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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅷ章.レベル71~80
118/138

118.ハーフアニバーサリー

 カクレガはドライゲンを離れ、東に向かっている。


 目的地としていたグランツ神聖国がいよいよ近づいた。

 近づいたもののハーフアニバーサリーキャンペーンをしているため進みは遅い。

 デイリークエストが毎日全開放されていることに加え、昼はその地域でミッションも出題される。

 それでも夜は進行するので、『何事もなければ』次のイベントまでにグランツ神聖国へとたどりつくペースである。


 何事もなければ、と強調したのは明らかな問題が一つあるためだ。

 ×印のついたグランツ神聖国と、現在のカクレガの地点との間に、もう一つ×印が付いた地点があること。


 ――帝都ガラハティーンである。


 記念すべき討滅クエストの第一回開催地。

 そして、カクレガの笑い女と称される亡国の王女セリーダの故郷だ。


 今は廃墟と化している。

 木村としても悪い意味で思い出深い。

 セリーダの精神崩壊と向かい合う時期が来ているようで木村は陰鬱だった。


 そんなセリーダと妙なところで関わりがあった存在がいた。

 しかも、その数が二。


 一つは創竜である。

 ドライゲン逗留中にカクレガまで遊びにきていた。

 おっさんが入らせないようにしたが、どうにかして入ってきた。

 以前にも謎の存在に侵入されているので、木村は家具コインを大量に消費してでも侵入対策をあげるべきと考えていた。


 話を戻すと、創竜がセリーダを見て反応を示した。

 より正しくはセリーダの首にぶらさげていたブローチにである。

 創竜も事情を知りたがり、木村もセリーダとブローチに関して彼の知っていることを話した。


 ブローチはアコニトの毒を無効化して、さらには他の状態異常もほぼ無効化する。

 ただし、状態異常がかかった状態でブローチをつければ、その状態異常が付けている間は固定化されるという変わったブローチである。

 効果は良いのだが、よくわからない効果が混ざっているモノだった。


 木村が説明した後で、創竜は「ま、僕が創ったからブローチの効果は説明してもらわなくてもわかるだけどね」と笑っていた。

 木村は苛つきが自らの顔に出たことを自覚した。なぜ説明させたのか?

