116.イベント「私のカツラを知らないか?」ED
エンディングが始まった。
青年は木村に問いかけた。
内容は「私のカツラを知らないか?」とサブタイと同じである。
この問いで木村は彼らが何者なのかをすぐさま理解した。
問いへの答えをすでに木村は手に持っている。
それを見せるようにして彼は振り返る。
「おお! すでにお持ちでしたか! これは素晴らしい!」
「良かったね、団長。やっと探しものも終わったよ」
「長かったなぁ」
「疲れました」
木村の持っているカツラを見て、青年と周囲は大いに盛り上がっている。
彼らがこのカツラをなくしてからおおよそ2週間が経つ。随分と探したことが察せられる。
まさか異世界で曲芸を披露していたとは思うまい。
「……ヅラウィ曲芸団」
「左様でございます。私は団長を務めておりますヅラウィにございます。本名は別にありますが、襲名制のためどうぞこちらでお呼びください」
「ヅラウィさん」
木村は手元にあるカツラを見る。
この青年もヅラウィと呼ばれていて混乱するが、すでにカツラのヅラウィは物言わぬ状態である。
木村にとってのヅラウィとはこちらのカツラのイメージが大きい。
「どうぞ」
木村が前に出て、手に抱えていたヅラウィをヅラウィに返す。
青年は「ありがとうございます」と丁重に礼を告げて、ヅラウィを手に取った。
「ヅラウィさんは……、僕たちに素晴らしい芸を披露してくれました」
すでに言葉をなくしているカツラは果たして木村の声が聞こえているのだろうか。。
人の方のヅラウィは、カツラを手に取って木村の言葉を黙って聞いていた。
「僕は何度も彼に芸を依頼し、彼もそれに応えてくれました。でも、僕はいつも芸の結果を黙って見届けるばかりで、まだ彼に感想を伝えていないんです。お礼も言えていません」
「――あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」
「木村です」
「キ……むむ、名前に妙な術が施されていますね。失礼ながらキィムラァ殿も彼の声が聞こえたのですね」
「はい。今はもう話してくれないようですが……」
ヅラウィはわかったように頷いている。
彼の涼しげな顔が木村の心を穏やかにしてくれている。
周囲の人たちがヅラウィに見ていた青年の顔は、この人物の顔だったのでは、という木村の推測は正しい。
「彼を拾って頂いた謝礼として、私に何かできることはございますか?」
木村にとってはありがたい申し出である。
むしろ、この願い出を待ってさえいた。だが彼は首を横に振る。
「いえ、謝礼ということなら不要です。彼がいるべき場所に帰っただけの話ですから」
言葉のとおりである。
今までの芸の結果で考えれば、謝礼というなら差し引きして木村が出す方が多いと考えている。
そのため、木村はただただ頼み込むことしかできない。
「一つお願いというか、頼みがありまして」
「ほう。それはもしやあちらの存在と関係することございますか?」
「はい」
木村は城の上で調子にのっている鶏を示す。
今もまだ羽根を落としているのだが、ヅラウィ曲芸団の面々には当たる気配がない。
「あの鶏の羽根に当たって住民が鶏になってしまいました。アレをどうにか倒さないと住民が戻らないんです」
「ああ、なるほどなるほど! カスィミウ神都で人々が鶏になったのはそういう仕組みでしたか!」
合点がいったようにヅラウィが頷いている。
周囲のメンバーも鶏を見た。
「カスィミウ神都でも人が鶏に?」
「ええ。大きな騒ぎになりました」
ついにカゲルギ=テイルズ世界から異世界だけでなく、異世界からカゲルギ=テイルズ世界に影響を及ぼすようになってしまった。
世界の衝突が近くなってきたという実感が木村も出てくる。
なおヅラウィが「なりました」と過去形で伝えたのはすでに全住人が鶏になり騒ぐこともなくなったからである。
「すなわち、キィムラァ殿は私にあの鶏を倒せと仰る?」
「そうなりますね」
ふむ、とヅラウィは頷く。
「しばしお待ちを」と彼は背後を振り返った。
「さて、みなさま――」
ヅラウィは団員を見る。
「お聞きのとおり、キィムラァ殿より私に助力の依頼がございました。これは私的な用件にあたるものでしょうか?」
「該当。審議の必要あり」
声は女性である。
目隠しをして、さらにその上に眼鏡をしている意味のわからないファッションだ。
彼女は続けて発する。
「当該の存在は極めて危険性が高く、団長一人に処理をさせることは危険と推定。私――キャラディは助力依頼への承認に反対の意を表明する」
