117.イベント「私のカツラを知らないか?」後日譚
十四日間のイベントが終わった。
エンディングから一夜明けたが、ヅラウィ曲芸団がまだドライゲンに残っている。
木村は今までの経験から、エンディング終了とともに彼らは消えるのではと考えていたが違っていた。 彼らは郊外にて天幕を張り、さっそく公演を始めた。エンディング後に消えていないのは、カゲルギ=テイルズ世界が異世界に近づいている影響かもしれない。あるいはイベント後のアイテム交換猶予期間からか。
なお、彼らの昨日の活躍もアルマークにより公言されたため、初日から公演は盛況のようである。
人が郊外へ流れている間に、都では昨日までの討滅クエスト及び最終決戦の被害状況の収拾が行われている。
木村もヅラウィ曲芸団の公演には興味があるのだが、昨日からの被害調査や状況報告でロクに休みも取れておらず、出向く気力がまるで湧かない。
とりわけ状況報告は木村を非常に疲れさせた。
問題を起こした創竜の行方不明、住民が鶏化している間のヅラウィ曲芸団登場、さらに増殖堕天使鶏の撃破と報告事項は枚挙に暇がない。
上記の部分はカクレガのサポートメンバーでも一定の把握をしているが、事象の巻き戻し中の出来事は木村とおっさん、あと創竜以外の記憶に残っていないため全て木村が報告することになった。
彼も報告に慣れていないため事実と意見がごちゃごちゃ混ざり、その分離で余計に時間と手間、労力を取られた。
翌日の昼になってようやく各方面のしがらみから解放され、都の喫茶店でお茶を飲んでいるというわけである。
ちょうど一週間ほど前にヅラウィと話をした露天スペースである。特殊イベントの開始を告げられたいろいろと因縁のあるテーブルでもあった。
木村としてはカクレガの自室で寝ていたいのだが、ウィルやフルゴウルが外に出たいと言うので、彼も付き合って外に出てきていた。半ば強制である。ただし別行動なのが救いだ。
ウィルはヅラウィ曲芸団の芸が気になるようでさっそく初公演に見物しにいった。すでに一度見終わり、今は二周目に入っているはずである。魔法の技術を盗むと張り切っていた。
フルゴウルはアルマークらと初公演を見た後は、城に行って調査やら報告をまとめている。異世界での暗躍をすでに始めていると木村は見ているが、特に制限をかけるつもりもない。
そういったわけで残りの一人とここにいた。
アコニトだ。廊下で出会ったら、勝手についてきた。
彼女は椅子に腰掛け、ふごふご涎を流して寝ている。なぜ来たのか木村はわからない。
カクレガで寝ていては駄目だったのか? 起きても、寝ていても、トンでいても面倒な存在である。
イベントが終わりヅラウィ曲芸団は残ったが、逆に残らなかったものもある。
解除できない禿げ効果がようやく消え去った。イベント当初に街中の住民から抜け落ちた髪が一夜にして元に戻った。
街の人やアコニトは喜んでいるが、地味に恐ろしい現象ではないかと木村は考えてならない。
毛根からにょきにょきと伸びるシーンを想像すれば気持ち悪さすらある。
「やあやあ! 大変だったねぇ!」
木村がまどろみかけたところで元気な声に意識を起こされた。
声の主は同じテーブルの空いた席に座る。
元凶その一の創竜である。
おっさんは無言。
目を合わせようともしない。
アコニトは一瞬だけ目を開いたがまたすぐに寝た。
木村も無視して寝ようとしたが、創竜がまたべらべらと一人で喋り始める。
「ん? 反応が薄いね? ねぇねぇ、どうしたの?」
どうもこうもだいたい創竜のせいである。
このままうるさい声で喋られてもうっとうしいので、木村もあからさまにため息を吐いてから対応することにした。
「もしかして僕を爆破したことを気に病んでる? 気にしなくていいよ」
そういえば無理矢理ジャンプさせて爆破させたな、と木村も思い出した。
言われて思い出す程度にはどうでもよく、完全に忘れていた。思い出してもまったく気に病まない。
言及されても「どうせすぐに創り直すんでしょ」と開き直るくらいに割り切っている。
それでもいちおう彼は創竜の言葉について気になったところを尋ねる。
「僕は気にしていないんですけど、気にしなくても良いんですか?」