 セリーダの説明だけさせれば良いだろうに、と。


「よくできた作品だったから、回収に行こうかとも思ったけど帝国の王女様かぁ。剣も近くにあるから良いのかなぁ」


 悩んだ様子を見せてから、けっきょく創竜は興味を失った。

 訳ありで間違いない。創竜は帝国の王女という立場などを気にする存在でもない。

 そもそも帝国はすでに滅んでいる。彼女の王女という地位は今日では何の意味もないのである。

 それに剣とも言った。伝説の折れた剣に間違いない。前に話したエルメラルダ絡みで何か事情があったようだ。

 けっきょく創竜は剣とブローチ、それに王女の解説は口にしなかった。



 そして、セリーダと関わりのある存在その二は竜人である。

 運営やら運命の神にいろいろと弄られているようだが、討滅クエストの竜はずばり彼だ。

 すなわち、帝都ガラハティーンを滅ぼした張本人だった。


 コッコッココッ、コケ


 ――で、その竜人は今や鶏だ。

 堕天使鶏を倒したのに姿がなぜか戻っていない。

 今は畑で、嘴を土にさしてミミズをもぐもぐ食べている。

 朝はご機嫌な声で鳴き、卵も産んでリン・リーが調理する。立派な鶏だ。

 生産性だけで言えばアコニトよりも高い。鶏になってからは他のキャラとも関わりが増えた。


 最初は木村も竜人が鶏のままだと信じられなかった。

 街の普通の鶏がカクレガの中になぜか入ったきただけだと考えていた。

 しかし、アコニトが馬鹿にして鶏を蹴ったら、熱線で反撃して彼女の額に風穴を開けたので竜人であることは間違いない。竜鶏である。


 創竜は「そのうち戻るんじゃない」とどうでも良さそうであった。

 木村としても今の方が助かるので戻す気も消えた。


 鶏は今日も元気に鳴いている。




 木村もすっかり朝6時には目覚める習慣ができあがり、朝の訓練を終えたウィルたちと朝食を一緒にとっている。


「今日のミッションは何でした?」

「デイリークエストの消化以外だと、『特産品を三つ回収』だって」


 ハーフアニバーサリーキャンペーンということで特殊ミッションがあるのだが、非常に平和なミッションだ。

 いつぞやみたいにいなくなった尻尾を探せとか、超強敵を倒せとかいった無茶振りはない。

 地域の人と交流する、売買でいくら稼ぐ、そこそこの魔物を倒す……。

 新規参入者向けであることが透けて見える内容だ。


 あと半年もサービスがもたないことをわかっている木村としては虚しい取り組みと思わざるを得ない。

 それでもやはりミッションが簡単なことは喜ぶべきことだろう。


 しかも特殊ミッションは簡単な上に報酬が良い。

 おまけでログインボーナスも増加しているので幸せな期間である。

 十日間で10連ガチャチケットが2枚もらえ、単発チケに関しては毎日もらえてしまう。


「平和だね」

「そうですね」


 二人は実感のこもった声で希望を述べる。

 トレーニングをし、野菜や花の様子を見に行き、外でデイリーミッションを行い、現地の住民とも交流を持つ。

 あまりにも穏やかな日々だった。


「この期間がずっと続けば良いのに」


 続かないのである。




 木村たちが悲劇の到来を予感し始めたのは、亡き帝都ガラハティーンにいよいよ近づいた頃だった。


 ログインボーナスも全て受け取ってしまい、特殊ミッションだけがだらだらと続く日々のことである。

 カクレガの進みが異常に遅くなり、嫌な気配も充満するがイベントの通知はこない。


 特殊ミッションの中で奇妙な依頼も増え、それに合わせ現地住民から奇妙な話が聞こえてくるようになった。

 奇妙な話とは一言でまとめるとこうなる。


「帝都の様子がおかしい」


 もうすでに帝都はなく、帝国すらないのだが、帝都に近い住民ほど滅びた事実をまだ完全に受け入れることができず、凄惨たる廃墟を『帝都』と呼ぶ。

 彼らの中で帝都がどれだけ大きな存在で絶対的なものであったのかを示すようであった。

 その帝都の滅びも、前触れなく一瞬だったことも大きいだろう。


「幽霊が出た」


 木村は最初、廃墟の「あるある」だと感じた。

 かつての帝都を知っている人が、廃墟を目の当たりにし、過去に見聞きした記憶がそこにいた人たちの姿や建物の光景を頭に流している、と。

 オカルトや魔法的なものではなく、科学的あるいは精神的なものから発せられるものと木村は考えた。

 彼自身も滅びた地を前にして、似たような声や姿が頭をよぎったことがある。


 この考えが徐々に違うのではないかと考えるようになったのはカクレガの進行が遅れていることが一つとしてある。