他の団員からも次々に反対の声が上がった。
賛成も数名いたが、おもしろそうだからという声である。
「反対多数。助力依頼は否決」
女性の声が無機質に告げた。
ヅラウィもそれを聞いて、木村をまた振り返る。
「キィムラァどの。申し訳ありませんが助力はかないません」
「……わかりました」
木村も途中で話の流れを汲み取った。
この流れは駄目だと把握したが、諦めた訳ではない。
「もう一点だけ。よろしいでしょうか」
「どうぞ」
木村は、過去の経験から次にどうすればいいかわかっている。
それを教えてくれたのもまたヅラウィだ。
「ヅラウィ曲芸団へ提案です。このドライゲンで芸を披露してくれませんか」
「ほう。ここで私どもの講演を行えと?」
「そうです」
「私どもも慈善事業ではございません。お二方のために芸を披露するということは、私どもの益を考慮しても難しい話になります」
木村も頷く。
ごもっともな話だ。
彼らは正義の味方ではない。
「披露するのは僕たちにではありません。彼らにです。彼らはすでに見物料を支払っています」
木村はそこら中を歩き回る鶏を示す。
これにはヅラウィも理解が出来ない様子である。
「どういうことでしょうか?」
「ヅラウィさんは芸を見せる対価をすでに彼ら全員から先払いでもらっていました。しかしながら、ハプニングが相次ぎ、いまだ彼ら全員に芸を披露するに至っていません」
髪は奪ったが、その芸は主に木村のミスと討滅クエストで消費された。
木村の責任もあるのだが、ひとまずそれは横に置き、住民の対価への芸を披露しきっているかと言われればノーと言える。
「付け加えるなら、もしも芸を披露していただけるのであれば、相応の謝礼や公演の機会、それにもちろんその際の見物料がピンハネされることなくあなた方に入るよう、この地を治めているトップに話をさせてもらいます」
通貨が違うので見物料はあってないようなものだ。
相応の謝礼が物品になることになりそうだが、異世界ならではの物もある可能性がある。
「……どうでしょう、か?」
最後の最後になって木村は自信がなくなってきた。
とりあえず言ってみたが、言っているうちに彼らにさほど利益がないことに気づいた。
駄目かもしれない。
「――というご提案ですが、みなさま、いかがでしょうか?」
ヅラウィは自らの意見を言わず、そのまま背後に流す。
目隠し眼鏡女が一番に声をあげる。
「当該提案は、私的な用件に当てはまりません。団としての方向を決するものです。団長の決定を尊重致します」
「居住スペースの確保が約束されるなら問題ないネ」
「話を付けるということですが、現時点で当人と話すことができない以上、報酬が得られる確証はありません。最低限、食事、飲料の供給ルートは示してもらうべきではないでしょうか」
先ほど反対した者から出た意見は、木村が思ったよりも随分と緩い。
これくらいのことであれば木村の独断でも対処はできる。
「居住スペースと飲食料が統治者から確保されない場合は、こちらの施設を開放し提供致します。良いよね」
「かまわないぞ」
おっさんに声をかければ、あっさり了承を得られた。
木村がカクレガを示すと団員は頷く。
「うふふ、私からも一つよろしいかしら。そこのお方、見覚えがあります。どうしてこちらに?」
背の異常に高い女性が微笑みつつおっさんを見ている。
先ほどはおもしろそうですからと賛成していたが、今は明確に反対の立場だ。
口調はただの質問なのだが、うっすらと開いている眼は木村から見ても顔の微笑みとは裏腹にまったく笑っていない。
「失礼ですが、彼はあなたが見覚えのある人物ではありません」
おっさんはこの件に関して無言を貫く。
無言を貫くというより、事実として知らない様子である。
知っているけど黙っているのではなく、知らないから話すことがない。
メンバー入りした頃に、おっさんもフルゴウルから割と詰められていた。
因縁があるのは間違いない。カゲルギ=テイルズ世界でのおっさんはきっとまともな存在じゃない。
だいたいのソシャゲにおいて、チュートリアルキャラやマスコットは不可思議で異様で例外的で危険で、ある種のラスボス的な存在だ。
なんならガチャで金をむしり取ってくる代表格なのでユーザーからも怖れられている。
「……いえ、実は僕も元がどんな人物なのかは知らないんですが、今の彼はかつての人物とは中身が違います。今は筋肉を愛するうさんくさいおっさんです」
