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vs侍女

いじめについて書いてあります。あまり濃い描写では無いですが、苦手な方はご留意下さい。

長めです。

 前世を思い出してから気付けば7歳を迎えていた。3年前。母に怒られている侍女達を見てあまりにもうるさくて、わざと転んだのは確かだが。その見え透いた演技に執事のセプテルは騙されなかった。おまけに神の気紛れ子という存在だ、と言われ(何それ?)状態の私に、あの場に居た侍女達が納得してしまった。いや、だから何よそれ。あの女がそんな大層な設定を考えたわけ? だとしても、その気紛れ子とやらは、おそらく私じゃなくてヒロインとかいうエイプリルじゃないかな。とは思ったけど、そんな事を言えるわけもない。


 とにかく神の気紛れ子という存在がどんなものかセプテルに聞いて。……正直に言おう。うんざりした。

 物凄くあの女が好きそうな設定だった。


 あの女は、内気ではっきりと物事を言えない子だった。まぁ学校なんて狭い世界だから、こう言ってはなんだが。当たり前のようにいじめを受けていた。無視されるのは当たり前。いじめのリーダーの機嫌が悪ければ、放課後に憂さ晴らしのように殴られる。時には踏みつけられてもいた。

 クラスが違う私が、そのいじめに気付いて庇った事が、いじめのリーダーの機嫌を損ねた。私も対象にしたのである。


 あの女とは手を取り合ってお互いを励まし合って、いじめを乗り越えていた。あの女が物語を書くという趣味を持っていたのを知ったのは、そんな時。

 あの女が考えた物語のタイトルが「聖なる少女は救いたい」とかって言ったはず。多分、自分がいじめられていたからだろう。とにかく様々な登場人物が不幸な目に遭っていて、ヒロインが救うという話を考えていた。恋愛は知らないが、例えば私の兄のメイ。彼はリンリドル侯爵家の当主の父、侯爵夫人の母、自由気ままな妹に囲まれていた。


 父親はメイも妹のジューンも見向きせず、跡取りと嫁出しの娘が生まれた時点で役目を果たしたとばかりに、愛人の元と城での大臣補佐の仕事を行ったりきたり。偶に思い出したように帰宅して、リンリドル侯爵家当主の仕事をする。父親の家族は愛人とその子であって、妻とその子達は政略結婚の相手と政略の駒と跡取りとしか認識していない。


 母親はそんな父に愛情は無いものの、世間体としてもう少しリンリドル侯爵家に帰って来て欲しい、と苛立ち。自分が妻だという矜恃だけを保っている。とはいえ、憂さ晴らしに我が子や使用人達に手を上げる事はしょっちゅうで。オペラが大好き。気に入りの役者を愛人にはしないものの、後ろ盾になるのが好きで、王都で公演中は常にその役者が出るオペラを観に行くのが趣味。


 妹は、淑女として侯爵令嬢として恥ずかしくない程度のマナーを身につけたものの、勉強は父の方針でやらされず、ある程度我儘が叶ってしまう典型的な金持ち我儘令嬢に育つ。だが振る舞いは侯爵令嬢に相応しい上に、外見は両親のいい所取りをした目が大きめの美少女。知識も教養も無いため、王家に嫁ぐのは無理でも他の貴族には何処でも嫁げるだろう外見を保つ為に伸び伸びと育てたために自由気まま。


 メイはそんな妹が羨ましく、愛情など与えられない両親というリンリドル侯爵家で育ったために、寂しさを封じ込めて他人と関わる事を最低限に控えて学園に入学する。そして、人との関わりを疎ましがるメイが、踏み込み過ぎないくせに関わる事をやめないエイプリルと出会って、段々と彼女に救われていくーー


 それがメイの話。私が知っているのはこの辺までで、メイがエイプリルと恋に落ちるのかも知らない。このメイが学園に入学する間までに、エイプリルは侍女(名前は知らないが、多分7月(ジュライ)から3月(マーチ)までのどれかだろう)と出会い(出会う過程も知らない)、侍女を救い。あと、メイとジューンの従弟にあたる男の子と出会うらしい。あの女の言う事が正しければ。


 ーー私も、なんだかんだで、あの頃のことを良く覚えているものね。皮肉だわ。


 そんな事を考えながら、リンリドル侯爵家へ帰る馬車が急に止まった。私と相対する席に座っていた侍女が「何事です!」と声を上げる。外から御者の怒鳴り声が聞こえてきた。


「おいっ! 急に飛び出して来たら轢いちまうだろうがっ! あっち行け!」


 その声に馬車の窓から様子を伺うと、孤児なのか汚れた服の子が居た。御者が降りて蹴ろうとしたのか足を上げたので


「やめなさいっ」


 なんて、咄嗟に声を上げてしまう。貴族は偉いから何をしても許される……という考えが浸透しているから、御者が蹴っても文句など言われないだろうが、私は周囲に平民とはいえ人が居る事を判断し、止めた。それから侍女(3年前、私に助けられたと思い込んでいる侍女だ)に命じた。


「今此処で暴力を振るっても貴族だから、向こうは何も出来ないでしょう。しかし、此処で御者の暴力を止めれば、馬車についた家紋からリンリドル侯爵家だと判ります。するとどうなります?」


「ええと……」


 私の質問の意図が飲み込めないのか、侍女が答えを口籠る。


「リンリドル侯爵家は優しい貴族、と評判が上がります。あの父は私達家族もあなた達使用人も全く興味が無く、愛人とその子にしか愛情は無いようですが。世間体をそれなりに気にしています。母程では無いにしても。ですから此処で評判を上げておけば、父も母も機嫌が良くなりますよ。尤も父は帰って来ないから知りませんが、少なくとも母は機嫌が良い」


 私の説明に、侍女は感心したように頷いて直ぐに御者へ耳打ちをする。御者だって我が家の使用人。奥様の機嫌は良いに決まっているから、私の考え通りに孤児にあたるのをやめた。


「ついでに、あの孤児にケガが無いか等心配してあげなさい。それだけで周りの目が変わって更に評判が良くなるわ」


 という助言に従い、侍女が孤児に親切にしていれば、孤児は何やら訴えてきた、と侍女が言い出した。どうやら孤児院の小さな子が病気だが、院長が不在のため、薬を買いに行きたいのだが、どこに買いに行けばいいか分からないから教えてくれ、というものらしい。院長以外大人が居なくて1番年上の彼女(孤児は少女とのこと。しかも7歳である私、ジューンより2歳年上らしい。そう見えないくらい痩せている)が買い物に出て馬車に轢かれそうになった、ということか。


 侍女にこの辺で一番近い薬売りの所に連れて行くよう命じて、侍女が戻るまで待つ事にした。所謂薬局の店主は、前世の薬剤師も兼ねているから医者では無いものの症状を聞いて薬を処方する。というか、医者に見せないで薬を飲むって万が一違う病気だったらどうするのだろう。


 それに気付いた私は、ふむ、と考える。

 あの女が考えた話の全ては知らないし、私の末路も知らない。だったら、私の好きなように生きるというのも有りだろう。

 貴族令嬢だから父の命じる通り政略の駒として何処かの家へ嫁に行くべきだろうが。結婚なんぞに興味はない。いっそ平民になるか。そんな事を考えていたら侍女が戻り、何かあればリンリドル侯爵家を頼りなさい。と然りげ無く名前を出して孤児を返した。


 これで両親の機嫌は良いはずだ。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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