「どうしても、君と花火が見たかったんだ」
君と付き合い始めた去年の夏は、花火大会に行くどころか、 2人で遊びに行くことも出来なかった。
それもこれも、コロナが全部悪いんだ。
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「今年も、花火大会なさそうだね」
終業式があと数日に迫った高校の教室で、彼女がそうポツリと呟いた。
「そうだね」
彼女の手元にあるのはスマートフォン。
ニュースサイトでは、緊急事態宣言の話題が出ていた。
彼女は花火が大好きで、毎年近くで行われる花火大会に行くのを楽しみにしていると言う。
僕らが付き合い始めた時も、冬のうちから次の花火を楽しみにするほどだった。だけど、次の夏が来る前にコロナがやってきてすべて中止になってしまった。
しかも、また今年も中止。
彼女は仕方のないことと諦めているようだけど、僕は何とか、彼女の願いを叶えてあげたいんだ。
夏休みも半ばが近づいてきた、8月頭。
彼女を遊びに誘おうとLINEしてみた。
『夕方から遊べる日、ない?』
『今週は、土曜と日曜以外は暇だよ』
『じゃあ、明日、遊べる?』
『いいよ。何時から?』
『6時ごろ迎えに行くよ』
『OK、ありがとう。時間遅いね、何するの?』
『ヒミツ』
『サプライズ的な?』
『まぁね』
そう、とっておきのつもりのサプライズ。
彼女が喜んでくれるといいんだけど。
『じゃあ、楽しみにしてるね』
『帰るのちょっと遅くなるかも。あと動きやすい服で!』
『りょ(*`・ω・)ゞ』
彼女のかわいい顔文字で、LINEのやりとりは終わった。
明日が来るのが楽しみだな。
次の日。
Tシャツにカーゴパンツと言う、僕のいつもの服装。
それに遊びではあまり使わない学校に行く時に使う大きなリュックサックという格好で、彼女の家まで迎えに行った。
ピンポーン
ガチャリ
待っていてくれたんだろう、すぐに扉が開く。
「ヤッホー!久しぶりだね!」
「うん、久しぶり」
夏休みに入ってから会っていなかった彼女は、僕の言った通りTシャツとジーパンと言う動きやすい服装だ。
「じゃあ行こうか」
駅までの道のりを他愛ない話をしながら並んで歩く。
「結局どこ行くの?」
「ヒミツ」
「まだ秘密なんだ。カバンがパンパンだけど関係あるの?」
やっぱり彼女は鋭いなぁ……
「まぁね」
「何するのかなー?!」
楽しみで、すでにキラキラした笑顔を向けてくれる彼女。
ハードルが上がりすぎている気がして少し不安になってきた。
「どうしたの?顔色悪くない?ポカリ飲む?」
ほんの少し不安になってしまった僕を見てそう言ってくれる。
「大丈夫、ありがとう」
こういう些細なことに気づいてくれるところがすごく……素敵なんだよね。
電車で2駅。
学校までの間の駅だけど、ほとんど降りたことのないところだから、彼女は一瞬不思議そうな顔をした。
それでも、サプライズだと僕が言うから何も聞かずについてきてくれる。
彼女が、夏休み中の犬の様子や、宿題の進み具合、昨日のテレビの事など本当に些細なことを話す間に目的地着いた。
「ここだよ」
「……公園?」
そう今日来たのは、この辺りでも1番大きな公園。
「なんで?」
全くわからず不思議そうにする彼女。
それはそうだと思う。
小学生の頃ならともかく、大きな公園でテンションが上がる年頃でもない。
僕はリュックを下ろして、中身を取り出す。
「花火だーーー!!!」
途端に全力で歓声をあげてくれる彼女はとってもかわいい。
手持ち花火だけじゃなく、打ち上げタイプまで入ってるなかなか大きなパックだ。
「バケツもちゃんと持ってきたんだ。えらいえらい」
「言い方が先生みたいだね」
「エヘヘ」
2人で笑いあう時間が僕は1番大好きで、パンパンのリュックを担いできた甲斐があったなと思った。
「花火だから、わざわざここだったんだね」
「そう。打ち上げ花火ができるのがここしかなくて」
「調べてくれたんだ。ありがとう」
そう言っているうちに少しずつ日が傾いてくる。
「ねぇ、もう花火してもいいかなぁ……?」
まだ少し明るいことを気にしてるみたいだけど。
「始めようか」
彼女の全身から花火したいオーラが出ている中で、暗くなるまで待とうとはさすがに言わないよ。
「別に、暗くなくたって好きな時にしたらいいと思うよ?」
「そうだよね!じゃあロウソクに火つけるよ?」
「僕がやっとくから、先にやる花火選んでなよ」
「いいのー?どれにしようかな?」
テープで貼り付けられてパックになっている花火を、一つ一つ剥がしながら選び始める。
「とりあえず、最初は手持ち花火だよね?」
「いいんじゃない?」
君がよければ、どんな順番だっていいんだけど。
僕も適当な手持ち花火を取ろうとすると。
「これにして!私のは赤から緑にやる奴だから。
これは青から黄色になるみたい」
「こだわり強いな」
「だって、一番最初は一番綺麗な花火が見たいでしょ?」
色の組み合わせまで考えて選んでるんだと思うと花火に誘って良かったなと思えた。
「よーし、点火!!」
彼女の掛け声に合わせて火をつけると、シャアアアと音を立てて花火が燃え始める。
「ホントに綺麗だねー」
「そうだね」
本当は、ウットリと花火を見つめる君を見るのに忙しくて、ろくに花火を見てなんかなかったけど。
バケツの水に花火をつけると、ジュッと音をたてて火が消える。
「次のは、自分で色選んでいいよ?」
彼女こだわりの1本目が終わって、僕も自分で選んでよくなったらしい。
けれど。
「僕はいいから選んで?」
「いいの?じゃあ次はこれにしよっか」
僕に選んでいいとは言ったものの、やっぱり本当は彼女が自分で選びたかったようで、すぐに次の花火が手渡された。
そうして、手持ち花火、線香花火、ヘビ花火、ねずみ花火と様々な花火をしていって。
「やっぱり、最後は打ち上げ花火だよね!」
キラキラの期待に満ちた笑顔がとても可愛くて。
「うん。僕が火、つけようか?」
「いいの。私がやるから!」
やっぱり、強い花火へのこだわりを見せつけられて、黙っていき下がっておいた。
火をつけた彼女がたたっと走って僕の隣でやってくる。
振り返ったのとほぼ同時に、シャーと火花が吹き出した。
「おおおーーー!!!」
やっぱり手持ち花火とは違う炎の量に感動してもらえたみたい。
シュー、パン、と最後にロケット花火が打ち上がって終わった。
「ぱちぱちぱちーー」
わざわざ口でそう言いながら手を叩く彼女。
「やっぱり打ち上げ花火はいいね。迫力満点だよ!」
「そうだね。楽しかったみたいでよかった」
「楽しかったに決まってるよ!本当にありがとうね。
今年は無理だと思ってたけど、花火、見たかったんだ」
まだまだ興奮して顔を赤くしているのを見るととっても楽しかったのだとわかる。
「僕も、どうしても君と花火が見たかったんだよ」
だって、花火を見つめる君はこんなにも可愛かったから。
来年は、花火大会があればいいなと思う。
だけど、2人きりでした今年の花火も、悪くはなかったかな。