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vs執事(sideセプテル)

 お嬢様が4歳の時。奥様から手を上げられている坊っちゃまを庇われるように、代わりに打たれた事がある。それまでのお嬢様ならば大声を上げて泣いてそれに苛々した奥様がお嬢様を打つという悪循環が出来ていた。しかし。その日は坊っちゃまの代わりに打たれた後は淡々と奥様に詫びられ、尚且つ坊っちゃまに諭すような発言をしていた。もしや、神の気紛れ子か? と考えた矢先に、今度は奥様に怒られている使用人達から奥様の怒りを上手く躱していた。間違いない。お嬢様は神の気紛れ子だ、と確信出来た。


 以降、お嬢様の発言や行動に注視していると、やはり大人びた考えや行動の持ち主で、いつの間にか使用人達はお嬢様に尊敬の目を向けていた。


 お嬢様の口癖は「自分を助けるのは自分しかいない」というもの。


 その事に大人でさえ気付かないというのに、お嬢様は既に気付いておられる。リンリドル家の繁栄を願うならば、お嬢様が神の気紛れ子である事を旦那様と奥様に告げるべきである。だが、お嬢様がそれを望まれていないから、黙っている事にした。旦那様の執事失格では有る。だが、神の気紛れ子と旦那様ならば、神の気紛れ子であるお嬢様を尊重するに決まっている。


 私は一塊の使用人では有るし、旦那様の生活に口出しするにも限度は有る。が。使用人で有ると共に1人の人間。感情もきちんと有る人間だ。尊敬出来る主人とは全く言えない旦那様に、忠誠心など芽生えようはずもない。政略結婚をした旦那様と奥様。旦那様には他に愛する女性が居る。その事にとやかく言うつもりはない。

 旦那様も1人の人間。妻となる女性ではない人を愛する事も有るだろう。貴族として、家の為に奥様と結婚し、跡継ぎの坊っちゃまと家の為になる嫁ぎ先を結ぶ為のお嬢様がお生まれになったから、恋人の元へ行くのも仕方ないかもしれない。


 だが、それは、きちんとリンリドル家を大切にしている事が前提ではないだろうか。殆ど家に帰って来ず、愛人の元から城へ出勤する日々を送り、それも、愛人に子が出来たならばご自分の弟の妻として結婚させ、普段は2人が暮らしている屋敷に、弟様が出かけた瞬間、自分が愛人の夫として振る舞うような言動を取っている。


 これでは、どちらが本妻か分からない。

 弟様も早い段階で気付いておられたようだが、見て見ぬフリをしていたようだ。だが、実子と思い込んでいたオーガスト様が実は兄の子と判って流石に兄である旦那様と自分の妻とを問い詰める事をやめられなかったようだ。弟様から話を聞かされたので、何とも言えなかった。


 旦那様は開き直って、オーガスト様を実子として引き取ってしまうし、ついでに奥様を追い出して愛人である弟様の妻を自分の妻にするつもりだったようだが。愛人の方はいつしか旦那様より弟様を愛するようになられたらしい。弟様も苦悩しつつ、愛人を愛するようになり。それを旦那様は気に入らないご様子で、かなり弟様と愛人を詰ったと聞き及んでいる。


 これに愛人の姉君がお怒りになられて、旦那様と商会との縁を切ってしまわれた。侯爵家に逆らうなどと……と旦那様はお怒りになられたが、相手の方が上手だった。いつの間にか公爵家との縁を繋いでいた。さすがの旦那様も格上と付き合いが有る商会に手出しが出来ず、自力で今まで通りに資産を増やすつもりだったようだが……


 先見の明がない旦那様には無理な話だったようだ。侯爵家に生まれて物の価値は理解出来るが、どれだけ真贋の別がついても流行するかしないかの判別が付かないのでは、先物取り引きは出来ない。在庫ばかり抱え初めて資産が目減りしていた。この事をどうにかしろ、と旦那様に半ば脅されるように命じられた私は、ダメで元々のつもりでお嬢様に相談した。


 結果は、旦那様と同じように視野が狭かった私より余程広い視点で解決策を提示してくれた。やはりお嬢様は神の気紛れ子。素晴らしかった。


 こうして私はお嬢様の仰られたような形で在庫を処分し、取り返すまでは行かずとも少しは黒字になった事に安堵しながら、旦那様に報告した。無論、お嬢様の許可を得て、お嬢様が神の気紛れ子である事の報告も共に。


「なに⁉︎ 本当か? あの娘が神の気紛れ子だと?」


 当然旦那様は信じられない、とばかりに声を上げる。だから淡々と報告していく。4歳の時に変わったこと。それからの日々。旦那様は興奮して聞いているが気付いているだろうか。長年報告しなかった私の意図を。何故報告しなかった? と尋ねられたら答えただろうが、興奮していて疑問にも思わなかったらしい。


 ーー本来なら仕えるべき敬意を払う主人だけど。やはりこの方は自分さえ良ければ、他はどうでもいいし、目先の事にしか興味が無い、侯爵家の当主には相応しく無いお方だ。


 私はお嬢様が神の気紛れ子だと確信した時から、旦那様に真実忠誠を誓っていない。そしてやはり今、この方に見切りを付けた。そんな事にも気付かないこの方は、これからお嬢様をどのように自分の手駒にしようか、と算段を付けているだろうが、お嬢様がそのような旦那様の考えすら気付いている事も理解していないだろう。


 8歳の自分の娘の掌で踊る姿を、これから私は見る事になりそうだ。

 さて、手始めは、オーガスト様を弟様ご夫妻の元に返す事だろうか。お嬢様の手腕を間近で見せてもらえる事に思いを馳せつつ、目の前で興奮したままの旦那様を、冷ややかな思いで見つめた。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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