107.イベント「私のカツラを知らないか?」10
六日目の攻略は、二〇分ほど遅れての参戦となった。
助っ人のリコリスとアコニトで一悶着があったためだ。
初回の白ゴリラはパターンが単調のため、兵士たちだけでも時間稼ぎができている。
今回の開催地点が広い空き地というのも被害が減ってありがたい。新しく美術館を建設するため更地にした場所であった。
少し離れれば住宅地はあるが、魔法を撃っても被害がないほどの広さがあれば戦闘領域としては充分である。
倒さないことによる時間稼ぎは有効であるが、時間の制限もある。
過去に討滅クエストで試した時は約1時間で次の段階へ自動的に移行してしまった。
「交代させた方が良いのでは?」
ウィルの視線は助っ人として連れてきたリコリスに向いている。
彼の視線はリコリスに対し恐れを見せているが、フルゴウルとモルモーはかなり平然としている。
どうやら彼女の出していた猛烈な神気だか魔力がかなり抑えられている状態らしい。
ウィルが言うにはそれこそが問題のようだ。
「今の状態はあの時に近いです」
今のリコリスは精神状態が極めて良くない。
ウィルの話す「あの時」とはアコニトの過去で見た「崩壊」なる異質な魔法を使った時のことだと彼もすぐにわかった。
炎にたとえられる彼女の魔力が常に溢れていたのは、示威的なモノではなく彼女本来の力を抑え込むためのものだとウィルは見ている。
すなわち、今の魔力が収まっている状態はかなり危険な状態と言うことだ。
木村も悩んだところである。
討滅クエストⅡの特殊戦闘は連携が重要なので、途中までならシエイでも問題ない。
問題は最終盤だ。黒鶏が白卵を温める状態になった後は、今の実力ではかなり被害をまき散らす可能性が高い。
「途中から交代させれば良いのではないですか?」
ウィルの言うことはいちいちもっともである。
しかしながら、木村はリコリスを連れてきてしまった。
彼女の力に魅せられているというのが大きい。黒竜との戦いは木村にとっても心躍るものだった。
そんな彼女が一時的とは言え味方に入って、戦う姿が見られるという。
ゲームでも強キャラがスポット参戦してくれる場面が木村は好きなのだ。
強キャラが弱体化されて参戦するのは興ざめだが、強いまま来てくれるなら喜ばしいことである。
なによりリコリス本人が出ると言ったので半ば強制だった。
「どうしてこんなことに……」
リコリスの口からぼそりと漏れてきた。
木村も連れてきたのは失敗かもしれないと思い始めている。
「アコニトよぉ……」
そう、全ての問題はやはりアコニトだった。
リコリスをアコニトのところへ連れていった木村にも責があると言えばあるのだが、彼の力ではリコリスの要求を突っぱねることはできない。
木村はリコリスをアコニトへ案内した時の一幕を思い起こす。
木村は自室前でリコリスに説明をおこない、その後、彼女を連れて、アコニトのいる喫煙室に向かった。
喫煙室は上層の一番隅という離れ小島であり、他の居住区と離れている。
歩いている間に、木村はリコリスに話しかけようとしたがけっきょく何も話さなかった。
「ここです」
木村は喫煙室の扉を示した。
リコリスは扉を見て、やや困惑している。
「先に入りな」
彼女は木村に入室を促した。
罠を警戒したのと、単純に扉の開け方がわからなかったためだ。
扉に近づくと扉の一部が光るので、そこに手を掲げれば扉は自動で開く。
他の扉は自動に設定していることが多いのだが、喫煙室はうっかり近づき、開くとまずいので二段階構造である。
「くっさ」
開けると何かの焦げるような臭いとクソのような臭い、それに獣臭、あれこれ混ざりすぎて鼻が曲がりそうである。
この悪臭にはリコリスもわかりやすく顔をしかめた。
「アコニト、明かりを付けるよ」
木村が入口横のスイッチに手を掲げれば、白い光が部屋を照らす。