木村は言い切ったが、これは説明になっているのかと心の内で自問自答してしまう。
フォローされた側のおっさんも謎のマッスルポーズをしてみせた。
「私の知っている人物は少なくとも人間でしたから、今のあなたがそうであればそうなのでしょう。良いのではないですか」
背の高い女性も微笑んでヅラウィを見る。
そこまできて、ヅラウィが再度、木村を振り返った。
ヅラウィの顔は晴れやかである。
雲一つない晴天のごとく澄み切っていた。
「私としても彼の残した債務を果たすのであれば、是非はございません」
ヅラウィはあっさりと賛成を示す。
物事がうまくいかないのも嫌になるが、うまくいきすぎるのもかえって怖くなる。
木村は不安の中にいた。あまりにもすんなりと認められてしまった。
特に裏はないのだが、疑念を抱いてしまっている。
クソイベ連発の弊害とも言えた。
「キィムラァ殿、この都の名前をお教えくださいませんか?」
「ドライゲンです」
ヅラウィは反芻するように「ドライゲン」と口にする。
目を閉じて口の中に残る響きを味わっているかのようであった。
「それではみなさま。ヅラウィ曲芸団、ドライゲン公演をさっそく始めると致しましょう。第一幕のご観覧は二名と、弊団の公演観客数でもかつてないほどの少なさでございます。しかしながら弊団の曲芸は数に左右されるものではございません。むしろ冴え渡るほどでございます。どうかお二方もご安心を。――それでは弊団の曲芸を心ゆくまでご堪能ください。エフィ」
「はいきた!」
小柄な少年が元気よく返事をした。
だぶついていたフードを手にかけて、少年は大振りで投げ捨てる。
投げ捨てたフードが木村の視界を遮って大きく空中を舞い、高く広く空を闇に覆っていく。
「…………え?」
木村は意味がわからなかった。
周囲に建物はある。彼が踏んでいるのも地面で間違いない。
創竜の爆発でくぼんだ地面もそのままだ。間違いなくここは屋外だった。
それなのに今は天井だけでなく壁もできている。
街を天幕が覆い、太陽は見えていない。
薄暗い暗闇が周囲を覆い、遠くの景色はよく見えない。
先ほどまでそこにいたはずのヅラウィ曲芸団の姿すら消え去っていた。
「魔法?」
木村は自らの口に出てきた疑問に呆れてしまう。
魔法以外にはあり得ない。しかし、火が出たり、筺が出たり、毒が出たりという派手派手しい打ち倒す現象ではない。
位置を移動したりという目的のはっきりした現象でもない。
とにかく何なのかかがわかりづらい。
何を目的としているのか、手段も結果もまるでわからない不可思議な代物。
今まで見たどの魔法よりも魔法らしさがある。魔法ではあるが魔法の限界を超えているのではないかと思われる芸当だ。
地球での曲芸が肉体の限界を超越した地点にあるとすれば、魔法世界での曲芸はいったいどこにあるのか。
クラークの三法則で「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」とある。
それでは、――十分に発達した魔法技術が行き着く先はいったいどこなのか?
一つの答えを示すように天井から伸びる光が一カ所を照らした。
光の柱の中にいるのは、ドライゲンだけでなくカゲルギ=テイルズ世界のカスィミウ神都も養鶏場に変えた元凶である。
創竜をして「絶対に勝てない」と言わしめる超堕天使のような最悪で災厄の鶏だ。
鶏は真っ白と真っ黒の両極端な翼を広げ、グラデーションかかった羽根を周囲にまき散らしている。
暗い中で降り注ぐ光る羽根は幻想的ではある。冬場に見られるイルミネーションのようだが、こんなイルミネーションは嫌だ。
鶏に対する答えのように、もう一つの光が天井から降りてくる。
闇を切り裂く光は恐ろしいほどゆっくりと下へ下へと降りてきてようやく地上を照らした。
光の中心に立っていたのヅラウィである。
頭にはヅラウィを被り、鶏の円環と同様にうっすらとグラデーションがかかっている。
服装はぴっちりした半袖に長ズボンと軽装であり、手には何ももっていない。
ヅラウィが落ちてくる羽根を一枚つまんだ。
木村の焦りは意味がなかった。ヅラウィが変化することはない。
彼はつまんだ羽根を彼の前方にひらりと投げる。その羽根はひらりと落ちていき、しかし、彼の膝付近の高さで止まった。
ヅラウィが宙で止まった羽根に足を乗せる。
宙に浮かんだ羽根一枚で彼は空中に浮かんでいた。
ひどくバランスの悪い体勢のまま、さらにまた羽根を一枚掴んで宙に投げる。
