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チュートリアルおじさんと異世界巡り  作者: 雪夜小路
Ⅶ章.レベル61~70
105/138

105.イベント「私のカツラを知らないか?」8

 五日目の朝、木村は四時過ぎには目が覚めた。


 ワルキューレのリーダーが来るという緊張のためだろう。

 寝直そうにも眠気がどこかへ消え去ってしまい、そのまま体を起こす。


 トイレをして、顔を洗い、着替える。

 一番早起きのリン・リーの元へ行き、朝食をいただく。

 歯をみがき、口をゆすいで訓練室に戻る。時刻は四時五十分を超えたところだ。


 ウィルやフルゴウルも軽く体を動かしていた。

 木村の視点からでも、彼らに緊張があることはわかる。

 木村の抱いた緊張は彼だけでなく、かつてワルキューレを見た者と共有されるものであった。


 今回はワルキューレということで、面識のあるゾルも来ている。

 彼女は金色のクワガタと一緒に朝ご飯を食べていた。


「もう少しでしょうか?」

「うん。あと数分で来るね」


 四日もするとさすがに来る時間はわかる。五時だ。




「来ました……が」


 五時になり、ウィルが到来を察して告げる。

 しかし、その言葉は戸惑いが含まれた。


「どうしたの?」

「これは、違うのではないでしょうか? 神気量が多くありません」


 木村が考えたのは弱体化だ。

 三日目のステュクス神が現世と地上で弱体化されたのと同様にスクルドも弱体化された。

 しかし、弱体化の要因が思い浮かばない。これは違うのではと彼も思い至った。


 そうなると単純に違うキャラが来た、が正しいだろう。

 木村は猛烈に嫌な予感がした。蹄を鳴らし、槍を掲げて、やってくるのでは、と。


「こちらに移動してきます」


 幸いなことに叫び声や足音はまだ聞こえてこない。

 いったい何が来てしまったのか、木村は不安になってくる。

 討滅クエストⅡのボスよりも、一緒に戦うはずの助っ人の方が怖くすらあった。


 訓練室の扉が開き、そこから見覚えのあるフォルムが現れた。

 特徴的な人馬一体の騎兵。鎧で全身を包んだ騎士。

 しかし、その手には武器がない。


「あの方は…………、ヒルド様ですね」


 いつの間にか直立していたゾルが横から教えてくれる。


 そのヒルドが静かに近づいてきて、ゾルが彼女には珍しくハキハキと挨拶をおこなう。

 一方のヒルドは、ぼそりぼそりと聞き取りづらい声を返した。


 木村は彼女がどんな性質だったかを覚えていない。

 ワルキューレは持っている武器で判断しているので、武器がないと誰が誰かいまいちはっきりしないのである。

 関係者であるゾルですら判別に数秒かかるほどである。木村には鎧での判別は無理だ。


「失礼します。聞いていたところでは、スクルドさんが来るとなっていたのですが……」


 木村も極めてへりくだって尋ねた。

 ヒルドはぼそぼそと答えるが木村はうまく聞き取れない。


「『本来はその予定でしたが、主から制止がかかったのでスクルドではなく私が来ました』だそうです」


 ゾルがすっかり通訳だ。

 ワルキューレたちが言う主とはずばり大神オーディンである。

 なぜスクルドにストップをかけたのか。


「『“今日を乗り切るだけならスクルドで事足りる。しかし、彼奴らが儂らと同様に未来をつかみ取ろうともがくなら此度はヒルドこそが適任である”と私が大任を授かりました』と仰っています」


