115.イベント「私のカツラを知らないか?」17
最終決戦キャラであるアコニトが出た。
報告では鶏が二匹に卵が二つ。
木村は「いける」と見た。今のアコニトは見た目と志は最悪だが、凸はキャラ・武器ともに4凸である。
さらにはトロフィー効果も受けているため、ステータス面でも他のキャラよりひときわ性能が高い。
「アコニト、あの鶏をお願い」
「面倒くさいぞぉ……」
いつもながらやる気はない。
もはやアコニトにやる気など木村は求めていない。
きっちり毒を吐いて鶏を倒してくれれば、後はもうアルコール浸りの薬漬けで良いと思っている。
彼女に更生はもう無理だ。もう諦めた。
丸坊主のアコニトが風上にスタスタ歩いて移動しつつ毒煙を吐く。猛毒だ。
煙が風に流され、二匹でかたまっていた鶏へ行く。
“猛毒無効”
鶏の頭上に現れた文字に木村は目を瞠る。
木村の顔面がこわばった。
「えっ……、な、んで?」
なぜ鶏に猛毒耐性があるのか。
兵士たちが使ったとしてもせいぜいは毒。キャラに毒使いは彼女の他にいない。
周回を経たといえ鶏が猛毒に耐性を持つことはあり得ない。
あり得ないはずのことが起きていた。
「僕も抗体は入れてないから昨日のゲストが混ぜたんでしょ」
木村の焦りを見抜いた創竜があっけらかんと伝える。
どうでも良さそうな口調だった。
創竜の言葉を理解するのに木村はわずかな時間を要した。
なぜ昨日のゲスト――ラケシスが猛毒の耐性を鶏に食い込ませたのか。
彼女は確実にこの都を滅ぼすつもりだ。そのためのイレギュラーを確実に潰しに来た。
前回の水の館で、彼女の狙いを外したアコニトを警戒しての措置である。
個人的な反りの合わなさもないとは言えない。
「……毒が効かない」
ラケシスが一枚上手だった。
木村の決め手を読み取り、シンプルで効果的な一手を打っていた。
毒は効かず、剣や槍といった武器も通らない。
ウィルの火炎魔法も表面を焦がすことすらできない。
他の魔法も然りである。氣ならいけそうだが、グランドは動けない。
「ペイラーフでグランドを治療する? いや、間に合わない」
打つ手がない。
アコニトという決め手を防がれた今、他にできることが思いつかない。
思いつかないとは言いつつもあるといえばある。得意の自爆だ。しかし、鶏は二匹、卵は別々に一個ずつ。手数が足りない。
自爆を除いた正攻法の一手が見つからない。
「創竜さん。何か効果的なモノはありませんか?」
「ない! こんな戦いになると思ってなかったからね。そこまで持ってきてない!」
「何か創ったりは?」
「できない! あの子を創るのでけっこういっぱいいっぱいだったからさ!」
グランドは戦えない。
創竜はもう戦力にならない。
アコニトはやる気がまったく見えない。
「随分と必死だぁ」
彼女はやる気が見えないどころか、木村の焦りを鼻で笑ってくる始末だ。
木村としても今すぐパーティーチェンジしてやりたいが、他に交代するメンバーの選定も思い浮かばない。
「小さい鶏も多いなぁ。鶏祭りでもするのかぁ?」
「その鶏はこの都の住人だよ。大きい鶏にやられると鶏になるんだ」
「ほぉん……ご愁傷様だぁ」
アコニトは言葉では同情の欠片を見せているが、表情からはまるで読み取れない。
心の底からどうでも良さそうである。
「やられると鶏状態で固定されて。戻れないんだ」
「それはなんとまぁ、大変だぞぉ」
「アコニトも例外じゃないからね」
「……は?」
アコニトがぽかんとした表情で木村を見返した。
自分はパーティメンバーだからと例外だと高をくくっていたに違いない。
「アコニトならどうにかしてくれると思ってたんだ。きっと鶏と卵を打ち倒して、みんなを鶏から人間に戻せるって。でも、もう駄目かもしれない」
最後の一手を阻まれて木村も気分が沈んでいる。
もう諦めムードになりつつあった。
「寂しくなるな」
呟いたおっさんの顔は晴れやかである。
この清々しい顔で「寂しくなる」という台詞が出ることがおかしい。
しかしながらおっさんの気持ちが木村もわかる。
ここでアコニトがもしも鶏になればカクレガの問題の九割は消える。
それどころか竜人も鶏になっているので、破壊者二人が卵を産む生産者二匹になる。
「は? は? 儂が鶏? はぁ?」
「そうなりそう」
アコニトも露骨に焦り始めた。
木村の意気消沈を見やり、本気で自らの身が危ういと悟った。
