vs兄
ふんわりご都合主義設定。
「あー、そういうことか」
実の母に金切り声で詰られ、力任せに頬を張られて倒れた拍子に前世を思い出して呟いた。どうせ金切り声で聞こえていない、と考えてから立ち上がり頭を深々と下げる。
「おかあさま。ごめんなさい」
何が悪いか解っていなくても、この状態の母には謝りの言葉以外、無意味だ。それに気付かないうちは、幼子の精一杯で説明したものだが、いつの頃からか諦めていた。そりゃあそうだ。だって、両親に逆らうのは「悪い子」だから。悪い子は謝るしかない。そう躾けられたのだから。素直に謝れば、それだけで母はもう金切り声をやめて打つのもやめるのだから、単純だ。
「分かれば良いの」
それっきり母はこちらを見向きもせずに去って行った。その後には、両親に雇われて両親には逆らえない使用人達が続く。そうして残ったのは、この部屋の主人である兄・メイと妹……つまり私・ジューン。何故、私がメイの部屋に居るかと言えば、4歳の私が廊下を歩いていたら、怒れる母が兄に手を上げていたからだ。思わず兄を庇って母を止めようとしたが、それが気に入らず、母は私の頬を打った。倒れた拍子に前世を思い出したわけである。
はー、私ってバカ。
兄が何をして母に打たれたのか知らないけど、助けに入るなんてお人好しじゃない。そんな事をしたって裏切られるだけなのに。とはいえ、この状況だ。何も言わずに兄の部屋を出ていくわけにはいかない。
「おにいさま。いたいからおへやにいきます」
「あ、う、うん。ジューン。ごめんね」
「おにいさまがどうしておかあさまにぶたれていたのかわからないですが、わたしじゃなくておかあさまにすぐにあやまればぶたれないですよ」
言ってから気づく。4歳児の言葉じゃないな、と。案の定、兄が驚いた顔をした。
「ジューン?」
「おにいさま。わたしもぶたれるのはいやです。だから、つぎはおにいさまをたすけません。ごめんなさいですけど、わたしはおにいさまをたすけませんからね。じぶんをたすけられるのは、じぶんですよ」
4歳児の発言じゃないなら、もう腹を括ろう。私は次から助けないから、助かりたいなら自分で何とかすると良い。
「じぶんをたすけられるのは……じぶん」
「そうです。それじゃあ、おにいさま、しつれいします」
メイが繰り返しているうちに、ササッと部屋を出て自室に帰った。
まぁ正確に言えば、兄を救えるのは、あの女の言った通りならば、主人公らしいけど。でも、学校? 違った。学園? とにかく学校に通って主人公に出会えば救われるらしいけど。それだって何年先よ。って思えばそれまでの間、自分を救えるのは自分しか、居ないじゃん。
はー。
ベッド脇の小さな階段を使ってベッドに寝転ぶ。前世を思い出した今なら解るが、大人サイズの、それもダブルくらいのサイズのベッドを子どもに与えるってどうなのよ。この世界は子ども用サイズが無いのか?
そう思いながらも、もう一度思い返してみる。私の前世は日本人。あのまま死んだのであれば、17歳で死んだだろう。
そしてこの世界は、親友だった女が作った物語だ。最初の方しか知らないから、登場人物もこの後の展開もあまり知らないが、メイとジューンという名前は覚えている。まだ私がその物語について相談を受けていた頃。
「名前が決まらない?」
「そう。なんかコレって名前が思い浮かばなくてね」
「そういうものか」
「何人のキャラとか考えてないけど、後からキャラが増えてもおかしくない名前が良くて」
「主役は、男? 女?」
「女の子」
「じゃあ4月は?」
「エイプリル?」
「今、4月だからね。なんとなく」
「安直じゃない?」
「変?」
「うーん。いや、いいかも! じゃあ主役はエイプリル。それから主役のライバルの女の子は……ジューン!」
「そこはメイじゃないの?」
「兄が居る設定だから、兄がメイ。妹が」
「ジューンね。いいんじゃない?」
まだ、何も無かった頃。そんな他愛無い話をしていた。
「あの女の物語に転生って……いや、転生とも限らないな。もしや、夢か? リアリティは有るけど、夢じゃないとも言えない」
それか、死後の世界というやつか。死後の世界なのに、あの女の物語っていうのも、中々に趣向が面白いけど、神様とやらの気紛れなのかもしれないな。
お読み頂きまして、ありがとうございました。