またしても宙で止まった羽根の上にヅラウィは上る。
非常にゆっくりとした動作で上へ向かう。
焦れったい速度に敵対する堕天使鶏が痺れを切らした。
今までは全体にまんべんなく羽根を落としていたが、羽根を固めて槍のように飛ばす。
「えっ……、わっ、わぁ」
ヅラウィは魔法で避けるかずらすものだと思っていたが、普通に体をよじってよけるだけだ。
踏んでいた羽根からバランスを崩し、空から落ちかける。
見ていて非常に危なっかしい。
落ちかけたところで舞っていた羽根に手を伸ばし、指でつまんで羽根にぶら下がっている。
どうやって羽根を固定しているのかわからない上に、そもそもなぜ羽根を触っても大丈夫なのかすらわからない。
ぶら下がるヅラウィに堕天使鶏が容赦なく追撃を加えてくる。
高い空から一方的に槍のように羽根を打ちつける。
ヅラウィはなんとか避けていたが、徐々に下へ下へと降りて来てしまった。
とうとう地面に降り立ち、スタート地点に戻ってしまう。
地上に降り立っても尖った羽根や津波のように押し迫る羽根を避けている。
ギリギリに見える一方で余裕そうにも見える。
わざとらしさを木村は感じた。
演技らしさというべきか。本当はどうにかできるが苦戦している振りをしている。
しかし、どこまでが演技なのかがわからない。実際に当たればタダでは済まないことは間違いないはずだ。
「……時間稼ぎ?」
どうやって倒すかの調査中か。
それともすでに倒す手段を見つけて仕込みをしているのか。
木村とゲーミングアコニトが白と黒の鶏を倒した時のように、住民鶏を投げつけるつもりだろうか。
「あ」
木村も気づいた。
先ほどまで溢れかえるほどいた住民鶏が姿を消している。
やはり仕込みをしていた。しかも堕天使鶏は攻撃に夢中で気づいていない。
ヅラウィが羽根の攻撃を躱し、姿をくらませた。
天からの光も彷徨い、堕天使鶏もヅラウィを完全に見失っていた。
木村も天からわざわざ光を落としていたのは、この光でヅラウィの位置を追わせるためだと気づく。
この光こそがミスリード。
本体は今頃、堕天使鶏へと近づいているはずと木村は予測した。
天から降りる光がフッと消える。
そして、一瞬の後にまたしても天から光が降りた。
今度は焦れったいほどのゆっくりしたものではない。一瞬でその位置を照らす。
「やっぱり」
位置は城の頂上部。
堕天使鶏が飛んでいるすぐそばだった。
余裕をこいていた堕天使鶏もわずかに焦りが見られた。
木村は自らの思惑が当たっていて嬉しい。
鶏が羽根を爆発的に増やし、鞭と化した羽根でヅラウィをなぎ払う。
ヅラウィはその羽根を城から飛び降りて躱す。
落ちると思われたヅラウィは空中で止まった。
その足下には大量の鶏がいる。
ドライゲン中の鶏を集めてきたのではないかと思うほどの鶏が山となって足場を築いていた。
その山は盛り上がっていき、ヅラウィを堕天使鶏と同じ高さまでせり上げる。
堕天使鶏は羽根を投げつけるのだが、住民鶏の鉄壁防御に阻まれてしまう。
鶏の山がさらに増大し、ヅラウィはさらに高くなり、いよいよ堕天使鶏の高さを超える。
住民鶏の山がゆっくりと動き、堕天使鶏に迫る。
無数の住民鶏の山が、堕天使鶏を飲み込むようであった。
堕天使鶏も逃げようとしたが、津波に飲まれるようにして住民鶏たちに圧し潰された。
絶対的な権力を相手に、物量で圧し潰す市民革命である。
山は崩れたが空に堕天使鶏はいない。
空の支配者は消え去った。
崩れた鶏の波が木村の直前まで押し迫り、ようやく止まった。
一匹の鶏がコケと鶏の足をつつく。
「やった?」
木村は先走って呟いた。
行方をくらました敵を前にして言っちゃいけないやつである。
前例を合わせて考えれば、住民鶏がまだ鶏の姿をしている時点で倒してないのだ。
鶏の波がまた流れてきて、その中に見覚えのあるカツラがあった。
しかも見たくない形でカツラを見てしまった。
「鶏がカツラを被ってる」
言葉どおりである。
まるでヅラウィ団長がそのまま鶏になってしまったかのようだ。
鶏の波が崩れ、その中から円環を携えた鶏が現れる。
塵芥のような鶏の波を割り、標的である堕天使鶏が姿を現した。
木村は円環を持った白黒鶏を堕天使と称した。
――であれば、彼は考えるべきだった。堕天使は地獄たる地上に堕ちてからが本番なのだと。
堕天使鶏の円環が高速で回転し、グラデーションの光も強くなる。
白黒鶏が地上を歩き出した。鶏の動き始めの場所に堕天使鶏が残る。残像のようである。
