102.イベント「私のカツラを知らないか?」5
「討滅クエストⅡ」というたった七文字の文字列が頭に響き渡る。
木村はタイトルだけ読み、手紙を折りたたんでテーブルの上に置いた。
カップに手を付け、残っていたお茶を一気に飲む。困ったことに味がしないし、ぬるい。
そして、目を閉じる。
どうして今なのか?
今じゃないと駄目なのか?
どうしてイベント終了を待たない?
だいたい、なぜいつもいつも穏やかな時期にやってくる?
なぜ、どうして、と疑問が次々と湧いてくる。
怒りもジワジワと彼を支配しつつあった。
先ほどまであった清流のごとき静かな思いが淀んだ濁流へと変容していった。
ちなみに最後の問いの答えは、「とりま展開に困ったら討滅クエストでいいか」という筆者の脳死状態によるものである。ごめんね。
「いつからなんですか?」
モルモーが穏やかに尋ねてくる。
木村は再び手紙を手に取る。意味のない問いだ。
どうせ今すぐにでも始まるのだろう。ところが予想は裏切られた。
「……あれ?」
諦め半分で手紙を手に取り、内容を読むと明日から開催のようだ。
いつもよりもやや開催のタイミングが遅い。
それに文章が長い。
「明日からみたい」
明日から七日間である。
イベントストーリーで言えば、七日目から十三日目までが被るわけだ。
「ええっと……、『前回の開催時に難しすぎるという意見を多く頂いたため、今回は特別に、』」
そこまで読んで、木村は続きの文字列を見て言葉が止まった。
いつの間にか木村の近くまで来ていたフルゴウルやウィルは、木村の青ざめた顔を見た。
「『日替わりで強力な助っ人を送らせていただきます』」
全員が沈黙した。最悪の上塗りである。
討滅クエストⅡだけでもクソなのに、助っ人まで来たらどうしようもない。
強力な助っ人を送るよりも難易度を落とす方が先じゃないのか。
「助っ人の何が問題ですか?」
前例を知らないシエイが尋ねた。
木村は答える気力を失っていたので、代わりにウィルが答える。
「以前の討滅クエストでは、助っ人としてワルキューレの一体が来ました。ゲイルスコグルですね。彼女はデモナス地域西部の住民を皆殺しにして去ったんです」
これにはシエイも沈黙しかない。
全員が始まる前からお通夜ムードとなる。
「続きはあるのかな?」
「……あっ、『助っ人の有無は選択できます』だって」
全員がほっと息を吐いた。
ちゃんと最後まで文章を読まないと駄目だった。
なお、助っ人無しで倒せた場合はボーナスドロップがあるとのこと。
助っ人有りでもそこそこのドロップが見込める。初心者から中級者の救済措置なのだろう。
「助っ人キャラクターの日程表も出てる。これを参考に、呼ぶか呼ばないか決めても良いかも」
木村は日程表を読み上げていく。
1日目:デザチュー
2日目:大鷲アッきゅん
3日目:ステュクス
4日目:侵蝕結晶クリスたん
5日目:スクルド
6日目:クロートー
7日目:ラケシス
「……助っ『人』?」
読み上げる声が途中からぎこちないものに変わった。
いくつか知らない名前もあるが、おそらく大半が人間ですらない。
最初のデザチューなどは初回イベントストーリーのボスだ。
「もしかしてイベントストーリーのボスじゃない?」
共通点を探せばボスらしきものの気がしてくる。
5日目のスクルドも前回のボスだった。
2~4日目は知らない。
「5日目まではそのようだね。1日目と2日目は呼んでも大丈夫だよ」
「どうし……ああ」
聞き返す途中で木村は気づいた。
1日目のボスをイベント敵キャラに渡したのがフルゴウルであり、2日目のボスもおそらく彼女が配ったボスだ。
今でこそ彼女は大人しいが、カゲルギ=テイルズ世界での生前は、良くない組織のトップである。
「その二体は制御できる。三日目はわからないね」
「呼んではいけません」
モルモーが口を出した。
どうやら知っている雰囲気である。
「ステュクス神は冥府を流れる川の管理者です。川の神と思ってください。ここに呼べば都が水没します」
「え、そんなやばい神なんですか?」
