108.イベント「私のカツラを知らないか?」11
精神が壊れつつあるリコリスがアコニトを見ていた。
過去で見た時と比べれば、まだ意識がはっきりしている。
アコニトを殺さねばならないという後見神の責任意識が、崩壊していく彼女の自我を抑えていた。
「くらったら死ぬぞぉ! 逃げるんだぁ!」
木村の耳元でアコニトが騒ぐ。
彼女の言葉に従って逃げ始めたが、どこに逃げろというのか。
今は更地だが、少し離れれば住宅街に出る。リコリスの意識が曖昧な状態で、崩壊を使えば人や建造物を巻き込む。
「アコニト、わっちがあんたを……」
体が崩壊し始めたリコリスは、木村にへばりついているアコニトを見つめている。
まるでホラー映画のようだ。
「前回はどうやって止めたのかな?」
フルゴウルが問いかけた。
木村も必死に思い起こす。アコニトが説得をしたはずだ。
「前回は、アコニトが説得をしました」
「任せろぉ! リコリス! 正気に戻るんだぁ!」
「わっちは正気だ。あんたを処理するまではこの身を保たせる」
木村は驚いた。
思った以上にリコリスは正気を保っている。
アコニトを殺すため、必死に自我の崩壊と戦っていた。
「……キィムラァ。アコニトさんを引き渡せば暴走は止まるのでは?」
「でも、そうしたら――」
「何を言っとる、若造がっ! 儂が死ぬだろ!」
アコニトがキレる。
そりゃ、遠回しに死ねと言われれば怒る。
彼女がキレて叫び散らかすほど、木村はかえって冷静になりつつあった。
言葉にはしないが、ウィルと同じ結論に至った。
なぜ己はアコニトを逃がそうとしたのか?
被害を広げるくらいなら、さっさとアコニトをリコリスに差し出すべきだ。
リコリスも苦しそうである。精神が崩壊しつつある中で、責務を果たそうとしている。
楽にしてあげるべきだと木村は考えた。
アコニトは神の怒りを鎮めるための人身御供である。
人ですらないが、死んでもすぐに復活する。今までだって竜の炎ブレスから始まり、自爆、歪曲、グングニルと受けて死んできた。死のラインナップが潤沢だ。
その場の雰囲気と過去での光景が記憶に焼き付いており、逃げようとしたが方向転換する。
どうやって彼女をリコリスにさし渡すかを木村は考え始めた。
正直に話して差し出すなら間違いなく逃げる。
こういった謀略に木村は明るくない。
フルゴウルは得意そうだ。木村は彼女の言った台詞を思い出した。
前回はどうやってアコニトを、崩壊していくリコリスに近づけたかである。
あの時は説得のためだが、今は殺してもらうためだ。
どっちみち死ぬので大きな違いはない。
「よし。アコニト。ここは僕たちが時間を稼ぐから逃げて」
「ん――良いのか?」
「うん。ここで食い止めないと、被害が増えるからね」
「……そうか。わかったぞぉ。坊やたちの犠牲を無駄にはせん。儂は逃げる!」
アコニトはようやく木村から手を離し、彼らに背中を向けた。
躊躇いなく逃げ出す。清々しいほどの逃げっぷりだ。
木村は逃げるアコニトの背中を見つめる。
次にメニューを開いた。召喚者スキルのジャンプを彼女に使う腹づもりである。
逃げる彼女の背中を指定して、リコリスの近くに飛ばせば終わりだ。飛んだ後は体調を崩して動けない。そのままリコリスに殺してもらおう。
「さて、ジャンプを選んで――」
「坊やぁ、ちと素直すぎるぞぉ。謀には向いとらんなぁ」
「うわぁ!」
ジャンプのコマンドボタンの前にアコニトの顔が現れた。
人の感情をもてあそぶのが趣味の彼女は、木村の顔を見て彼の浅はかな謀略をすぐさま看破した。
「坊やぁ、儂は悲しいぞぉ。お主までも儂をそのように扱うとはなぁ」
木村は割と今までもそのように扱ってきている。
何をいまさらといった気分であった。
「うぬも一緒に連れて行ってやるわぁ」