 つまりどういうことだろうか。

 スクルドなら簡単に倒せる。だが、それでは木村たちに力が付かない。

 ここにいるヒルドなら木村たちにも力を付けさせることができる、ということか。

 魚を与えるのではなく、魚の釣り方を授けるという方針のようだ。


「えっと、すみません。忘れてしまったのですが、ヒルドさんは何を持って戦う方でしたっけ」


 忘れたことをぼやかしても良かったが、木村はさっさと自らの非を認め、彼女の得物を尋ねた。

 ヒルドは背中側に手を回し、得物を見せてくる。


「――あぁ」


 木村は完全に思い出した。

 彼女とどのタイミングで出会い、何をされたか。その全てを。


「鐘ですか?」

「音による攻撃だろうか」


 フルゴウルが的外れな推測を口にする。

 いかにも彼女の手に握られているのは、音を鳴らす鐘に他ならない。


 フルゴウルの見立ては的外れであるが、木村も知らなければ同じ推測をするだろう。

 この鐘の真なる力は音によるバフでも攻撃でもない。

 もっと外れたところにある。


「あの、もしかしてですけれど、そういう事態になるんですか?」


 ヒルドがぼそりとまた呟く。

 ゾルが珍しく躊躇った様子で口を開いた。


「『主から少年に言づてです。“死力を尽くせよ。無色の若人”』と」


 以前にも聞いた台詞だ。

 木村の懸念が確定された瞬間でもある。


「大丈夫ですか?」

「……いや、大丈夫じゃない。とてもまずい」


 どうやら顔色が悪くなっていたようで、ウィルが気をつかってくれた。

 はっきり言って大丈夫なことが何もない。


 彼女が以前、どのタイミングで出てきたか?

 全てが崩壊して、もうどうしようもないほどに終わってしまった後だ。


 その崩壊を覆したものこそが彼女の力である。

 すなわち、彼女がでてくると言うことは、初見で崩壊が免れない事態が起こることを前提にしている。

 三戦目のひよこもウィルが昨日の反省を踏まえ、対策がかなりできてきており今日こそは助っ人無しでの突破も可能性として十分にあった。

 助っ人有りなら当然として突破できうるものだ。故に問題は三戦目にはほぼない。

 で、あれば――、


「今日の討滅クエストⅡは特殊イベントが発生する」


 ウィルとフルゴウルにも緊張が伝わった。

 木村は彼のたどり着いた答えを示す。そして、ヒルドがここに来た理由も繋がっていく。


「たぶん、わかった。スクルドさんなら単騎で特殊イベを解決しうる。でも、その特殊イベントが今日だけじゃなく明日以降も発生するとすれば、スクルドさんなしの僕たちでは手が出せない。助っ人ありで勝てるかもしれないけど、都や人への被害は甚大なものになる。大きな被害を防ぐために、大神はスクルドさんではなくあなたをここに遣わした」


