ。

 ただし、欠点の一つとして彼女の本来の力である崩壊は使えなくなっていた。

 使えなくはなったが、むしろ使えないおかげで安定感が増している。

 常に発していた魔力がないおかげで恐怖が薄れているようだ。


 リコリスにはもう一つ大きな欠点があった。

 ずばりパーティーメンバーの精神疲労が大きい。特に東日向組の疲労がMAXだ。


「なにやってんだい、バカども。狐、あんたはもっとしっかり動け! ……おい、鳥頭。どうしてそっちから切ったんだ。もうちょっと考えて動きな!」


 デイリーミッションでパーティーを組んでいるが、リコリスの指導が絶えず入る。

 アコニトはいつもの位置固定燻製機から移動型燻製機になった。

 トリキルティスにも敵を倒す順番にケチが入っている。


 アコニトは復活後にリコリスに手でも口でもフルボッコにされ、肉体的にも精神的にもリコリスに抵抗できない。

 トリキルティスは専用武器もなく能力が大きく制限されているため、やはりリコリスには反抗ができない。

 パワハラかしごきで表現が迷う状態の指導が二人に入っている。

 時々、怒りの炎の刀が敵ではなく二人に向かうほどだ。


「あんたも認識の範囲が狭まってるよ。もっと保たせな。気が緩みすぎだ」

「……はい」


 ウィルも以前に黒竜から指導を受けた無意識制限の解除を、今度はリコリスに習っている。

 彼女としても教えることは嫌いではないようで、ウィルに無意識制限解除の指導をしていた。

 今はひたすら自己認識の範囲を広げて保つ特訓の最中である。木村から見るとウィルは突っ立っているだけなのだが、額に汗が流れているのを見るに魔法を展開しているのだろう。