アコニトが木村を担ぎ上げ、木村の指が大きく動いた。
まだスキルメニューは閉じられておらず、召喚者スキルのボタンに思わず触れる。
時が緩やかに流れ始め、木村は意図せずキャラ選択画面になってくれたと気づいた。日頃の行いの良さが出た。
一悶着あったが、けっきょく同じ結果になる定めのようだ。
アコニトは鎮魂のため捧げられる。
木村は緩やかに流れる時の中で、自身を担ぎ上げたアコニトを選択する。
そして、移動先を――、
「……あれ?」
時間の流れが元に戻った。
普段ならジャンプの対象キャラを選んだ後は、移動先の選択に移る。
本来なら時間の流れはゆっくりのままで、選んだアコニトをどこに飛ばすかの移動先を選べるはずなのだ。
「あ、が……、坊やぁ、……な、ぜ」
担いだアコニトの様子がおかしい。
彼女の動きが止まり、担いでいた木村を落としたがすぐにおっさんが受け止める。
木村はアコニトを見た。
見覚えのある姿になりつつある。
体が膨張していき、空気を入れ続けている風船のようだ。
「……えっ? あれ、なんで?」
木村も気づく。
これはジャンプではない。自爆だ。
なぜ自爆と彼は考えたが、スキルメニューで押し間違えたからだとすぐに気づいた。
アコニトに担がれた時に当たったボタンは、ジャンプではなく自爆だったのだ。
しかし、気づいても自爆を止めることはできない。
「坊、やぁ! 儂を裏切――」
「……あ」
アコニトが言葉を発せたのはそこまでである。
彼女の顔が膨張し、見るに堪えないものなってしまう。
木村も焦る。
ここは更地だが、ちょっといけば住宅街だ。
アコニトの特殊自爆は感情により威力の起伏があるのだが、クスリがキマっている時を除けば怒っている時が一番破壊力を増す。
破壊力が増すとは、ダメージだけでなく範囲もまた広がるということだ。
先ほどのアコニトは明らかにキレていた。
彼女のキャラ性能上昇もあったので、威力はさらに上がっている。
下手すれば更地どころか、地区ごとドライゲンの地図から消える羽目になる。
ウィルやフルゴウルを見る。
彼らは木村の失敗を認め、すぐさまアコニトの周囲に障壁となる魔法を張る。
おそらくあまり意味がない。特殊自爆を前には、障壁など火炎放射器の前に置いた半紙のようなものだ。
木村は彼に他にできることがないか考えた。
考えるにも時間があまりにも足りない。
「時間……、あっ!」
木村はメニューからガチャを開き、単発ガチャを押す。
ゼロコンマの動作である。日頃の引こうか引くまいかの鍛錬が役に立った。
時は完全に止まる。
目の前に白い扉が現れた。
普段ならがっかりだが、今回は色にこだわりはない。
時間を止めることこそが目的だ。
「……やばい、どうしよう」
真面目に打つ手がない。
アコニトの体はすでに破裂寸前だ。
木村の経験から言って、この後すぐに大爆発が起きる。
「……………ほんとやばい」
嫌な考えばかりが頭を巡る。
爆発の範囲は控えめに見ても住宅地を巻き込むだろう。
ドライゲン全域ではない。
生き残る人もいる。それこそが問題なのだ。
この点、討滅クエスト関連は無慈悲な慈悲があると言っても良い。
全滅すれば生き残るのは木村たちだけで、殺された住民は木村たちへの恨みも悲しみもあの世へ持っていくのだから。
木村は想像する。
生き残った人たちが自分たちに向ける非難の目、怒りの言葉を。
気がどんどん重くなり、思考も鈍っていく。もはや対策を考える余裕は失っている。
敵が出たからしょうがなく地区が消滅しましたならまだしも、今回は木村にも間違いなく非がある。
言い訳になるが、元凶がアコニトであることだけは固持する。
こんなことを考え始めた時点でもうどうしようもない。
そろそろ扉を開けないと内側から開けてくる可能性もある。