 ヒルドはぼそりとも呟かず、頷くこともない。ただ木村の答えを受け止めるだけである。

 正解なのか間違いなのかは木村では判断しかねる。


 正誤いずれにせよ、やらなければならないとはわかる。

 オーディンからの言づては「死力を尽くせよ」だが、この言葉には明言されていない続きが隠れていると木村は感じている。


「死力を尽くせよ――さもなくば生きる価値なし。とっとと死ね」だ。




 討滅クエストⅡの五日目が始まる。


 ヒルドは一緒に来るのかと思いきや、訓練室で鐘を一回鳴らした後でブリッジに行ってしまった。

 どうやら戦闘メンバーではなく、サポート要員として働くようである。


 木村は戦闘メンバーを決める。

 ひとまずウィル、フルゴウル、それにゾルはそのまま戦闘メンバーに入れる。

 残る一人のモルモーは来ない予定だったが、ワルキューレがサポートに回ったので急遽呼び出した。

 今日は一日寝て過ごす予定だったらしく、とても嫌そうな顔をされたが諦めてもらうしかない。


 いつもどおり討滅クエストⅡが始まった。


 戦闘開始場所は広場だったので、今回はさほど被害を考えず戦うことができる。


 一戦目と二戦目は慣れたものだ。

 三戦目が課題だったが、ウィルの考案した動く火花発生魔法で倒せた。


 ゾルは連れてきたがほとんど役に立ってない。明らかに人選ミスだったと木村も反省している。

 二戦目はそこそこダメージを稼いだが、一戦目と三戦目は立っているだけだ。


「キィムラァ、やったな。隠し条件を全て達成したぞ」


 久々に聞いた台詞だ。

 悲劇の発端を知らせる台詞である。


「隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」


 パーティーメンバーは全員が臨戦態勢である。

 兵士たちは三戦あることしか聞かされておらず、緊張をいったん解いたが木村たちの様子を見て、気を引き締めなおした。


 おっさんが「始まるぞ」と開始を告げたがなかなか変化はない。

 兵士たちの移動を告げる音や飛龍の鳴き声、鶏の鳴き声とあれこれ聞こえてくる。

 開始から数十秒が経ったころに、ようやく変化が生じた。


 広場の真ん中に黒い大きな卵が現れた。



 卵はあまりにも黒く、あまりにも大きい。

 光を完全に吸収しているのか、シルエットしかわからない。

 卵の形をしているが、表面全てが黒で凹凸すらわからないほどに黒い。

 大きさも木村たちよりなお高く、倍ないしは三倍に近いほどの高さで、横幅も高さに応じて大きくなっている。


「卵、ですよね?」


 おそらく卵なのは間違いないだろう。

 卵はまったく動かず広場の真ん中に居座っていた。


 木村は黒い卵を見て、過去にテレビで見た黒の温泉卵を思い出した。

 温泉の成分である鉄が卵の殻に付着し、それが硫化水素と反応し硫化鉄となり、黒い卵になるだっただろうか。

 ただ、もちろん黒の度合いや大きさは目の前のものと比べるまでもない。


「どうしようか?」


 攻撃して良いのかすらわからない。

 卵なら何かが生まれるのだろう。


 果たして何が生まれるか。

 攻撃すると生まれるものを阻止できるのか。

 あるいは攻撃することで刺激して、何かをしてくるのか。


 全てがわからない状態だ。


「どうせ何もわからない。攻撃してみてはどうかな。攻撃した際の反応が見えるだろう」


 フルゴウルの助言に木村も頷いた。

 まず、言い出しっぺのフルゴウルが筺を飛ばす。


 金色の筺は黒の箱に吸収された。

 闇に吸い込まれるようにして、金の光が消え去った。


 ウィルが得意の炎を放つ。

 同様である。炎が表面の黒に当たり消えた。

 その後は各々が魔法で攻撃をするが、全て表面に消えていく。


 わかったこともある。

 魔法ではなく、物理的に武器で攻撃した場合は卵の表面で止まるということだ。