 加えて、住民たちの話すことが帝都ではないまったく別の景色を見て、聞き慣れない言葉を聞いたという話が出たからだ。

 同じものを見た・聞いたという声が別地点の関連がない人間から出てきたことが決定的だった。


 何かが起きている。


 木村たちもここは認めるに至った。

 しかし、肝心の何が起きているのかがわからない。


 ヒントになりうるのが特殊ミッションである。

 最初は地域観光かなと思うような任務が、徐々に異質なモノに変わってきた。


「今日のミッションは何でした?」

「『帝国皇帝の遺物を三つ発見する』だったかな、二つだったかも」

「またソレですか。不気味ですね」


 帝国の歴史調査が増えている。

 昨日は『帝国開明時代の痕跡を見つける』、一昨日は『崩れた碑文の解読』と方向性が如実に見えてくる。

 どれも地図上にヒントが出るので達成自体はとても簡単だが、こうも歴史系のミッションが連続してくると、どこかに誘導されている気配が強まる。



 カクレガ内でも不安が募ってくる。


 その中で木村は10連ガチャを引いた。

 「不安から逃れるため」と自らに言い聞かせていたが、もちろんただ引きたかっただけである。

 単発チケットがたくさんあるのに使わなかったのは、「単発チケットは時間止めに便利だから」とさらに言い訳を重ねた。もう救えない。


 引き時を見誤ったとは言え、☆5を引けたなら勝利である。


 そして、――木村は勝利した。


 10連目に現れた虹色の扉を見て、木村の心は踊った。

 やはり自分の判断は正しかったという正当化の嵐。不安はどこか遠くへ吹き飛んだ。

 頭の中にじんわりと多幸感を知らせる脳内麻薬が流れ込み、思考がずぶずぶと鈍っていく。

 体も踊る直前だったが、それを止めたのは最初の一つ目の扉がボロボロの木の扉だったためである。


「これってもしかして」


 木村も学習してきている。

 イベント後にこの木の扉は出てくることが多い。

 加えて、出てくるキャラにもパターンがあることに気づいてきた。


 最大の特徴はストーリー上で死んでいるキャラだ。

 おっさん、フルゴウル、テュッポ、シエイとどれも死んだ、あるいは死亡相当の状態になっている。

 さらに付け加えれば、どれも木村たちと一定の関連があるキャラだ。

 現時点で心あたりがあるキャラは一人しかいない。


 木村が深呼吸して扉のノブに手を伸ばす。

 手がノブに触れる直前で、赤い棒が扉を貫いて出てきた。


「うわっ!」


 驚いて手を引くと、赤い棒が炎であることがわかる。

 炎の刃が木の扉を焼き切り、開いた空間から不機嫌そうな巫女が現れた。


「さっさと開けな。わっちはせっかちなんだ」


 思っていたとおりのキャラが現れる。

 アコニトの師であるリコリスがそこにいた。

 ☆1なのは間違いないだろうが、強さだけなら☆6である。

 木村も喜びたいが、彼女の醸す剣呑さに緊張し、なかなか喜べない。


「あの馬鹿は元気にしてるかい」

「…………ええ。まあ」


 リコリスは扉をくぐって普通に話しかけてくる。

 木村の返答が遅れたのは、今のアコニトを思い出してしまったからだ。

 アコニトが元気なのは間違いないが、またしても部屋が丸焦げになる未来が見えてしまった。

 けっきょく彼女はクスリをやめることはできず、昨日もクスリと二人三脚で意識をぷかぷかどこかへ飛ばしていた。


「リコリス神……、その、申し上げづらいんですがアコニトはまたクスリで」


 前回の失敗を踏まえて、木村は先に現状のアコニトを告げた。

 途中で言葉は切れてしまったが、言いたいことはきちんと伝わった。

 リコリスは不機嫌な表情をわずかに動かしたが、そのまま無言で固まったままである。

 何も言わず、木村をジッと見つめている。木村も嫌な緊張で背中に冷たい汗がダラダラと流れていくのを明確に感じた。

 わずか数秒の沈黙だったが、木村は数分にも感じられた。


 リコリスが自身を見つめていないということに木村は気づき、目を逸らして残りの扉を開けていく。

 その間もリコリスは動かず、怒りを溜めているようであった。

 この怒りの矛先はもはや変えようがない。


 他のキャラも出てきたが、☆3ダブりなのですぐに扉から出て消えてしまう。

 もしも最後の扉が虹色ではなかったらさっさとスキップするのだが、虹色の扉は手ずから開きたいので残しておいた。


 アコニトがキャラ、武器ともに完凸リーチなので出てくれると嬉しいのだが、隣にいるリコリスと会わせてはいけない気配を感じる。