「なんとかならんのか?!」
「もう手がないんだ。鶏が倒せそうにない」
鶏だけではない。
卵だって倒せる見込みはない。
「簡単に諦めるなぁ!」
まさかこんな言葉がアコニトの口から聞けるとは木村も思っていなかった。
自己保身100%の励ましの声である。
「あの髪泥棒にも逃げられたままだぞぉ!」
アコニトの叫びで木村もふと思い出した。
もはや戦力にならないと忘れていたが、まだヅラウィを見ていない。
この都で生じたヅラウィ以外の問題は、ほぼ全て彼が最終的に片付けていると言える。
アコニトの言葉ではないが、まだ諦めるには早いと木村も気づいた。
ただし、これは本当に最後の最後だ。もしも彼が現れなかったら真に終わりを迎える。
「ヅラウィーさん! 近くにいますか! ヅラウィーさーん!」
木村は久々に腹から声を出した。
たったこれだけの叫びで喉も枯れそうになる。
いつもなら「大声を出さずとも聞こえていますよ」と言って彼は現れる。
しかし、声も姿も現れない。鶏のコケコケという鳴き声がむなしく彼の声に応えるのみである。
「…………駄目か」
「いや、上だね」
創竜が上を見ている。
木村も言葉に従って上を向いた。
太陽の光を遮るように影が一つあった。
その影は風に流され力なく揺れており、ゆっくりと落ちてくる。
地面にポサリと軽い音を立てて落ちる。
赤から青にグラデーションがかかった派手なカツラだ。
木村が見たところではもうほぼ他人の髪の毛は失われている。
「ヅラウィーさん!」
木村がカツラに近づいても反応はない。
彼が抱えてようやく声が聞こえた。
「叫ばなくとも聞こえていますよ」
弱々しくはないが、その声は小さかった。
アコニトが「燃やしてやる」と息巻いているのをおっさんが殴って止めた。
グランドの力を見た後なので、アコニトが死んだんじゃないかと木村もヒヤヒヤしたが加減して殴ったらしく首が曲がった程度で済んでいる。
「申し訳ありませんが、芸を披露することはかないません」
木村が尋ねる前にヅラウィが答えを告げた。
その姿を見れば明らかとは言える。
しかし、木村は粘る。
「でも髪ならまだあります。なんとかなりませんか」
木村は自らの髪を見せる。
それにおっさんや創竜にも髪がまだある。アコニトはない。
「いえ、わたくしの力も失われつつあります。髪をくべても、もはや動くことはままなりますまい。どうやらこの不思議で夢のような時間ももうじき終わりを迎えるようでございます。演目を最後まで果たせなかったのは残念でなりません」
「そんな……。何か、何か手はありませんか?」
ヅラウィが沈黙で答える。
ここに万策尽きた。
「あるよ!」
創竜が後ろから声をかけた。
彼はニコニコと場違いなほど楽しそうである。
「あるんですか?」
「うん! どう見てもあるでしょ!」
「……わからないんですが、アイテムを創ってくれるんですか?」
「いやいや! 創れないって言ったでしょ。それに創るまでもない。もう創られてる」
創竜の言わんとしているところが木村にはわからない。
なぞなぞは暇な時にしてほしい。
創竜は口にしない。
口の代わりに彼は目を動かした。
木村は創竜の視線を追う。
彼の視線は木村の手元を見ていた。
そこにはもはや力の出せないヅラウィがぼさぼさとあるのみである。
「いや、ヅラウィさんはもう力が出せないって」
「あれれ、知らないのかな……。あのね、君。カツラはね。頭にかぶって使うモノなんだよ。人の髪を食べさせて行動させるモノじゃないんだ」
心底呆れた顔で創竜に諭される。
わかりきったことを言われて木村は無性に腹が立った。
腹が立ちつつも言っていることはそのとおりである。カツラは頭に被るモノ。
むしろ今までのヅラウィの在り方が間違っていると言える。
「……あれ?」
「うん。気づいた? 僕の見立てでもそのカツラはやっぱりカツラだよ。用途もカツラで間違いない。失敗作ではあるけどね。見つけた頃とほとんど同じ状態に戻ったね」
「ご覧のありさまです。約束の対価は払えそうにありません」
「いいよいいよ! 僕、芸とか興味ないから。対価はむしろこれからでしょ!」
二人は知り合いの様子である。
この会話を聞いて木村の中の謎が一つ解けた。
最初の最初、どうやってヅラウィが脱毛するような薬を創ることができたのか。
また、ここにやってきた当初どのように活動していたのか。
創竜こそが彼を斡旋していたとわかった。