 弾かれる訳ではない。卵に硬さは感じられず、威力を全て表面で吸収するかのように槍が止まってしまったとのことだ。

 矢も卵の表面で音もなく止まり、地上にからりと落ちる。


 一人の兵士が勇敢にも黒卵を手で直に触ったが、手が吸収されるということもなく、ただ卵の表面を撫でただけだった。

 柔らかいも硬いも何もなく、触れた瞬間に力がかけられなくなったと話した。


 あまりにも黒すぎて、距離感もいまいちわからない。

 近くに行ってもどれだけ近づいているのかがわからず不気味である。

 実際、卵に当たった兵士はいるが特に問題はない様子だった。衝撃すらも吸収しているようだ。


 攻撃もしてこないが、こちらの攻撃も一切効いている様子はない。


「動いた!」


 兵士が叫ぶ。

 木村も見ていた。卵が横に小さく動いた。

 蜘蛛の子を散らすように全員が卵から距離を取る。

 卵の動きは大きくなり、周囲を囲む全員の緊張は大きくなった。


 卵の一部が欠けて地上に落ちた。

 どうやら内側も黒のようで中がまったくどうなっているのかわからない。


「気をつけろ! 何が出るかわからないぞ!」


 次々に卵の殻が割れて、地上に落ちる。

 卵から黒い物体が出てくる。鳴き声はしないがひよこのようである。

 嘴がパクパク動き、頭がちょこちょこ動く。目から嘴まで完全に黒なので影絵を見ているようだ。


 卵の上半分が割れて雛が見えるが、まだ出てくる気配はない。

 三戦目のひよこと同様に増殖するんじゃないかと全員に嫌な空気が充満した。

 試しにとフルゴウルが攻撃したが、雛は攻撃を吸収するだけでやはり意味がないように見える。


「どうしましょう?」


 攻撃をしていたが効果はまったく見られない。

 いよいよウィルも諦めてしまっている。


「少しずつ大きくなっているように見えるね」

「そうですか? そう言われると、そうでしょうか?」


 あまりにも黒すぎて、外見でパッと判断しかねる。

 元がそこそこデカいので、少しずつ大きくなられてもわからないかもしれない。

 攻撃も効かず、外側を囲んで様子を見るくらいしかできない。

 他のエリアの兵士たちも次々に現れる。


 十分ほど経過し、木村も雛が大きくなっていることがわかった。

 黒さはそのままに卵を出て、とてとて歩いている。


 兵士たちが気になったのかちゅんちゅん突いてくるが、まったくダメージはない。

 兵士にダメージもなく、ひよこにもダメージを与えることができない。


「何なんでしょうね?」


 立派なひよこになって動き回っているが、動きを止めることが精々だ。

 幸い良く動くものに釣られて動くようで、広場の中で兵士たちを追いかけ楽しそうに動き回っている。


「そういえばフルゴウルさんはどう見えます?」

「真っ黒なひよこに見える」


 どうやら木村とフルゴウルは同じものを見ている。

 他の者も同じである。シルエットはひよこにしか見えないが、明らかに魔物の類いだ。


 危険性が読み取れない。

 攻撃すらしてこないので、どうすればいいのかさっぱりわからない。

 ケルピィもお手上げ状態で、助っ人のヒルドはブリッジにて無言。ゾルに至っては黒いひよこと遊んでいる始末。



 さらに十分が経過したころだ。

 ひよこが鶏になってきた。


 頭にとさかが出てきて、首が細くなり、伸びた羽も尻尾のように見えてきた。

 爪も鋭く、獰猛なものになってきているのだが、やはりダメージは互いにまったくない。

 踏まれた兵士もいたのだが、重さすらないようで兵士の頭だけで鶏が支えられており奇妙な光景だった。

 輪郭だけが移動し、重さもない。本当に影絵が動いているようであった。


 しかし大きさがすでに卵の時の倍はあって、歩き回るだけでかなり恐怖がある。

 黒鶏怪獣と言っても良いだろう。


 育った鶏が地面にうずくまった。

 どうしたのだろうと思えば、鶏のお尻部分からニュルンと新たな卵が現れた。

