103.イベント「私のカツラを知らないか?」6
木村たちは城に集まっている。
数日前にアコニトやグランドと見て回った飛龍用の飛び口の前だ。
まさか自らがここから飛んで出るとは思っていなかった。
すでに木村たちはあてがわれた飛龍に乗っている。
一頭の飛龍に乗れるのは二人までで、操り手は必須なのでパーティ三人と木村、おっさんの五人がそれぞれ別の飛龍に乗る。
木村やウィルはどうにも飛龍の上が落ち着かないが、モルモーやフルゴウルは落ち着いている。
おっさんに関しては、あまりにも堂々としすぎており操り手の方が緊張していた。
「すぐに始まります」
メニューの時計は05:59に変わった。
残り1分で討滅クエストⅡが開始される。
飛び口が開かれた。
容赦ない強風と遙か遠くまで見渡せる展望が木村たちを襲った。
さすがにフルゴウルとモルモーもこの景色には慣れておらず、表情に緊張が混じる。
一方で飛龍と操り手は慣れたものである。
むしろ彼らにとって風はある程度なければ飛行が落ち着かない。この程度の風は心地よいほどである。
この遙かまで見渡せる展望も、空に彼らの飛行を遮るものがないことを示す光景に他ならない。
「――始まりました!」
時計の表示が06:00を示した。
木村の宣言はさほど意味がない。一部キャラを除く全員がそのおびただしい魔力を肌で感じた。
飛龍とその操り手は現れた魔力量におののいたが、今度は逆に彼らが後ろに乗せた者たちの落ち着きを肌で感じ取った。
無論、ウィルやフルゴウルもその魔力量に恐怖を感じているが、前回までの敵と比べればまだマシだ。
これまでの強敵との戦闘経験から油断はしていないが、戦う覚悟はできている。
飛龍隊の隊長が声をかければ、木村の乗る竜が翼を広げ、地面を蹴った。
ジャンプをしたような浮遊感を数度繰り返すと、飛龍は飛び口から身を投げる。
落ちていく感覚もわずかな瞬間だけだ。飛龍は翼をうち、空気を切り裂きつつ飛行を始める。
「うわぁ! すごい!」
木村から出る声は状況の喫緊さを鑑みるに間抜けだった。
彼も飛行機に乗ったことはあるが、上空をこのように窓も壁もない開放状態で飛ぶのは初めてだ。
恐怖はもちろんあるが、肌に打ちつける空気の圧力、鼓膜を鳴らす風の騒音、迫り来る地上の景色と声を抑えることができなかった。
飛行はあっという間だ。
討滅クエストⅡの敵が目視できる距離に入った。
予想どおり、一体目の姿は建物の天井と並ぶほどに大きい。
白い毛に覆われたゴリラのような姿だ。「ような」と付けたのは頭と手と足が多いからである。
頭は二つ、手は四本、足も四本である。力自慢のようで腕を大きく振るって暴れている。
かなり早くたどり着いたとはいえ、少なくとも一分はかかった。
それでも周囲の建物や人的な被害は見られない。敵を止めるはずの兵士も距離を取っていた。
「よっと! 危ない危ない! はい。こちらにご注目!」
白ゴリラと戦っていたのはヅラウィである。
戦うというよりも白ゴリラがヅラウィを襲い、ヅラウィが華麗に翻弄しているだけだ。
ヅラウィはアコニト同様に攻撃を躱すだけで攻撃をしていない。
闘牛を制御するマタドールのごとくであった。
魔物すらも客とみている節がある。
「このまま始めよう」
フルゴウルの判断により戦闘に介入することになった。
フルゴウル、ウィル、モルモーが三方に分かれ、飛龍に乗ったまま魔法を行使する。
白ゴリラは毛が硬く、魔法の効きもさほど良くはなさそうだが、運が良いことに行動パターンが極めて単調だった。
木村はそのパターンに気づき、連れてきていたケルピィに伝える。
ケルピィはすぐにサポート役のメッセに伝えた。
「伝令。『ゴリラは最後に攻撃した相手を狙う。三方向から順番に攻撃を』、以上」
伝言はメッセから戦闘メンバーに伝えられた。