さて、今さらだがヅラウィはカツラである。
出会った当初から髪がもじゃもじゃして歩き回っていたので、便利な謎生命体くらいに木村は認識していた。
仲間に歩く尻尾がいたことも違和感があまりない要因でもある。
「ヅラウィさんを被るとどうなるんです?」
「勝手に行動させて用途を違えた働きであの力だよ。本来の使い方をするならその力は計り知れない」
希望が見えた。
やはりヅラウィこそが最後の一手だったのだ。
「僕が被っても良いんですかね」
「なりません」
ヅラウィから否定された。
木村は被ってはいけないようだ。
「誰もわたくしをかぶってはなりません。わたくしをかぶるには特別な力が必要です」
「はい、それは嘘。僕にはわかる。君は誰がかぶっても力が引き出せるようにしてある。そういうふうに君は創られてる」
「邪な力です。ただの暴力、破壊と呼ばれるべきものです。芸とはほど遠いものです」
「邪な力? 力は力だよ。少なくとも創った存在は力に正邪の区別を付けてない」
双方ともに嘘をついている様子はない。
両者の発言からヅラウィを被ると力は発揮するのは間違いない。
ただ、ヅラウィの口ぶりから嫌な予感はする。
一方で創竜の言も確かだ。他に手はなく、力は力と言える。
「えぇえええええい! うるさいわ! 儂がかぶる! なぁにが創るだの、正邪だの、芸だのとほざいとるか! 今が一刻を争う状況とわからんかぁ!」
アコニトが木村と創竜の間に割って入る。
言っていることはごもっともなのだが、お前が言うな選手権でトップを取りそうな発言だ。
「かぶるぞぉ! こいつを燃やすのはその後だぁ!」
「わたくしをかぶることができるのは真に平穏を求めるモノのみ!」
「四の五の言っとる場合ではないわぁ! 儂だって平穏を求めておるわぁ!」
アコニトが木村の腕に抱かれていたヅラウィを奪い去る。
そして、それを彼女の禿げた頭にかぶった。
「おやめなさ――」
「ほい! ふ……、ふおぉぉぉぉ!」
効果は一瞬で現れた。
ヅラウィはアコニトの頭に吸い付くようにぴったりと収まった。
久々に髪のあるアコニトが現れ、木村もそういえばこんなのだったと心が新たになる。
「ふうううう! ふおおおおおお!」
アコニトが頭を揺さぶっている。
カツラを引き剥がそうと必死になっているようにも見える。
想像していたよりも反応が壮絶である。拷問を受けているかのようだった。
おっさんが木村の腕を掴んでアコニトから離した。
創竜も危険を察知したのか、おっさんよりも一足先に離れている。
「ぴゃああああ!」
アコニトがさらに叫び、ヅラウィが発光し始めた。
赤から青のグラデーションはそのままに、カツラから光が溢れている。
光はあまりにもどぎつい色であった。アコニトの影響を受けているのか光まで毒々しい。
しかも、そのアコニトはカツラの侵蝕に抵抗しているのか頭を振り回している。
虹色に光輝き、ぐるぐる回っている姿を見て木村はふと思った。
「まるでゲーミングアコニトだ」
木村はさほど詳しくないが、電気屋のパソコンコーナーになぜか光るファンを搭載した機器が並んでいた。
今のアコニトはあれに似ている。
最近はパソコンだけでなく扇風機やマスクまでゲーミング化されている。
ついにアコニトまでゲーミングの餌食になってしまった。
「Foooooooooo!」
ゲーミングアコニトの叫びが声に変わった。
うるさいのは変わらないのだが、頭を振り回すのはやめて音程が安定している。
ついに動きを見せた。
不思議な動きだ。前傾した状態で動いている。
足が動いているようには見えない。しかも虹色の残像が経路に残り続ける。
格ゲーでこんな動きをしたキャラがいたなと木村も思い出す。
「Uhaaaaaa!」
鶏がゲーミングアコニトを脅威と判定し、襲いかかった。
一方のゲーミングアコニトも鶏へ正面から堂々とむかっていく。
「……あれ?」
衝突はなかった。
鶏がゲーミングアコニトを襲う直前で、彼女が左に動いた。
しかも鶏の周囲をぐるぐると同じ姿勢のまま回り続け、鶏を虹色の残像で囲む。
「ねぇ、くーちゃん。これってにぃにぃのアレだよね」
「そうだぞ」
「道理で反りが合わないわけだね。どんな力か見たかったけど興ざめだよ」
創竜は唇の片側を歪ませてゲーミングアコニトを見ている。
つまらないという表情を隠そうともしない。
残像が鶏を囲み、徐々に鶏に距離を詰めていく。