 卵が地面に転がる。こちらも同様に黒い。真っ黒だ。


 鶏が空にむかって鳴いた。音はない。

 卵を産んで一人前になったと言わんばかりの様子である。


「キィムラァくん」

「はい」

「気づいた?」

「えっ、何にです?」


 ケルピィが何かに気づいたようで、木村に問いを投げてくる。

 しかし、木村は気づかない。鶏を見ても、新たな卵を見ても変化はないように見える。


「兵士が一人消えたよ」

「消えた? 兵士が?」


 兵士が一人消えた――この事実に気づいたのはわずか数名である。

 大部分の人間が新たな卵と鳴く姿の鶏に目を取られて気づかなかった。

 気づいた数名もケルピィ以外は気のせいかもしれない、で終わらせてしまった。


 鶏がまた地面にうずくまる。

 そして、お尻から新たな卵が発生した。

 卵を産んだ鶏がまた鳴く。ペースが速い。まだ一分どころか三十秒も経過していないだろう。


「また兵士が消えたよ」


 今度は数人が気づいた。

 あいつがいない、あいつもいなくないか、と声が出てきた。


「まずいね。またうずくまった」


 卵を産む、空に鳴く、人が消えるの三点セットである。


「ほんとだ」


 木村も見てしまった。

 鶏の近くにいた兵士がスッと消えた。


「全員、鶏から離れてください!」


 ウィルが叫んだ。

 兵士たちも一斉に離れていく。

 鶏は兵士たちのことなど気にせずに卵を産む。

 産み終わると朝を告げるように無言のコケコッコー。


「あっ」


 ゾルが消えた。

 鶏に剣を構えていた姿が一瞬でどこかへ消えてしまった。

 ウィルとフルゴウルも目を瞠った。当然、モルモーも表情が険しくなる。


 兵士たちも距離を取って、冷静に成り行きを見守っている。

 これが鶏の攻撃だと木村たちもようやく理解した。


 ウィルとフルゴウルが鶏や卵に攻撃を加えるがまったく効果はない。無敵状態だ。

 しかもあちらは二十秒に一個のペースで新たな卵を産み、卵代と言わんばかりに人を一人消す。


「どうすればいいのかさっぱりわからない」


 木村の口から本音が漏れる。

 わかりやすい強敵なら戦い方も考えられる。

 これは戦いにすらなってない。卵を産んで人が消えるだけだ。

 あまりにも特殊戦闘すぎて、対策が思い浮かばない。せいぜい距離を取るくらいか。


 人がどんどん消えていき、広場は黒い卵で埋め尽くされていく。

 離れて観察すると、最初に産んだと思われる卵が割れた。孵化である。


 卵から現れるのは黒い雛かと思いきや、真っ黒の兵士である。

 鶏と同様に輪郭しかわからない。わかるのは真っ黒な槍の武器を持っているということだ。


 黒兵士は、人間の兵士に向かって歩を進める。

 まるで標的を吟味しているようだ。相手を決めたのか兵士は小走りになった。

 走る黒兵士を気にせず鶏は次の卵を産み、鳴き、人を消す。さらに他の卵が孵って新たな黒兵士が誕生する。


「ゾルが生まれた」


 孵化した卵の中からゾルが現れた。

 しかし、真っ黒なので別物と考えられる。


 最初に誕生した黒兵士が他の兵士を襲い始める。

 こちらから黒兵士への攻撃は効かず、一方で黒兵士の槍は生身の人間に刺さる。

 そして、刺された人間は徐々に黒に飲まれ、新たな黒兵士として生身の人間と戦っていく。

 黒兵士が生身の人間を倒せば倒すほど、黒兵士が増加する。


 趨勢が塗り変わるのに数分もかからなかった。黒兵士が爆発的に増加していく。

 あっという間に黒に飲まれ、さらには鶏の産卵で人も消えていく。


 木村たちも逃げたのだが、戦闘メンバーが全員消えて、木村は戦意を完全に喪失した。

 ヅラウィを逃げる途中で見たが、彼もまた為す術がないようである。


 一時間も経過しないうちにドライゲンは陥落した。

 建物に大きな被害はない。全ての人が黒化したというだけだ。

