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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅶ章.レベル61~70
106/138

106.イベント「私のカツラを知らないか?」9

 黒卵の突破口を見つけた。


 本体だ。

 本体である鶏を見つけ、叩けばなんとかなる。

 見つけるのに時間がかかるのではないか、鶏の形をしていないのではないかという木村の心配は杞憂であった。


『カラダン地区で対象を発見』


 即席の捜索体制を組んで、わずか一分足らずのことである。

 あまりにも早すぎて、それもまた黒卵同様の囮なのではないかと木村は考えたほどだ。


『純白の鶏で、地面を高速で走って逃げるようです』


 黒卵とは対照的な白の鶏らしい。

 聞いた限りでは本物ではないかと木村は感じた。

 地面を高速で逃げるというのも本体らしい特徴と思えた。


「伝令――『こちらが到着するまでは追跡に専念。被害を広げることのないように』」

『了解』


 ケルピィからの伝令をメッセがすぐに全域に流す。

 さらに今回も囮の可能性を考え、その他の兵士たちは動かず警戒するように伝えられた。



「白い」


 確かに白いっちゃ白い。

 しかし、純白とはあくまで瞳や羽の影、他のパーツや背景と比べて、白さが際立っているときに使うべきだろう。

 コピー用紙を鶏の形に切っただけのような立ち姿を純白と呼んで良いのか。


 しかし、このわかりやすさはありがたい。

 兵士からの報告を聞きただの鶏じゃないのかと疑問を感じたが、これは間違いない。

 広場の黒卵と対となる存在と言える。ただただ白い。


「攻撃を開……速いな」


 フルゴウルが手の平に筺を出した瞬間に白鶏は移動を開始した。

 その速さは木村では目で追いかけるのも困難なほどである。

 白い帯のようなエフェクトだけを残して消え去った。


「速すぎじゃないですか」


 凄まじい速さだ。

 しかもフルゴウルが攻撃をしようとしたのを見てから逃げたように見えた。

 実際に、白鶏はこちらがただ見ているだけのときは動く気配すら見せなかったのだ。


「当たりかも」


 攻撃から逃げると言うことは、被弾を怖れているとも考えられる。

 攻撃をものともしないのならば、黒卵や黒鶏同様にこちらを気にする必要すらないのだから。


「追いかけましょう」


 追いかければ、白鶏はすぐ近くにいた。

 追いかけるだけでは逃げないが、攻撃する素振りを見せるとやはりすぐ逃げていく。


「待った。闇雲に追いかけても駄目だよ」


 制止をかけたのはケルピィである。

 木村も追いかけ始めてからすでに五分が経過していることに気づいた。

 追いかけているにもかかわらず、攻撃をあてるどころか、攻撃をしようとした時点で逃げられてしまっている。


「逃げ方に法則性がある」

「人の少ない路地に逃げる傾向があるね」

「そう。少ない路地に先回りで魔法を撃つと逆方向に逃げてた。魔法の方が避ける優先度は高い。次に人の数の多少かな」


 その後も細かいパターンを続けたが、要するに配置を先に決めておけば良いとのことだ。

 地図を理解しているケルピィがメッセに声をかけて兵士を配置していく。

 トドメをさす位置を決めて全員が頷いた。


「それじゃあ始めよう。メッセ」

『了解』


 さすがに時間が勝負とわかっているのか、メッセも冗談を言わない。

 淡々と兵士たちに指示をして立ち位置を告げた。


 その間に木村たちも狩り場に移動する。

 長い一本道の街路だった。


 ウィルたちも魔法の準備をおこなう。

 建物の間にある小さな通り道を魔法で潰しておく。

 完全に隙間のない一本のトンネルのような状態を作り出す。


 準備が終わった。

 互いにうなずき合って、ケルピィが開始を宣言した。


「作戦を開始しよう」

『作戦決行』


 合図の音が遠くから聞こえてくる。

 どうやら兵士たち魔法を使ったらしい。


 音はどんどんと木村たちへと近づき、白い帯が木村の視界にも入った。

 白が見えた瞬間に魔法が展開される。


 長い道に誘い出し、入口と出口に魔法で蓋をする。

 鶏が通るのは「道」だけである。壁は走らないし、また今のところ飛ぶこともない。


 白い鶏は動きを停止した。

 どうやら逃げ道がない場合は停止するらしい。

 単発の攻撃は軽く回避するが、道の前後から逃げ道なく魔法で圧し潰す。


「やった!」


 白鶏にも魔法が効かないのではという心配は解消された。

 ウィルの炎とフルゴウルの筺で鶏は潰れて消えた。

 そして、消滅した場所に白い卵が残る。


「卵ですね」


 卵だが気持ち悪いほど白い。

 こちらも白すぎて平面にしか見えないほどだった。

 白卵が出たが、果たしてこれをどうすれば良いのかがわからない。

 気のせいか地面からほんのり浮いているようにすら見える。