鶏の上部に表示が現れた。
“猛毒無効”、“火炎無効”、“氷結無効”、“気絶無効”、“物理無効”、……。
無効表示が次から次へと出てきては消えていく。
消えるスピードよりも出てくる量の方が多く、文字列がどんどん上に積み重なっていき建物よりも高くなってしまう。
表示がようやく止まると、積み重なっていた無効の文字列が今度は凄まじい速さで消えていく。
木村も見上げて、また見下ろす形になった。
視線の高さが地上に戻ると鶏の姿がない。
ゲーミングアコニトもいない。
残像だけが視界に映り、そちらを木村が見るともう一体の鶏にゲーミングアコニトが襲いかかるところだった。
またしても無効の表示が高く積み重なっていく。
「あれって何なの?」
「質量のある残像に属性を持たせているんだぞ」
おっさんの説明を聞いて木村もギリギリわかった。
ゲーミングアコニトが謎移動したときに出てくる、あの毒々しい虹色の残像に攻撃判定がある。
しかも、その残像は多種多様な攻撃属性を含んでおり、鶏の耐性に反応して上へと伸びる無効文字列が出てくる、と。
「厄介だ」
もしも敵なら面倒な相手だ。
攻撃属性が複数で防御が安定しない。
しかも状態異常を間違いなく多用してくるためヒーラー必須。
さらにあの謎のスピードで味方の攻撃を回避する。なによりうるさい。
木村はようやく確信を持てた。
今回のイベントボスはこのゲーミングだった、と。
実際のストーリー上は当然アコニトではないだろうが、他のシナリオキャラがゲーミング状態になって立ちはだかったであろう。
その本来のシナリオボスであろうゲーミングエネミーは、異世界版のボスである創竜製鶏と闘っている。
この場合はどちらが倒れた時に報酬が出てくるのだろうか。
「あ、すごい」
鶏を削りきったゲーミングアコニトが木村たちを見た。
彼女の髪はやはり虹色で、目は開ききって、瞳も虹色に輝きぐるぐる回っている。
「……げ、目があった」
木村はゲーミングアコニトと目があって、また活動を始める。捕捉されたと木村は感じた。
木村たちの方へと移動を開始したが、すぐに折れ曲がって方向を変えた。
「あれ? ……うわ、出た」
なぜ方向転換をしたのか木村もすぐにわかった。
放置していた卵から鶏が孵ったのである。
「す! すごい! 超レアだよ!」
創竜が歓喜の声をあげた。
先ほどまでのつまらなそうな表情が微塵もない。
一つの卵から二匹のひよこが孵った。
一体は真っ黒で、もう一体は真っ白である。
どちらも平面のようにしか見えない。特殊イベント戦のボスを思い出させる。
「あれも、産まれるんですね」
木村の顔は引き攣っていた。
可能性としては入れていたが、まさか産まれるとは思ってもみなかった。しかも二匹セットである。
「あのゲスト、確率も弄ったんだね! それでもこれはすごい! 超々々々低確率! 二黄卵で、二匹生まれることがまずない! それにこの黒と白が出る確率はそれぞれかなり絞ってたから!」
最悪の上塗りである。
しかし、木村としてもはしゃぐ気持ちはわからないでもない。
ガチャで言えば、単発ガチャでなぜか二体出てきて、しかもどちらも人権キャラというぐらいのレアなのだろう。
もしもガチャなら嬉しいが、敵が出てこられるとたまったモノじゃない。
「倒し方はやはり前と同じですか?」
「まさか! 白黒相殺なら産まれた時点で死んでるよ!」
創竜は嬉しそうに笑っているが、木村としては笑えるところがない。
そのまま死んでくれれば良かったのにと思うばかりだ。
「白は斥力だね。近づくほど強い力で跳ね返すんだ。白卵に誰も触れなかったでしょ。あれ? でも君なら……。もしかしてくーちゃんに止められなかった?」
木村も思い出す。
キャラが白の卵に触ろうとして触ることができなかった。
木村も触ろうとしたがおっさんに止められたことが確かにあった。
「黒は?」
「黒は半完全不干渉。相手からの干渉をほぼ無効化する」
「“半”完全なんですか」
「そりゃあね。完全になっちゃうとそもそも見えないし、僕の扱える領域を超えちゃう。完全はすごい難しいんだよ。しかも奥が深い。創りたいものリストにも入ってる。でも、僕じゃなくてヤミーの領分だ」
木村もヤミーが誰かわかった。
王国の地下にいた闇竜のことで間違いない。
あんな訳のわからない力を司る存在が二匹もいてはたまらない。