その後は、ゴリラを中心においたトライアングル型に配置し、ウィルが魔法で攻撃、白ゴリラを引きつけたところでフルゴウルが攻撃、フルゴウルに引きつけたところでモルモーが……。
これを繰り返していく。ヅラウィはこちらの戦闘には混ざらず、遠くから戦闘をみていた。
兵士達にも討滅クエストⅡの戦闘中はヅラウィを無視するよう指示が出ている。
白ゴリラの損傷は徐々に増えていき、ついに倒れるに至った。
攻撃方法が途中で変わったのは全員が肝を冷やしたが、標的の習性が変わらないのは助かった。
頭が二つも付いているのに、どうやら考える力はどちらの頭にも備わっていなかったようだ。
白ゴリラが光に消えていき、結晶状の宝箱が現れる。
今はまだ宝箱を拾わない。
二体目が現れるの待つ。次が問題である。
ここでの問題とは戦闘以前に出現位置だ。どこに現れるのか。
飛龍に乗ったまま戦闘を続けたのは、一つにこれが理由なのもあった。
一体目とまったく違う地点に現れるなら、すぐさま移動が必要になってくる。
「現れた!」
白ゴリラ討伐位置から、緑色の敵が現れる。移動は不要だった。好機である。
馬のような体躯だが、頭には二本の角がある。鹿だ。
体は白ゴリラと比べるまでもなく小さい。
木村が修学旅行で見た鹿と、同じくらいのサイズだ。色こそは緑だが、目もくりくりして可愛らしい。
煎餅が好きそうだなぁ、と木村は思った。
木村が見た目に油断していたところで、フルゴウルとウィルは容赦なく魔法を行使する。
緑鹿に火と筺が触れると、鹿は口をわずかに開けて鳴いた。
建て付けの悪い扉のような軋む音だ。
木村も修学旅行を思い出す。
鹿はもっと情緒豊かで穏やかな鳴き声だと思っていた。
しかし、鳥肌が立つような高音で長く鳴く。昼ならまだしも夜なら不気味さを感じざるを得ないだろう。
この緑鹿も同様だ。
鹿が鳴けば、その体躯が大きくなった。
話をしていたとおり、攻撃により体が大きくなる敵のようである。
「注意してください! 何か来ます!」
緑鹿の白い角が怪しい光を帯びる。
赤い炎と金色の筺が鹿の周囲に現れた。
すぐさまウィルとフルゴウルが情報を共有する。
鹿の周囲に現れた炎と筺は、鹿が出したものであり、その力は二人の力と同質のものだと。
すなわち、この鹿は相手の属性を真似る。
ウィルとフルゴウルが鹿の放った魔法に対抗して同じ魔法を放つ。
打ち負けたのはウィルとフルゴウルの放った魔法である。
鹿は真似るどころか強化して放っていた。
手数こそ多くないが、反撃の魔法は強力だ。
さらには鹿へのウィルとフルゴウルの魔法攻撃が効いていない。
モルモーが横から手を出して、二人の魔法を打ち消す。
さらに鹿への攻撃を放つ。
鹿はまたしても鳴き、体を大きくさせる。
さらに今度はモルモーの魔法も取り込んだ。フルゴウルの筺とモルモーの水が鹿の周囲に浮く。
「二人の魔法を真似て耐性も得る。三人目の魔法を得た場合は最初に真似た魔法が上書きされる?」
木村の予測にケルピィも同意を示した。
ケルピィはそれであれば単純だとメッセごしに指示を出す。
「伝令。『兵士二人に弱い魔法を使わせて敵を攻撃させる。その後は戦闘メンバー同時攻撃。攻撃後はまた兵士二人で弱い魔法で攻撃し、こちらの攻撃。これを繰り返す』。以上」
指示は伝えられた。
兵士二人の弱い魔法を真似た鹿に戦闘メンバーが強力な魔法で攻撃する。これはダメージが通る。
しかし、上書きし耐性を得るので、また兵士の弱い攻撃で攻撃手法と耐性を変える。
この繰り返しで飽和的に攻撃を加えていく。
安定して戦えているのを見つつ、木村は冷や汗を出している。
一体目は行動パターンが単純だったのでさほど考えていなかったが、二体目になり討滅クエストⅡが難しすぎると言われたかわかってきた。
二体目は特にわかりやすい。