「触っても大丈夫かな」


 フルゴウルは気にしているが、彼女は触ろうとしない。

 シエイが近づき卵を拾い上げようと手を伸ばす。

 彼女の手は卵に当たる直前で止まった。


「触ることができません」


 端的に告げた。

 手を止めたのではなく、それ以上進めなくなったらしい。

 両手で卵を掬おうにもやはり手が止まる。端から見ると冗談のようだが、シエイは冗談を言わない。

 ウィルやフルゴウルも魔法で試して魔法すらも弾くとわかった。


「僕も試して――」

「キィムラァ。やめておくべきだぞ」


 木村も気になって触ろうとしたが、おっさんに止められた。肩に手を置かれているだけなのにまったく動けない。

 この出来事は前にもあった。システム的に良くないことが生じるときの止められ方だ。

 絶対触れない魔法的な法則があるモノに、法則を無視する木村なら触れる。

 問題は触った時に何が起きるかだ。パンドラの箱である。

 触った時に問題がないならおっさんは止めない。


 つまり、今回は触ると悪いことが起きる。

 イベントとは比較にならないレベルの災厄が起きる可能性もある。


 木村は触るのを諦め、遠くから観察するに留める。

 白い卵は出たのだが特に何かができるわけでもない。


『黒のひよこが成長しているようです』


 制限時間が迫ってきている。

 考えて、話をするがけっきょく進展しない。


『黒鶏が卵を産みました。言われたとおり兵士が一人消えました』


 終わりの始まりであった。

 その後は淡々と兵士が消えた。黒卵が孵化したと報告が続く。

 悲鳴は聞こえるが、すぐに黒兵になり静かになる。朝のドライゲンが黒に侵蝕されていく。


 木村は離れたところから黒兵たちの様子を見ていた。

 全滅は必至だが、可能な限り情報を集めたい。滅び行く様を余すところなく観察する。


「あっ!」


 黒の兵士が忽然と消えた。

 理由はわからない。前回は起きなかった現象だ。

 前回になく、今回に起きたことの有無は、白鶏の撃破であるので要因がそれと察しは付く。


 木村が考えている最中、どこかからコケコッコーと鳴き声が聞こえてくる。それも二回だ。

 パーティーメンバーも聞こえたようで静かに状況を見守る。

 その二十秒後に変化が生じた。


 広場の中心に卵が現れた。

 その数は二。先ほどよりも一つ多い。

 さらに色は完全な黒ではなく、白と黒が混じっている。


 またしても鬼ごっこが始まった。

 兵士たちが欠けてしまった中での鬼ごっこである。

 いまだ先の混乱の中にあり収拾がつかず、逃げる鶏を倒すことはできなかった。


 時間が経過し、卵は孵化し、白黒の鶏が二体現れる。

 今度こそ地獄だった。


 全滅を見ていきながら、木村たちは対策を検討する。

 やがてパーティーも全滅し、木村は前回同様にただ一人残った。


 しかし、絶望はない。


 倒すべき敵の対策を見つけることができたのだ。




 とうとう三周目である。


 ヒルドの鐘によるコンテニューもあと1回だが、木村は今回でクリアできると考えている。


 流れは前回とほぼ同様だ。

 予言者のような概要の発言から、白鶏の対策を簡略的に話す。


「俄には信じられませんね」

「すぐわかる」


 同じような台詞を聞いたので、木村は端折って答えた。

 案ずるより産むが易し。長々と説明するよりも見てもらった方がずっと早い。


 討滅クエストⅡが始まり、最初の二戦はウィル、モルモー、シエイで戦ってもらう。

 フルゴウルは三戦目の増殖鶏以外は、木村とアルマーク、それにケルピィ、メッセと一緒に作戦会議をおこなった。


 三戦目でフルゴウルも戦線に復帰した。

 このあたりは安定して倒せている。安定しすぎている。

 全滅した前の二回よりもずっと安定していると木村は感じた。

 ヒルドの鐘は単なる時間の巻き戻しだと思っていたが、あるいは技量的な面を一部引き継いで戻っているのではないか。


 増殖鶏も倒すことができて、いよいよ特殊イベント戦である。


「キィムラァ、やったな。隠し条件を全て達成したぞ。隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」


 パーティーメンバーからは本当に始まった、というわずかな驚きが見えた。

 そして、全員が耳を澄ませる。今回は兵士のざわめきもほとんど聞こえてこない。

 あらかじめメッセに伝えておいてもらっている。


 どこかからコケコッコーという鳴き声が聞こえた。

 大まかな方角だけはわかる。前回とは明らかに違う方角であった。こちらはランダム要素がある。


 飛龍部隊が木村たちの側に降りてきて乗せてくれる。

 そうしていると報告が来た。


『ワースリアー地区で対象を発見』


 木村たちは飛龍に乗せられ、すぐさま地面を離れる。

 地上からの離陸の際は、乗り手が風魔法で飛龍の飛翔をサポートするようだ。

 あっという間に建物を見下ろせる高さに達し、そこからワースリアー地区へと向かう。