「それで、肝心な倒し方は?」
「さあ?」
「……は?」
「いや、わざわざ弱点を創る必要がないから消したんだ。耐久力はほぼゼロなんだけど、そもそもまともな手段じゃダメージが通らないからさ。倒されることってあるの?」
「いや、え、は?」
「ふふん」
創竜は誇らしげである。
木村は今の会話でなぜその顔が出てくるのかわからない。
やや遅れて理解した。僕の創った傑作が簡単にやられるわけないでしょって顔だ。
「それだけじゃないんだ。もう一個の卵も産まれそうでしょ! きっともう一つの大当たりが出てくるんじゃないかな」
「大当たり? まだ当たりがあるんですか?」
「うん! 絶対に勝てないだろってやつを組み込んだんだよね。超々々々々々々々々々低確率だから遊び感覚で入れたんだけど、もしかしたら産まれるかも!」
創竜はとても嬉しそうだ。
離れたところにある卵を見ている。
すでに卵は動き始めており、すぐにでも孵りそうだ。
「もしも今、あの卵を壊したら孵るのは阻止されますかね?」
「うん? まあ、そうだろうけど無理だよね。ほら」
創竜が示したのはゲーミングアコニトと白・黒のひよこだ。
どちらも攻撃が通じず、ゲーミングアコニトでも苦戦を免れないようである。
嫌な予感は外れない。
10連チケットを賭けてもいい。
残る一つの卵から孵るのは超が10くらい付くやばい存在だ。
運命の神が木村に絶望を与えるならそれくらいはする。
創竜は孵化を止めることはできないと言った。
しかし、止める手段はある。
自己中というモノは自らに都合の悪いことを勘定から外す傾向がある。
アコニトで実証済みだ。
「創竜さん」
「ん?」
「解説ありがとうございます」
「うん」
「道具もいろいろ助かりました」
「うん。……うん?」
木村は召喚者スキルメニューを開く。
そこから“ジャンプ”を選択した。
最初のジャンプ対象者にポカンと口を開いている創竜を選ぶ。
そして、ジャンプ先は孵化寸前の卵のすぐ横にした。
「お世話になりました」
「――え」
創竜の姿が木村の目の前から消えた。
そして、選択した場所にずれることなく飛ぶ。
移動した創竜の声は聞こえないが呻いている様子がわかる。
このジャンプスキルは、移動距離が遠くなるほど体調が最悪になる。
木村の目算では、この移動距離をジャンプすれば死ぬほど体調が悪化するだろう。
創竜は言っていた。
人間の体は弱いから心身に異常が起きたら周囲を爆破する、と。
どれほどの爆破かは知らないが、すぐ近くにある卵を消すくらいはしてくれるに違いない。
苦しんでいた創竜の動きがピタリと止まった。
木村の視界を塞ぐようにおっさんが目の前に立ちはだかる。
次の瞬間に木村はおっさんの脇から目映いほどの光を見た。
音と衝撃も尋常ではなく、創竜の「周囲を消し飛ばす」という言葉に偽りがなかったと木村も把握する。
土煙が収まれば創竜と卵、それに周囲の景色が消し飛んでいた。
「よし」
最悪中の最悪は消した。
残りは白と黒の鶏が一匹ずつである。
ゲーミングアコニトが二匹の鶏が戦闘を続行している。
互いにダメージはない。
白黒鶏の攻撃はゲーミングアコニトに当たらないし、そもそも攻撃をほとんどしない。
黒は体当たりだがダメージは一切なく、白は近づくほど反発するがせいぜい相手を押すだけである。
逆にゲーミングアコニトの残像攻撃も二匹の鶏には効果がまったくない。
すなわち、このままではエネルギーの消耗戦となる。
そうなるとゲーミングアコニトが不利と木村は見ている。
あの変な動きがいつまでも保つとは思えない。早晩倒れるだろう。
木村も何らかの有効な攻撃手段を見つけたいところだが、白黒相殺がないならどうやっても倒せそうにない。
そもそも両者ともに有効打が見つからない。
ゲーミングアコニトは確かに強い。
だが、常識の範囲内から抜け出せていない。
ヅラウィの使っていた謎の力ではなく、わかりやすい力だ。
もちろん並の力ではない。視覚的にもはっきりしているが、底の浅い力である。
どちらかと言えば二匹の鶏の方が力の在処が一目でわからず、存在に不気味さという奥深さがあった。
ヅラウィが力を振るっていた時の方がまだ、力の所在がわからず神秘的なモノを感じた。
それでもゲーミングアコニトが有利になる策がないかと木村は周囲を見渡す。
爆発跡地とそこをひょこひょこと歩く鶏がいるだけである。
「……ん?」