物が乱雑に散らばっている。臭いの原因が多すぎて、どれを見ればいいのかわからない。
ゴミの中心に、ひときわ大きなゴミが転がっている。
尻尾には逃げられ、髪もない。獣耳だけが彼女の証であった。
「ゲヘ、ゲヘへ」
「あ、だめだ。完全に飛んでる」
目は焦点が合わず、口からは涎を出しっぱなし、体はタコのようにぐねぐねだ。
まだ意識があるうちは明かりを付けると叫ぶのだが、その意識は遠く宇宙の彼方へ旅行中である。
「アコニト。リコリスさんが来てくれたよ」
植物状態の患者に、家族が来たことを知らせる看護師のようなかけ声である。
要するに返答はない。口から漏れる奇々怪々な声だけが無機質に喫煙室に響くのみであった。
木村がリコリスを向き直る。
彼女は木村の視線に気づかず、放心した状態でアコニトを見入っていた。
その後、その放心したままの顔を木村に向ける。
「あんたら、この子に何をしたんだい?」
怒り、悲しみ、憎悪と様々な感情が溶け合った声でリコリスは尋ねた。
木村も下手に言いつくろって答えれば死ぬと悟った。
正直に目を背けず答える。
「何もしていません。アコニトは出会ったころからこんなのです」
おっさんも頷く。
リコリスも木村の言葉に嘘がないと察した。
しかし、彼女はその言葉を信じたくはなかった。感情が勝る。
「嘘を言うなよ。わっちの知ってるこいつは、馬鹿だけどこんな有り様になっちまうような子じゃなかった」
木村の当初の予感は正しかった。
リコリスはアコニトの今の有り様を知らない。知るべきではなかったのだ。
「僕の知っているアコニトとは違いますね。彼女は大半がこの状態で、それ以外は馬鹿なことをしでかしています」
今の状態は馬鹿を凌駕している。もう言葉にならない。
平常時が馬鹿な状態なのだ。まともな事を言う時はもはや異常時なのである。
「……こいつ自慢の尻尾は? 髪だってない」
「尻尾は自我を持ち、本体を嫌がってどこかへ逃げています。髪は諸事情で抜け落ちました。四日もすれば生えもどるはずです」
リコリスは言葉を失った。
瞳は揺れ、口は閉じず、手が震えている。
木村でも彼女の動揺がはっきりとわかるほどだ。
「そ、それでも戦闘はこなすんだろ」
木村はもう答えたくなかったのだが、リコリスはさらに事情を聞いてくる。
その声はすでに躊躇いが混ざっていた。躊躇うくらいなら聞かないで欲しいと木村は思う。
それでも正直に答えてしまうのが木村の悪いところのだが、嘘を言ってもすぐにばれることは間違いない。
「とりあえず戦う時は突っ立って煙を吐いてますね。あ、そうだ! この前はすごい立ち回りを見せてくれました」
「そうだろう! そうだろうとも! やる時はやる子なんだ」
「でも、危うく市民を虐殺するところでしたね。民衆のど真ん中で毒霧を吹きましたし」
「虐さ……」
「民衆の頭を踏んで舞台に飛んでいたな」
「あれには王様も怒ってたね」
「怒って当然だぞ」
「頭を踏む……」
今度こそ完全にリコリスは言葉を失った。
意識すらどこかへ失いつつある。
木村も喋りすぎた。
彼なりに彼女の心情を把握し、何らかの慰めの言葉をかけるべきだと感じた。
「いつもこんなアコニトですが、ごく稀に教えを授けてくれることがあります。その言葉は僕の支えになっています。リコリスさんの薫陶の成果ではないかと」
木村としてはリコリスを慰めたつもりだったが、逆に彼女を追い詰める言葉になった。
悪い部分だけがリコリスに伝わってしまった。
――いつもこんなアコニトになったのは、リコリスの教育のせいですよ。
リコリスの口から嗚咽が漏れた。
彼女はアコニトの馬鹿な面をよく知っている。
馬鹿な面の裏側に彼女の良い面、あるいは強い面があることもまたよく知っている。
数百年は流したことのない涙が彼女の頬を伝っていた。