「白いと聞いていましたが、本当に白いですね」


 前回、木村が抱いた感想をウィルが述べた。

 その後の速いの感想も同様である。


 ケルピィが地図を解析し、配置を決めていく。

 狩りスポットを決め、そこがゴールになるよう誘導させる。


 ここで一つ前回と違う点がある。

 狩り場は前回のような長い一本道ではない。

 黒卵の発生した広場である。そこまで白鶏を誘導する。


 前回、なぜ黒兵たちの増殖が止まったのか、その後、また白黒卵が現れたのかを考えた。

 黒鶏の人間吸収は距離が一番近い人間を吸うとわかっている。


 その黒鶏の人間吸収は人間だけでなく、白卵も標的となるのではないかという仮定が出た。

 黒鶏が白卵の距離までの人間を全て吸収した場合、次の吸収は人間ではなく白卵を吸収するということだ。

 そして黒鶏が白卵を吸収すると、黒白相殺というべきか黒鶏と白卵が同時に消滅する。

 消滅した後で次は二体の白黒卵と鶏が現れる。


 この仮定を信じ、木村たちは白鶏を広場へと追い詰めていく。

 飛龍に乗ったまま、路地に人や魔法を配置し、白鶏をどんどん広場に誘導する。


「行きました!」


 白鶏が広場に入った瞬間に全員が魔法を発動する。

 追い詰められた白鶏は、すでに孵っていた黒ヒヨコにぶつかった。


「両方とも消えたね」


 白卵を黒ヒヨコに吸収させるつもりだったが、白鶏の方から黒卵にぶつかってしまった。

 そして、両方とも消え去る。これは仮定が完全に正しいのか不明だが、とりあえず消滅させることはできた。

 白黒相殺は間違いなさそうである。


 コケコッコーと鳴き声が別方向から折り重なるように響いた。

 セカンドステージの始まりである。今回はここからが本番とも言える。


 鶏発見の報はすぐに入る。

 木村たちは鶏に向かわず、飛龍に乗ったまま卵が現れるのを待つ。


「出た」


 広場に現れた卵は二つ。

 ここで確認すべきは卵の模様である。

 白黒が縞状の卵と斑状の卵の二種類だ。

 どこかに現れる鶏にも縞状と斑状の二種類。

 対応する鶏を対応する卵にぶつけなければ消えないと木村は考えている。


 さらに対応方法だが、順次各個撃破を選択した。

 パーティーを分割する方法もあったのだが、倒せなかった時の被害が大きい。

 それに先の一体の時の対応を考えれば、二体でも時間は余裕があり、方策も練ることができている。


 まずは近いものから潰す。

 先ほどから聞いた話では縞状の鶏が近い。


「こちらは縞状のモノをやります。兵士の方々は斑状のものをお願いします」


 木村たちはすぐさま現地に向かう。

 すでにケルピィがメッセを介して兵士たちに配置の指示を出していた。


 兵士たちは慣れていないが、木村たちの誘導は二回目なのでコツをつかんでいる。

 早めの展開、人・魔法の優先順位、緊張の緩和とスムーズに事が進む。

 一体目の鶏が十分もかからず広場へと誘導される。


「良し!」


 木村が発した「良し」は誘導ができたことも含まれるが別の意味もある。

 広場には縞状の黒ヒヨコしかいない。


 もう一匹の斑状の黒ヒヨコはすでに白鶏の方へ兵士たちが誘導してくれている。

 黒ヒヨコが身近な動くものを追うという習性を利用しておびき出した。

 さらに斑状の白鶏も黒ヒヨコへ誘導している手はずだ。


「消滅を確認しました」


 縞状の鶏が、一回目と同様に白黒相殺で消滅する。

 休むことなく斑状のモノの処理にかかる。


 斑状の黒ヒヨコと白鶏は、すでにかなり近い位置にいた。

 兵士たちが四苦八苦しつつも、互いを誘導してくれたおかげである。


 ここからはケルピィが細かく兵士を配置してくれる。

 狩り場もすでに選定済みだ。


「来ました!」


 すぐさま魔法を展開する。

 こちらも白鶏と黒ヒヨコがうまく一致した地点で消滅させることができた。


 問題はこの後だ。

 さらに鶏が出るかどうか。

 卵二つで約二十分。卵が三つならギリギリと言える。


 コケコッコーというトラウマになってきそうな鳴き声が響いた。


「多くないですか」


 木村は気のせいだと信じたかった。

 少なくとも今の鳴き声は三以上に聞こえた。


『広場に卵が出現を確認。数は四』


 三ならまだいけると考えていたが甘かった。

 一気に倍の四である。


 今回で終わらせるという木村の意気もくじかれつつあった。

 ちょっと予想外のことが起きれば躓く。コンテニューがあと一回というのも焦りを生みつつある。

 木村の意気など脆いものである。一番強い意志は「ガチャを引くぞ」という中毒性を含む意気くらいであろう。


「四ならいけそうだ。まずパーティーを分断しよう」

「それが良さそうですね。ケルピィさんと兵士たちだけでも誘導はできることがわかりました」


 消沈しかけていた木村の横で、ウィルとフルゴウルが会話を始めた。

 彼らの声を聞き、木村の沈みつつある意気も持ちこたえた。