「正直だね。――この体も創りものだよ。僕はね。にぃにぃみたいに芸術品を創ってるわけじゃないんだ。使われないものほど益のないものはないよ。うまく使うってならそれに越したことはないね。ま、創ること自体が目的になることも多々あるけどねー」
創竜はその名のとおり創る過程には強いこだわりがある。
加えて、創られたものへの利用についても創る過程ほどではないにせよこだわりがあった。
周囲としてはたいへん迷惑な話であるが、一部の創作品は口に出したくはないが利用価値が認められる。
「そういえば、あの折れた剣はこっちで預かってますけど返しましょうか?」
木村も創竜と話していて思い出した。もしかしてあの伝説の剣とやらを回収しに来たのか。
事象の巻き戻し中にもらった、ひび割れ折れてさえいるやたらよく斬れる伝説の剣がカクレガに残っている。
見た目にさえ目を瞑ればすごく斬れるので使いどころがありそうではある。
「ん? ああ、あれね。あげるよ。このあたりで僕も未練を断ち切ろうかな」
「未練?」
「あの剣はね。とっても思い出深いんだ。言わなかったっけ? 歴史の転換点である人物に使わせたって」
「そういえば聞いたような。……有名人なんですっけ?」
「そうそう。エルメラルダね。ついでに言えば、彼のためだけに創った一点ものでもあるんだよ。わかるかな? この僕が、ただ一人の人間のために適合する武器を創ることなんて滅多にないよ」
木村に言わせれば「そんなの知らんがな」で終わる話である。
創竜も無邪気の中に、どこか過去を思い起こす哀愁らしきものを感じさせていた。
「大切なもののように思えますが、本当にもらってしまって良いんですか? 返しますよ」
「もう死んじゃってるからね。誰かがうまく使えるかもってずっと持ってたんだけど、たぶんもう現れない。後は君たちで探してみて」
「いや、そんなこと言われずに。返しますって」
木村としても因縁じみた武器が欲しいわけではない。
そもそも使えるキャラがほぼいない。専用武器の方が効果が大きい。
「僕の傑作が要らないって言うのか! 君はあの“伝説の折れた剣”が本来の使われ方をするところを見てないから、『返す』なんて言葉が軽々とでちゃうんだよ!」
とうとうキレ始めた。
木村としても相手をするのが疲れる。
上空にジャンプさせて爆発させたい気持ちが抑えられそうにない。
「エルメラルダがアオポンを竜巻ごと真っ二つにしたところとか最高だったんだぞ! 僕も思わず両手を叩いて、抱きついちゃったくらいだよ! くーちゃんも知ってるでしょ!」
おっさんが何かに気づいたような顔をした。
ようやく声を出す。
「エルメラルダがどのエルメラルダかようやく一致したぞ。だが、その名は歴史とは合致していないな」
「歴史は事実じゃないよ。彼が何者かは知ってる奴だけがちゃんと知ってれば良いんだよ。知らない奴は名前だけありがたがく拝んでおけば良い。歴史家やら評論家気取りはね」
木村には話の内容が理解できていない。
この創竜はなぜか同族を変な名前で呼んでいることは知っている。
そこからわかったこととしては、そのエルメラルダなる人物がアオポン――おそらく青竜を斬ったであろうということだ。
かなりの強者で、剣も業物であることは木村も認める。
「でも、使える人がいないんですよね」
「そうなんだよね。もうとっくに死んじゃってるから。もったいない話だよ。エルメラルダの前だと黎燦国の魔道士だって袈裟斬りで、」
「ところで、創竜さんは何をしに来たんですか?」
話が長くなってきたので木村は流れを切った。
この創竜は自身の好きな話だとどこまでも話が尽きないタイプだ。
カクレガにも一部いる。普段は世間話の表層がやっとなのに、好きなことになるといつまでも話す人種が。
暇な時であれば、割と楽しく聞けるのだが今はきつかった。
わざわざ話しかけた目的を聞いておきたい。
「何しにって……、話すのに目的いる? 君、友達少ないでしょ。でも、そうだなー、まぁ、うーん、強いて言うなら暇つぶし?」
「もう消えてください。上空にジャンプさせて花火にしますよ」
「それも良いね!」
「良くないです」
「あ、そうだ! 僕も公演を見てこよう! またねー!」