 空気を読まないキャラなのでこういうときに限って現れそうなのだ。


 木村は恐る恐る虹色の扉を押した。

 こんな嫌な気持ちで虹色の扉を押すことがあるとは彼も思わなかった。


 逆光で見えづらいが、シルエットが明らかに違ったので木村はほっと息をつく。

 背中に翼のあるキャラで、木村はどこか見覚えがあった。


「私こそが最強最速! 目にも留まらぬ剣捌きを披露してあげる!」


 元気の良い女性の声だ。

 この声も木村は聞き覚えがあった。


 光が収まると、木村はやはり記憶にあるキャラだとわかった。

 しかし、彼の記憶の中にある姿よりも、随分と高さも幅も大きくなり、顔も大人びている。


 アコニトの記憶の中で見た。

 彼女と同じ東日向の神様だった。

 動物のシルエットから鳥だとはわかるが、何の鳥かはわからない。

 鷹や鷲といった獰猛な印象ではない。目もまん丸でやや可愛い印象を受ける。


「よろしくね」


 明るい声で木村の肩にタッチしてくる。

 背は木村よりもずっと高く、頭一つ分の差があった。

 ちょっと馬鹿っぽいが、そこが人の良さそうなところを出している。


「トリキルティス。あんたは相変わらず元気そうだね」


 やや距離を開けていたリコリスが、鳥の女性に話しかけた。

 トリキルティスが彼女の名前である。リコリスが挨拶しているので、アコニトの知り合いで間違いない。

 声をかけられた方は笑顔のまま固まっている。


「随分と背が伸びた」


 リコリスがトリキルティスの前に立つ。

 彼女もトリキルティスを見上げていたが、その表情はアコニトのことを忘れるくらいには緊張感が薄れていた。

 ただし、声をかけられた方は相変わらず笑顔のまま固まっている。


「ば、ば」


 トリキルティスからは笑顔のまま変な声が出始めた。

 思考がようやく回ってきたようだ。


「ば?」


 ババアかな、と考えた木村はアコニトに毒されすぎている。

 トリキルティスは表情を一変させ、大きく宙に飛び上がって退いた。


「化けて出た!」


 トリキルティスは両手に剣を構えて、リコリスに立ち向かう。

 リコリスも合わせるように手に炎の刀を出した。


「どれ、久々に稽古をつけてやろうかね」

「待ってください!」


 戦闘寸前で木村が声を出して止めた。

 前回のアコニトの件があるので、事情はさっさと説明しておく。


「状況を説明しますから剣をしまってください!」


 なにより、ここは木村の部屋である。

 戦闘で燃やされたり、斬りつけられたりすれば困るのは彼だった。



 とりあえず状況を説明し、トリキルティスは納得こそしていないが理解はした。


 二人を引き連れてカクレガの中を案内する。

 リコリスは前回の記憶があるので、ほぼトリキルティスに対しての案内だ。


「……たぶんここにいます」


 木村は来たくなかったが、来ないわけに当然いかない。

 目の前にはアコニトがいるであろう喫煙室がある。

 扉が開くが臭いは出てこない。

 換気機能が優れている。


 それも部屋に入るまでであり、入ると甘ったるいような臭いがした。

 木村はここにいたくないし、トリキルティスにいたっては、部屋に入ろうともしていない。


「外で待ってな」


 木村も部屋に入って電気を付けたところで外に出された。

 視界の端に、アコニトらしき姿が横になってだらーんとしているのは見えた。

 家具を燃やされても困るので「どうか穏便に」と伝えたかったが、表情を消したリコリスを前にしては彼も言葉にすることができなかった。


「ほんとバカだね」


 トリキルティスが呟く。

 同時に扉一枚を隔てて、爆音が響く、扉も壁も大きく揺れた。

 警報器とスプリンクラーが作動し、廊下の向こうから騒ぎ声とこちらに駆けつける足音が聞こえてくる。


 一方で爆心地にいる人間は静かに感じた。

 すぐ近くで鳴る警報器の音がどこか遠くで聞こえてくるようだった。

 扉が開き、黒焦げになった部屋とずぶ濡れの巫女が現れた。彼女は何も言わずに部屋を出た。


 とりあえず警報器とスプリンクラーを止めた。

 駆けつけたウィルやおっさんもリコリスを見て全て察した。

 木村も喫煙室はしばらく直すのをやめる決心がついた。いちいち直すとキリがない。



 ひとまず食堂でお茶でも飲みながら新しい参入者の紹介をすることにした。

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