第七話 アウトローズ
前回のあらすじ
久々の仕事
今回はタイトル回収するだ
門の方まで戻ってみると、途轍もない惨状が目の前に広がっていた。大量のオークと人間の死体、へこんだ石畳、おびただしい血の匂い。実際に戦場を見るのは初めてだ。もっとも、人間とオークの戦争であるから、元居た世界の戦争とは違う。
「酷いなこれは」
「ええ……」
「どうせアリスは生きてるだろうし、後はオーレルの奴が生きてればいいんだが」
すると、帽子を着用し、ボロボロのコートを着た戦斧を担いだ男が、こちらに向かって歩いてきた。
「ようお二人さん。こんな所でお熱いねぇ」
やかましい。というか何だこの男?そう思っていると、今度は紫髪で眼鏡をかけ、鎧を着た女が出てきた。その少し後ろにオーレルもいる。
「スチュアート様、酒場の酔っ払いオヤジみたいなことを言わないでください」
「君たち無事だったか」
「それはお互い様だろ」
「あの、そろそろ降ろしてください。恥ずかしい……」
そう言えばずっとお姫様抱っこのままだった。オーレルから何もツッコミが無いのは驚いたがとりあえず降ろす。
「で、誰だあいつら?」
オーレルは咳払いをして、紹介を始めた。
「あちらのお方はレミング・スチュアート伯爵だ。少し前に話しただろう?」
コートの男がこちらを振り向いた。西門のオークを一人で片付けた男ってこいつか。
「お前がエミールか、オーレルから話は聞いてる。よろしくな」
握手を求めようとしたら、逆に求められた。ちょうどいいのでそれに答えた。
「よろしく、そっちは?」
「副官のエレジア・ファレスと申します」
「よろしく……」
手を出すが、握手は拒否されてしまった。
「おいおい、エレジア」
「大丈夫だ、そもそも俺は素性の知れない男だしな。でもだからってそんな面で睨まれる理由にはならんだろ」
エレジアはこちらをずっと睨んでいる。特に恨まれるようなことはやっていないと思う。というより初対面なのだが。
「……それとも元から仏頂面なだけか?」
後ろで伯爵が吹き出す声が聞こえた。その直後、エレジアに足を踏まれた。
「ぐぅぁぁっ! ちくしょう、何てことを!」
「そりゃそうなりますよ……」
「まあ、自業自得だろうね」
「ぎゃっははははは!」
「スチュアート様! 笑わないで下さい!」
結局、事態が収まるまでしばらくかかった。
「いや、久しぶりに爆笑したなぁ」
「こっちは笑い事じゃない、まだ少し痛むんだぞ。オーレル、こいつは大将首だ」
オーク隊長の首を投げ渡すと、「ウェッ」と言わんばかりの顔をされた。戦うことが仕事のくせに情けない奴だ。
「報酬は?」
「あ、ああ、ここにある」
そう言って、袋を出してきた。いいねぇ、結構重い。
「どうも、じゃあ俺らはそろそろ宿に帰る」
「分かった、いい夢を」
「ああ、じゃあな」
宿に戻るとアリスが寝ていた。分かれた後に何があったかは知らないが、ぐっすり寝ている。
「それじゃあエミールさん、おやすみなさい」
「おやすみ、ちゃんと寝ろよ」
時計が無いと不便なもんで、朝になったが何時か分からない。ラナはぐっすり寝ているが、アリスはいない。飯でも行ったのだろうか。とにかく俺も朝飯を食いに行こう。部屋を出て、食堂に向かうとアリスが居た。カウンター席に座っていて、何かを注文したようだ。その隣に座り、話しかけることにした。
「おはよう、今朝は随分早起きだな」
「今は時計で言えば9時よ。遅い方でしょ」
それは毎回教えて欲しい。
「情報が後出し過ぎないか?そんなんじゃお前の上司とやらも苦労してそうだな」
そう言うと、アリスは肩を震わせて涙目になった。
「……何、お前の上司ってそんな怖いのか?」
「……」
依然震えたままだ。
「一応聞くけど……何された?」
「……過去の記憶」
「過去の記憶?何かトラウマでもあるのか?」
アリスは言い淀んでいたが、しばらくしてようやく口を開いた。
「親しい人たちがみんな死んでいく光景を思い出させられた」
「……とんだ趣味してるな。でも思い出させられたってどういうことだ?」
「私が彼に頼んで封印してもらったの。罰としてその封印を少し解かれて……」
「そこを見せるのか、普通最後まで取っておきそうなもんだが」
「親しい間柄の人たちだったはずなのに、誰がどんな人だったかも思い出せない……でも思い出しちゃいけない気がする。それが苦しくて、苦しみが段々大きくなって・・・私は、どうすればいいの?」
「俺には分からんよ。でもいつか、踏ん切りがついたら思い出してみるべきじゃないか?」
「え……?」
「いつかは思い出すもんだと思って構えてればいいんじゃないか? でも急ぐことはない。でなけりゃ耐えられないだろうしな」
少し息を整える。自分の嫌な記憶を思い出してしまった。