明らかに先ほどよりも小さい鶏の数が多い。
とりあえず最悪の最悪を避けるために創竜爆弾で卵を消し去った。
ある程度の犠牲は免れないと考えてはいたが、建物は爆発で消え去ったとして人はもしかして鶏になっているのではないかと木村は察する。
創竜自身の爆弾もまた、鶏と同じように人への過ダメージを鶏変化にしている可能性がある。
だが、今回、肝心な部分はそこではない。
創竜爆弾で生き残った鶏もいるかもしれないという点だ。
創竜自身が、無闇に人を死なせたくないから鶏化してると話していたのは聞いた。
試すことすらしていなかったのだが、もしかしてこの鶏はただの鶏ではないのではないかと木村は気づいた。
戦いに巻き込まれても大丈夫なように頑丈にしている可能性がある。
そういう小さなこだわりに力をかけていそうな創り手だ。
「――もしかして」
閃きがあった。
木村は試しに近くにいた鶏を両手で掴む。
触った限りは変なところはない。柔らかいし、抵抗して暴れている。
その鶏を手にしたまま、彼は黒鶏に近づく。
平面すぎていまいち距離感が掴みづらいが、とりあえず触れる距離になった。
手にした鶏を黒鶏に近づけると、鶏が黒鶏をつつき、黒鶏が痛がって逃げるように離れていく。
――勝機が見えた。
干渉できないはずの黒鶏に、住民鶏の攻撃がヒットした。
創竜の無駄なこだわりによる住民鶏の防護は、ボスについている防護を上回っている。
「アコニト!」
木村は叫んだ。
今はゲーミング化しているので、聞こえているかはわからないが彼自身に注目が向けばそれで良い。
狙いどおりゲーミングアコニトは虹色のぐるぐる回る瞳で木村を見つめる。
木村は手にした住民鶏を全力で黒鶏に投げつけた。
鶏が空中でもがいたので、さほど勢いは保たなかったが黒鶏に当たったところは見せることができた。
「fiiiiiiii!」
よくわからない叫びが返ってきた。
何となくだが伝えたいことは伝わった気がした。
ゲーミングアコニトが動きを変えた。
白黒鶏から距離を取り、二体を中心として大きな円を描き出す。
ときどき外側から小さい鶏を捕まえているようで、大円の中に小さい鶏が何匹も入ってきていた。
白黒の二匹の他に何十匹モノ小さな鶏が円の中に入ったまま、円が狭まっていく。
白と黒の鶏に、小さな鶏が押し寄せ全方位から嵐のようにぶつかる。
小さな鶏にも当然の如く無効耐性があるようで、無効の文字列が今日一番の高さを見せた。
コケコッコー!
断末魔のような鶏の鳴き声が周囲に響く。
同時に無効の文字列の山も止まった。
数秒の後に一瞬で消えていく。まるでコツコツ稼いだ金が一瞬で浪費されてしまったようである。
山の麓には数十匹の住民鶏と、それにつつかれているゲーミングアコニトがいた。
白と黒の鶏の姿はもはやどこにもない。
「……やった。やったんだ!」
木村も喜びの声が出た。
倒せないと思っていたモノを倒すことができた。
「Hyaaaaaa!」
しかしながら、ボスはまだ生きている。
ゲーミングアコニトが雄叫びをあげてターゲットを切り替えた。
おっさんへ虹色の残像を残しつつ高速で移動してくる。輝きが今までの比ではない。
まるでかぶりての積年の恨みを晴らすかのように距離をじわじわと詰めていく。
「Uhhhhh! Haaaaaaa!」
「うるさいぞ」
おっさんが拳を振り抜いた。
その拳がゲーミングアコニトの顔面にめり込むのを木村は見た。
ゲーミングアコニトは残像を残したまま、地面を何度もバウンドし飛んでいき、最後は爆破した向こう側の建物の壁まで達し、壁を三枚ほどぶち抜き、ようやく地面に倒れた。
「H、Hair……」
よくわからない言葉を残しゲーミングアコニトの体から力が抜け落ちた。
虹色の残像がゲーミングアコニトに追いつき、ゲーミングアコニトから光が徐々に失われていく。
アコニトの頭から派手なカツラがポサリと落ち、アコニトが光となって消滅する。
木村の目の前に宝箱の結晶が現れた。
「お、キィムラァ。ボスを撃破したな。報酬が現れたぞ」
「え、でも……、ボスをやったのって」
「よくやったな。受け取るんだぞ」
「あ、うん」
有無を言わせない圧力を受けたので木村も素直に報酬を受け取る。
全ての鶏を撃破して、シナリオのボスさえも倒した。
パーティーメンバーも壊滅の有り様だ
しかし、都は滅んでいない。
「勝ったんだ。はぁ~」