四人パーティーで、うち二人の攻撃が真似られて無効化もされる。
とてつもなく厄介だ。真似されるのが一人なら、弱い奴に攻撃させればいいが二人は厳しい。
もしも二人が倒れて復活させる手立てがなければ詰みだ。一人倒れてもほぼほぼ詰みに近いだろう。
しかも体が大きくなるにつれ、真似の攻撃も強力になっていく。ヅラウィが相殺し損ねた攻撃を逸らしてくれているが、もしも彼がいなければこの辺りは火の海になっている。
多くの兵士達による協力あってこその戦術だ。
一体目も行動パターンこそ単調だが、攻撃はシンプルに強力だったろう。
仮に、あの白ゴリラの単純な殴り攻撃を食らえばダメージはどれほどだっただろうか。
もしもゲーム内の戦闘なら単純に力押しで敗れていた可能性もある。
考えているうちに緑鹿も倒れた。
最後の三体目である。パーティーや兵士達の士気は高い。
その一方で、木村は最後の一体が怖くなってきた。ものすごく嫌な予感がする。
嫌な予感がしつつも最近はこの予感が外れることが多いので、かえって完全勝利の前触れの気配もある。
斯くして三体目。
黄色のひよこがピヨッと出てきた。
一体目は明らかな白ゴリラの異形で、二体目は鹿に近かったが、三体目は捻りも何もないひよこだ。
大きさこそ実物のひよこではなく、膝下サイズなのだがそれ以外はまんまひよこである。
ピヨピヨと鳴きつつ周囲をとことこ歩いている。攻撃する素振りも見せない。
二体目までは敵と即断されていたが、三体目で迷いが生じた。
フルゴウルとウィルも攻撃を躊躇った。
あまりにも敵としての気配が薄く、それが二人を警戒させた。
ピヨッとひよこが鳴く。
ひよこが分裂した。
「へ?」
全員が目を疑った。
分裂というには体の大きさは変わらない。
分身という表現が正しいかもしれない。分身にしてはどちらも実体がはっきりしすぎている。
ますます手が出しづらくなり全員が静観に回った。
「完全に同個体だ」
フルゴウルから周囲の全員に伝えられた。
伝えられると同時にひよこはまたしてもピヨッと鳴き、それぞれが分身する。
悪意が渦巻く殺伐とした雰囲気の中に、突如訪れた無垢で癒やしの存在に全員の手が止まった。
四体のひよこが都市を攻撃するでもなくとてとて歩く。
一体が転んでもごもごと短い足をじたばた動かす。場が完全に和みつつあった。
ひよこがさらにそれぞれ分身し、数を八にする。
増える間隔がわずかだが早まっていた。これに気づいたのは時間を計っていたウィルである。
現況の趨勢を唯一正確に把握したのはやはりフルゴウルだった。
彼女の背に冷たい汗が流れた。
「――まずいぞ! 総攻撃を加えろ! 今すぐにだ!」
フルゴウルが目を見開いて指示を出した。彼女らしくない怒号である。
彼女自身は他の動きを見ることなく、ただ一人ひよこに容赦ない攻撃を加えていく。全力である。
ひよこは攻撃を受けて、ぴよよと驚きながらまた増えた。
一体なら可愛い。二体なら微笑ましい。四体なら増えたかな。八体なら多い。今や十六体である。
趨勢の正しい理解はできておらずとも、数の多さにフルゴウル以外も気圧され始めていた。
木村はフルゴウルの焦りを理解した。
彼もこれに類する話を知っている。ウイルス感染の話だ。
もしも早期に抑え込まなければ、時間経過とともに爆発的に感染者が増えるという理屈である。
今回の場合、十秒で各個体が分身すると仮定すれば、三分あれば数は二六万になる。五分あれば十億にものぼる。
しかも分身の時間間隔はわずかだが短くなっている。
単純に暴力的な数により圧し潰される。
ひよこは攻撃を受けたが、怖さでピエピエと叫びながら逃げる。
逃げつつもさらに体を分身させていく。
ウィルやモルモーは魔法で、兵士達も魔法や武器で攻撃を加えるが恐ろしく硬い。
間違いなく複数属性に耐性持ちである。ウィルの炎魔法で焦げることすらなくピヨピヨと鳴いて逃げるだけだ。