「アコニトよぉ、いったい何があんたをこんな……」
アコニトが見るも無惨な姿になったのは、彼女のその馬鹿な面が突っ走った結果である。
良い面がなりを潜め、馬鹿な面だけが出続けた結果がこれだ。
その一因にリコリスも入っている。
「そんな姿を晒すなら、わっちは後見神としてあんたを――」
おっさんが木村の腕を引いた。
リコリスが急激に木村の視界から遠のく。
その彼女の髪が赤く発光し浮き上がり、手から炎の刀が伸びた。
木村が見えたのはそこまでである。喫煙室の扉が閉まりその後の出来事を見えなくした。
喫煙室の中から轟音が響き、扉と周囲の壁を大きく震わせた。
スプリンクラーが発動し、カクレガに警報が鳴り響く。
部屋から聞こえる音が収束し、軽く一分は待ってから木村は喫煙室の扉を開けた。
スプリンクラーの水を浴び、巫女装束のリコリスが静かな姿で立っている。
他の全ては燃やし尽くされ一面真っ黒焦げであった。
アコニトの姿はない。
彼女が転がっていた床の部分だけが、わずかに黒さが薄い程度である。
「いくぞ」
「えっ?」
「敵を倒しに行くんだろ」
「えっと、でもリコリス神はアコニトと、」
「菫狐アコニトは東日向が大神の一柱として尊厳及び礼節を著しく損なった。その任、もはや果たすこと能わずと判断し、後見神リコリスが此を永久に害した。……あいつの分までわっちが代わりに果たそう」
途中まで極めて事務的にリコリスは告げた。
溢れ出る諸々の感情を抑えていることがわかる。最後に少しだけ感情が現れていた。
彼女が言いたいことは理解したが、木村が言いたかったのは「アコニトと話さなくても良いのか?」ということだ。復活後のまともな彼女とである。
ここでリコリスが間違っている点が二つあることに木村は気づいた。
一つ目。リコリスはアコニトを殺したと言うが、殺したところで復活する。これは説明していない彼に非がある。
二つ目。アコニトの分まで働いてくれるようだが、アコニトは基本的に働かない。今回のイベントもまるで活躍してない。アコニトの分まで働かれると働かないという矛盾した状態になる。
どちらかを指摘しようかと木村は考えたが、やぶ蛇になりそうなので口をつぐんだ。
あげ足取りをしている状況ではない。伝えたところで余計に彼女の感情をかき乱すに違いない。
この考えは本日のイベント戦終了後に修正される。
伝えるべき相手がシナリオ上の重要キャラまたは戦力が異常に高い場合は、間違っている点は喫緊かつ相手の心理状況を差し置いてでも伝えるべきであり、伝え方にこそ注意を払うべきなのだ、と。
現時点で彼の判断を責めることは、ごく一部の存在を除いて不可能と言える。
そんなこんなで討滅クエストⅡは気分の沈んでいるリコリスが加わって戦ってくれている。
ウィルが言うには、力を抑えているようだがあまりにも強い。強すぎる。
討滅クエストⅡの三種類の敵があっという間に撃破されていく。
白ゴリラはトライアングル配置でワンサイクル回すだけで倒せた。
緑鹿は最初こそ技がコピーされて、対応されたが、別の技をコピーして耐性が消えればすぐに倒された。
増殖ヒヨコは毒付きの炎で、火の粉を無数の刃にした攻撃でまさかの二体に増殖した時点で倒してしまう。
刀、炎、毒と三種の攻撃全てにヒットストップ判定があることが大きい。
しかも相手だけが止まる狂性能である。手数も多く、速さも桁違い、相手はまるで動けない。
黒竜戦だと互いに攻撃をほぼ躱していたのでわからなかったが、どう考えてゲームに実装してはいけない性能だった。
「私はいなくても良いのではないでしょうか」
モルモーも真顔で木村に伝えてくる。
彼女は二戦目のコピー枠を埋める以外に特に何もしなかった。
「今はそうかもしれない。……でも、帰らないでね。」
もっと言えば、リコリス以外は誰も要らない。兵士だけでも十分だ。