いったん扉を開けて、すぐにまたガチャで時間を止めることにする。
止めたところでどうにかできるとは思えないが……。
木村は扉に手を触れた。
その瞬間に白い光が、目映い金色に変わる。
こんな時なのに、演出を見て喜んだ自らに、木村はやや嫌悪を覚えた。
とりあえず金色になった扉を開ける。
普段なら嬉しい金色の光が、今日は眩しすぎてやや後ろめたく感じてしまう。
「私を呼んだのは貴殿か。よろしい。ともに進もうではないか。……それと、自ら人を呼びつけたのなら、」
「あぁ!」
「な、なんだ? 急に大声を出すものじゃない」
悪縁しかない金髪の騎士さんである。
木村はすでにこの騎士さんをカクレガに迎えることは諦めている。
この騎士がでると言うことはすなわち――。
「おやぁ、その坊やは儂の獲物だぞぉ」
扉の色が金から虹色の変わった。
普段なら間違いなく嬉しい。今でなければ確実に踊り回っていた。
アコニトが毒霧で騎士さんを倒す。下品で畜生な演出とともに扉のすぐ向こうに立った。
「やぁやぁ、坊やぁ。儂だぞぉ」
嬉しいことは間違いない。
それもやはり今でなければどれほどだったろうか。
まだ、ゾルが来ていないということは、今回の出目はアコニトのキャラか武器で確定だ。
この時点ではキャラか武器かはまだ不明だが、覚醒値が確実に上がる。キャラならとうとう完凸だ。
ただ、覚醒値が上がればキャラ性能も向上する。そして自爆の性能はキャラ性能に依存する。
自爆の破壊力がさらに増す。このアコニトは本当に空気を読まない。
最悪をさらなる最悪に上塗りし嫌らしく笑っている。
「おやぁ、泣くほど嬉しいのかぁ?」
木村も自身が涙目になっていることに気づいた。
精神が最悪な状態である。
「ちょっと待って今出られると困る」
ガチャが終わり、すぐにガチャを押す力が出ないかもしれない。
「おぉ、おぉ。困るが良いぞぉ」
「アコニトも困るよ」
「……ん~?」
木村は指で爆発寸前になっているこちら側のアコニトを示した。
その姿を扉の向こう側から見るアコニトから余裕の笑みが消えていく。
「おぉい! どういうことだぁ?」
「アコニトのせいでアコニトが自爆することになった」
「待てぇ、意味がわからんぞぉ。儂は帰るからな。おい、起きろおぼこ!」
「待って。帰ろうとしたら強制的にこっちに排出されるから!」
「はぁ? な、なんだ!」
見えない壁が立ち去ろうとしたアコニトを押し始める。
「抵抗しちゃ駄目。抵抗するほどこっちに押し出されるから!」
「訳がわからんぞぉ!」
扉の向こう側のアコニトの方が困惑している。
その様子を見て木村もちょっと元気が出てきた。隣のおっさんもニコニコと晴れやかだ。
「見てもらえればわかるけど、大変なことになってる。アコニトが自爆して周囲を消し飛ばす寸前なんだ」
「周囲はどうでも良い。儂をなんとかせい!」
「そうしたいところだけど無理なんだ。何か良い方法がない?」
「儂が知りたいわぁ! 久々に呼ばれたと思ったら、どうして儂が破裂する寸前なんだぁ! 周囲より儂を助けろぉ! 理不尽だろぉ!」
「自業自得だろ!」と叫びたい気持ちを木村は必至に抑えつけた。
扉の向こう側のアコニトも、木村の顔を見て、そこで言葉を止める。自分が原因だと気づいた。
「……どうしてこうなったんだぁ?」
いちおう大人しく話を聞くことにしたらしい。
木村は話す気力もなく、一目瞭然の異常を彼女に突きつけることにした。
「あれ」
「……ん?」
木村が問題の元凶その二を指で示す。
扉の向こう側にいたアコニトからは見えづらく、角度を付けて木村の示すものを見る。
「…………おぉい。どういうことだぁ。なぜリコリスがおるぅ? ん?」
アコニトのとぼけた顔が真顔に変わる。
やはりリコリスは彼女にとって、重要なもののようだ。