「彼女の尊厳のために言っておきますが、冥府の神の中でもかなり良識に寄っているかたです。私の上司よりも大らかなくらいですから。しかし、力の扱いに関してもまた大らかなので、まともな制御は期待できません。水没で済むだけならマシだと考えるべきです」
水没で済むだけならマシってどういうことだ、と木村は首を捻る。ここ数日で首を捻りすぎて痛みを感じるほどだ。
他の人も同様だった。疑問を浮かべる仕草を見て、モルモーが補足を加えた。
「彼女の操る水はただの水じゃないんです。生者が彼女の水に触れると不死身になります。都の住人が死ぬことなく溺れ続ける地獄を見たいですか?」
もちろん誰も見たくない。
3日目はスルー推奨だ。
「4日目が謎だね」
「自分に推論があります」
シエイが口を出した。
彼女が王都の地下で体験した話である。
アピロが奇妙な結晶を持っていた。
その結晶を体内に入れられると体が結晶化し、意識を奪われたということだ。
そこから先は木村たちも知っている。結晶化したシエイたちを倒したのが木村たちなのだから。
「4日目もスルーかな」
うまく機能すれば手に入るものは大きい。
もしも下手に機能すれば、王都での悲劇が再来する。
「5日目以降は……」
運命の三姉妹が一柱ずつ来てくれるわけだ。
5日目は前回のイベントボスキャラだったスクルドである。
話はできるが、話が通じる相手かと問われれば、首を横に振らざるを得ない相手でもあった。
6日目はアコニトの記憶の中で会った、姿以外はどうにもうさんくさい女神。
7日目は選択を強要してくる女神。まだ詳しい顔は知らない。
「4日目の状況を見てだね。ワルキューレが出ると私は出られるかわからないね」
「私もワルキューレを呼ぶなら絶対に出ませんから」
二人が出陣を見合わせる声をあげた。
フルゴウルは女神の莫大な魔力が目に見えてしまるからであり、モルモーはワルキューレとの過去によるものだ。
「僕は出てみたいですね。今なら彼女の神気にも堪えられるかもしれません」
逆に前回、気絶しかけたウィルは出たそうにしている。
黒竜との特訓の成果を示す場所として考えているに違いない。
けっきょく五日目以降はその時の状況次第とした。
城に赴き、木村たちはアルマーク一世に明日からのイベントについて説明をおこなう。
油断していたタイミングでの突発的なイベントに誰も彼もが驚く。
すぐさま対策会議が始まった。
対策とは言っても敵の姿がわからない。
前回は水の館との同時開催で、敵は水の館にとらわれ中の用心棒にやられてしまっている。
「三体はいる」
まず、間違いないところから確認する。
宝箱は三回出ていたので、敵の数は三体。同時ではなく順番に出てくる。
ウィルとフルゴウルも観察していたので、彼らの気づいた点を述べていく。
一体目は巨体である。
最初に見られた魔力量は三体の中で一番多い。
シンプルに強敵だと考えられる。
二体目は、最初が小さな影で徐々に大きくなった。
ダメージを与えるたびに、巨大化していく敵と推測される。
さらに、大きくなったときは単体での魔力量が三体の中で一番多い。
三体目は、大きさは不明だが数が徐々に増えていった。
最初から増えるのか、ダメージをトリガーにして増えるかはわからないが数で攻めてくると考えられる。
出現時刻はわかる。
前回と同様に朝6時と推測される。
問題は場所だ。ドライゲンに現れるのは確実だが、どこかが不明だ。
木村たちも強さこそ増しているが、移動手段に関してはカクレガに頼るのみである。
要するに中近距離の高速移動に適した乗り物がない。CP-T3も速いが、縦の移動に弱く、段差の多い都市は不向きだ。
「ワイバーン城から全方位を監視し、魔力が観測され次第、飛龍で君たちを運ぶこととする」
アルマークからの協力態勢もあり、出現から戦闘までのタイムラグは短くできる流れになった。
それでもラグはあるため、各地域における対策案を急ぎまとめて通達するようである。
木村は飛龍に乗ることができるとわかり、内心ではかなり嬉しいのだが状況が状況なので顔には出さない。
助っ人は、初日は呼ぶことにした。
呼んだ時の状態を見ておきたい。ゲームなら文字通り助っ人だろう。
しかし、ここは異世界である。呼んだら前回と同様に敵対しましたでは洒落にならない。