言っている途中で帰り支度を始めかけたモルモーに念のため釘をさしておく。
彼女はこの後で重要な役目がある。交代しても良いが、実力を考慮すれば残っていてもらいたい。
過去の出来事を見ていなかったフルゴウルはもちろんとして、そこにいた兵士たちも敵よりもリコリスを怖がっている。
雰囲気が沈んでいる状態なのが一目でわかり、声もかけづらく、余計に恐怖を湧きだたせる。
「隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」
やはり今回も特殊イベント戦が開催される。
ここからが本番であった。
最初の鶏は一匹だけなので捕まえるのに十分も要らない。
三十分は猶予があるので、時間をかけてリコリスに敵の説明をしていく。
本当は外に出る前にしたかったが、ドタバタで時間がなかった。
木村としては説明役をフルゴウルかウィルにかわって欲しかったのだが、二人は今のリコリスに近づこうとしない。
互いに近づかない理由は異なり、そのあたりの話も二人で共有しているようである。
木村はリコリスに説明をおこなう。
戦闘が強くなるほど聞き上手になるのだろうか。
頭の中で戦闘をシミュレーションしているのか、話に頷き、ところどころで木村の説明し忘れたことを質問してくる。
時には先の戦闘で考えてもいなかったことを尋ねてきたりもした。
狂性能を加味しても理解が恐ろしく迅速だった。
木村も驚いて声にしてしまう。
「理解の速さがすごいですね」
「わっちら双極神も似たような性質だったんだ」
過去の中でアコニトが説明していた。
東日向が六大神になる前は双極神であり、その一柱がリコリスだったと。
日陰神リコリスである。陰の力、おっさんが言うところの崩壊の力を彼女が使うのを木村も見た。
双極神が今回のボスの白黒相殺と似ているのなら、陰と対となる陽の力は崩壊の逆とも言えると推測できる。
以前、アコニトに陽の力はどんなものかを木村は尋ねた。
陰の力は誰にも引き継がれなかったが、陽の力はきちんと誰かに伝わったと聞く。
名前を言ってはいけない一柱だっただろう。クリサンなんちゃらだ。アコニトが言うには八方美人のぶりっ子である。
本人の名前を呼ぶと発動するようだが、呼んだ相手とその周囲が漏れなく死ぬのでどういった力かアコニトも聞き及んでいないようだった。
ちなみに陽はケリドが光、ツキトジが生命力と陽らしい力を持っているようだ。
いちおうクリサンなんちゃらは明るさを持っているとのことである。
この明るさが光の強さとは別物と木村も理解している。
「だいたいわかった。やるよ」
作戦が決行された。
昨日と違い、周囲はスムーズに動く。
リコリスもその周囲の動きに合わせて動いている。
二日目にして、全体はすでに熟練に近い動きだった。
昨日も同じ事をおこなっており、さらに城で反省と対策をおこなったことが大きい。
ヒルドによる繰り返しも、兵士たちや仲間の無意識下に経験値を与えている、と木村は考えているがこの点はパーティーメンバーとアルマーク、その側近にしか説明していない。
とりあえず木村としては、勉強にかかわらず予習と復習は大切だなぁと思うくらいである。
一体目の白鶏を黒ヒヨコと相殺させ、二体、四体と消滅させていく。
リコリスの学習能力はここでも相対的に高く、四体の際は彼女一人で一体を受け持つほどだった。
遠くにいても地面から炎の刀を複数出せるので、誘導や道ふさぎが他のキャラの比ではない。
「現れましたね」
因縁の黒鶏と白卵だった。
因縁と考えているのは、時間ループで苦戦させられた木村だけである。
昨日は全てヅラウィに任せたが、今日はこちらで処理する流れだ。
ヅラウィも距離をおいて失敗の時に備えているのが、木村も確認できている。
彼の方針が木村にもわかってきていた。芸を見せると明確に決めた時以外は見ることに徹するようだ。
