104.イベント「私のカツラを知らないか?」7
三日目の朝に備え、木村は自室を出る。
訓練室の一角に布団を持っていき、そこで寝ることにした。
ここ二日は助っ人のデザチューに、アッきゅんと寝覚めが悪い。
明日の助っ人はステュクスという冥府の川の神である。
部屋を水没させられてはたまったものじゃない。
そのため訓練室に避難することにした。
広すぎる空間に対して木村の寝床の占める割合が小さすぎて不安になってくる。
普段が賑やかな学校や病院で、人がいない時に感じる不気味さだ。
「おやすみ」
もちろん誰もいないので木村に返事をするものはいない。
朝になった。
おっさんやウィルが朝のトレーニングでやってきたので木村も目が覚める。
周囲を見渡すが助っ人の姿はない。
時間を見ればまだ五時前だった。
もしかすると五時にやってくるのかもしれない。
「冥府の神ですか。緊張しますね」
ウィルの言葉に木村も強く同感である。
ハデスやヘカテーと冥府の神には恐ろしい印象しか抱いていない。
唯一の顔見知りのモルモーに対応してもらいたかったが、彼女はギリギリに起こさないと出てこない存在である。
モルモーに言わせれば、大らかなので対応はさほど気にしなくて良いとのことだ。
そういうわけで、と彼女は今朝も起きてくる気配はない。
「ちょっとトイレ」
自室と違い、訓練室はやや冷える。
夜も寝る前に行っただけなのと、緊張とで尿意を催してきた。
木村が訓練室を出てトイレに向かう。
共同トイレである。男女は別で種族用に特殊なものも用意されている。
人間用は洋式である。
立ちション用の壁付き型は設置されておらず、便座をあげて立ってする。
ジョボジョボと夜のうちに膀胱で濾された尿が便器の中心に吸い込まれていく。
まだ頭が寝ぼけており、やや頭をふらつかせていた。
「おはよーございまーす」
突如、女性の声がした。
ビクリとして尿の飛ぶラインが上にずれる。
しかし、ずれたはずの尿は便器にかからず、まだジョボジョボと水の音を立てている。
「え? へ? はぁ?」
尿の吸い込まれている便器の中に溜まっていた水が盛り上がってきた。
あまりの光景に驚くが尿は止まらない。止められない。
木村の顔近くまで水がせり上がり、水がぐねぐね動く。
そのせり上がった水に尿がジョボジョボと注がれていく。
「はじめまして。ステュクスですよー。お呼ばれしたの来ちゃいましたー」
水が動いて喋った。
かなりのほほんとした調子で喋る。
かけられている尿にまったく気にしている様子はない。
一方で木村の動揺は隠しきれない。尿の方向は大きくぶれる。
さらに陰部を諸に見られている気恥ずかしさもある。
この三日間の中で最悪の登場だった。
ひとまずステュクスが便器から出てきた。
水の体がスライムのようにぐにゅぐにゅ動いて付いてくる。
今の彼女の構成要素の一部は木村の尿だ。
全体的に青っぽいが、ところどころ緑がかっているところがそれだろう。
「助っ人が来てくれたよ」
訓練室で、木村は言葉少なくステュクスを紹介する。
どこから来たかを彼は口にしない。
「思ったよりも神気が凄まじくありませんね」
ウィルがほっと口にする。
ハデスやヘカテーのような莫大な神気はないようだ。
「そうだね。連れていっても大丈夫じゃないかな」
フルゴウルもステュクスに同じような感想を抱いたようだ。
モルモーの話していた水没云々とは印象が大きく違う。
「地上ですからね~。力も限度があります~」
川の神である。しかも冥府の川だ。
地上に出てしかも現世、そりゃそうかと木村も頷いた。
それでも暴発して都が水没しましたでは冗談にならないので、ちょうど訓練室ということもあり力を見せてもらった。
「えーい」
体当たりである。
地上で使える技はこれともう一つだけらしい。
地上モードでは敵が不死身になるということもなく、相手を溺れさせダメージを与える。
「良いんじゃないですか」
「私も良いと思うね」
連れていって良いという意味でもあり、同時に三体目にも有効だろうという意味である。
ひよこを水で包んでくれれば動き回るのを阻止できる。
水没による継続ダメージもあるようだ。
二日目のアッきゅんは制御がしづらかった。
ウィルの魔法開発は間に合わず、やはり三体目でアッきゅんを召喚した。