幸い、初日にやってくるデザチューは核が見えるフルゴウルからすれば、命を常に手中に収めているものだという。
デザチューの現れた際の動きを鑑みて、二日目以降の判断材料にする。
パーティーメンバーに関しては、助っ人で一枠が削られるとのことだ。
今のメンバーからシエイを抜かしたウィル、フルゴウル、モルモーで初日を迎えると決めた。
翌朝である。
木村が朝起きたら部屋に黒い靄があった。
疲れて視界がぼやけているわけではないと彼が気づいたのは、靄が彼に向かって動いた時である。
デュー、デューと風の強い日に窓の隙間から鳴るような音が部屋に響く。
木村がこの音を鳴き声と気づいたのは、黒い靄が大きな鼠の形を取ってからだった。
「え、早くない?」
時刻はまだ5時過ぎのはずだ。
なぜか木村のベッドだけはタイマー付きである。
デザチューが呼ぶか呼ばないかを決める前に部屋に来てしまっている。
木村では敵意があるのかないのかも判断付きかねる。
あまり刺激しないようにゆっくりとベッドから降りて、背を向けずゆっくりとドアへと後ずさる。
デザチューも木村に気づき、動きを止めてジッと見てきた。
扉が開き、木村は一目散に逃げ出した。
背後からデュデュと元気な鳴き声が聞こえてくる。
キャラたちは強くなり身体能力も大幅に上がっているが、しょせん木村は木村である。
「うわっ! わぁ!」
あっという間に追いつかれ、のしかかられた。
のしかかられたが、重みがほとんどない。薄衣一枚羽織っている感覚があるほどだ。
よくよく考えると靄のようなものなので重さはないに等しいのかもしれない。
車のスモークガラス越しのような薄暗い景色になってしまっているがそれ以上の害はない。
危険がないとわかれば、デュ~という鳴き声もなんだか可愛げを感じる。
このままでも困るので木村は訓練室にむかう。早朝だがおっさんやウィルは特訓や体の慣らしを始めていると予想したためだ。
訓練室に行けば、目論みどおりウィルとおっさんがいた。
フルゴウルも軽く体を動かしている。モルモーは朝が弱いので来ていない。
彼らは木村が入ってくると、視点を木村に固定した。もちろんデザチューを見ている。
逆に木村から見れば、彼が見られているようでなかなか恥ずかしいものがある。
「おや。もう助っ人を呼んだようだね」
「呼んでないです。起きたら部屋にいました。それとおはようございます」
「ああ、おはよう。ずいぶんと懐いているね。私の時は常に距離を取って、歯を見せて立っていたのだが」
「それは敵対者として威嚇されているのでは?」と喉元まで出かけた言葉を木村は飲み込んだ。
筆者もハムスターを飼っているので知っている。
彼ら・彼女らは敵対者には立ち上がって歯を見せ威嚇する。自分を大きく見せようというものだろう。
その立ち上がり状態もさらなる危機を迎えると仰向けに倒れ、腹を見せつつもぞもぞ暴れる。可愛い。
見た目は可愛いのだが彼らにとっては極限状態で、ストレスで病気の原因になるので見たいからといってやるのは避けるべきだろう。
なお、最初から抵抗を諦めている時は石のように固まり、機を見て高速撤退する。
「これ、懐いているんですか?」
ウィルがデザチューの姿に疑問を呈した。
彼は上から下まで木村とデザチューの様子を見ている。
木村は自身の姿が見えないのでどういう状況になっているかわかっていない。
「あちこちをかじられていますよ。痛くないんですか?」
ガジガジと木村は頭をかじられている。
攻撃は無効なのでダメージは一切ない。デザチューに、食べられるものかずっと確認されていた。
「えっ、怖くなってきたんだけど……」
「やれやれ」
フルゴウルが筺を出して、木村に投げる。
靄の一点で筺が止まり、筺の内部に黒い靄を捕らえた。デザチューの核である。
木村の周囲の靄が晴れていって、視界も通常のものに戻っていく。
「協力的かどうかはわからないが制御はできるね」
フルゴウルが筺を拾い上げて、実演してみせた。
筺の中では黒い靄が暴れている。デザチュー、ゲットだぜ。
戦闘力になるかどうかはおいておき、とりあえず連れて行ってみることになった。