「モルモーさんはメッセさんの真似ができますか?」

「疲れますが可能です」

「アルマークと兵士の中を取り持ってください。彼らに誘導を任せます」


 二つに分けるどころか、パーティを三つに分けた。

 ウィルとシエイ、モルモーと兵士たち、そしてフルゴウルである。


 ウィルとシエイは近場の鶏から処理していく。

 モルモーと兵士たちは二番目に近い鶏の処理だ。

 この二組は処理が終わったら三番目に近い鶏を処理する。

 フルゴウルは一番遠くの鶏を近くへと誘導する。


 即座に分かれ、行動を開始した。

 一体目の撃破に十分。二体目の撃破は一体目の遅れること五分。この時点で十五分。

 さらに三体目も誘導ができていたため遅れること十分でできた。

 四体目も黒鶏に成長してしまったが何とか倒せた。

 近くの兵士数人が吸収されてしまった。


 ここに来てようやく当初の仮説に結論が出た。

 黒鶏の人間吸収は白卵がある場合は、卵も吸収の対象とする。

 そのため、鶏と卵は近くで倒すことができれば、人払いされできれば被害なく撃破が可能ということだ。


 四体の鶏と卵セットも倒した。

 宝箱は現れず、おっさんから撃破の祝言はない。


「まだあるの?」


 さすがに嫌になってきた。

 四体の次は五体かあるいは倍の八体だろうか。

 MMORPGのレイドボスでももう少し戦闘が短いんじゃないのか。


 またコケコッコーという鳴き声が聞こえた。

 数は一。ただし、鳴き声は今まで比べものにならないほど大きい。


『広場に鶏の出現を確認。……卵らしき物体も出現しているとのことです』


 木村たちはまたしても広場に飛んで戻った。



 広場に現れていたのは黒い鶏である。

 黒い鶏は身長の五倍以上はありそうだった。

 ただ、立っておらず座っているので大きさがはっきりしない。


「……卵は?」


 卵もあると聞いたが、ぱっと見、どこにもない。


『卵は鶏の下です』


 木村たちが横に移動すると、黒鶏の下に白い何かが見える。

 形ははっきりしないが、鶏が下の何かを守っているように見えなくもない。

 鶏が守るモノと言えば卵だろうということで「卵らしき」という報告になったのだろう。


 黒の鶏と白の卵――最初の組み合わせと色は逆である。


「攻撃してみてください」


 様子見は時間の無駄である。

 今回の特殊イベント戦の趣旨を木村も掴めてきている。


 テーマは時間との戦いだ。


 直接的な戦闘はほぼない。

 起動したら最後の時限爆弾を解いている気分だった。

 即断即決。相手からパズルを与えられてさっさと解くことを強制される。


 手始めにウィルが攻撃を加える。

 火の魔法は鶏に当たると吸収されるように消えた。


「最初の黒卵と同じだ」

「そうなのですか?」

「え? ……あ、そっか。うん。最初の黒卵がこんな感じに魔法や衝撃を全て消し去ってた」


 木村もパーティーメンバーに一回目と二回目の記憶がないことを失念していた。

 彼らはこの現象を記憶の時系列上では初めて見ている。


 黒の鶏が羽をバサリと大きく広げた。

 周囲は驚いたが、鶏はすぐに羽を元に戻す。

 攻撃されたので威嚇で羽を広げて見せたと判断した。


 周囲には広げた時に抜けた羽根が落ちている。

 羽根も当然と言うべきか真っ黒だ。


「兵士の様子がおかしいです」


 抜けた羽根に触れてしまった数人の兵士が黒くなっている。


「まずい! 離れて! 黒兵化してる!」


 パーティーと兵士たちは鶏と黒兵士から距離を取る。

 距離を取ってから、兵士たちは黒兵士に攻撃を加えていった。

 しかし、黒兵士の特徴はきちんと受け継がれている。こちらの攻撃は効かない。

 その一方で黒兵士の攻撃はこちらに通り、しかも黒兵化させてくる。


 地獄が始まった。

 鶏の吸収がないぶん最初の時よりも進行は遅いが、着実に黒兵を増やしていっている。

 今回もどこかに本体がいるのではないかと、木村たちは黒兵が暴れる中で探して回る。しかし、本体はどこにも見えない。


 三十分が過ぎたころだろうか。

 コケコッコーというひときわ大きい鳴き声が聞こえた。

 この鳴き声こそが本体のものだとわかる。


 いったいどこからと飛龍に乗せてもらったまま探した。

 異常は広場にあった。


 黒鶏が立ち上がり移動すると、白卵の中から白い鶏が出てきている。

 ひよこではなく最初から白の鶏として出現した。


 白の鶏がコケコッコーともう一度空に向かって鳴いた。

 ドライゲン全域に余裕で響き渡らせる大音声だ。


「あ……」


 木村の乗せてもらっている飛龍を操る兵士が短い声を出した。

 その後は力なくうなだれる。飛龍すら翼の動きを止め、そのまま急降下を始める。


「……え?」


 木村が周囲を見れば、他の兵士や飛龍も降下を始めている。

 それどころか、飛龍に乗っていたパーティーメンバーは全て光になって消え始めた。


 木村も地面に落ちていく中で何が起きたのかを理解した。