その残った像も本体とは別の動きを始める。
「……ぶ、分裂。まさか」
木村の腕に鳥肌が立った。
特殊イベント戦で忘れていたが、人類どころか宇宙すらも巻き込みかねない災厄の敵がすでにいたのである。
――増殖ひよこである。
増殖ひよこは逃げるだけだった。
防御は攻撃力無視だったが多段攻撃で倒すことができた。
それにドライゲンの都が滅びた時はおそらくタイムアップで終了しただろう。
しかしながら、この増殖堕天使鶏は違う。
今も羽根をまき散らし、周囲に潜むヅラウィ曲芸団員を攻撃している。
防御はもはや無敵と言って良い。住民鶏以外の攻撃は反発と無効化で防いでいる。
なによりも良くないのが時間制限がない。増え続ける。ゲームの敵を参考にした創竜の作品だ。
ドライゲンの都が滅びるだけでは止まらない。どこまでも増え続け、自らの存在で都どころか世界を圧し潰す。
宙に止まっていた羽根が落ちた。
統制が効いていた鶏が、元のランダムな動きを始めた。
一つずつヅラウィ曲芸団員がおこなっていたであろう芸の痕跡が消えていく。
「……ど、どうしよう?」
さすがの木村も慌てる。
これはドライゲンの危機どころか世界の危機だ。
助けを求めて隣のおっさんを見たところで天から降りていたスポットライトも消えた。
「え?」
木村の疑問符は光が消えたことへの疑問ではない。
光が消える直前に見たおっさんの顔への疑問であった。
彼はただ空を見ていた。今回の場合では天井たる天幕である。
空を見るおっさんの横顔はいつもとはやや違っている。木村はこの横顔を覚えていた。
木村も暗闇の中でおっさんが見ていたものを見ようとしたが、暗いだけで何も見えない。
暗転した世界を無数のグラデーションがかった光輪が動き回っている。
姿の見えない無数の堕天使鶏が闊歩する地獄だ。
ついに天幕が千切れ始めた。暗い世界に光が射し込んでくる。
地獄に落ちる光は、過去に本で読んだ蜘蛛の糸のようにか細く、されど希望がこもっている。
希望は木村だけでなく堕天使鶏にとっても同じである。堕天使鶏が狭いドライゲンの都からより広い世界へ飛び立つ希望の光。人類にとっての絶望である。
天幕にヒビが入り崩れ落ちる。
木村はその光景に違和感を持った。天幕は布のようなものだと思っていた。
しかし、今の崩れ方はまるで建物の天井のように硬質なものが崩れ落ちているように見えた。
さらに言えば、ヒビが入った時に何かの衝撃が加えられていた気がした。
「うわっ!」
ガンッと衝撃が走る。
やはり木村の気のせいではなかった。
天幕に穴が空いているが、それは内側ではなく外側から大きなものにより貫かれたためだ。
石器のように尖った物体が天幕を貫き、隙間から太陽が見える。それも一瞬で何かに遮られた。
薄暗い中、巨大な二重の円が映る。
内側は黒く塗りつぶされ、内側と外側の円の間は黄色みがかっており、黒い線が何本も見えた。
内側の円が上下左右に動き、その円が何かを木村は察した。
「……目?」
二重の円が穴から消え去り、さらに衝撃が数度加えられる。
天幕は砕け散り、天幕の裂け目はまるで卵の殻が割られたようでもある。
世界が一気に広がり、木村は自身の推測が正しかったと悟る。
広がった空に鶏がいた。
巨大な鶏だ。黄色く尖った嘴、燃えるようなトサカ、まん丸の目。
木村にとってはここ最近で見慣れてきて、もう見たくもない存在に格上げされつつある鶏がドアップで空を占領していた。
以前にもこれと似たようなものを見たことを木村は思い出した。
冥府での冥竜を倒す時にテュッポが見せた、スペシャルスキルがこれと似たような感覚だった。
おっさんの横顔もその時と同じものであった。
首を伸ばした鶏が建物のすぐそばまで迫る。
嘴を上手に使い、巨大鶏は増殖堕天使鶏をつまんだ。そのまま首を起こして飲み込む。
夢ではない、幻でもない、この巨大な鶏は存在している。そして、木村たちが今いる場所はおそらく孵ったばかりの卵の中だ。
卵の中にいる増殖堕天使鶏をまるで虫の如く巨大鶏が食べている。
次から次へと堕天使鶏が巨大鶏の嘴の餌食となった。
羽根で攻撃するがまるで意味がない。
「魔法じゃない?」
木村は自らの口に出てきた疑問に呆れてしまう。
ヅラウィと堕天使鶏の戦闘当初の疑問がまたしても出てきた。
魔法じゃないわけがない。魔法以外にはあり得ない。これは間違いなく魔法だ。
テュッポ然り、ヅラウィ曲芸団然り、彼らが真の力やら曲芸というものが何か?