 最後に鶏が音もなく空に鳴く、今度は誰も消えない。ドライゲンから生身の人間は消え去ってしまっている。


 どこかからコケコッコーと遅起きの鶏がようやく朝を告げるように鳴いた。

 もはやドライゲンに朝日を浴びる人はいない。


 黒鶏も疲れたように横たわった。

 黒の人たちは消えていく。


 黒の人たちが全て消えると黒鶏も姿を消した。


「キィムラァ。残念だったな。挑戦は失敗だ。カクレガに戻るんだぞ」


 おっさんがカクレガの入口を開ける。

 木村は入口を潜り、廊下をひたひたと歩いて行く。


 久々の完敗である。為す術もなかった。


 茫然自失であり、地図部屋にたどり着いたころに鐘の音が鳴り響いた。

 聞き覚えのある音だが考える余裕がまだ出てこない。

 音に目を瞑り、頭を抑える。


「大丈夫ですか?」


 声がかかった。

 ウィルの声である。

 木村はその声でようやく我に返る。


「あ、うん……、大丈夫じゃないね」

「やはり特殊イベントが不安ですね」


 ウィルの台詞で木村は察した。

 これは復活ではない。時間が巻き戻されたのだ、と。


「不安というか絶望かな。どうすればいいのかさっぱりわからない」

「始める前からそれを言っては仕方ないでしょう。できることをやるしかありませんよ。もう行きましょうか?」

「……いや、ちょっとやることがあるかな」


 先ほどと同じ戦闘メンバーを見る。

 このパーティーではあの黒鶏と戦えない。

 そもそも戦いにすらならない。相手を分析する必要がある。


「ゾルをシエイに替えようか」


 まずは完全な失策から修正する。

 普通の討滅クエストⅡからして相性が悪く、続く特殊戦闘では黒化して猛烈な勢いで暴れていた。


 木村は新たなパーティーでカクレガを出る。


「広場に行こう」


 城には赴かない。

 時間の無駄だ。


 どこに敵が出るのかはわかっている。

 あるいはランダム故にブレがあるのかもしれないが、それならそれで良い。


 とりあえず外に出てきたが、ヒルドの鐘はあと何回時を巻き戻せるのかが木村は不安になった。聞いてから出るべきだった。

 前回のイベントでは一回しか戻せなかったはずである。


「メッセ。隣のヒルドにあと何回力が使えるか尋ねて」

『なぜ彼女を自分の隣に配置したのですか。いじめですか? 無言の圧力が怖いんですが』


 それでも尋ねてはくれる。

 聴きづらい声でヒルドの声が響いた。

 巻き戻せる回数は残り二回とのことだ。

 先の一回も入れて全部で三回。前回のイベントより回数が多い。


「まっすぐ広場に向かうと言うが、そのことがヒルド氏の力と関係があるのかな?」


 フルゴウルが核心を突いた質問をしてきた。

 ウィルやシエイ、モルモーも気にしている様子だ。


「端的に言いますが、ドライゲンは一度壊滅しました。今日は三回戦の後に特殊イベントが発生します」


 まるで己が予言者か、SNSに湧く精神異常者のようだと木村は小さく笑ってしまう。

 実際に見てきたこととヒルドの力を大まかに説明した。


「俄には信じられませんね」

「そうだと思う。とりあえず、まずは三戦に集中して。その後で黒卵が出てきてからが本番だね。すぐわかる」


 五日目の討滅クエストⅡ(二回目)が始まった。


 木村の経験(予言)のとおり、白ゴリラが広場の中心部に現れる。

 この時点でパーティーメンバーは木村の話すことが真だと確信に変わっていった。



 パーティが戦っている間に木村は黒卵の戦闘を振り返る。

 主に最初の部分だ。先ほどザッと話したことで頭の整理ができてきている。


 まずは初期の卵状態だ。

 計っていないが5分くらいで孵化する。

 卵状態だけでなく全状態に言えることだがダメージは入っている気配がない。

 実は入っているのかもしれないが、少なくとも見た目ではダメージがあるとはまるで思えない。

 卵状態の時はまったく身動きがない。



 次にひよこ状態だ。