「もう彼女は死んでるはずなのにって? アコニトが看取ったんでしょ。いちおう言っとくけどあれは本物のリコリスだよ。ただし、過去のある時点から連れてこられたから記憶が古い。『百年はアコニトと会ってない』とか話してた」
「はぁん。それでなぁんで婆は陰の力を使うに至ったんだぁ?」
「今のアコニトの姿を見たから。後見神として処分しなきゃって」
「そうかぁ」
アコニトがすごい気まずそうな顔をしている。
心あたりがあるようだ。ないと木村も困る。知らんぷりをしていたら、さすがの彼も殴りかかっていたかもしれない。
「儂にはどうにもできんぞぉ。リコリスに、しかも陰の力を使った婆が相手では儂じゃあどうしようもないからなぁ。それに儂もあの有り様だろぉ」
ごもっともである。
それについては木村もわずかに非を認めるところだ。
「儂にはできんが、あっちの奇妙な奴なら何とかできるんじゃないかぁ?」
「おっさんはこういうときは手を貸してくれない」
「筋肉ダルマの方じゃないわぁ。あっちだぁ、ん? 奇妙な術を使うなぁ。ん~? 儂の力も取り込んでおるのかぁ。どうなんだぁ?」
「……え?」
木村が振り返ると髪の化物が立っていた。
ヅラウィである。
「ごきげんよう」
「わっ」
木村の驚きにかまわずヅラウィは優雅に一礼する。
時が止まっている中で彼は普通に動いていた。
「えっ? なんで、時間が止ま……、あ、そっか」
木村も思い出した。
彼は木村の髪も使っている。
時の巻き戻しも効かなかった。時の停止も同様のようだ。
「なにやら大層な出来事が生じているご様子」
「全部聞いていたでしょうからだいたいわかると思いますが、非常にやばい状況です。アコニトが自爆して、この周囲一帯が消え去ります」
アコニトは初耳だぞと木村を黙って見つめる。
ヅラウィもやや困った様子だった。
「連日で申し訳ありません。芸を披露していただけないでしょうか」
「芸を見せろと言われれば是非もありません。ただし、あれを抑えるとなれば大がかりな芸になります。対価は厳しいですよ」
「そこのアコニトから取ってください。こっちのよりも強いので使えると思います」
「は? なぁんで儂が」
「アコニトはリコリスさんを助けたくないの?」
実はこの話は関係ない。
助かるのは木村と兵士、それに周囲の住人である。
アコニトとリコリス、及び仲間たちは死亡し、すぐに復活するだけだ。
待てよ、と木村は思い直す。リコリスは助っ人なので、仲間同様に復活するか微妙なところか。
アコニトが正常なら間違いなく木村の顔色で、彼のついた嘘に瞬間的に気づいたはずだ。
しかし、今は正常ではない。自らの破裂寸前の姿、それにリコリスを見た衝撃で彼女の精神は揺れている。ダブルパンチだ。木村はそこにつけ込んだ。
「……仕方ないぞぉ。それでぇ、対価はなんだぁ?」
「近くに寄って、後ろを向いて頂いてもよろしいですか」
「扉とこっちの境界線からは出ないでね」
アコニトが扉のところぎりぎりまで近づき、後ろをむく。
ヅラウィがアコニトの髪に彼の手を伸ばした。
彼女の髪を両手で掴んで抜いた。
「ひぇっ」
木村は変な声が出た。
木村たちの時はほんのわずかな髪を切っただったが、今は抜いた。しかも取った髪の量は比べものにならない。
アコニトの後頭部から根こそぎ髪が失われ、頭部の地肌が諸に見えている。
一瞬で禿げの状態になってしまった。
「もういいかぁ?」
しかもさすが曲芸団名誉顧問の名人芸と言うべきか、髪を抜いたことを相手に気づかせていない。
アコニトは抜かれたことに気づかず、所在なさげに立ったままだ。
「お待ちください。もう少しですよ」
もう少しというのは時間でもあり、残った髪の量でもある。
一本も残さないという強い気持ちが見えた。
時を繰り返して、鶏を倒す時でも使った髪の量はほんのわずかだった。