 即死ブレスを食らった仲間が同じように死んだ。


 すなわち白鶏の最後の鳴き声が即死効果を持つ鳴き声だった、と。


 地面に落ちるところでおっさんがうまくキャッチしてくれて木村にケガはない。


 白い鶏は鳴き声を上げて満足したのかそのまま消え去った。

 白い鶏が消滅するのを見届け、黒い鶏も消えた。


「キィムラァ。残念だったな。挑戦は失敗だ。カクレガに戻るんだぞ」


 こうしてドライゲンは三度目の全滅を迎えた。



 カクレガの入口が開いたが木村はまだ入らない。


 おっさんも無理強いすることはなく、スクワットをしながら待ってくれている。

 最後の鶏の対策を考えなくてはならない。


「本体は外じゃなくて卵の中。しかも、その卵を黒鶏が守ってる。で、黒鶏は攻撃を食らうと羽を広げて反撃する。羽根には黒化作用の効果が付いていると」


 クソみたいな敵だった。

 今回は兵士が近くにいて、羽根で黒兵化し黒鶏への攻撃を止めた。

 もっと攻撃を加えていれば羽根がなくなって、打ち止めになるのだろうか。


「チキンにしてやりたい」


 わからん殺しもいい加減にして欲しい。

 次はもうコンテニューができない。対策も前回より曖昧である。


 卵は孵化したら終わりと明らかなので、孵化する前にどうにかしなければならないことはわかる。

 やはり羽根を全脱毛するまで攻撃するしかないのだろうか。


 しかし、あまりスマートではない。

 対策の話し合いでもこの話は出たが、綺麗な勝ち方には思えず全員が首を捻った。

 今回の特殊イベント戦はパズルに近い、全脱毛狙いはパズルのピースがないので自分で作りましたみたいな鬼手と言える。

 到底、正解とは思えないし、違っていた時の虚無感が拭えない。

 きっとスマートな対処法があるはずだ。


 攻撃方法、防御の仕組み、戦闘段階もクソを重ねているボスではある。

 しかし、パズル系のボスだけに攻略法だけはフェアなはずだ。

 技量と知恵でどうにかなる。


「何かを見落としてる。何を見落としてるんだろう」


 もしかすれば特定の能力を持ったキャラが必要という、現状でどうしようもないものかもしれない。

 しかし、それならやはり大神はヒルドを遣わしてこないだろう。

 あるいはキャラの中にいるから探せということか。

 そんな心の余裕はない。


 ヒルドが教えてくれればいいが、彼女は繰り返し以外で何かをする気はなさそうだ。

 かつての敵が今は味方というおいしい状況だが、嬉しい類いの仲間ではない。

 おっさんも敵の性質を解説はするが、倒し方は黙秘を貫く。


 ケルピィも洞察には優れているが、彼の理解を超えるものは守備範囲外だ。

 コンテニューも残り一回。次は失敗が許されない。

 落ちたら死亡の綱渡りの挑戦となる。


「綱渡り……あっ」


 完全な思いつきだった。

 正解はわからないが、縋ることはできうる。

 木村はカクレガの入口に背を向けて、人が消え去ったドライゲンに向き直る。


「ヅラウィさん! まだどこかにいますか?!」


 できる限りの声で最後の希望の名を叫んだ。

 一縷の望みを懸けてのコールである。


「ヅラウィさん!」

「大きな声を出さずともきちんと聞こえておりますよ」

「うおぉあ!」


 普通に木村の隣から声が返ってきた。

 見ればそこにカツラと髪の化物がいるではないか。

 髪の量は目に見えて減っている。彼なりに黒兵と戦ったのかと木村は推測した。

 あるいは芸を見せようとし続けた結果かも知れない。どちらにせよ、髪を消費して芸を実行していることは確実だろう。


「見ていたとおり、ドライゲンの人は全滅しました。全滅を食い止めるために手伝って頂きたいんです」

「失礼ながら全滅はすでに起きています。わたくしでは彼らを復活することは叶いません」

「いえ、違います。実は、」

「時を巻き戻せるのでしょう」


 口にしようとしたことを先に言われて木村は驚いた。

 ヅラウィはすぐに種を明かした。


「ネタばらしというほどでもありませんが、発言をずっと聞いておりましたから」


 どうやら近くにはいたらしい。

 それなら話は早い。


「巻き戻しもあと一回。次が最後なんです。どうか力を貸してください」

「それは叶えられません。わたくしは手を貸すことはできません」


 即答された。

 しかも却下である。

 理由を問う前にヅラウィは続ける。


「しかしながら、あなた方にわたくしの芸を披露することは問題ありません。その上でご相談なのですが、少しばかり用立ててほしいものがございます。見物料とお考えいただければと」

「……それは僕たちに力を貸すとは違うんですか?」

「違います。わたくしども曲芸団員は私的な用件で力を見せることを禁じられています。そして、団として手を貸すかどうかは議決の必要があります。団員がいない今、あなた方に手を貸すことは叶いません。しかし、あなた方が見物料を支払い、わたくしが芸を披露する。これであれば問題ありません。いかがでしょう?」