「そうなれば俺みたいに……いや、俺以上に歪んでしまうかもしれない」
「……」
「そうだな、少し話そうか。お前は知っているだろ?俺の八歳の誕生日に両親が強盗に殺されたこと、そして……」
少し言い淀んでしまう。自分の原点を思い出してしまい、吐き気がする。
「……そして、その強盗を俺が殺したことを」
記憶の中で父は普通の会社員で、母は父と同じ会社に勤めていた普通の夫婦だった。両親から暴力など振るわれたことは無く、とてもやさしい夫婦だった。別段金持ちだったわけでもない。だからこそ、余計に分からない。強盗が押し入った理由が、両親が殺された理由が。
「俺だって昔からこんな性格じゃなかったがな」
「まあ、そうでしょうね」
「自分で言うのも何だが、今と違って純朴でいい子だったんだがなぁ……」
八歳になるあの日、父はプレゼントを買ってきてくれていて、母は手料理を振る舞ってくれた。プレゼントはサッカーボールだった。あの頃はよくサッカーをしていた。それを部屋に置きにいったそのときに、事件が起きた。ガラスの割れる音がして、争う音と叫び声が聞こえた。何があったのか分からなかったが、怖くなって声が出せなくなった。音が止んでから部屋から出て様子を伺うと、顔を隠した男が棚を漁っていた。近くには死体が二つ、父と母の死体があった。恐怖で震えていると、近くにテーブルから落ちたケーキナイフがあった。その奥には背を向けて棚を漁る強盗。
「その後は、言うまでも無いな?」
「……」
「才能があったんだろうな、どこに刺せばいいのか何となく分かっていた。……すぐ後ろまで近づいて、心臓を一突きで絶命させることが出来た」
「……嫌な才能ね」
「結局、その才能を活かして殺し屋を始めたんだ。擁護も出来ないな」
「金のために始めたの?」
「最初はな、そのうち依頼がどんどん舞い込むようになって……気づけば色んな奴を敵に回していたな。警察はもちろん、マフィアたちもな」
「因果応報ってことね」
「まあ、な。話を戻すか、確か強盗を殺したあとからだったな」
あの後、警察が来た。近所の人間が通報したらしい。駆け付けた警官は青い顔をしてた。当然だろう、現場に入って見えたのは大人三人の死体と血まみれの子ども。その子どもは真っ赤なケーキナイフを持って立ち尽くしていたのだから。その後警察から色々聞かれた。何があったのか、何をしたのか。あの時の刑事たちは終始化け物を見るような目をしていた。
しばらくして親戚を頼りにミュンヘンに行ったが、あまり歓迎された覚えがない。人殺しを引き取ってくれだけでもそれなりに感謝していた。だが13歳になったときに、向こうの子どもに形見のサッカーボールを取られた。その事に腹を立てて、入院させてしまった。それが原因であの家に居られなくなり、最終的に家を出た。
「……そして殺し屋を始めて、現在に至る」
「壮絶な人生ね……」
「事件のショックで忘れていればこうもならなかったのかもしれないんだけどな……生憎全部覚えていて、俺は何もかもがどうでもよくなった」
「……」
「全部忘れて前に進めばよかったんだろうが、どうしても過去の記憶が俺を苛む。俺もそれに固執してしまう。実際、今もあのサッカーボールが部屋の片隅に置いてあるしな」
「過去を捨てて生きることは出来ないの?」
「記憶は失うことはあるが、過去は自分について回る。捨てても無駄だ」
そう言うと、アリスは考え込むような仕草を見せた。
「お二人ともどうしたんですか?食堂なのにご飯を食べてないなんて」
「ああ、ラナか。そういや飯がまだだったな」
「そうですか、では一緒に食べましょう」
そう言って、ラナは隣に座った。昨夜の光景が思い浮かび、少し身じろぎする。
「すみません、高原サラダ4皿とデルムトースト1斤ください!」
「えっ、ちょっとラナ!?」
あまりに無茶苦茶な注文にアリスも驚いた。
「……もっと食料買い貯めておくか」
「ごちそうさまでした」
「完食してるし……」
「じゃあとりあえず今後の話をするか」
「今後の話?」
「それっていったい……?」
「お前ら忘れたのか? 俺は未だに無職なんだよ。住所も無いし身分証明書もない。行く街行く街に賞金首が居るわけでもないしな」
しばらくの無言。こいつら本当に忘れてやがった。
「……なんて奴らだ。まあそんな気はしていたが。それで、冒険者には身分証無しでなれるんだろ?」
「あの、その事なんですけど……」
「ん、どうかしたか?」
「ドゥンケルスの冒険者ギルドはほとんど機能してません」
一瞬何を言っているのかよく分からなかったが、すぐに理解が追いついた。
「そいつは、どういうことだ?」