 時間経過で徐々に大きくなり鶏になった。

 こちらも計測はしていないが、30分くらいかかっただろう。

 このひよこ状態では動き回るが、ダメージは互いにない。ダメージどころか音も衝撃も全て消える。

 吸収しているのかどうなのかは不明だ。



 最後が鶏状態。

 黒の卵を産み、空に鳴き、人を一人消す。

 消えた人間はこの時に産んだ卵から黒化して出てくる。

 このとき出てくる黒化した人間を黒兵と呼ぶとすれば、この黒兵は人間を襲う。

 おそらく一人消す際の対象は単純に鶏からの距離が一番近い者を対象としていると考えられる。


 このサイクルは計っていた。概ね20秒である。

 人間が産まれるのは3分ほどなので約3分半で人は黒化される。



 鶏状態に付随して黒兵の特徴だ。

 こちらからの攻撃は効かず、黒兵からの攻撃は通る。ずるい。

 大きな問題は黒兵の攻撃を受けると、攻撃を受けたキャラも黒兵化することだ。

 これにより黒化の拡大は猛烈な勢いで増えていってしまった。

 さらに黒兵は元の人間のステータスを引き継ぐ。

 パーティーメンバーが黒兵化するとその勢いは一般人の比ではない。


 イベントの終わりとしては、黒化した存在が消えていき、最後は鶏が消えて終わった。

 ここでふと彼の中に疑問が浮かぶ。


「どうしてパーティーが全滅したのにイベントが続いたんだろう」


 自分で言っておきながらすぐにこの疑問は解決した。

 思い返せば無印の討滅クエストの時から、パーティーが全滅しても敵は我が物顔で暴れ続けていた。とても楽しそうに。


 それでも最後の場面に木村はなぜか違和感を覚える。

 しかし、どこに違和感を覚えたのかはっきりしない。そもそも意識が沈んでおり、記憶が曖昧だ。もやっとする。

 この点は後回しにすることにした。



 特徴をまとめたところで突破口を見つけ出す作業に移る。

 ほぼ無敵だがいちおうボスみたいなものなので、倒し方があるはずである。

 木村はこういったギミック持ちのボスが嫌いだ。ソシャゲなら初挑戦でも攻略サイトを見ながら戦う。

 自ら挑戦し、負け、失敗を重ねることをしない。このあたりは今どきの若者だろう。

 何でもネットで調べれば、偉大なる先人が大抵のことをまとめてくれている。


 ところがここに来てそのしっぺ返しがきてしまった。

 ソシャゲで経験のあるようなボスならまだ考えることもできる。

 今回のボスは木村のゲーム経験にはない。どうやって戦えば良いのかすらわからない。

 先人の偉大なることを異世界で実感する羽目になってしまった。


「キィムラァ、やったな。隠し条件を全て達成したぞ」


 どうやら繰り返してもこの台詞は言うらしい。

 木村はその隠し条件が気になった。


「隠し条件が達成された褒美として、ボーナスステージが開放されたようだ。さぁ、始まるぞ」

「隠し条件って教えてもらえるの?」

「秘密だぞ」


 秘密だった。

 隠し条件をそもそも達成しなければ、ボーナスステージもなくなると木村は考えた。

 「サポート無しの自力で敵を倒す」ではないかとも考えたが、それであれば前回のイベント時に発生していてもおかしくない。

 それにそんな簡単に条件を回避できるなら大神はわざわざヒルドを送ってこない。口頭で済む話だ。

 きっと隠し条件はかなり緩く、倒す段階で踏むのではないか。



「始まりましたよ」


 ウィルが知らせてくる。

 木村も思考を停止させる。

 開始は告げられたが、まだ卵は出てこない。


 ウィルやフルゴウルは、次に現れる、まだ見ぬ黒卵に警戒を強める。

 兵士たちは勝利に安堵したそばから緊張を強いられた。


 このあたりは前回とほぼほぼ同じだ。

 近くのざわめきが止まり、遠くの音が良く聞こえてくる。

 兵士たちの移動を告げる号令や足音、飛龍の鳴き声や翼が風を切る音、それに鶏の鳴き声。


「あ……」