 木村としてはどちらでもかまわない。言葉遊びも良いところだ。

 ヅラウィは過去に話した時に職人的な性質があった。そのあたりの差異が気になるところなのだろう。


「もちろんそれでかまいませんが、見物料として何を差し出せば良いのでしょうか?」


 尋ね返したが、返答はすでに木村もわかっていた。

 彼の姿を見れば明確と言える。


「あなた方の髪です。特にお二人のものがあれば幸いです」


 木村とおっさんである。

 もちろん木村はかまわない。

 おっさんを見れば彼も別に良いぞと頷いた。

 ここに来て、少し躊躇いが木村の中に生まれる。


「あの、髪は全部ですか?」

「一部でかまいません。わたくしの力だけでは時間の巻き戻しに堪えられませんので」


 なるほどと木村は頷いた。


「それではどうぞ」


 ズラウィが木村とおっさんから髪を切り、復活した仲間達からも髪を少し拝借した。

 他にも仲間の髪をいくらか彼に与えた。


「たしかに頂戴致しました」

「対策はあるんですか?」

「披露する芸を先に述べては面白くありません。どうか皆様にもご内密にして、ご覧になってください」


 何らかの対策はあるようである。

 それを見せてもらって明日以降の参考にすれば良い。


 木村はようやくカクレガに入る。


 ヒルドの鐘が響き渡った。




 挑戦もコンテニューを三回経ての四回目である。


 もしもソシャゲならスマホを投げ捨てている。

 その後でスマホを拾い上げて、アプリのアンインストールという流れだ。

 現実も投げ捨てたいが、そうはいかない。


 戦闘だけならまだいいのだが、説明を繰り返すのが何よりも億劫だ。

 初回ならまだ注意深く説明もできたが、二回目以降はどこまで説明すればいいかわからなくなってくる。


 それでも特殊イベント戦まで順調に進んでいる。

 やはりヒルドの鐘はただ時を巻き戻すだけでなく、経験値か技量が引き継がれているのではないかと木村も考えざるを得ない。

 鶏の追い詰めも初回で五分を切っているし、四体が出てきても今回は三〇分がかからずに完了した。

 今のところでヅラウィはまだ出てきていない。


 コケコッコーと大きな声が響く。

 この鳴き声を聴くと木村の気分が沈む。


『広場に鶏の出現を確認。……卵らしき物体も出現しているとのことです』


 先ほどと同じ流れだ。

 木村たちは広場に向かった。


 到着すればすでにヅラウィが現れている。

 黒鶏の頭の上に陣取り、直立不動の姿勢を見せていた。


「詳しく聞いていませんでしたが、対策とはまさか彼ですか」

「うん」


 このデカ黒鶏の対応策は事前にぼやかして説明しておいた。

 木村としてもヅラウィがどうこの黒鶏を処理するのかが気になっている。


「みなさま、ごきげんよう」


 周囲を兵士に囲まれ、鶏の揺れる頭の上でヅラウィは優雅に一礼して見せた。

 木村も抜けた羽根に触れなければ、黒兵化しないのだなと理解できた。


「本日は早朝からお集まりいただき、恐悦至極でございます。本日の演目はやや危険を伴いますので、どうか線の外側よりご観覧ください」


 黒鶏の周囲に白い線が円となって現れた。かなり広めの円だ。

 兵士たちは線を踏まないようにしているが困惑を隠しきれていない。


「伝令――『線の外側にでてください。至急』で」


 メッセが兵士に告げれば、彼らも線の外側に出て行く。

 ひとまず攻撃を仕掛ける血気盛んな馬鹿がいないのがなによりありがたい。


「それでは」


 ヅラウィは黒鶏から飛び降りる。

 そのまますたすたと歩き、黒鶏の横に回った。

 腰を屈ませ、鶏の隙間から白い卵へと手を伸ばしていく。


 これを攻撃と判断したのか黒鶏が羽を広げて抵抗を見せた。

 羽根が周囲に散らばり、大きく動いた鶏の胴体がヅラウィに当たる。


「ああ、そうか」


 攻撃判定があるのは黒鶏の抜けた羽根だけである。

 本体の真下に羽根は落ちず、暴れ回る本体の胴体も黒鶏の性質上まったくダメージがない。


 鶏はさらに暴れ、いよいよ立ち上がった。

 羽をばたつかせ蹴りをヅラウィに入れるが、これもまたダメージがない。


 さらに蹴ってきた足を躱し、その足が落ちる下にヅラウィは先回りした。

 互いにダメージも重さも感じられない状態で、ヅラウィが足の着地点に先回りすることで黒鶏は足をうまく下ろすことができずバランスを崩した。

 それどころか転げる地点に先回りし片手で鶏を持ち上げてしまっている。

 似た光景は最初の黒ヒヨコとの戦いでも見たモノだ。


 黒鶏は暴れ回っているが、全てがヅラウィの手の平の上での出来事だ。

 人があげた手の上で黒の鶏が暴れ回っている。まるで鶏のブレイクダンスだった。

 しかも片手でやっており、ジャグリングのように左右の手に替えて、最後には頭で鶏を暴れさせている。


 その場にいた全員が動けなかった。

 羽根は次から次へと落ちていくのだが、ヅラウィの引いた線の外側には一つも落ちていない。


 ヅラウィは観客と化した兵士たちに暴れ回る黒鶏を一通り見せて回る。

 そうしてヅラウィが空いた手で白卵を示した。


 いつの間にか抜けた羽根が白卵に触れて、卵の殻の色が変わってきている。

 時間が経過すると卵が真っ黒になって殻が消滅した。


 鶏は鳴くのでは、と木村は怖れたが鶏は身動き一つ取らなかった。

 ヅラウィが白鶏を見てから、指をパチンと弾く。


 広場の出口から炎、金の筺、風、毒の霧と様々な魔法が生じ、道を封じた。

 ヅラウィは暴れる黒鶏を白鶏に下ろす。


 白と黒がふれ合い、互いに相殺され消滅した。

 周囲に飛び散っていた黒の羽根も次々に消滅していく。


 結晶型の宝箱が現れる。


「終わったぞ。強敵を見事討ち果たしたな」


 おっさんが終戦を告げた。

 長い戦いがついに終わりを告げられた。


 ヅラウィは周囲に一礼してみせる。

 あまりの手際に全員が拍手をする余裕もなかった。

 それでも彼はもう見せるモノはないと言わんばかりに広場からどうやってか消え去った。


 木村も前回の攻略で何が失敗だったのかがわかった。

 この戦いは時間との勝負だと考えた。調査もロクにせず初手で攻撃を加えたことが駄目だった。

 もしも触って大丈夫だとわかっていたら違っていたかもしれない。


 この考えはすぐに否定する。

 いや、おそらく結末は変わらなかった。

 あの場でヅラウィの真似ができたかといえばできないと断言できる。

 黒鶏の下に潜り、卵に手を出し、鶏が暴れたら絶対に離れる。

 散った羽根が誰かに当たって同じ道を進む。


 鶏を手の平の上に乗せることは必須ではないだろうが、抜け落ちた羽根を殻を割るため白卵にあてる必要がある。

 少なくとも黒鶏のバランスを崩し、白卵の真下から移動させる必要はあるのだ。


 そんな芸当が果たして可能か。

 地面に黒の羽根が大量にまかれ、宙にも飛んでいる中でだ。

 難しい。間違いなく初見では絶対にできない。次もできる気がしない。


 殻が割れた後は白鶏が出てくる。

 ヅラウィは様子を見ていた。その後で道を塞いだ。

 これに攻撃を仕掛ければ逃げるという推測がすぐにできたのだろう。


 もしも木村が初見で見ていたならできただろうか?