 特訓が辛そうだが、ウィルはまだ指導される側が望んだ結果であるので良い。

 アコニトとトリキルティスは見るからにうんざりしていた。


 それでもきちんと彼女たちが動くのは、体、あるいは魂にリコリスへの恐怖が染みついているからだろう。

 木村から見てもリコリスは怖い。隣で立っているだけなのだが、彼自身も叱られている気持ちになる。

 声を出している時も十分怖いのだが、なにより黙って睨んでいる時が一番怖い。


 木村にとっても彼女がパーティにいるだけで精神が疲労する。



 さて、帝都に近づくにつれ、いよいよ周囲の異常が際立ってきた。


「やはり、これはアレですよね。またあのイベントですか……」


 地獄のデイリーミッション消化が終わり、塔を出たところでウィルが口にした。

 木村も異常性には気づいているのだが、今のところでは害がない。


「だろうね。今は光ってるだけだけど」


 周囲にはぼんやりとした光がぷかぷかと無数に浮かんでいる。

 まるで幽霊か火の玉かといった具合だ。昼だからぼんやりしているぐらいで済むが、夜になるとなかなかに幻想的な光景になる。

 過去に似たような光景を見た。ずばり冥府である。あのときは姿を変えて襲ってくることもあった。


「どうでもいいだろぉ、そんなもん。光りたいだけ光らせとけぇ」

「ほんとだね。早く帰って水が浴びたいよ」


 神二柱は肉体的にも精神的にも参っている。

 周囲の異常にはまったく興味を抱く余裕がなかった。


「リコリスさんはどう見ます?」

「昔、これと似たようなのを見たんだが、どこで見たか思い出せなくてね……」

「おぉい婆、耄碌しすぎだぞぉ」

「バカ狐! 年寄りにそんな言い方するもんじゃないでしょ!」


 アコニトとトリキルティスは仲良く炎の刀で尻を刺された。

 想像を絶する痛みと思われるが、木村はフォローのしようがない。


 トリキルティスは裏表のない善人的な性格だが、やや頭が緩い傾向がある。

 リコリスからもアコニトからも鳥頭と言われているが、アコニトの馬鹿さと比べれば可愛げのある方である。


「何にせよ、良い兆候ではないね」


 二人にお灸をすえたリコリスが、顔だけで振り返ってそう残した。



 リコリスの言葉が裏打ちされたのは、まさにその日の夕食時である。


 木村も日本にいた頃は朝は食べず、昼はちょこちょこ、夜に多めという食生活だったが今は変わっている。

 朝に多めに食べ、昼にそれなり、夕方は軽めになった。

 夕方以降に何かをすることが少ないからだ。


「話があります。すぐにブリッジへ」


 木村が食べている途中でモルモーがやってきた。

 最後まで食べ切ることも許されず、すぐさまブリッジに連行される。


 ブリッジにつけば、すでに主要なメンバーが揃っていた。

 一番遅く参入したリコリスも主要メンバーとして呼ばれている。逆に一番早く参入したアコニトはいない。


「地上で起きている現象が判明いたしました」


 招集をかけた礼も短めに、モルモーは本題に入った。

 彼女は能動的に動かないタイプなので、冥府の関係だと木村は嫌な推測が働く。

 そして、それは当たっていた。


「魂魄操術と流転輪回が発動されています」


 木村はどちらも聞いたことがない。

 ウィルを見たが、魔法博士のウィルも知らない様子である。

 おっさんを見ると、普段どおりの笑顔なのですでに知っていたのだろう。

 リコリスも「ああ」と小さく頷いた。ようやく思い出したようだ。


「すまない。私はどちらも知らない。いったいどういった術なのかな?」

「僕も知りませんね。是非、知りたいです」


 フルゴウルが代表して質問した。

 モルモーも頷く。


「知らなくて当然です。知っていれば冥府から地上に戻ることは許されなかったでしょうから」


 尋ねた二人は沈黙した。


「――私は、聞かない方が良い話かな?」


 フルゴウルが再度尋ねる。

 彼女が危惧したのは、二種の魔法を知ることによって冥府に連れ戻されることを怖れていたからである。

 ウィルが黙っていたのは、知ってはいけない類いの術だと気づきつつも、知りたいという欲が押し寄せ、両者がせめぎ合っていたからだった。


「いいえ、今回は上司の了解を得ています。知ったからといって、すぐさまあなたが怖れるような事態になることはなりません。ただし、行使しようとする傾向がわずかでもあれば話は別です」

「わかっている。知る以上のことはしない」


 ウィルも黙って頷いた。

 二人を見て、モルモーが周囲を見る。

 周囲もどういった話になるかが予想でき、彼女に続きを促す。


「魂魄操術と流転輪回は別々の術式です。両者を同時に使うことで一つの現象が引き起こされます」


 木村はその現象を察した。

 冥府の住人であるモルモーが緊急で人を集め、さらに魂魄やら輪廻なんて言葉を聞けば嫌でも想像できてしまう。


「――死者の蘇生です」


 モルモーは答えを粛々と告げた。

 木村は予想どおりの言葉が出たので驚きがない。

 異世界ならそれくらいあるよねという認識だ。冥府があるくらいなので死者復活があってもまるで不思議ではない。漫画やゲームで何度も見ている。


「やはりあるのですか」


 今度はフルゴウルが口をつぐみ、ウィルが端的に感想を述べた。

 彼も神聖国で、それ系統の術式が研究されていたのを知っている。どれも失敗であった。

 興味半分でルルイエ教授に尋ねたことはあったが、教授は死者の蘇生に関しては研究対象外としてさほど興味を抱いていなかった。

 ただ、ぽつりと一言漏らしていた教授の言葉がウィルの脳裏に蘇る。


「“魔法中の魔法。世界の歪みの最たるものの一つ”」

「あなた自身からの言葉ではありません。あなたの魔法の師の言葉ですね」

「そのとおりですが、なぜそのように思われたのですか?」

「一つは、私から見たあなたの思考とは内容がそぐわないということ。さらに、私は上司からあなたの師のプロファイルを授かっています。彼の性行と先ほどの言葉が合致していました」