「キィムラァくん。使え! 一刻の猶予もない!」
フルゴウルが叫んだ。
木村が預かっている隠し球である。助っ人のデザチューだ。
使わないならそれに越したことはないと最後の手段にしていた。
もはや使わない手はない。仮に制御不能になってもデザチューは都市を滅ぼすだけだ。
しかしながら、この分身ひよこはものの十分あれば余裕で世界を滅ぼす。月刊『世界の危機』に載ってしかるべきひよこである。
ゲームなら戦闘敗北でメニュー画面だが、異世界ならヒヨコ惑星にまでなりうる。なんなら半日でヒヨコ宇宙だ。
「いけっ! デザチュー!」
木村はフルゴウルから預かった筺を投げた。
実は彼も投げてみたかった。
筺は地面に当たって割れ、内部の黒い靄が周囲に広がる。
デューという不気味な鳴き声と、ピヨという可愛いだけの鳴き声、それに兵士達の怒号が場に満ちる。カオスである。
黄色と黒がせめぎ合い、ときどき兵士がパニックで叫び声をあげる。
ちなみにこのひよこは全攻撃に対して耐性を持っているが、どの攻撃でもダメージを1だけ必ず受ける。
要するに弱点はヒット回数の多い攻撃である。デザチューこそが天敵だった。
莫大な数に増えたデザチューの多段噛みつき(持続ダメージ付き)がヒヨコを増殖するよりも速く消滅させていく。
いちおう助っ人として敵のみを攻撃するようで、味方はかじられこそすれど殺されるまでには至っていない。
本当に危機的な状況だったと言える。
討滅クエストがまさに討滅しなければならないクエストだった。
緊張こそあるが彼はこの感覚が嫌いではなかった。
久々にギミック有りの危機的なボスと戦った気分が木村の中にある。
そのときふと彼の中にぼんやりとした不安がちらついた。
「ひよこが消滅しました!」
「よし!」
兵士が叫べば宝箱の出現とともに、フルゴウルがデザチューの核を筺で包む。
黄色と黒に包まれた都市があっという間に元の姿に戻る。
残されたのはかじられた兵士と都市の壁だ。
これにて討滅クエストⅡの一日目は終わった。
戦後報告と検討は城でおこなわれた。
まず、城からの出撃はスムーズだった。
出撃から到着までのタイムラグはあったが、ヅラウィがカバーしてくれた。
攻撃こそすることはないが、善の存在とみるべきだろう。この際は明日以降も彼を利用して被害を抑えることとなる。
次に戦闘である。
一体目の白ゴリラは行動パターンが単純だ。
仮にヅラウィがいなくとも、兵士にもパターンを伝えれば、ほぼほぼ被害なしで時間を稼ぐことはできる。
二体目の緑鹿は耐性が厄介だが、兵士達の魔法を利用することで何とかなる。
モルモーが変身により弱い魔法を複数使うことでもいけると示した。
鬼門は三体目である。
デザチューがいなければ詰んでいた。
木村は彼のゲーム知識を駆使した所感を説明する。
「多段攻撃が有効?」
彼の所感は、増殖ひよこの特徴を良く捉えていた。
あまりにもゲーム的な話に、現実的な人の頭にはいまいち入りが悪い。
なぜ強い攻撃がひよこに意味をなさないかに理解が及ばない。
「はい。おそらく攻撃がどれだけ強くてもダメージがほんのわずかしか通りません。弱くてもたくさん攻撃が入るものにすべきです」
「他に気づいた点として、数が増えるにつれ耐久力は落ちていたように見えた」
「やはりそうですか。最後の方はダメージこそ通りませんでしたが消える速度が速まりましたね」
逆に言えば増殖のし始めはHPが異常に高く設定されていると言う可能性である。
数は凄まじい勢いで増えるが、各個体のHPは逆に凄まじい勢いで減っていく。
「他に気づいた点は?」
「ダメージを受けると増える時間が短縮されるかもしれません」
「反撃はまったくしてこない」