創竜は笑って消えていった。
いきなり現れて、いきなり去っていく。
木村はもう二度と会いたくない。自分勝手の権化のような存在だ。
「うるさいぞぉ。べちゃくちゃと」
自分勝手の権化の双璧が目を覚ました。
来ないでと言ったのに、勝手に付いてきておいてこの言い草である。
おっさんの機嫌がもう少し悪ければ確実に処理されている。今は創竜がいなくなって機嫌が良いのが幸いした。
「かぁー。まったく最近の坊やは静かに茶も飲めんのかぁ」
木村も危うく召喚者スキルメニューを開きかけた。
アコニトは口にカップを付け、老人のように飲みもので口をゆすいでいる。
彼女のその仕草を見て木村は情けなくなり、苛立ちもかすれてどこかに散らばってしまう。
「いぃーい天気だぁ。こんな日はゆっくり寝るのがいいぞぉ」
アコニトは軽く伸びをして、また目を閉じて寝てしまう。
こんな日どころか彼女は毎日だらだら寝ている。
木村も起きているのが馬鹿らしくなってきた。
道行く人は昨日までのイベントをさも知っているふうに話している。
他のテーブルについている人たちも、ヅラウィ曲芸団の公演をいつ見に行くか相談していた。
兵士たちは被害の調査で忙しそうに動いているが、その動きに緊張は見られない。手にするのも剣や槍ではなく、記録するための紙とペンだ。
昨日までの嫌な喧噪はすでにない。
ドライゲンには日常が戻った。
だが、その穏やかな日常も約半年で終わる。
サ終がやってくるのだ。
運命を知らず明日のことを楽しげに話すものたちがいれば、運命を知って躍起に変えようとしているものたちもいる。
木村は前者なのか後者なのか立ち位置が曖昧だ。
彼はいつも曖昧だった。
決意をすべきと女神は告げた。
何を犠牲にすべきかも表向きは告げた。
しかし、木村は犠牲にすべきモノを認められそうにない。
このまま指をくわえて滅びを見つめるか?
――嫌だ。昨日までの戦いが意味のないものとなってしまう。
この世界の人間を犠牲にするか?
――嫌である。彼らは懸命に彼らの時間を生きている。
カゲルギ=テイルズ世界の人間を犠牲にするか?
――これもやはり嫌である。出会った人物に問題があるものは多いが、彼らに魅力を感じている。一緒に話していると楽しい。
それではカゲルギ=テイルズ世界の神々を犠牲にするか?
――ありかもしれない。彼らは傲慢で、力も人と比べれば圧倒的で危険だ。しかし、話せばわかる神もいるかもしれない。なにより目の前でうとうとしている存在もまた、その神そのものである。うざったいとは思えども、世界から消え去って欲しいとは思えない。
残る候補はこの世界の竜である。彼らなら犠牲にしても良いのか?
――竜によるだろう。悪い竜ばかりではなかった。赤竜は少なくとも人と友好的だった。どれも思考がぶっ飛んでいるものが多い印象だが、それは一つの魅力でもある。犠牲にして良いものなのだろうか。
考えはまとまらない。答えは出ない。
誰も彼もに魅力があり、犠牲にして良いと思えるものがない。
彼らも彼らの生きている世界がしかとある。それを木村の判断で犠牲にして良いと思うほど傲慢ではない。
ここ三日はこのことばかりが暇な時に頭に出てきて嫌になってくる。
やはりアコニトの言うように、こんな天気の良い日は頭を空っぽにして寝るのが良さそうだ。
木村はテーブルの上に置かれていた自らのカップに手を付ける。
カップの中で液体が波打った。
「……あ」
口を付けて、ふと何気なしに目を落とす。
そして、木村は一つの答えに気がついてしまった。
カップの水面に求めた答えが映し出されている。
世界にとっての異物で、日々を中途半端に生きる存在。
女神はその存在に力があると言った。
この存在であれば――。
木村はすぐに目を閉じた。
達した答えを忘れるためか、目を逸らすためかはわからない。
木村が目を閉じると、アコニトが目を開いて彼の顔を見る。
彼女は何も言わずにまたすぐ目を閉じた。
おっさんは目を閉じた二人を見ていた。
彼もまた何も言わない。目も閉じず、最後まで眠ることはない。
サービス開始から半年を迎えるが、チュートリアルはいまだ終わらないのである。