自爆を止めることはそこまで髪を消費するのかと恐ろしくなる。
「なんか寒いぞぉ」
アコニトが後頭部に手をやり、起きている異常に気づいた。
だが、もう遅い。
「……は? は? はぁ?!」
この反応は前にも見た。
しかし、今回は髪を抜いた張本人が目の前にいる。
「対価は確かに頂戴しました」
ヅラウィが恭しくアコニトの髪を捧げてみせる。
丁寧さによる行為なのだが、挑発行為に見えなくもない。
「き、きさま! きさきさま! きさまきさまきさま! 儂の! 返せ! 儂の髪――ごぉ!」
ぶち切れて扉から出てこようとしたところで、見えない壁に進行を阻まれた。
彼女は無様に仰向けに倒れ、彼女が手にしていた煙管だけが木村の足下に転がってくる。
キャラ排出ではなく武器排出のパターンだったかと木村は冷静に判断した。
キャラなら完凸だったのにとやや惜しい気持ちが残る。
「ま、待て! ふざけるなよ! 儂のだぞ、返」
扉が閉まり、消え去った。
聞き飽きてきた台詞でお別れになった。
違うのは、アコニトから失われたのが煙管だけでなく、髪の大部分もということである。
「これだけあれば披露できるでしょう」
対価を払った本人には何も披露できない。
あまりの仕打ちだが、今はそれどころではない。
扉が消えたということは、ガチャタイムの終了である。
時が再び動き出す。
破裂寸前の肉風船となったアコニトから光が漏れ始めた。
そのアコニトをウィルが出した土の壁とフルゴウルの筺が覆う。
ヅラウィはどうするのかと木村が探せば、彼はアコニトではなくリコリスの近くにいた。
ヅラウィはリコリスにエスコートするように手をさしだし、リコリスもそれに応じた。
彼女に手を出そうとした意識はない。ただ、彼が手を差し出した瞬間に、反射的にその手を取ってしまった。
ヅラウィとリコリスの姿が消えた。
木村は目で探すが、今度こそ彼の姿がどこにも見えない。
逃げたのかと木村は思ったが、それならリコリスの手を取る必要もなく一人で逃げればそれで良い。
アコニトが破裂した。
土壁と筺をぶち抜いた光がそれを知らせた。
一瞬で土壁と筺は消え去り、狂いそうになるほどの白光が木村たちを襲う。
「たいしたものだ」
おっさんが一言だけ呟いたのを木村は聞いた。
声が聞こえる。通常なら光の直後に音と衝撃が響き、全てを藻屑に変えるがそれがない。
光だけが周囲を照らしている。
やがて光が収まり、アコニトは消えていた。
彼女がいた場所にヅラウィとリコリスが立っている。
そのリコリスから崩壊の気配が消えていた。脱力はしているようだが精神はまともそうだ。
ヅラウィに関しては平気な様子だが本当に平気なのかはわからない。
木村は何をしたのかわからない。
ウィルやフルゴウルも死を覚悟していたので、助かったことくらいしかわからない。
兵士と言えば、いきなり変な装束の女が暴れ出して、狐耳の魔物が肉団子のように膨らんだことしかわからなかった。
ヅラウィに支えられているリコリスも、いったい何がどうして自分がまともな状態に戻っているのかがさっぱりわかっていない状態である。
要するに誰も彼もが意味不明の中で困惑していたのだった。
困惑の中でヅラウィが一礼して姿を消した。
種を明かす気はないようだ。
木村は唯一事情をわかっていそうな相手を見る。
それとなく尋ねてみた。答えが返ってくるとは思わない。
「何で爆発しなかったんだろう?」
「やったことは単純だぞ。自爆の衝撃を崩壊で遮っただけだな」
木村も朧気に理解ができてきた。
最初にヅラウィがリコリスに近づいたのは彼女の力を入手するためだ。
リコリスの髪を見てみれば、彼女の髪がいくらか短く切られているのがわかる。
ヅラウィが他人の髪からいくらか力を入手できることは知っている。