対策としてフルゴウルの筺で最初の一匹を囲い、それを檻としてウィルが内部に多段ヒットする魔法を使うという流れになった。
ウィルとモルモーは明日までにその多段ヒットする他に使い道のなさそうな魔法を考案する任が言い渡された。
続いて全般の話に移った。
まずは敵の出現場所に関してだ。
今回は比較的開けた地だったが、もしも居住区で現れた場合は被害がより拡大していた。
この点に関しては、最初の白ゴリラ段階で戦闘地を移動するということとした。
各地域における戦闘地を定め、そこに誘導してから戦闘をおこなう。
続いて助っ人の話である。
「明日の助っ人はどうします?」
「アッきゅんか。明日に関しては呼んでおくべきだろうね」
木村が思うに、三体目のひよこに関しておそらくもっとも適しうる仲間キャラはアコニトだ。
毒さえ通じるなら多種類の毒による多段ヒット及び持続ダメージが期待できる。
通じないならアコニトはゴミとなる。
特に今回は兵士達や街との連携も重要のため、あのゴミニトを呼ぶ踏ん切りがつかない。
もしもヅラウィを見たら、標的を変えてしまいそうな気配がある。
他のキャラの案も浮かばない。
近距離戦闘キャラは、今回の討滅クエストⅡと相性が悪い。
いっそ回復役としてのペイラーフか、ターゲットを取るボローでも良さそうだ。
多段ヒットする魔法さえ使えるならシエイも候補に入る。
テュッポと竜人は留守番組だろう。
とりあえず二日目に関しては、フルゴウルは助っ人を呼ぶべきと断言した。
彼女しか知らない助っ人なのだが、敵の情報を知り、かつ仲間キャラの情報を知る彼女が言うならと木村も納得する。
検討も終わりを迎える頃になった。
「他に何かあるか?」
アルマークが周囲を見渡し、ないことを確認し散会を告げた。
各自が決定事項を各配下に持ち帰り実行していく。
人が減ってから木村は声をあげた。
木村たちと帝国の重要人物だけが残る。
「ちょっとだけいいですか」
木村には不安な点がある。
まだ可能性の段階で、不安をさらにかき立てる内容なので先の場で議題にあげることはしなかった。
「明確な根拠はないんですが、可能性として考えておいて欲しいんですが……」
木村は無意識に前置きを二つもした。
周囲も頷く。ウィルやフルゴウルは彼が何を言い出すのか概ね理解していた。
「たぶん作戦は成功します。三日目あたりまでは被害も減るでしょう。ただ、四日目あるいは五日目あたりに気をつけましょう。経験上、そのあたりがとても危険です」
「慣れによる気持ちの緩みということか?」
アルマークが尋ねた。
彼も慣れによる気持ちの緩み、それによる失敗は知っている。
木村はアルマークの返答に曖昧な態度をみせる。
「いえ、そうではなく……、いや、そうなのかもしれません。慣れにせよ、完勝にせよ、気持ちの緩んだときこそ、敵は何かを仕込んできます。今回の討滅クエストⅡの発生がまさにそれです。さらにその場での完勝からの新たな災厄こそが真の狙いとも考えられます」
木村は愚者である。
彼は歴史を知らず、経験から学んでいる。
この討滅クエストⅡの中程あたりで何かが起きると予測している。
無印の時もあった。特殊条件を揃えることで新たなボスが現れて喜びや安堵を踏みにじる。
ウィルも木村の言葉に深く頷いて賛同を示す。アルマークらも理解を示した。
「それともう一つ不安な点がありまして……」
木村は勢いに乗じて、もう一つの不安も口に出す。
これにはパーティーも予想外だった。
「戦闘中にふと感じたのですが、今回のイベントストーリーのボスがわかりません」
「……ヅラウィでは?」
「もちろんその可能性もありますが、彼は街や兵士を守っていました」
もしも彼が今日いなければ、被害はもっと大きかった。
木村たちがたどり着くまでに、一体目のボスで街は破壊されていた。
さらに二体目のボスの攻撃をいなしていたのも彼だ。兵士達を助けてもいたはずである。