竜巻にウィルが作った土の刃を大量に混ぜることで複数ダメージを与えて何とか倒した。
作った土の刃が吹き飛ばされて、都に飛び散るという問題があったものの、人的被害はなかったのが幸いである。
モルモーも出陣間際にようやくやってきた。
彼女はほぼほぼスライムのステュクスを見て固まっている。
固まった後で、木村を見た。
「え? 何を考えてるんです? 『連れていってはいけない』と伝えましたよね」
「いや、でも、地上だと力が出ないって聞いて……。戦うところも見たけど問題なさそうだったから」
モルモーはもう一度ステュクスを見る。
「お久しぶりです。ステュクス様」
「お久しぶりー。えーと……誰でしたかー?」
遅れて挨拶を交わした。ステュクスはモルモーが誰かわからなかった。モルモーが姿をたびたび変えるので無理もない。
所属と名前を告げるとステュクスも「ああ、ヘカテーのー」と思い出したのかは不明だが理解はしていた。
「体当たり以外はしないでくださいね。絶対ですよ。しろって前振りじゃないですからね。もしもしたら冥府の官吏全員で苦情を訴えますからね。本気ですよ」
「はーい」
体当たり以外はもう一つだけできると言っていた。
木村はその技こそが、モルモーの話す恐ろしい技だと把握する。
モルモーがあそこまで言うと逆に気になる。
三日目も城スタートである。
出現位置はやはり毎日変わるようだ。
昨日は予定していたとおり、広い場所に引きつけてから本格的な戦闘に移った。
やはりヅラウィがいたので引きつける際の被害は大きく抑えられた。
ゲートにたどり着いた訳だが問題が一つ。
ステュクスが飛龍に乗せられない。
どう見ても魔物なので、兵士も飛龍も嫌がる。
仮に乗せても飛べるかどうかがわからない。
「私の筺に入ってもらうことは可能かな?」
「良いですよー」
そういうわけでステュクスは筺にあっさり入り、今は木村が手に持っている。
大らかとは聞いていたが、価値判断基準がそもそもないのではないか。
最初から尿を食らっていたが、怒りも何もなかった。
時間になり、敵が現れ、飛龍で飛ぶ。
三回目にもなると、慣れてきて最初ほどの感動もなくなってくる。
三日目はドライゲンの郊外だった。
住居も少なく、被害は少ないと考えられる。
自然も多く、湖のようなものもあった。貯水池かもしれない。
『メッセです。モルモーさんより伝達――「水場があるので、絶対にステュクスを解放するな」とのことです』
木村がモルモーを見るが、彼女は貯水池とその付近ですでに暴れる白ゴリラを見ている。
まずいぞ、という感情を顔から隠しきれていない。
戦闘に移り、白ゴリラと緑鹿はかなり安定して倒すことができた。
問題の三体目、ひよこである
フルゴウルの筺で覆い、その中で数を増やさせる。
昨日は一体目から攻撃を加えたのだが、体力が多すぎて削りきれなかった。
数が増えるまでは防御力がそのままで体力が異常に多いとわかり、今日は移動を制御したまま数を増やし倒す作戦にシフトすることとしている。
昨日は数が少ないうちから全力でやり過ぎてアッきゅんを呼ぶ自体になった。
今日は作戦が決まれば、ステュクスを使わずとも倒せるかもしれない。
そんなことはなかった。
ウィルも対ひよこ魔法を開発したようだが、地味に難しいようだ。
ひよこはフルゴウルの筺を破って溢れかえり、最悪なことに池にひよこが浮かぶ。
もはや制御不能だ。
今のパーティーでは増殖を止める手立てがない。
「どうします?」
モルモーがしわい顔をしている。
ステュクスを出すか、このままほっといて崩壊を待つか。
いちおう数が大幅に増えれば、数回の攻撃で倒せると判明したので宇宙崩壊はないだろうが、惑星崩壊はありうる。
もちろん都市の崩壊であれば二十分も要らない。
「ヒヨコはステュクス神に任せます。全員、飛龍に乗って川下へ。都に流れる水の流れを止めなければなりません。それでは出してあげてください」
木村は筺を投げる。
地上にスライムが現れた。
「ステュクス様。水を取り込んでヒヨコを全て飲み込んでください。もしも倒せないようなら、限りなく力を抑えて、あれの発動をお願いします。頼みますよ、力は限りなく抑えてください」
「まかせてー」
緊張感のない返答である。