「ここの冒険者ギルドは以前、護衛対象の商人に強盗行為を何度も働いてしまって……評判が落ちて退職者も大勢出たんです」
ここにも無謀な求人の影響が出たのか。そもそも出ない方がおかしいが。
「まあ、そうなるでしょうね」
「ごろつきにホームレスまで雇うなんてよく考えなくてもアホとしか言えないな。まあ身分証が欲しいし登録くらいはしていくか」
宿を出て、東門の方に出るがそれらしい看板は見えない。西門の方にあるのかと思い出向いてみると、でかでかと看板を掲げている。看板が無ければただのボロ屋にしか見えない。建付けの悪い扉を開けると、床にも所々に小さな穴が開いている。テーブルは埃まみれになっており、どう見ても廃墟にしか見えない。
「ここ本当に冒険者ギルドか? どう見てもただの廃墟にしか見えないけどな……」
「こんな立地のいい物件、すぐに誰か入るでしょ。やってなきゃ看板くらい撤去してると思うけど?」
「ケホッケホッ……ここ埃っぽいですね」
すると、受付のところから誰かが顔を出してきた。不愛想な顔をした眼鏡の男だ。
「随分久しぶりだな、ここに人が来るのも」
「……誰だお前?」
「俺か? 俺はこのギルドの受付兼事務員兼ギルドマスター、ラウム・リーだ。それで、ご用件は?」
ずいぶん不愛想な男だ。それにしても『ラウム・リー』?中国人の英名みたいだな。
「役職の兼任が多いな、過労死しないのか?」
「……一日中暇だから働いてすらいない。わざわざそんな質問しに来たのか?」
「いや、登録しに来たんだが」
そう言った途端、椅子から後ろに向かってずっこけた。
「冗談だろ? こんな廃墟みたいなギルドに登録する!? お前は目が見えててそう言ってるのか!?」
おっと、ここにも人が集まらない理由があったか。
「冗談は言った覚えがないな。いいからさっさと登録しろ」
「正気の沙汰じゃないな。ほら、ここに色々書け」
「一言余計だし適当だなオイ」
「そっちの嬢ちゃんたちもか?」
「ちょっと待ってて、上司と魔法で連絡取る……OK、私も登録する」
「あ、私もします」
記入事項が異常に少ない登録用紙に記入し、提出した。確認するから待てと言われ、少し待つ。
「……よし、記入漏れは無いな。じゃあ次にパーティ名を記入してくれ」
名前と年齢の欄しか無いんだから記入漏れが出るわけ無いだろ。
「パーティ名? 何だそりゃ?」
「集団で行動するならパーティ名を記入しなきゃならん。俺としても手続きの手間を減らしたいんでな」
「なんて野郎だ。まあ必要なら仕方ないか」
「で、何て名前にするの? 『モン娘捕獲隊』?」
「壁に言ってろド変態」
「つるぺた幼女は大好きだよ?」
どうしてそうなった。
「……やっぱ黙ってろ。ラナは何か案はあるか?」
「えっと、『高原のデルム』というのはどうでしょう?」
朝飯のメニューじゃねぇか。
「朝飯が尾を引いてるな。まだ食い足りないのか?」
「うぅ……そういうエミールさんは何かあるんですか?」
「適当に思いついたやつであれば」
「何なの?」
筆を走らせ、書き入れる。
『アウトローズ』
「オーレル、奴に関する報告を」
「はい、彼の名はエミール、年齢職業住所全て不詳です」
「国中の戸籍を今洗ってますが……期待はできません」
「そうか、現在までの行動は?」
「カルクスの住人に聞き込んだところ……入るなりごろつきを三人殺し、その後に八人殺しています。次の日には宿で複数人を殺害、日暮れにはバゼル、その翌日にバルトを殺害しています」
「とんだ人間の屑じゃない。スチュアート様、やはり奴を今のうちに……」
「やめとけ、お前が死ぬぞ」
「ご冗談を」
「冗談だと思うか?」
「……続けます、しばらくして馬車が壊れたのか街道で立ち往生していました。それを私がこの街へ移送しました」
「で、装甲オーク隊のボスを殺害しろって独断で依頼したんでしょう? そして成功してしまったために、あなたは自腹を切った」
「まあ、痛い出費でしたね。使う先が無いので構いませんが」
「……よく分かった、じゃあ他二人のことはどうだ?」
「赤髪の娘がアリスという名前のようです。こちらはエミール以上に素性が知れません。情報もほとんど無く、報告できることがありません」
「そうか、ならもう一人……って言ってももう分かっているんだけどな」
「まあ、一応報告しましょう。今はラナと名乗っているようです。どういうわけかエミールに同行しているようですが……」
「あんまり褒められたもんじゃないな、不審な動きがあったら拘束しろ」
「分かりました」
「エレジア、魔王軍の動きは?」
「襲撃の失敗が伝わったのか急いで撤退しております。やはり連携していたようです。放っておいても問題は無いでしょう」
「なるほど、じゃあここであいつらを見張っとくか」
「「はっ!」」