 諦めかけていた心に、ピースが嵌まった。

 一番最後の場面で何がひっかかっていたのか思い出した。

 あの時もまた鶏の鳴き声が聞こえたはずだ。そして、1周目ははっきりと覚えていないが同じタイミングで鶏が鳴いていた気がする。


「そうか……。そうだったんだ」


 仮定が生まれる。

 しかし、木村はこれが正しいと感じた。


「言われたとおりです。黒い卵が現れました!」


 木村にも見えている。

 しかし、木村の意識の中心から、この卵は急速に離れつつもあった。


 なぜこの卵はおっさんの開始の合図から遅れて出てくるのか。

 計っていないがおおよそ20秒ほど遅れて出てきた。この秒数ならきっと仮定は正しい。

 特殊な条件で黒鶏にもダメージが通るようになると思っていたが、仮定が真ならこの考えは間違いだとわかる。


「ちょっと集まって」


 木村はパーティーメンバーを近くに来るよう声をかけた。

 そして、彼のたどりついた結論を伝える。


「この黒卵は倒せない。無敵だ。相手をしても意味がない。そう――本体がどこかにいるんだ。そして、その姿はきっと鶏。さっき鳴き声が聞こえた」


 おっさんの開始と同時に、真のボスである鶏がどこかに現れている。

 そして、ボス鶏の出現から20秒が経過し、ボスはどこかからこの黒卵を産み、空に向かって鳴く。

 先ほどの鳴き声が本体の鳴き声だったのだろう。おそらく1週目の最後に聞こえた鳴き声も本体の終了を知らせる声だ。


「黒卵自体が攻撃手段であり、本体から目を逸らさせるための囮だったんだ」


 気づいてしまえばなんてことはない。

 あそこまで攻撃が通らず、攻撃に移るまでにも時間もかかるのだ。

 まともに戦うタイプのボスではないことは、選択肢に入れておくべきであった。

 今までのボスがとことん戦闘タイプだったとはいえ、視野が狭かったと言わざるを得ない。


 今回は正面切っての戦闘ではなく、鬼ごっこタイプのボスだったわけである。

 ただ、時間制限は意識しておかねばならない。

 卵状態が5分、ヒヨコ状態が30分。

 その先は地獄だ。


「制限時間は約35分。急いで本体を見つけないと」


 活路が見えた。

 木村はそれだけで救われた気持ちになる。


「鶏を探そう」


 彼の仲間たちも理解が及んでいない点はあるが、何をしなければならないかを理解した。

 また、傍観者たる木村が珍しく真剣になっていると感じ取っている。

 ガチャ以外では滅多にないことだ。


「僕はさっそく周囲に魔法で探査をかけてみます!」

「面倒ですが私もやりましょうかね」

「自分もやります」

「ふむ、まずは伝言でアルマークに事情の説明だね。兵士がここに集まりつつある。持ち場周辺に戻り探索させるように伝えよう。伝言は私に任せたまえ。総動員だ」


 パーティーの面々も木村の積極的な姿勢にあてられた。

 好感度が底値安定になっていたシエイも、プラスに向かいつつあるほどだ。


 非常に良い方向へ動いていると全員が感じた。

 木村の熱がパーティーへ、パーティーの熱がドライゲンの兵士たちにも伝わり同じ方向を見て進もうとしている。


 だが、全員が同じ方向を見ると言うことは背中に死角ができるということでもある。

 もしもアコニトがここにいたら、気だるげなあくびを一つ入れて、チクリと皮肉を口にしていただろう。


 例えばこうだ。

 「坊やぁ。いつになくやる気に満ちあふれとるなぁ。随分とご執心だぞぉ」と。

 彼女の皮肉を受けて、木村も彼が取るべき立ち位置――寄る辺とすべき心の在り方を思い出したはずだ。



 時を戻せる回数はあと2回残っている。

 言いかえれば、あと2回しかコンテニューはできないのだ。


 そして、特殊イベント戦はようやくスタートラインに立ったところである。


 終わりはまだ見えてこない。

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