 白鶏が鳴けば全滅とわかっていた。すぐに攻撃を仕掛けさせたに違いない。

 そして、白鶏に一瞬でどこか遠くへ逃げられる。


 すぐに白鶏が鳴かなかったのはおそらく時間制限があったからだ。

 早く殻を割れば割るほど即死の鳴き声までの時間が延長される仕組みになっているのだろう。


 そこまできて、ようやく最後だ。

 逃げ場を失い止まった白鶏に、黒い鶏を接触させる。

 もしも黒鶏も白鶏から距離を取る習性があれば、どうやって二体を接触させろというのか。


「無理だ」


 木村は全てを認めた。

 おそらくヅラウィに頼んだことこそが今回の最善手だと。

 コンテニュー三回では、自分たちだけでいくらがんばってところで今回のボスは攻略できなった。


 ドライゲンは本日を以て終わっていたのだ。

 明日以降も不穏な助っ人が来る。助っ人無しでクリアできる気がまるでしない。


 木村は、仲間や兵士たちの安堵や喜びの声が聞こえてくる中で、一人だけ表情を暗くしていた。

 いけない思考方向に走っていることを自覚しつつも止めることができない。


 大神オーディンがなぜ木村たちにヒルドを遣わしたのか?

 ヒルドは、木村の推測した大神の考えに肯定も否定も見せなかったのはなぜなのか?


 「死力を尽くせよ」とは言われたが、むしろそれが足枷になっていた。

 この言葉によって木村はパーティーのメンバーでどうにかしようと躍起になった節がある。

 もしもこの言葉がなければ、早々にヅラウィに泣きついていたはずだ。他力本願こそが彼の頼みとするところなのだから。


 木村は「オーディンは、木村たちに特殊イベントボスを自力で倒せるようにさせるため、時を巻き戻せるヒルドを送った」と考えていたが違うのではないのではないか?

 本当に倒させようとしたなら、もう一言「他者を頼れ」も付け加えて良かったはずだ。


 自力で倒そうと奮闘させて、けっきょく全滅するプロセスを踏ませようとしたのでは?

 どうがんばってあがいたところで勝てない相手がいる、と。

 しかし、その場合の目的は何だろうか?