ステュクススライムがひよこの群れの中を進み、池にボチャンと入る。
「それでは川下へ。急いで水の流れを切らなければなりません」
ウィルやフルゴウル、それにモルモーを乗せた飛龍が風下の堤へ向かう。
木村を乗せた飛龍も彼女たちを追うが、木村は首だけ後ろを向けて池の様子を見ている。
池の水が生き物のように蠢き、池に浮かんでいるヒヨコは当然として、地上を歩いていたヒヨコを水が腕のように動いて絡め取っていた。
ヒヨコは溺れているようだが、それでも数は増えていき、水面がヒヨコで埋まってきている。
一方で、ウィルたちは堤にたどり着いた。
堤から流れていた水を土の魔法や氷の魔法、筺を利用して無理矢理せき止める。
「間に合いましたね」
全員が池を見返す。
溺れの継続ダメージによるヒヨコ撃退と、ヒヨコの増殖とが均衡に入りつつあった。
やや増殖の方が速いようで、水面からヒヨコがぼこぼこ出てくる。
「ひっ」
「うっ」
ウィルとフルゴウルが変な声を漏らした。
木村が二人を見ると怯えが見て取れた。
その後、兵士や飛龍の様子がおかしくなる。
兵士は震えだし、飛龍は暴れ始め、なんとか兵士がなだめつつ地上にゆっくり降下し始める。
池から離れたところで木村たちは地上に下ろされた。
兵士や飛龍の様子は明らかにおかしく。ウィルやフルゴウルも同様だ。
モルモーが池の方を見ているので、木村も彼女に近寄って池を見る。
上空にいた時は、水面からヒヨコが溢れかけていたが今はいない。
それどころか、遠目で見ても水面は波紋一つない静寂の様相である。
「何が起きてるの?」
木村がモルモーに尋ねたが、彼女は池を見るだけで答えてくれない。
代わりにおっさんが答えた。
「池が冥府に繋がっているぞ」
「冥府に? 池が? 世界を繋げる技ってこと?」
「冥府に繋がっているのは副次的な効果だな。見たところでは、あの神の本来の性質を顕現させているだけだぞ」
「本来の性質を引き出す?」
木村はよくわからず、モルモーを見た。
彼女もおっさんの言葉に頷いた。
「私の上司はステュクス神と仲が悪いんです。仲が悪いと言っても、ステュクス神はあの調子ですので、上司が一方的に嫌っているだけなんですが」
「あ、そうなんですか。どうして嫌ってるんです?」
モルモーが語り始めたので木村は先を促す。
彼も能動的なトーク能力はさほど上がっていないが、邪魔をせずに喋らせる力は付いてきている。
主におっさんたちや一部酔っ払いの武勇伝語りに付き合っていたら、いつのまにかできるようになった。
「私の上司は女性の守り神でして、特に身ごもった女性や赤子を育てる母親の生きようとする力を支えることにかけては一家言あります」
木村はヘカテーが有名な神であることは知っている。
しかし、どんな神なのかはほぼ知らない。冥府にいる神なので死にまつわる神だと思っていた。
「生きる力ですか。冥府にいるので死の方かと思っていました」
「間違ってはいません。死の神でもあります。ただ、『生きようとはしたが』死んでしまった魂を慰める立場です」
木村もなんとなくわかる。
そのヘカテーが嫌うとなるとステュクスはどのような神か。
川の神というのは聞いた。川の神ってどんな神だと考えていたが、ようやく彼もわかってきた。
「ステュクス神は冥府の川でありながら、現世の川とも繋がっています。川で亡くなった人はそのままステュクス神を経由して冥府に来ます。足を滑らせて溺れた人、氾濫した川に飲まれた人と、生きようとした人も冥府に誘います。また、自ら身を捨てた人も分け隔てなく受け入れます」
モルモーが言う「大らか」の意味が木村もようやくわかってきた。
尿をかけても、筺に入れても怒らない大らかさは、全てを受け入れてきた川が神格を持ってしまった故だ、と。
「全て」の中に、人の命や死骸も入っているのだろう。
「ステュクス神は数多の生命の生活を支える神でもありますが、同時に数多の生命を奪う神でもあります。そして、そのどちらもさほど意識していません。上司の嫌う理由はこのあたりでしょう」
木村はヘカテーの嫌う理由よりもむしろ、一つ前の話が気にかかっていた。
ステュクス神が「現世の川と繋がっている」という部分である。
そもそも、なぜステュクス神が助っ人で呼ばれたのかがわからなかった。