木村の髪で時に対する抵抗を得ていた。リコリスの髪から崩壊の力を手に入れたのだ。
その後は崩壊中のリコリスを連れて、どうやってかアコニトに近づき、自爆を二人分の崩壊で防いだ。
ここまでは木村もわかる。
リコリスの崩壊が収まっているのはどういうことだろうか。アコニトが死んだからか。
他にも何か条件があるのか。とりあえず状況は良くなったと言える。
わからんだらけの木村にもはっきりとわかることがある。
明確な変化が見て取れたことだ。
「今のってすごい難しいことだよね。魔力とかの消費とかも多いでしょ」
「凄まじい情報量を失うことになったな」
やはりそうだ。
他の人がどう見えていたのかはわからない。
しかし、木村はヅラウィがどれだけの髪を消費したのかが一目瞭然だった。
本体であろうカラフルなカツラと、体とも言えないわずかな髪だけしか残っていない状態になっていた。
カツラを乗せたつる性の植物みたいな見た目であった。
力は枯渇しているも同然である。
もしも明日、手に負えない事態が生じれば力を借りることは難しいかもしれない。
いちおうの収拾がついたが、根本的な問題は片が付いたとは言えない。
すなわちアコニトは死んでも復活するし、リコリスは堕落したアコニトを許さない。
「リコリス神。話をしたいんですが」
これ以上の抗争は木村も困るので、リコリスと話をすることにした。
城での反省会はウィルとフルゴウルに任せる。今日に関しては木村がいてもいなくても大きな変化はない。
木村はカクレガに入って、最初の地図部屋でリコリスと向かい合う。
見た目は綺麗な女性なのだが、年齢は遙かに年上で、力は比べるべくもないほどの差だ。
いろいろと緊張はある。話すこともうまくまとまっているとは言いがたい、それでも木村は今まで見たことや感じたことを彼の言葉でリコリスに話していく。
「まず、リコリス神のことなんですが――」
今ここにいるリコリスが過去の一地点から連れてこられたものであること。
現在時でのリコリスはすでに死んでしまっていること。
彼女を看取ったのがアコニトであること。
アコニトがリコリスの力を継承できなかったことを気にしていること。
彼女のクスリに逃げている行為は、自らの不出来を嘆いたものであること。これは木村の妄想が大きい。
そして、アコニトがリコリスの強さを誇りに思っていたこと。
今になって、死んでも復活することをようやく告げることができた。
アコニトもじきに復活することになる。
それまでにリコリスと話をまとめなければならない。
すでに攻め口は見えている。彼女の弱点を木村は知っているのだ。
「リコリス神、どうかお願いです。もう一度だけアコニトと話をしてあげてもらえませんか。僕を助けると思って」
「……人助けじゃあ仕方ないね。行くよ」
「はい」
リコリスに続いて木村も席を立つ。
朝は無言で歩いていたが、今回はリコリスから話を振られた。
「あんたから見て、あいつはどんな奴なんだい?」
「アコニトは、初めて会った時はとにかく戸惑いましたね。最初に現れた騎士さんを毒で倒して足蹴にしましたから」
さっきもやった。
いつも足蹴にされている金髪の騎士さんは本当に大丈夫だろうか。
仲間にすることは諦めつつあるが、万が一に仲間になった時に仲間と思ってもらえるかが微妙である。
「その後は、犬の魔物に殺されかけて『お前は最後に殺してやる』とか言われたり、クスリでブリッジ状態のまま湖に突っ込んだりと、とにかく言動がめちゃくちゃでした」
「へぇ」
リコリスの気配が変わりつつあったので木村は慌ててフォローした。
魔力を感じない木村でもリコリスの纏う殺気の変化が感じられた。