『おめでとうございます。勝利の報告を全地域に知らせます』
「うん。お願い」
膝から力が抜ける。
全力を使い果たしもはや力が入らない。
木村は仰向けに倒れて空を見る。太陽が眩しい。もはや朝よりも昼に近い。
周囲からは兵士や住民たちからの勝利を祝う声も聞こえてきている。心地よい響きだった。
兵士たちに負けじと小さな鶏たちもコケコケと嬉しそうに歌っているようだ。
「……ん~。ん?」
木村を違和感が襲った。
気づくことに頭が拒否しかけたが、すぐにその違和感を把握してしまう。
鶏が鶏のままである。
創竜は言っていた。
「創られた鶏を倒せば、倒された住民や兵士は人間に戻るはず」と。
木村は「少しずつ鶏が人間に戻っていくのだ」と信じたかった。
だが、信じるという行為は希望と絶望の境界線上にあることを木村も異世界で学んでいる。
もしかして鶏を倒しても人間に戻らないのかと木村は疑いを抱いた。
「おっさん。創られた鶏を倒せば、この鶏は人に戻るんじゃないの?」
前に創竜が尋ねていたがおっさんは無言だった。
木村はあれを肯定だと捉えていたが、もしかして否定だったのだろうか。
「戻るぞ」
やや時間差をおいて、おっさんが返答した。
木村もほっと息を吐いた。
やはり人間に戻るまでに時間差があるようだ――と彼は信じたかった。
またしても自らが信じていることを認識する。鶏を創ったのは創竜で、その創作に介入したのはラケシスなのである。
「…………待って。鶏は、本当に全て倒されてるの?」
おっさんは無言である。
木村は背筋に冷たい汗を感じた。
「伝令! メッセ!」
すぐさま体を起こして、メッセに伝令を投げる。
『何ですか、大声を出して。勝ったのですから少し落ち着いて』
「――『まだ終わってない! 周囲に鶏か卵がいないかの確認を! 急いで!』」
まだどこかに鶏と卵がいる。
この最悪で突飛な発想を残念ながら裏付けることがあった。
最後と考えていた白と黒の鶏を倒す際に鶏は鳴いた。あの時は断末魔だと考えた。
本当にそうか?
特殊イベント戦での始まりも鶏の鳴き声だった。
あの鳴き声が白の鶏からの声だとすれば、最後の鳴き声は断末魔ではなく卵がどこかに誕生する産声となる。
『伝令――「城からの返答を受け取ることができません」』
努めて冷静を装ってメッセが伝令を投げて寄こした。
どこで何が起きたのかが明白である。
灯台下暗し、今まで城内部で鶏や卵が出たことはなかった。
木村たちも油断していたわけではないが、現れた鶏が城外だったので完全に視点を逸らされていた。
ここでもラケシスがやはり一枚上手である。
勝利と思わせてからの時間差による絶望的な奇襲の一手。
そして、その一手の駒は何を動かしたのか?
城の頂上付近から最後の駒が姿を現した。
右半身が白、左半身が黒。
まるで天使のような光輪が鶏冠の上に浮かび上がり、その光輪は赤から青へとグラデーションがかかって光っている。
鶏の姿をした堕天使が、ドライゲンに終わりを告知しに来たようである。
木村もすぐにこの堕天使が創竜の言う激レアだと肌で感じた。
白黒の鶏が羽を左右に広げれば、グラデーションがかかった羽根が粒子のように全方位へ飛び散る。
おびただしい数の羽根がドライゲンの空を全域を覆いつくし、ゆっくりと空から地上へとひらひらと落ちていく。
粉雪のように静かに、焦れったいほどの時をかけて地上へと向かう。
羽根は建物にぶつからない。
まるで天井や壁がないかのように落ちていく。
逃げ場などどこにもないということを示しているようであった。
グラデーションのついた羽根に触れた人間は鶏になっていく。
本当は黒化、あるいは消滅する設定だったのかもしれない。
しかし、ここでは創竜の鶏化設定が勝っていた。
都にあって鶏にならないモノは二人のみ。
木村とおっさんである。
カクレガの中にいるキャラたちは無事である。
木村たち以外の全ての生物が鶏へと変わり果てていく。
叫び声も逃げ惑う声も鶏の鳴き声に変わり、ここは地獄かあるいは天国か。
木村は絶望の中にいた。
雪のように舞い降りる羽根の中を歩いて、ヅラウィの元へたどりつく。
最後の希望を期待して木村は彼に問いかけた。
「ヅラウィさん。何とかなりませんか?」
返事はない。
ただのカツラのようだ。
グランドも鶏になっているであろう。
創竜は危険を察知したのか復活をしようともしていない。