十分に発達した魔法技術が行き着く先はいったいどこなのか?
これの答えに木村は到達した。
一つの世界の構築だ、と。
まるで漫画やゲームの話のようだがそのとおり。ここは魔法が飛び交う世界なのである。
そのお伽噺の世界の中ですら、部分的に歪めて異質な空間を作り出すことこそが魔法の限界の先にあることだと木村は到達した。
ウィルが魔法の特訓で、自らの体の認識を外側へと広げていた。
あの時から木村はぼんやりと考えていたが、今この時になって魔法の真髄に確かに達したのである。
魔法を自らの力としては一切使えず、魔力すら認識できない存在であるが故の直感。普通の魔法使いなら阿呆らしいと一笑に付されるに違いない。
限界を突破した魔法は空間という概念を塗りつぶし、現世界のさらに上の次元になり得る。
現実世界を浸食することで、既存の魔法を上書きしている。
堕天使鶏の斥力、不干渉などないに等しい。
巨大鶏の前ではただの餌。
堕天使鶏が為す術なく逃げ惑う。
最後の一体とみられる堕天使鶏が鳴いた。
コケコッコー
木村は思い起こす。
鳴き声は必ずしも終わりとは限らない。
先ほどのように新たな生命の誕生の可能性もある。
いちおう警戒はしているが、さほど次があるとは思っていない。
木村の気のせいかもしれないが鳴き声は悲壮感に満ちていた。
助けて欲しいという気持ちすら感じた。
だが、助ける者はいない。
鳴いた堕天使鶏は、抵抗むなしく巨大鶏の嘴につままれ消えた。
堕天使鶏の鳴き声が示していたものはきっと産声などではなく、ドライゲンの都の住人が味わったものと同じだろう。
全て平らげたのか鶏が首を引っ込めて姿を消した。
都を覆っていた天幕も消えていく。
「ご堪能いただけましたかな」
背後から声が聞こえた。
木村は振り返るが、そこに人はいない。
派手なカツラを被った鶏がコケと鳴いただけである。
聞こえた声は錯覚ではないと木村は理解した。
彼の名前を呼ぼうとか、伝えようとしていた感想を言おうとか、いくつもの感謝の言葉が頭の中に数多く浮かんでくるのだがなかなか口に出せない。
どこから言葉にすれば良いのかがわからず、脳内も舌も完全に錯綜していた。
言語化することもできず、木村はただただ手を打ち合わせた。
木村一人の拍手が広い都に乾いた音を響かせる。
すぐに彼の拍手を追うようにおっさんも隣から手を打つ。
やがて鶏だった人たちも元の人間に戻っていく。
彼らは過去の記憶と今の光景の差に驚くが、やがて助かった喜びを表すため木村たちを倣い、彼らもまた手を叩き始めた。
最後の一匹であったヅラウィが鶏から人に戻る。
カツラは自然な様子で頭に被られており、彼の顔に驚きや戸惑いはない。
至極当然といった風貌で、涼やかな顔のまま人々に恭しく一礼をおこなう。
都の人々は彼が誰かを知っていた。
そして、誰が自分たちを鶏の脅威から救ったのかも認識した。
正確には間違っている認識なのだが、おおよそ正しい。どちらもヅラウィだ。
今一度、万雷の拍手がドライゲンに鳴り響き、本シナリオはエンディングを終えた。




