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vs従弟

 私は8歳になった。あの時助けた孤児が何故かリンリドル家で働き出してから1年が経ち、いつの間にか下働きからメイドに昇格した、らしい。どうやらメイドは下級の使用人とのこと。良く分からないが、下働きは水汲みや火起こしなどをするようで、誰よりも早く起きて誰よりも遅くまで起きているらしい。その他にも馬丁の手伝いで干し草を運ぶとか、寒い日は暖炉に火を付けるとか。そういうのを下働きという存在が行う。男女は問わないようだ。しかも下働きの人数は少ないとのこと。それからメイドという下級の使用人に昇格するらしい。掃除や洗濯や食事の準備とか。男は料理人だったり馬丁だったり執事見習いだったりと様々なようだ。そこで見込みが有る者は長の立場を得る。その上が侍女と侍従に執事と侍女長となるらしい。


 1年でメイドに昇格するのはかなり見込みがあるとか。へー。まぁどうでもいいけど。そのメイドに昇格した孤児の名はジュリーというらしい。へー。


 まぁそんなことを思い出しながら、メイを見た。何故か4歳でこの兄を庇い、母に打たれたあの日から、この兄はやたらと私を構うようになった。ーー要らないんだけど。もしかして恩でも感じてるのか。めんどうだなぁ。


 ただ、私に勉強を教えて来ようというのは、有難いから素直に教わっている。あの女の考えた話の通り、私は両親から教育を受けさせる必要は無いと思われているようで、マナーや仕草を教える所謂マナー講師だけが5日に1度来る。文字も教わらないから本も読めない。前世の記憶を持つ身としては、小学生なのに文字も読めない・書けないというのは、苦痛だ。別に前世で勉強が好きだった記憶は無いが、娯楽の無い家である。テレビが無い。当然ゲーム機も無い。本を読むか外を駆け回るくらいしか出来ないのだが、マナー講師曰く、令嬢は駆け回らないそうだ。なんだそれ?


 なんでも、令嬢はお茶会で流行を学び、他の貴族と仲良くなり、家の繁栄になるように良い家柄へ嫁ぐのが幸せらしい。そのためには、刺繍が出来て(夫に刺繍した物をプレゼントするのが主流らしい)流行に敏感で(流行りのドレスを着たり流行りのネックレスなどを身につけたりするのが良いらしい)感情を表に出さず控えめに微笑むのが理想だとか。


 もう一度言う。

 なんだそれ。


 全員が全員それでは、代わり映えしないだろうに。髪と目は様々な色が有るので、それと顔の造作だけで区別するのだろうが、それだけだ。後は中身が皆同じという事。なんだその外見は別の、金太郎飴は。切っても切っても同じ顔の飴が思い浮かぶ。金太郎飴はソレが売り、だし、買って食べるのにどれも全く同じである事が不思議だ、と喜ばれる代物だが、アレは食べ物だから許される。


 だが、外側は別でも中身が全く同じでは“人間”ではなく“人形”ではないのか。自動では有るけれど自力では無い人形。気持ち悪いんだが。もちろん、それが貴族という身分の中では大切な事で秩序を保つ為に必要なのだろうとは思うが……人間ではなく人形に成れと言われても、というやつだ。


 自由と奔放を履き違えるつもりはない。


 秩序を守りながら、自分という個を守るのは自由だと思うので、マナー講師に逆らうつもりは無いが、表向きはマナー講師に認められるようにしても、マナー講師に見られない部分では自由に走ってみたり飛び跳ねてみたり、やることにする。ついでに、ずっと私から離れない兄が鬱陶しいので、どうせなら巻き込む事にした。勉強を教えてもらう代わりに庭で走り回る。メイは目を白黒させたが、それも最初のうちだけで気付けば満面の笑みで楽しそうにしていた。


 ふむ。メイがこう笑うのは、前世の記憶が戻ってから初めて見る。欝屈していたのだろう。そんな日々を送っていたある日。


 ガサガサ


 という音に、メイと私は視線を合わせる。背後にこれまた何故か私に心から仕えているように見える侍女が居たので、そちらに視線を向ければ、彼女は警戒した表情を浮かべた。という事は、鳥が飛び立つ、とか、そんな可愛いものでは無さそうだ。客人が庭の植木の裏に隠れているとも思えない。