イベントストーリーのボスが来るのであれば、テュッポことテュポーンが来る流れである。
なぜステュクス神なるイベントストーリーにかすってもない神が助っ人で来ることになったのか不思議だった。
おそらくゲーム内のイベントストーリーでは、冥府から帰る手立てがステュクス神だったのではないか。
あるいは冥府へ迷い込んだ手立てにステュクス神が関与している可能性がある。
そして、イベントストーリーではボスとして戦った可能性もあり得る。
「おまたせー」
スライムことステュクスが川からぐにゅぐにゅと体をよじらせて出てきた。
彼女の声の穏やかさが少しだけ怖く聞こえたのは木村だけではない。
こうして三日目の討滅クエストⅡも終わった。
とうとう四日目である。
助っ人で来るのは「侵蝕結晶クリスたん」なる謎の存在だ。
シエイとケルピィから推測は聞いたが、怖かったので木村はまたしても訓練室で寝ていた。
朝になったが姿は見せない。
トイレに行ったが、今日は便器から出てくることもない。
「来ないね」
訓練室に戻り、ウィルたちと待ってみるがいっこうに姿を現さない。
部屋から動いていないのではないかということで、迎えに行ってみることになった。
おっさん、ウィル、それにフルゴウルが木村の部屋前に待機する。
警戒しつつ部屋の扉を開けた。
おっさんを盾にウィルが入り、後衛でフルゴウルが追いかける。
木村は部屋から離れて様子を見ている。入った三人が出てこないので不安になっていた。
「入っても大丈夫です」
ウィルが首を出して木村に声をかける。
木村も一息ついて自室に入る。
正確には入っていない。
入る前に扉のところで思わず足を止めてしまった。
「うわぁ……。わぁ、すごい。すごい!」
部屋のど真ん中に堂々と結晶が鎮座している。
サイズは木村と同じくらいだが、浮いているので実際のサイズは彼よりも小さい。
縦長の紡錘形に近いが、ところどころで結晶面が見られる。
特筆すべきはその色である。
結晶が内部で色とりどりの光を反射し、まるで虹色のように見える。
ガチャで言うところの最高レアと同じ色だった。
「光の神々しさよ……。心が安らぐ」
ウィルとフルゴウルが何を言っているのかわからず顔を見合わせている。
木村は討滅クエストⅡで荒れていた心が落ち着いていた。
ペタペタ触ると虹色に強く光る。
「うわぁ! この結晶、光るよぉ! さすがレア度の最高位! あぁ、穢れが浄化されていく」
「この光にそんな効果があるんですか?」
「見たところないね」
わかる人にしかわからない。
木村はガチャがたまらなく引きたくなった。
溜まってから引こうという意志が揺さぶられつつある。
目の前に虹色の結晶を置いてガチャを引く。☆5が出る。間違いない。
完璧な方程式だ。
「ごめん! ちょっとガチャる!」
最高の笑顔でウィルたちに断りを入れる。
木村はメニューを開いて、ガチャ画面に移る。
そして、10連ガチャをポチッと押した。ここまでわずか1秒。
白9連からの金色。
金の扉からペイラーフが出てきた。
「私が来たよ! 治療するからどいたどいた!」
扉が全て消える。
木村はようやく現実に帰ってきた。
ペイラーフの声で治療された。あまりにも突っ走りすぎた。
これも一種の賢者状態だろう。ガチャチケットを放出してスッキリした。
☆5が出ないのは残念だが、正常な意識は取り戻した。
「こいつ、連れてく?」
「急に冷静にならないでくださいよ」
木村の時間感覚ではガチャが間にあったのだが、ウィルたちには一瞬である。
ガチャる! といきなりイミフなことを叫んで、次の瞬間には真顔で質問してくる。挙動不審すぎる存在だ。
ウィルも対ひよこ用の魔法が安定してきたと言うので試しに連れて行くことになった。
四日目の出現場所は市街地に近い、兵士たちとヅラウィの活躍によりなんとか被害は抑えられている。
木村たちの戦闘が始まればヅラウィは離れていく。
木村はヅラウィを見てふと気づいた。
「減ってる?」
ヅラウィの髪が減っている。
最初は溢れんばかりの髪で構成されていたが、全体的にしぼんできていた。
朝は討滅クエストⅡで被害を抑え、昼は兵士たちと鬼ごっこに、市民に芸の披露と忙しい。
魔法を使えば使うほど髪が消費されていくのではないかと木村は推測した。
一戦目と二戦目は問題ない。