「……そうでしたか」


 ウィルは思うところがあれど深くは尋ねなかった。

 モルモーの上司――冥府の導き手がルルイエ教授を調べ、そしてそのプロファイルをモルモーに授けた。

 この言葉の意味するところを正しく理解したからである。


 すなわち、「ルルイエ教授は生かしておくべきではない」と。

 さらに言えば、彼は口にしていないだけで死者の蘇生方法も知っていた。


「わっちは過去にその術らしきのを見たことがあるね。あいつらは『還霊の儀』と呼んでいたはずだ。だが、あれは一人が限度で、器も必要だろ」


 さすがに千年は生きているアコニトにさえババアと呼ばれることだけ有り、リコリスの経験はここにいるメンバーの比ではない。

 彼女が知っているのは、死者と近しい生者を見繕い、その生者に死んだ魂を降ろし一時的あるいは永続的に死者を呼び戻すという降霊術であった。


「通常であればそうです。付け加えるなら死後の時間も重要になります。あなた方も知っているでしょう。冥府で彼らの魂は消費されることを」


 木村もフルゴウルから聞いた。

 冥府の最奥であるタルタロスで倒された霊魂は、さらなる奥へ向かい、消え去ってしまうと。

 逆に言えば、タルタロスよりも手前からなら霊魂の消費も止めることができうる。


「通常ではないということですか?」

「はい。何もかもが異常です。魂魄操術と流転輪回だけでなく、未知の術式すら発動しています。すでに消費され蘇る道理のない存在すらも蘇り、魔力と魂が混ざり合い形を為しつつあります。このままでは周辺一帯は死者の都になりかねません」


 全員が沈黙している。

 一瞬だけ思考が止まったが、すぐに回転し始め、彼らに今できることが何かを考える。


 そして、みなが同じ結論に至った。


「とりあえず次に起きる出来事を待つしかないよね」

「そうですね。何かできることはありますか?」

「覚悟を決めるくらいじゃないかな」

「私もお手上げです」


 言葉どおり様子見である。

 死者の都になるからどうしようかと問われてもどうしようもない。

 冥府の住人であるモルモーですら為す術なしなのだ。木村たちがどうにかできるはずもなかった。


 木村はリン・リーに置いてもらった夕食の残りを食べに食堂へ向かう。




 二日後、カクレガは進行を自動で止めた。

 停止した位置は帝都ガラハティーン。奇しくも木村たちが初めてカクレガに入った地点である。


 周囲は半年も経たずに荒廃を極めた。

 調査により周辺の遺物はおおかた回収されている。

 遺物と言っても討滅クエストの竜により燃やし尽くされて大抵は灰すら残っていない。


 丘の上を見れば、氷付けにされていた城も半年近く経過したことで氷は溶け、見るに堪えない城跡が残る。

 城の内部に残る宝物や文化財は盗賊や調査団に全て回収され食器の一つもない。


 市壁付近は地割れにより近づくことができず、今もまだ崩壊が起きているところすらある。

 もうすでに人はいない。人どころか犬や猫、鼠ですらもこの地に残った魔力の残滓にあてられて周辺地域に散ってしまった。

 イベント由来と考えられる淡い霊魂だけがふわふわと廃都をさまよっている。


 帝都ガラハティーンは完全な廃都となっていた。


「懐かしい」


 その廃都に立って木村は周囲を見渡す。

 幽霊を見たという人たちを木村は笑うことができない。

 彼もまた、かつてここで見聞きしたことを思い出して声が聞こえてくるようだ。


 異世界に来て、初めての大都市だった。

 周囲のあらゆるものに目を奪われ、丘の上の城で木村は国のトップと話をした。

 そこから先もまた印象に残っている。メッセージ、地響き、人のざわめき、竜の出現、炎に叫び声、肉の燃える臭い、立っていることも曖昧になる感覚、どれもが今もまだ彼の中で再生される。