「彼はボスと呼ばれるにふさわしい技量の持ち主だと思うが?」
「ん……? あ、そっか」
アルマークの発言で木村は言葉の定義にすれ違いがあるとようやく察した。
「僕と王が考える『ボス』は意味合いが異なります。僕が言うのは、組織のトップとしての存在という王の考えられている意味ではなくて、イベントの主題に関して対立のスタンスを取る者という意味です。この場合のボスは、ただ強かったり、組織をまとめあげる力があるというわけでなく、主人公側……僕たちと何らかの対立があってこその存在なんです。僕たちとボスの間にある、目的の違いに対して最後の城壁あるいは最後の将兵たるべき存在です。一部キャラこそヅラウィを憎んでいますが、基本的に僕たちは彼に好意的です。彼が僕たちと対立すべき目的を持ち合わせた存在とは思えないんです」
もちろんそう思わせてこそあえてボスということはあり得る。
ボスになって欲しくないという思いもある。あるいは異世界なのでストーリーが歪んでいるからという可能性も捨てきれない。
「心に留めておこう」
どちらにせよだ。
油断はするなということである。
木村もため息をつく。
今回のイベントは見るだけに留めるはずだったのに、どうして積極的に意見を述べるにまで至っているのか。
「とりあえず明日だ」
こうして一日目を終えた。
二日目になり、木村は暴風の中で目が覚めた。
ベッドの上で寝ていたが、掛け布団や毛布は全て風に奪われ、部屋の調度品が天井近くを飛んでいる。
風の音もビュウビュウと騒がしいってレベルを超えている。
「なんだこりゃぁ……」
風が強く、目もロクに開けられない。
匍匐前進のまま、ベッドから這い降りてそのまま扉から部屋を出る。
廊下に出ると暴風が廊下にまで付いてきた。自身の頭の上からギャーギャーと鳥の鳴き声はするが彼は怖くて見ることができない。
訓練室まで匍匐前進ですでに体力がゼロに近い。
おっさんとウィル、それにフルゴウルが暴風を止めた。
「おはよう。無事かな」
「ええ、なんとか。なんだったんですか?」
「助っ人にやってきたアッきゅんだね。ほら、これだよ」
フルゴウルが筺を見せてくる。
鷹なのか鷲なのか木村は詳しくないが、とにかく猛禽類が筺の中にいた。
「賢い奴なんだがね。なんでもかんでも風で吹き飛ばす悪い癖があって」
「悪い癖ってレベルじゃないでしょう」
「それで私も手放した」
要するに手に負えないから誰かに渡したらしい。
デザチューにせよ、アッきゅんにせよ、プレゼントという体で他人に捨て渡している。
「親切な人に面倒みてもらってね」と。そろそろ動物愛護協会に睨まれるんじゃないか。
「変わった動物は好きなんだよ。一時期、あれこれと飼っていた」
一番好きなペットは人間だよとか平気で言いだしそうなので、木村はこの話を切ることにした。
「とりあえず連れて行くということでいいんですね?」
「そうだね。懐かせることはできなかったが、飼い慣らすことはできる」
ふふ、とフルゴウルは笑う。
その台詞は果たして本当にアッきゅんに向けて言ったものか。
とにかく二日目が始まる。
木村はどこかへ消えてしまったデザチューが名残惜しい。
なんだかんだあったが、最後は小さくなって木村の膝にスリスリとよってきていた。
わずか一日ではあったものの愛着が湧いていた。好感度の操作があった可能性はあるが、木村にも懐いてくれた。
どこかで消滅するくらいならカクレガで飼わせてもらいたい。
間違いなく食堂は立ち入り禁止になる。
リン・リーは鼠が嫌いだ。
ちなみにデザチューは木村の膝にスリスリしていた後で噛んでいた。
餌を寄こせという仕草なのだが木村はわかっていない。
そして、なんだかんだで討滅クエストⅡの二日目もどうにか被害もわずかに突破したのである。