訓練室でも練習しているのでかなり安定して倒せるようになっている。
問題はやはり三戦目である。
ひよこが現れた。
ちなみに今回は一戦目の白ゴリラから助っ人の結晶を出している。
出してはいるが何もしてくれない。魔法を使わないどころか、移動すらしない。
他の仲間はいぶかしげだが、木村は見ているだけで心が落ち着くので気にしていない。家具で欲しいくらいだ。
悠長なことを考えている間にヒヨコが増えてきた。
フルゴウルの筺に、ウィルが石ころを投げると筺の内部で火の粉が散らばる。
無数の火の粉によって小さなダメージを複数与える作戦だ。
前回よりはかなり効率的に倒せてはいるが、ひよこが互いに壁になってなかなかうまく決まっていない。
横に広がるよう増えればいいのだが、積み重なるような縦の広がりをすると下に埋もれていたひよこがどんどこ増える。
やはりどちらかというと減少よりも増える方に進んでいる。
「キィムラァくん。結晶に変化がある」
側に浮いていたケルピィが木村に知らせた。
同時に、伝令で他の仲間達にも結晶に注目するよう伝える。
結晶がいる位置にはひよこがいた
黄色のひよこではなく、結晶状のひよこである。
ひよこのはずだが、ツノが生えているし、頭は二つに分かれており翼も四つだ。
ヒヨコ成分が多めに混ざった謎の生命体がそこにあった。
結晶状のひよこもどきは動き出した。
ひよこのような何かは、増え続けるひよこに体当たりをする。
そして、脆くも砕けた。
あまりにもあっけなく砕けてしまい、木村もコメントに困る。
「ひよこに結晶が食い込んでるね」
ケルピィに言われてよく見ると、ひよこの体に砕けた結晶が刺さっている。
結晶の刺さった部分が結晶化しつつ、徐々に広がっていく。
さらに増えたひよこにも結晶が受け継がれる。
木村はある推測に達した。
「伝令を。『結晶の刺さってないヒヨコを優先的に攻撃してください』」
木村の推測は結晶がデバフだということだ。
侵蝕結晶という名前どおり相手を侵蝕していく存在だと考えられる。
結晶化していくひよこはおそらく何らかのデバフが付く。結晶化したひよこから分裂するひよこも同様だ。
それなら、まだ結晶化してないヒヨコを優先的に倒し、結晶化したヒヨコは何らかの悪しき効果を発揮するまで放置した方が良い。
木村の推測は半分正しかった。
良い方に外れたと言って良い。結晶化したひよこを倒すと結晶が散らばり、他のヒヨコも勝手に結晶化していく。
今や結晶化していないヒヨコの方が多いほどだ。
全体のヒヨコが結晶化し、動きが鈍りつつも数だけは増やしていく。
結晶化が進めば進むほど脆くなり、軽い攻撃一発で結晶が壊れていく。
一斉攻撃を仕掛けることで結晶化したヒヨコを一網打尽にできた。
結晶の具体的な効果は不明だが、助っ人と言うより便利アイテムのようである。
木村はふと考える。
もしもこの結晶がボスであればどんなものであったのか。
こちらの姿を真似て近づき、倒され砕けたところで味方キャラに結晶を埋め込み侵蝕していく。
もしかするとかなり厄介なボスだったのではないだろうか、と。
四日目の討滅クエストⅡも無事に終わった。
危惧していた特殊イベントも発生していない。
今のところは、である。
明日はいよいよ五日目。
助っ人はワルキューレ隊のリーダーであり、運命の神――特に未来を司る神でもあるスクルドだ。
敵であった存在が味方として戦ってくれるのはロマンがある。
ゲームであれば、かなり弱体化がされておりカスになっているか、敵の時と同等のステータスでやってきて相手を蹂躙するかである。
どちらに転んでも碌なことにならない。
カスなら来ないで欲しいし、敵の時と同等ならますます来ないで欲しい。
隕石とか重力崩壊で都市ごと消し去ってしまいかねない。
運命切断剣ならまだ良い。
とりあえず木村は訓練室で寝ることにした。
自室で寝て、スクルドに起こされては寿命が冗談抜きで縮む。
なんだかんだ不満や恐怖を抱きつつもスクルドの力は群を抜いて凄まじいと木村でもわかる。
明日の討滅クエストⅡは彼女がやりすぎなければ楽勝だと高をくくっている。
来るなら来いと半ば諦めと期待を混ぜて木村は床についた。
ところが五日目に来た助っ人はスクルドではなかったのである。
木村の長い長い一日が始まる。