「あはは、キームラー。城ですよー。走りましょー。あははは」


 木村としては迷うところではあったが、久々にセリーダも外に出した。

 彼女の生まれ故郷である。滅びの時、彼女は気を失いそのまま連れ去ったので、最後の光景を見せてあげられなかった。

 もしも見せていれば彼女は完全に壊れ、今と同じようにカクレガで一緒だったかは怪しい。


 さすがの木村も廃都を見せはすれど、セリーダの狂った意識を戻そうとまでは思わない。

 だが、その一方で本当にこのままで良いのかと思う気持ちもある。

 狂ったまま一生を終えさせていいのか、と。


 辛いだけの過去を見つめ直させるよりも、狂っていても幸せそうに生きている方が幸せではないかと。

 あるいは、自らが彼女の心を意図的ではないにしろ壊してしまった責任からの逃避ではないかと。


 ここ数日で同じような考えが回っていたが、けっきょく意識を戻すことはできなかった。

 彼女は楽しそうにステップを踏んで、彼女がかつて暮らしていた城に向かっていく。


 木村もゆっくりと笑う彼女の後を追う。

 彼の側には同じく帝都に因縁のあるアコニトと一度見たかったと話していたウィル、それに保護者枠としてリコリスが付く。


 木村の足取りは重かった。

 実際に傾斜がきついということもあるが、精神的なものも大きい。


「おぉい、坊やぁ。そこまでして見る必要はまったくないぞぉ」

「そうだけどね」


 丘の上の城、今はもう瓦礫が残るだけの城跡。

 そこは、この異世界トリップが碌でもないものになることを気づかせた出発点でもある。


 もう一度、丘の上から城跡を見て、城跡から都を見下ろしたいと木村は感じた。

 もちろんそれらはただの彼の感傷であり、やったところで意味はない。

 肌寒さとやはり帝都は滅びたということが再認識されるだけだ。


「それでも、やっぱりあそこからちゃんと見ておきたいんだ」


 アコニトもわかりやすいほどのため息だけついて引き下がった。

 リコリスは何も言わない。ウィルも周囲を見渡して、ときどき足を止めて瓦礫を手に取り、ぶつぶつと口にするくらいである。

 ふわふわと浮いているケルピィも周囲を観察して付き従う。

 おっさんは当然のように木村の側にいる。


「あははー、あはは、あは……」


 城跡にたどりつくと笑い続けていたセリーダの声が止まった。

 彼女の笑い声は時々止まる。止まった時はだいたい涙を流している。

 今も例外ではない。彼女は城跡を前にして止まり、目から涙が流れていた。

 狂った意識の中ですら、過去の思い出がフラッシュバックして感情が複雑に交錯している。


 そんな彼女の姿を見て、木村はますます罪悪感が大きくなったことを自覚する。

 それでも何をすることもできず、ただ立ち尽くすだけだった。


 動きを止めたセリーダを、同じく動きを止めた木村が見る。

 ウィルやケルピィは荒らされた城跡を見て回り、アコニトとリコリスは仲良くタバコを吸っていた。


「あは、あははー、キィムラァー、案内しますよー、こっちですー」


 止まっていたセリーダが動き出した。

 いつもの狂った笑いとともに木村を呼ぶ。


「待ってください」


 木村が足を踏み出そうとしたところで横から声がかかった。

 ウィルとケルピィが彼のすぐ側にいた。


「え、何?」

「僕たちはケルピィさんとこの丘から周辺の景色を見ました」

「全方位のどの光景にも霊魂が浮かんでいたんだ」


 木村がぼんやりとしていた間に、ウィルとケルピィは調査をしていた。

 その報告を聞き、木村も頷く。木村たちが来た道は霊魂がたくさんいたが、どうやら来た道だけでなく帝都周辺に満遍なく霊魂が湧いているようだ。


「えっと……、霊魂が多いって話?」

「違います。霊魂が少ないという話です」

「少ない方角があったってことね。どっちなの?」

「ここ。この城跡だよ。見渡してごらん」


 ケルピィの声に木村もようやく景色の違和感に気づいた。

 セリーダの姿ばかりに目が行って、他のことに何も気づくことができていなかった。


「ほんとだ」


 帝都に浮かんでいた霊魂がこの城跡には一体もいない。

 瓦礫だけが静かに転がっている。



 ピッピコーン!