「でも! 一緒にいて楽しいんです! むかつくことの方が多いですが、僕とは視点がまったく違いますからね。彼女の思考や行動には驚かされています。なんだかんだで最後の最後に問題を解決するのはアコニトですし、まぁ、いろいろとしでかしますが、――やっぱり大切な仲間なのかなって」
「そうかい」
今度こそリコリスの表情が和らいだように見えた。
木村もほっと息をつく。
「わっちもあいつの馬鹿な話を出そうかね」
「ぜひ聞かせてもらえると」
その後も互いにアコニトの馬鹿な行いの話をしつつ喫煙室に向かった。
出会ってすぐにもかかわらず木村はリコリスと楽しく会話をすることができていた。
共通の知り合いの悪口は盛り上がるものだ。
この会話はおそらくカクレガではきっとできない。
なんだかんだでアコニトの事が好きな二人だからこそできた会話である。
黒焦げのままの喫煙室に椅子を並べ、リコリスと会話しているとアコニトが復活した。
「よう、元気にしとったみたいだな」
アコニトの表情が完全に凍り付いている。
いろいろと感情と思考とが混ざり合い、どう対応していいかわかっていない状態だった。
「座りな」
リコリスは空いている椅子にアコニトを勧めた。
アコニトは無表情で椅子に腰掛ける。
「このリコリス神はアコニトの看取ったリコリス神とは違って、過去で会った時のリコリス神なんだ」
木村が解説をしておく。
アコニトは理解がまだ追いついていないようだった。仕方ないだろう。
しばらく三人がフリーズしていたが、ようやくアコニトが動き出した。
手を服の中にごそごそと突っ込んでタバコを出す。
このヤニカス、と木村は顔をしかめる。
「わっちにもよこしな」
予想外の反応だった。
「え、吸うの?」と木村は意外に感じつつも、そういえば過去で一緒に吸っていたなと思い出す。
アコニトはもう二本を取りだし、一本をリコリスに、残りの一本を木村に渡す。
木村は要らないのだが、とりあえず受け取るだけ受け取った。
二人がタバコをくわえ、火を付ける。
タバコの先端が赤く灯った。煙が二人の喉を通って肺に満ちると、今度は口から吐き出される。
「わっちの教えたやつだ。上手に巻くようになったじゃないか」
「……ああ、今なら儂の方がうまいぞぉ」
アコニトがようやく口を開いた。
二人はぽつりぽつりと言葉を交わしていく。
木村は二人が軽い世間話を始めたところで席を立った。
もう殺し合いになることはないと判断した。
それに、ここから先は聞かれたくない過去や心情の吐露もあるだろう。
きっと自らがいては二人は話しづらいと考えたからである。
リコリスとアコニトは木村の心遣いに目礼で応えた。
喫煙室から出た後、木村は食堂に向かう。
今朝は問題が立て続けに生じ、まだ何も口にしていない。さすがにお腹が減ってきた。
ようやく時間が穏やかに流れていく。
昼にリコリスも交えて食事を取り、訓練室で特訓も見てもらった。
ウィルは炎の扱い方を教えてもらっていた。フルゴウルは崩壊の力に興味を持ち、話を聞いていた。
一番予想外だったのが竜人である。
崩壊の魔法にやられてから一人称がおかしかったが、リコリスを見て興奮して戦闘が始まった。
あっという間に竜人がやられたのだが、いったいどうして彼が発狂したのか誰も何もわからない。ファンだったのだろうか。
夜になってリコリスは喫煙室に戻った。
家具コインを消費し、真っ黒焦げだった喫煙室はほぼ元どおりになっている。
ソファにアコニトとリコリスがかけて、タバコを吸いつつ緩やかなリズムで話をしている。
木村は、リコリスに早めに別れの挨拶を告げて喫煙室を出た。
明日の最終日に備えて寝ることにしたのだ。
深夜になっても喫煙室明かりは灯り続ける。
やがて一本のタバコが、火の付いたまま床に転がった。
リコリスのいた痕跡が煙となって天井近くをたゆたい、討滅クエストⅡの六日目は終わった。