さすがに今回は失敗したら取り返しが付かないので、その際は手を出してくれる。
明らかに今まで見ることに徹していた時よりも距離が近い。
「伝令――『兵士の皆さんはさがってください』」
メッセから周囲の兵士に伝言が告げられる。
すぐに兵士は距離を取り、大げさとも言える位置から木村たちを窺う。
ウィルとフルゴウル、リコリスも距離を取るが兵士たちよりはかなり近い。
「それでは予定どおりにいきましょう」
まずは黒鶏の下に潜り、白卵へ近づくことで黒鶏を暴れさせなければならない。
暴れさせて黒化する羽根をまき散らした状態のまま、黒鶏を白卵の上からどかす必要がある。
そして、黒化の羽根を白卵に当てて割る。これが第一フェイズだ。
必勝法というわけではないが、簡単な攻略法を思いついた。
黒化の羽根はキャラが触れると黒兵化してゲームオーバーである。完全に黒兵化する前に倒すことでギリギリなんとかなることはわかっている。
「それではモルモーさんお願いします」
「はぁ。疲れるし、気持ち悪いのでやりたくないんですが仕方ありません」
モルモーは文句を人一倍口にするが、仕事はきっちりこなしてくれる。
文句の対価に仕事をしている印象すらあった。
実際、何も言わないと仕事もしない。
モルモーが黒鶏の下に潜る。
黒鶏が暴れ始め、同時に一気に浮き上がった。
黒鶏に重さはなく、人が下に入ると鶏が立ち上がった時にキャラの上に乗る。
難しいのは黒鶏を安定して支えることだ。鶏の体積は大きく、大きな物体が人の上で動き回る。
人が鶏を支える断面積に対して鶏の面積が大きすぎる。
ヅラウィのように片手や頭でお手玉をすることなど素人には到底できない。
人には簡単にできないが、人でないならどうだろうか。例えば、手が無数にある存在だ。
黒鶏を真下から支えるのはツナギを着た赤茶色の髪をした女性だ。
その女性の全身から腕が伸びている。腕からもまた腕が伸び、見ている側としては気持ちの良いものではない。
かつてデモナス地域でそこに住む魔族の住人を救った存在であるが、イメージする救世主の見た目とはかけ離れている。
モルモーが真似できるのは手を増やすことだけで、本人のやっていた謎の吸収はできない。
隣のおっさんを見ると、彼も嫌そうな表情を隠す気がなさそうだ。
「もしかして、けっこう苦手?」
「けっこうではないぞ。比較的話ができる部類ではあるがな」
間違いなく竜なのだろう。
木村としては話しやすかったが、どこか気持ち悪さも感じた。
真似た姿を見ただけでおっさんは嫌そうな顔を隠そうとしていないし、口も滑らせる程度に苦手なことはわかる。
あれで比較的に話ができるということは、他の竜はどうなのだろうか。
無や闇、それに橙とは話すらしなかった。壺の竜はよく喋っていたが、おっさんは徹頭徹尾無視を貫いていた。
一方で赤や黒とは仲が良さそうにすら見えた。わかりやすい性格のキャラと波長が合うのかもしれない。あるいは武力系統だ。
モルモーが無数の腕とその手で鶏を支えれば、羽根はぼとぼとと周囲に落ちる。
この黒羽根を避けるように歩き、鶏を白卵の上から移動させる必要があるのだが、もっと簡単な方法が見つかった。
キャラや兵士が黒羽根を触れば終わりである。
ここで一人だけ黒羽根を触ってもまったく問題ない人物がいた。
「速くしてください!」
「はい!」
返事をしたのは木村である。
腕女の真似をしたモルモーの声に応えて、地面に落ちた黒羽根を掴み、白卵にくっつける。
白卵を移動させる方向性もあったが、こちらはシステム的に問題があるようでおっさんが許可してくれない。
ゲームなら反則かもしれないが、使えるものはなんでも使うべきだ。
攻撃を木村で防ぐのはおっさんに止められるが、これは特に何も言わないのでセーフらしい。