アコニトは死んでしまったので鶏化こそ避けられたが、そこが今の彼女の限界だ。
残る戦闘メンバーであるヅラウィも口がきけない。
「どうして……」
悔しいという気持ちが木村を支配していた。
どうしてここまでやってすんなり勝たせてくれないのか。
そんなにも街を滅ぼしたいのか、そんなにも自身を決意させたいのか。
この悔しさは必死に戦ってきたものにのみ与えられる感情なのであるが、彼は自らの感情を認識する余裕がない。
「キィムラァ。残念だったな。挑戦は失敗だ。カクレガに戻るんだぞ」
おっさんが今度こそ正式な終わりを告げた。
悔しい。
こうならないために強くなったはずなのにやはりまだ勝つことができない。
しかし、仮にパーティーが全員いたとして、あの堕天使の鶏をどうやって倒すのか。
場所は城の最上階、降り注ぐの全てを貫通する鶏化の羽根、体は白と黒の倒しようもない防御構造。
僕の考えた最悪の敵を体現してしまっている。
創竜がいたら誇らしげに笑っていたかもしれない。
きっと木村はジャンプで創竜を堕天使鶏の体内にワープさせる。
それ以外に倒す方法が思いつかない。
もしも倒せるとすれば、それはきっと戦闘ではない。
奇跡のような芸当であり、神の領域に足を踏み込んだ曲芸だろう。
せり上がったカクレガの入口を木村は見る。
迎えはない。それがかえってありがたかった。
木村も、今の自ら顔を誰かに見せたいとは思わない。
「お、キィムラァ。待つんだ。時間になったぞ。エンディングが始まるな」
確かにイベントストーリーも今日が最終日。
エンディングは最終日にやるところと、最終日が明けた日にやるところがある。
今回のイベントストーリーでは最終日におこなわれるようだ。
しかし、エンディングはすでに迎えている。
戦いは完全に終わっていた。
「見ろ。キィムラァ、素晴らしいエンディングが始まりそうだぞ」
おっさんのシステム的な台詞が空々しい。
ここからどうやって素晴らしいエンディングになるというのか。
木村は悔しさを抑えるため、手に握っていたヅラウィをグッと腹に押し込めている。
どこからか足音が聞こえてきた。
周囲を無邪気に歩き回る鶏の足音ではない。整然とした複数の足音である。
木村が首を音のする方へ向ける。
ちょうど彼の背後から聞こえてきていた。
十数人が横並びとなって、木村の方へと歩いてきている。
彼らは羽根が降りしきる中で、一つの羽根にも触れることなく、ただ一枚の羽根を踏むこともなく、それでいて歩くリズムは一定だ。
背の高さや種族にばらつきはあるが、彼らの着ている服は旅人のようなぶかぶかしたものだ。
木村も彼らがいったい何なのかがわからず、観察に努めている。
「団長団長! 人! 人がいるよ!」
「エフィ、違うネ。アレは人に似た別モノだヨ」
「うふふ。カスィミウ神都に来たつもりが随分と物騒なところに来てしまったようですね」
彼らの声はこの状況にあっても穏やかだ。
余裕さえ感じる。ピクニックに来た一団のようですらある。
「さて、そこの人の形をしたお二方。言葉がわかるのであれば、どうか心あたりがないか教えていただきたい。私どももほうぼう探し歩いてきたのですが、どうにも見つからなくて困り果てているのです」
集団の中心にいた青年が木村に声をかけた。
演技がかった台詞だが、どこかその発声に木村は懐かしさを感じる。
最近どこかで聞いた言葉使いであった。
「いえ、一般の方からみればつまらないものかもしれません。ただの派手派手しい色をした髪の集合にすぎないのですから」
木村は自らの諦めが早合点だったと改める。
パーティが負けたのは間違いない。そこは悔しいが認めざるを得ない。
だが、彼は運命に抗った。彼は彼なりに戦い抜き、絶望が希望に変わるまでの時間を稼いだ。
「しかしながら、彼、いえ、アレは私どもの大切な一員でして。アレと言いましてもやはり私としては彼と呼ぶべき存ざ――」
「団長。話が長いよ! さっさと尋ねることを尋ねて!」
「ああ、いやはやこれは失礼。前置きが長いとたびたび叱られるのです。そうであるならば、ここは簡潔に問わせていただきましょう」
木村は今回のイベントストーリーにはまだ回収されていない伏線があったことを思い出した。
ボスは倒されたが、度肝を抜いたふざけたサブタイがまだだ。
それが今まさに回収されようとしている。
すなわち――
「私のカツラを知らないか?」