 静寂を切り裂いてメッセージがやってきた。

 あまりにもタイミングが良すぎる。狙ってやっていないか疑うほどだ。

 しかしながら時刻はちょうど十時なので予約した時間と言われればそうなのかもしれない。


 いつもどおり、おっさんはにこやかに封筒を差し出した。


 木村は息を軽く吐き出して封筒を受け取る。

 そして、中身の手紙を取り出して読んだ。


「“イベント『ハッピー・アンバースデー・イヴ』開催よて”わっ!」


 手紙を読み終わる直前で変化が訪れた。

 霊魂が一つもなかった城跡が全体的にぼんやりと光り始めた。


 木村だけでなくウィルやリコリスも警戒を強める。

 アコニトはどうでも良さそうにタバコをふかしていた。


 ぼんやりとしていた光は明確な形を作り始めた。

 直線状、あるいは曲線状、楕円状と地面や空中を照らしていく。

 光り始めたのは城跡だけではない。城跡から始まり、丘の中段、帝都、周辺地域へと光は高速に広がっていく。


「……城だ」


 淡い光で構成されているため見えづらいが、城跡には光の城ができていた。

 しかも、木村はその城に見覚えがあった。


「あはー。おとうさまー、私ですよー、セリーダですー。ただいま帰りましたー」


 セリーダが笑いながら、城の中へと駆け込んでいく。

 扉が開き彼女は城に入る。扉の中では数多の光が列をなしていた。

 今まではぼんやりとした光だった霊魂が、薄ぼんやりと形を伴っていく。


「セリーダ。よく帰ってきた。心配していたのだぞ」

「ごめんなさい。おとうさまー。あは、あはは、あははー」


 セリーダは泣きながら笑っている。

 そのセリーダを光で構成された人が抱きしめた。光だけでなく質量を持っていた。


 抱きしめた人物の声と姿に木村は見覚えがあった。

 謁見の間で見た皇帝である。姿はぼんやりとしてわかりづらいが間違いない。


「亡霊?」


 まさしく亡霊だった。

 王も、左右に整列する家臣たちもまさしくあの時のままだ。

 姿が薄く、はっきりしないことを除けば、ここはまさしく帝都ガラハティーンのカレドア城。

 そして、セリーダを抱きしめるのは皇帝アセンドス三世である。


「余は騙されておった」


 アセンドス三世がセリーダを抱きしめたまま木村たちを見る。

 木村は彼の目に見覚えがある。彼と敵対した人たちが木村たちを見てきた目だ。


「奴らはセリーダを救った恩人にあらず、奴らこそが災厄の根源――帝国に仇するものである。奴らを捕らえ、首を刎ねよ! 死骸を街中に晒すのだ! 『帝都に仇する脅威は滅した』と万民に示せ!」


 左右の家臣たちが「ハッ!」と声を揃えた。

 そして、彼らが一斉に木村たちを向く。


「ぼさっとするんじゃない。準備をしな」


 リコリスが炎の刀を手に出した。

 ウィルも戦闘態勢に入る。ぼんやりとしていたアコニトも立ち上がった。


「くるよ」

「かかれっ!」


 戦士たちの長である存在が声をかける。

 亡霊の兵士たちがどこからか湧き上がり、木村たちに襲いかかった。



 正式なイベント開始は一週間後だが、実質的にこの時点で幕は切って落とされた。


 彼らの二度目の滅びが始まる。

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