防御におっさんが一部介入する系の行動はアウトなのだろうと木村は推測している。
木村の持った黒羽根が白卵に触れると、白卵は黒に染まり殻が崩れていく。
その殻の中から白い鶏が姿を現した。
「今です!」
その姿を確認してウィル、フルゴウル、リコリスが広場の出入り口全てに魔法を展開させる。
炎と筺、それに炎刃が出入り口を遮った。
白鶏が動きを見せた。
最初の白鶏よりもなお速かった。
更地にいた大部分は白鶏が瞬間移動したようにすら感じた。
ウィルとフルゴウルの発動した魔法に時間的なズレがあり、そのズレにより生じる隙間を狙い、白鶏は移動を開始した。
しかし、リコリスの炎刃が二人のズレをカバーしたため、逃げ道が封じられ逃げることをやめて停止したのである。
「転がします」
モルモーが暴れる鶏を腕で作った段差で転がしていく。
黒鶏が腕から転がり落ちてきて、止まっていた白い鶏に接触した。
白黒相殺。
白鶏と黒鶏が互いに砕け散っていく。
「終わったぞ。強敵を見事討ち果たしたな」
結晶の出現とともにおっさんが勝利を宣言した。
被害ゼロの完勝である。
最後にモルモーが腕で鶏を転がした時に抜け落ちた羽根に触れたのだが、勝利と同時に状態異常は解除された。
全滅する時は解除されないが、勝利の時は解除される仕様のようだ。
木村は今回の勝利に喜んでいる。
この完勝は被害がゼロ以上の手応えがあると彼は考える。
リコリスの手助けは大きかったが、これなら明日の助っ人がないにしろ、パーティーメンバーと兵士だけでなんとかできうる。
今回の反省とその対策を練り込めば明日も乗り越えられることがわかった。
迎えの飛龍が木村たちのそばにやってくる。
勝ってもすぐに解散とはいかず、忘れないうちに今回の反省をしなければならない。
面倒くささもあるが、早くおこなうことが大切だと木村も感じている。それでもやはり面倒は面倒ある。
「私は先に帰らせてもらっても良いですか?」
モルモーが口にした。
面倒だからとも考えたが、木村でも彼女の疲労が目に見える。
助っ人を除いた今回の功労賞は彼女とも言える。真似した存在がアレだけに、周囲も彼女の疲労を考慮した。
「わかりました。ゆっくり休んでください。また後で報告会の内容は伝えます」
「はい。それでお願いします」
おっさんがカクレガを開けると、モルモーから疲れが抜けたように見えた。
まるで休みの連絡をして了承された後は、体調が急激に良くなる謎の回復現象である。
「大変だぁ! 大変なんだぁ!」
モルモーがカクレガに入ると同時に聞き覚えのある声がした。
アコニトが復活したと木村はわかった。
何が大変かもすぐにわかる。
喫煙室が丸焦げということに違いない。
記憶がない状態で喫煙室で復活を遂げて呆然としたことだろう。
その光景を思い浮かべると木村は楽しくなって、クスッと笑いが零れてしまった。
一方で、楽しいどころか混乱している存在もいる。
助っ人のリコリスである。彼女はキャラが死んでも復活することをまだ知らされていない。
彼女にとって耳に馴染みのある声が聞こえてきたのだ。
しかもその声は、彼女が先ほど感情を努めて殺してから、その手で処理した存在の声である。
喧噪が彼女へ近づけば近づくほど、覚えのある力の奔流や足音のテンポ、聞き間違えようのない声が彼女のやったことと現実のズレを伝える。
「儂の! 儂の部屋が真っ黒焦げになっとるんだぁ!」
懐かしい泣き声をあげ、カクレガの出入り口からアコニトが現れる。
髪と尻尾はないままだが、それ以外はリコリスの知っているとおりの姿だった。
殺したはずの人物が目の前から現れるという事実がリコリスの感情を大きく揺さぶっている。
アコニトは木村に泣きつくが、木村は困ったようにリコリスを見ている。
やがてアコニトも彼の視線に気づき、その方向を追った。
師匠と弟子の久方ぶりの比較的まともな再会である。