「誰だ」


 メイが手足を震わせながらも私を背に庇いそちらへ視線を向ける。


「あ、あのっ」


 聞こえて来た声は甲高い。どう聞いても子どもか女性だろう。少しして姿を見せたのは、年に一度くらいは会う従弟だった。


「なんだ、オーガストか。なんでこんな所に。いや、今日はオーガストと会う日じゃなかったはず。なぜいるんだ?」


 見知った顔に、メイは安堵の顔を浮かべながら、従弟に話しかける。確かにオーガストと会うならば、連絡が有っただろう。だが聞いていない。侍女を見ても訝しげだから、少なくとも彼女も知らないわけだ。


「お、おじさまが、今日から私の子になるんだよ、ときのうの夜につれて来られました」


「えっ? なんでだ?」


「分かりません。ただ、お父様とお母様はケンカばかりで。何日も何日もケンカしていて。そうして、きのう、おじさまが」


 さっぱり分からない、とメイもオーガストも侍女も首を捻ったが、私は思い出していた。この従弟の母親……両親から見て義妹だが、彼女は実は父の愛人だ。そう。父が心底愛している相手が、この従弟の母親で、父が心から我が子と思っているのが、この従弟。メイと私の母親と結婚する前から恋人同士だったが、身分差が有って結ばれない上に、母との結婚も回避出来なかった。


 だが、彼女を諦めきれなかった父は、愛人として囲い込み、従弟が出来た。だが、公に父の子とは出来ない。結婚に関する法律上では。あの女の設定が法律までに至った時点で右から左に聞き流していたので、どんな法律なのかまでは知らないが、とにかく父の子とは出来ない。だから、父は弟に愛人を充てがった。その事情も良く知らない。あの女の設定では、父の弟……叔父も父の愛人に惚れていたから、とかだった気がするが。


 あー。その設定通りなら、父の愛人が妊娠した時点で愛人は叔父に言いより、関係を結んで叔父の子として従弟を生んだのだろう。それで最近ケンカばかりという事は、何かの拍子に父と愛人の関係を知った上に、息子が自分ではなく兄の子だと判った、といったところか?

 それで、父がこれを機に愛人とは結婚出来なくても、愛する恋人の子を養子として我が家に入れた、といったところか。


 全く、実の子を養子として引き取るなんてややこしい事を、よくもまぁ考えたものだが、ざまぁみろ、とも思うな。どれだけ血が繋がっていようと、我が子と公表出来やしないのだから。いい気味だ。愛人も妻に出来ないし。自分勝手の結果なんだから、まぁいいだろう。間違っても兄を退けてオーガストを跡取りに据える、なんて事をしない限りは、父と母がケンカしようが、父と叔父がケンカしようが、構うものか。


 だが、父よ。万が一にも兄を退けようとしてみろ。私はそんな不義理な事を許しはしない。


 そうか。

 どうせなら、オーガストと兄を仲良くさせて、オーガストが真実を知ったり、メイを差し置いて跡取りに指名されたりした時に、苦悩する姿を見せつけてやる事にするか。


 愛する恋人との本当に愛する息子が自分の勝手で苦悩する姿を見て、あの男はどう思うのだろうな。面白い。


「ねぇ、お兄さま」


「なに、ジューン」


「オーガストがなんでうちの子になったのか、分からないけど。うちの子なら、私とお兄さまの弟でしょ。私と同じようにいつも一緒に居れば良いよ」


「そうだね」


「オーガスト。叔父様と叔母様がケンカしているのは、私やお兄さまじゃ何も出来ない。仲直りして欲しいって思っても、2人が決める事だから。それは、私達じゃ何も出来ないの。自分を助けるのは自分だけ。2人が仲直りするのも2人だけ」


「お父様とお母様がなかなおりするのは、2人がきめる? 2人だけのこと?」


「そう。だから、オーガストはオーガストで、私とお兄さまと仲良く遊べばいいんじゃない?」


 ーー結局、やり直すかどうかは、叔父と愛人次第なのだから。悪いが、私じゃ救えないよ。私じゃ何も出来ない。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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