「大丈夫ですか?」

「……え、あ、うん」


 ウィルの声で木村は我に返った。

 どうにもらしくないことを考えすぎていたようだと彼は首を振る。


「さっきのあれ、真似できそう?」

「難しいかもしれません。訓練室に登録されればなんとか練習はできますが」


 とりあえず自力でクリアするためには練習する他ない。

 彼にできることは仲間が練習する姿を見ることだけである。


 明日の助っ人は過去の女神だ。

 うさんくさすぎるので可能な限りあてにしたくはない。




 翌朝である。


「木村くん。朝ですよー」


 寝ていると声をかけられた。

 目を開ければ、眩しい光に照らされた金髪碧眼の女神がいる。

 周囲は真っ暗で、木村は寝ているどころか、自らの足で立ってさえいた。

 アコニトの過去で見た謎空間だ。目の前の女神らしき存在が、事実、女神であることを彼は知っている。


「クロートーさん」

「はい。クロートーお姉さんですよー」


 のほほんとクロートーは応えた。

 彼女は翼をパタパタとさせて宙に浮かぶ。覚えてもらえていて嬉しいのリアクションなのだろうか。


「今日の助っ人はクロートーさんでしたよね。でも、ここは」

「はいー。夢の中まではなんとかこられたんですが、私ではここが限界のようですー。代わりに助っ人を送りますからねー。がんばってくださーい」


 木村はほっとしている。

 この女神はどうにも好きになれない。

 見た目だけなら美人なのだが、どうにもうさんくさい。


「ありがとうございます」


 うさんくさくはあるが、いちおうお礼は言っておく。

 強力な助っ人がいなければボスは倒せない。倒せるかもしれないが被害は甚大だ。

 最終的にはヅラウィに頼むしかないと考えている。髪くらいで(都ごと)全滅が防げるなら安いものだろう。

 果たして女神の送る助っ人は誰なのだろうか。


「助っ人はどなたでしょうか?」

「過去で見たところ、候補は何名かいたのですが、顔見知りの方が良いと思いましたのでー。彼女にしましたー。ほらー、木村くんの大好きなお仲間のお師匠様ですー」


 すぐにヒットした。

 顔見知りというかある意味で敵対した仲だ。

 アコニトの師匠と言えば、リコリスに間違いない。


「ありがとうございます!」


 これには木村も心から礼を述べた。

 彼女なら力量的に申し分ない。アコニトもリコリスに会えて喜ぶはずだ。


「うふふー。それではがんばってー」

「はい」


 女神クロートーが急激に遠ざかっていく。


「ん?」


 遠ざかる女神の口の端が、つり上がったように見えた。


 まるで歪に笑っているかのように。



「起きてください!」

「ふぁ!」


 目の前にウィルがいた。

 フルゴウルも彼の横にいるのだが顔色が良くない。


「目覚めてすぐで済みませんが、助っ人が来ました!」

「ん、ああ、知ってる。さっき聞いた」


 ウィルが怪訝な顔をする。

 夢の中で女神から聞いたと言わなければわかるはずもない。


「とにかく! 迎えに行ってください。誰も行きたがりません!」

「……どゆこと?」


 ウィルが言うには五時になって助っ人が来た。

 問題は助っ人が猛烈な神気を放っているらしい。

 ウィルは怖くて動けず、フルゴウルも溢れ出る魔力にあてられているようだ。

 よく見るとシエイが訓練室の隅で怯えていた。木村はその姿にときめいた。シエイの好感度が下がった。


「まるで烈火だね。敵よりも恐ろしい」


 汗がダラダラとフルゴウルの額を流れる。

 ウィルも鍛えてはいたが近づきたくはないようであった。


「ちょっと行ってくる」


 寝起きでトイレも顔を洗う時間も与えられず自室に向かう。

 状況を知らず文字だけで見ると、意味のわからない文章だった。


 木村の後ろからおっさんが付いてくる。

 部屋まで来たところで、おっさんに止められた。

 少し悩んだ様子だったが、彼が隣に立って扉を開けることになる。


「失礼しまーす」


 自室に入るのに失礼しますとはこれ如何に。

 しかも、ノックまでした。


 扉が開くと、比喩抜きで熱波が木村を襲った。

 彼の立ち位置に炎の刀が生え、さらに刀が首筋に迫っている。

 隣のおっさんも同様だ。


「ここはどこで、あんたらは何もんだい?」


 目の前に女性がいる。

 見覚えのある燃えるような赤髪だ。

 服装も上が白、下が赤の典型的な巫女装束。

 手から炎の刀が伸びており、コスプレした巫女に近い。


「ここはカクレガで僕は木村です。隣のおっさんはおっさんです。もっと言えば、ここは東日向の国ではありません」

「……続けな」


 表情にはほとんど出ていないが驚きはあるように見えた。

 木村は正直に懇切丁寧なほどに説明をする。やはりあのTHE女神は信用できない。

 助っ人の代わりにはちゃんと説明してから送り出して欲しい。


「つまり、ここはカゲルギ=テイルズとは別の異世界で、わっちはあんたらの手助けをするため女神クロートーにここに送られた、と」

「そのとおりです。いきなり送り込まれて困惑しているのは当然ですが、どうかお力をお貸しください。リコリス神」


 アコニトもそうなのだが、東日向の神は頼まれると弱い傾向が見られる。

 「人助けじゃ仕方ないね」と炎刀を引いた。もちろん木村の言葉に偽りが感じられれば、この結末にはならなかっただろう。


「この気配はアコニトもいるんだろ。案内しな。最後にあったのは百年以上も前だ。久々にあいつの姿を見たいからね」


 仏頂面だったリコリスの表情が緩んだ。言葉もやや緩くなる。

 木村でもわかる。リコリスはなんだかんだで可愛い弟子であるアコニトに会うのを楽しみにしている。

 それ故に木村は緊張を増してしまう。


「……えっと」


 木村はここで初めて言葉を詰まらせた。


「なんだい? 案内できないって言うのかい。それともあんたがた、あの馬鹿(あいつ)に――何かしたのか?」


 リコリスは炎刀をすでに消している。

 しかし、魔力を感じない木村でも彼女の言葉に明確な恐怖を覚えた。

 しかも何かしたかという問いに木村もおっさんも心あたりがある。自爆、顔面モップ、廊下でぐにゃぐにゃの晒しあげなどだ。

 それでもアコニトはすぐにけろりとしているし、彼女の方に問題が多い気もする。


「そのなんといいますか、会わない方が良いんじゃないかと。えっと……アコニトも今は会いたくないんじゃないかなって」

「あんたが判断することじゃないよ。保身はやめるんだね。次はないよ。案内しな。今、すぐに」


 ごもっとも、と木村は感じた。

 しかしながら、木村が庇っているのはアコニトであり、彼女の師であるリコリスでもある。

 けっして保身のために発した言葉ではないのだ。


 ここで木村は考え直す。

 アコニトの今の姿は、昔から変わってないのではないかと。


 リコリスは今のアコニトの有り様を知っているのではないかと、何せリコリスはアコニトの師匠だ。

 木村との浅い数ヶ月の付き合いとは比べものにならない。数百年、あるいは千年以上の付き合いのはずである。

 シャブ漬けのアルコール漬け、クソも廊下に垂れ流しというゴミニトの姿を知っていてもまったく不思議ではない。

 むしろこれこそが彼女のありのままの姿ですらある。


 今のアコニトの姿をリコリスに見せるのは、二人の心に影を落とすと木村は考えていた。

 しかし、これはまったくの彼の幻想で有り、自己中心的な思い込みではないかと考え直したのである。


 アコニトは師匠のリコリスを誇っており、リコリスも弟子のアコニトを大事に思っている。

 それであれば木村の手前勝手な思い込みと二人の出会いを遮る言動ことこそ、逆に二人への礼を失したことになろう。


「失礼しました。案内します」

「そうしな」


 木村はリコリスに背をむけ彼女を導く。


 アコニトのあんな姿も、師匠から見ればよく見る姿だろう。

 きっと懐かしさに喜びが溢れ出るに違いない。


 木村も自信をもって、今の彼女の有り様を師匠に見てもらうことにした。

 



 この数分後、アコニトは殺された。

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