当事者同士に感動はあった。良い感動とはとうてい言えない。
リコリスは感情がぶれすぎて言葉が出せない。
アコニトは首をゆっくりと木村に向けた。
「おぉい、坊やぁ。悪趣味が過ぎるぞぉ」
木村の肩にかかっていたアコニトの手に力がこもる。
表情も泣き顔から一変して、怒りを隠すこともできないでいる。
「アコニト。ちょっと落ち着いて」
「おい真似女ぁ。今すぐその似てない変化を解けぇ。そうすれば儂自慢の毒で楽に殺してやる」
「アコニト。聞いて」
アコニトはまったく話を聞く気がない。
目が据わってきているし、すでに口から紫の毒が漏れている。
「ほぉん。まぁだ続けるかぁ。命は要らんということだなぁ、真似女よぉ」
「モルモーとはさっき通路ですれ違わなかった?」
「…………んぉ?」
アコニトもようやく思い出したようである。
そうして彼女はもう一度リコリスを見た。
「それならまた別の真似をしている奴がいるということかぁ。懲りん奴らだぁ。朝間から殺しをさせるなよぉ」
「いや、リコリス神本人なんだ。人ではないから本神? 今日の助っ人で来てもらったんだ」
「……はぁ?」
アコニトがリコリスを再び見る。
リコリスもアコニトを見ている。
互いの視線が交錯し、さすがに師弟と言うべきか発言が揃った。
「否、否。アコニトが生きているわけがない」
「リコリスが生きているわけがないだろぉが」
互いに感情が揺れ動く。
そして、互いの事実を口にした。
「アコニトはわっちが処理したんだから」
「リコリスは儂が看取ったんだからなぁ」
感情の振幅は師匠の方が大きかった。
もはや自身で制御できる限界を超え、堰が切れた
「わっちは、わっちはまたしくじったのか。わっちが、わっちがこいつを……」
おっさんとウィルが動いた。
おっさんは木村をリコリスから離すよう距離を取る。
木村にくっついていたアコニトもおまけで距離を取ることができた。
ウィルはフルゴウルを掴んで、リコリスから距離を取らせる。
フルゴウルはリコリスが放つ独特の光に見入り、距離を取ってもしばらくその光に現を抜かしていた。
リコリス周辺の空間が黒くひしゃげていっている。
過去に見た彼女本来の力が現れた。
崩壊である。
木村は後悔している。
もしも早めに「死んでも復活しますよ」と一言告げていれば、こんなことにならなかったのではないか、と。
今は駄目そうだから後で良いかと先送りした結果がこれだ。
「……あの力。坊やぁ。本当に本物なのかぁ」
アコニトは唖然としていた。
木村は彼女の顔を見て、元はと言えば全部こいつが悪いんじゃないかと殺意を覚えた。
「わっちが……わっちが処理しなくちゃ。今度こそ完全に跡形もなく処理を、わっちはあの子の後見だからぁ。わっちが責任を負うんだ。わっちの責任で……」
精神崩壊したリコリスがアコニトを見た。
この様相を見ていると、木村はある意味で似ている師弟だと思わなくもない。
アコニトが薬で我を失う姿は、師匠のこの姿に近づこうと真似ているだけなのではないかとも考えてしまう。
「こっちへ来るんだぁ、アコニトぉ。今度こそ処理してやるからぁ」
リコリスが動き出す。
過去で見た時と違い、今回はリコリスに動きが見られた。
自らが壁となりアコニトを守ることが目的ではなく、逆に殺すことが目的のためによるものだ。
リコリスの手が振るわれると、周囲の空間が大きくひしゃげ、手の延長線上にいた地面や建造物が崩れる。
もしもおっさんがひっぱっていなかったら木村とアコニトは今の攻撃を直に受けていた。
鶏との鬼ごっこが終わり、新たな鬼ごっこが始まる。
鬼はリコリス、逃げるはアコニト。
時間制限はリコリスが自己崩壊に至るまで。
都を巻き込む崩壊の鬼ごっこである。
さっさとアコニトを鬼に渡すという選択肢が、この時点で全員から抜け落ちていた。




