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 日本の高校生二年生――木村健太郎は異世界のナギカケ帝国にトリップした。


 時は帝国歴二七九年、アセンドス三世が王の座に就き、すでに三十五年の月日が経っていた。



 七台の馬車が列をなして道を進んでいる。

 中央の一台から身を乗り出した少女が、楽しげな様子で声を上げる。


「綺麗なところですね~」


 声の主は帝国の第四王女セリーダ。

 ナギカケ帝国の辺境、そのまた辺境に視察へ訪れていた。

 ドがつくほどの辺境にあるハテノ鉱山にて、多量の魔鉄鋼が発見されたと報告が上がったためである。


 通常であれば、このような視察を王女にやらせることなどまずない。

 しかし、末っ子であるセリーダが活躍の場を求めていたので、アセンドス三世が父の情を出した結果と言える。


 他の理由もある、近々、隣国の王国と戦争になる。

 城の内部も物々しい気配になり、末っ子をそのような場に置いておきたくなかった。

 こちらが大きい。


 他の王子や王女らも王の決定に口を出すことはなかった。

 第四王女のセリーダは、王位継承権で最も下、さらに下から二番目の第五王子と比べても十以上歳が離れている。

 アセンドス三世の最後の子と言われ、他の兄弟からも息子や娘かというようにかわいがられている。

 王位争いには巻き込みたくないという王の意志が、他の王子や王女にも伝わっており、歯牙にもかけられていなかったというのが正しい。


 要するに「忙しくて子守りができないから、しばらく安全なところで遊んできてくれ」というのが城の総意である。


 それなりの警護と、主目的である魔鉄鋼の専門家、王女の世話係とが辺境の地を進んでいた。

 王女の胸元で揺れるブローチは守護の魔法が幾十に織り込んであるものだ。

 過保護な父親が持たせた紛れもない国宝である。


 彼らの行き先であるハテノ鉱山では、魔鉄鋼が生み出した魔物たちが彼らを待ち構えている。




 一方、場所と時間は移り、異世界に迷いこんだ木村である。

 彼はすでにハテノ鉱山の中にいた。しかし、木村はここがどこかなど知らない。


 木村は新しく配信されたゲームをストアからダウンロードし、インストール待ちで寝落ちした。

 そして、異世界にいた。


 木村は、夢か何かだと思っている。

 まさか異世界に本当に来ているとは思っていない。


 目が覚めたら、殺風景な岩に囲まれ、隣に謎のおっさんが立っていた。

 日本人ではない。体格が無駄によく、背も高い、彫りの深い顔で腕を組んで木村を見下ろしている。


「よう。目が覚めたか? さっそくだが、お前さんの名前を教えてくれ」


 おっさんはいきなり木村に声をかける。

 どこかで聞いたことのある声だ、と木村は感じた。

 アニメか何かで聞いたことがある。しかし、何のキャラだったがなかなか思い出せない。


「おい。聞こえているか。お前さんの名前を聞かせてくれ」


 おっさんが木村の肩に手をかけ軽く揺さぶる。


「木村です」

「キィムラァか。良い名前だ」


 うんうんとおっさんは頷く。

 そうだろうかと木村は思うが、おっさんは話を続ける。


「キィムラァ。お前さんも知っているように、この世界は今、大変な状況におかれている」

「いや、知らないけど……」

「力強いな。お前さんには世界の危機など些事と言うことか。いかにも、お前さんには不思議な力があるからな。さすが俺が見込んだ男だ」


 木村の話などお構いなしでおっさんは話を続ける。

 見込んだ男と言いつつ、名前も知らないとはどういうことかと木村は突っ込みたかった。


「なんだ! 叫び声がしたな! 行くぞ、キィムラァ!」


 おっさんが突如声を張り上げ、振り返ってどこかへ走って行く。

 木村には叫び声などまったく聞こえなかった。


「どうしたんだ! 急げ!」


 おっさんが道の奥から木村へ声をかける。

 木村は不承不承ながらも、おっさんの方へと歩いていった。


 その後も、おっさんが走って行く方に歩いてついて行くと木村にも声が聞こえてきた。

 金属のぶつかる硬い音、何か重たい物が落ちる音、テレビやスマホの中でしか聞いたことがないような炸裂音。

 そして、人間の叫び声だ。


「近いな!」


 おっさんはドンドンと走るが、木村の足どりは重くなっていく。

 音が近づき、より大きくなるほど体がこわばっていくのを木村は感じていた。


「見ろ! 人が魔物に襲われているぞ!」


 岩の道の先へ出ると、少し開けた場に出た。

 木村やおっさんが居る場所は高台で、その下には鎧を着込んだ人間と、見たことがないような大きさの狼が戦っている。


「助けに行くぞ!」


 おっさんがすぐさま高台から下りた。

 空中でなぜか一回転してから地上にふわりと着地する。


「キィムラァ! 速く飛び降りるんだ!」


 木村は高所恐怖症というわけではない。

 しかし、彼のいる高台からおっさんが下りた場所は五メートルは優にある。

 校舎三階から見下ろした景色を想像して欲しい。人は小さく映り、声も遠く感じる。

 着地する床はクッションではない。もろに地面、地面と言うより岩肌である。間違いなく痛い。


「心配するな! お前ならいける!」


 おっさんが根拠もなく、木村に発破をかける。


「怖いなら目を瞑って飛べ! 飛ぶんだ、木村! 男を見せろ! さぁ、来い!」


 おっさんが両腕を広げる。

 俺が受け止めてやるから、と言わんばかりだ。

 このときばかりは木村は謎のおっさんの体格の良さに安心感を覚えていた。


 ――このおっさんなら受け止めてくれる、と。


 木村は飛んだ。


「うわああああ!」


 木村は大声を出すことで恐怖心を紛らわした。


 おっさんは木村が飛ぶと腕を引っ込めて距離を取った。

 予想される木村の着地点には誰もいない。


「おまっ! ええええぇぇぇ!」


 地面が近づき、足から着地する。

 足だけで勢いは到底殺せず、膝、腰、手、腕、頭と地面に次々と打ちつける。

 痛みが全身をくまなく襲い、立ち上がることすらできない。


「何者だ?!」」


 戦闘中の兵士が木村たちに声を上げた。

 兵士の声は大きい。彼らにとって、木村とおっさんが敵か味方が大きな問題になる。

 この確認は最優先にすべきことであった。声が大きくなっても無理はない。


「よくぞ聞いてくれた! この男の名はキィムラァ! 仁義により、お前たちの加勢をさせていただく!」


 おっさんは兵士たちの声をさらに数倍にした声で木村を紹介した。

 あまりの音声で対峙していた獣たちも驚き、その場を退いていってしまう。


「さすがキィムラァだな。場に現れるだけで獣どもが逃げていったぞ」


 フハハ、と笑うおっさんに対し、木村は痛みに囚われ地面の上を転がっている。


「じょ、助力に感謝する。我々は姫様の元に行くゆえ、先ほどの獣をここで足止めしていただきたい」

「あいわかった! 必ずや、キィムラァがこの道を死守するゆえ、どうか貴殿らも自身の役目を果たしあられたい!」


 兵士が腕を胸の高さに掲げ、おっさんに敬意を示す。

 おっさんは兵士に背中を見せることで、彼らが立ち去るのを見送った。


 木村はなおも地面で蹲っている。

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