第四話 瓦解
前回までのあらすじ
アリスを酔わせてしまった。バゼルを殺した
今回でカルクス編終わり
門の方へ顔を出すと、整然とした様子で街へ入ってくる兵士たちが見えた。一般兵に話しても仕方がないから、隊長とかお偉いさんがいれば話がしやすいのだが…
「何だ貴様は! 我々の進路を塞ぐな!」
「いきなり怒鳴ることないだろうが。隊長とかいないか? 用がある」
「唐突に進路を塞いでおいて隊長に会わせろだと? 何を言っている!」
まぁそうだろうな。傍から見れば異常としか言いようがないから当然だろう。
……と思ったら見るからに立場のありそうな騎士が出てきた。結構若い緑髪の男だ。茶の瞳でこちらを見据えている。
「待て」
「しかし隊長」
「私が応対すればいいだけの話だろう?そちらの方が早い。……ディルナ王国第8騎士隊長オーレル・リヒトだ。用件とは?」
「エミールだ。話が早くて助かる。用に関してだが、早い話こいつやるから懸賞金くれってことだ」
そういって箱の中に詰めたバゼルの首を取り出す。兵士たちからどよめきが起きる。
「これは、君がやったのか?」
「そうだ、バルトはあんたらが動いたから逃げたみたいだがな」
「……執政官殿に掛け合う。ちょうど今いらっしゃるから少し待っててくれ」
どよめきは続いている。兵士だけではなく街の住人までもが困惑しているらしい。この間までここのボスだった人間が、一昨日街に来たばかりの男に殺されたのだから。結局バルトの姿は一度も見たことが無かったが、どこに行ったのだろうか?半額でも別に構わないが、俺がバゼルを殺したことは掴んでるはずだ。そうなると復讐のため襲い掛かってくる可能性がある。できる限る見つけ出して始末したいところだが……。そう考えていると、オーレルが戻ってきた。袋を担いでいる。
「執政官殿から君にだ。一人分の懸賞金40万ダール」
「どうも」
「ああ、それと執政官殿から命令だ」
そう言い、オーレルが左手を挙げる。すると、兵士たちが周囲を囲み始めた。
「……一応聞きたいがこれは何の真似だ?」
「「バルトから狙われるかもしれない。身柄を拘束して保護したほうがいい」とのことだ」
冗談じゃない。バルトが軍の動きを掴んでいたということは、バルトの手の者が混ざっているかもしれない。そんな危険性がある連中に拘束されたら殺されかねない。だが兵士を殺してしまえばこの世界で一生追われる身になるかもしれない。逃げるしかない。金の袋をぶん回し、兵士をなぎ倒して全力で逃げる。
「あっ! こら待て!」
兵士との鬼ごっこを終わらせ、宿に戻るとラナが立っていた。どうやら着替えたらしいが、何故セーラー服なんだ。というか何でアリスはそんなもん持ってるんだ。
「なんだその恰好?」
「えっと、これは」
「ラナ、これつけてみて」
上機嫌に猫耳カチューシャを手渡しているが、いちいちツッコミを入れるほど余裕はない。
「馬鹿なことしてないでさっさと逃げるぞ」
「逃げるって……いったい何したの?」
「王国軍に身柄を拘束されかけたから逃げてきた。金は貰ったし馬車を借りて街を離れる」
予想はしていたが、驚いた顔をされてしまった。
「王国軍が来たんですか!? 金は貰ったっていったい……」
「バゼルを昨夜殺した。食料はアリスが買ってきてくれ。俺は追われてるから無理だ」
「え、もうやったの!? いやその話は後で聞かせて! ラナは馬車買ってきて!」
「えっ!? は、はい分かりました!」
しばらくして、食料を積んだ馬車が宿の前に止まった。どうやら無事みたいだ。
「アリス、馬車を大通りまで持っていけ。そのあとは門の方に向けて俺に代われ」
「分かったけど……今度は何しでかすの?」
「なんて言い草だ、しでかすのは事実だが。ラナ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ出発するよ」
「……で、言われたとおりにしたけど何するの?」
「しっかり掴まってろ、飛ばすぞ」
「あ~、そういうこと」
大通りの方に開いたままの門が見える。兵士が検問しており、荷車を検めているらしい。そのまま行けば捕まることは間違いないので、馬の尻を手綱で引っ叩いた。
「よし、次! …ん?なんだあれ?」
「どけどけどけぇぇぇ!」
「うわぁっ! 何だあれ……ってあの男は!」
「邪魔だどけ!」
「待って! 止まれ! ギャアァッ!」
オーレルが止めようとして轢かれた。85年の映画で聞いたような声を出して弾き飛ばされていった。
「すまん、オーレル!」
「ぐぅっ……何をしている! 早く追え!」
「は、はい!」
少しもたつきつつも追いかけてきた。荷を積んだ馬車である分こちらの方が遅い。このままでは確実に追い付かれる。
「アリス、運転代わってくれ」
「分かった」
アリスに馬車の運転を任せ、幌を引っぺがす。
「ちょっと! 何してんの!?」
「少しでも荷車を軽くするためだ。荷物は捨てられんからな」
そう言いつつ、引き続き幌を引っぺがし、馬車の後方に放り投げ、追手にぶつけた。
「うわぁっ! ちっくしょう! 何てことするんだ!」
そこそこ密集していたからか結構な数が転倒した。しかし、まだ多くの騎士が追ってくる。
「しつこいなあいつら!」
「っ! 右の方から何か来るよ!」
右の方からだと?別動隊でもいたのか?
「エミィィィィル!!!」
バゼルによく似た男が4両の馬車…というかチャリオットで距離を詰めてきた。まさかこの男は……
「あの人、バルトですよ!フィザーク兄弟の弟です!」
「やっぱりか!」
「左からも3両来てる!気を付けて!」
「捕まえろ!」
号令と共にバルトの部下たちが馬車に乗り込もうとしてくる。短剣を抜き、乗り込もうとするやつを斬り捨て、離れたところから飛び乗ろうとした連中を蹴り飛ばし、武器を奪い取れるだけ奪い取る。遠くの方から詰めてこようとする戦車の騎手に投げて対応するがいかんせん数が多い。このままではジリ貧だ。
「アリス! 森を突っ切れ!」
「えぇ!? 冗談でしょ!?」
「馬車が壊れちゃいますよ!」
「このままじゃ押し切られる! 敵の数を絞りたい!」
「あーもー! 知らないからね!」
そう言い、森の中に馬車を走らせる。枝が多く顔を上げるのも一苦労だが、周囲にいたバルトの部下は回避しきれなかったのか、そのまま木に突っ込んだらしい。うまく入り込んだ戦車も、ミスったのだろう。事故った音が聞こえた。こちらのサスも途轍もなく悪いが、どうやらうまいこと運転してるらしい。ラナは森に突っ込んだ際に肩に毛虫が乗って気絶した。なんと情けないやつだと思っていると、段々明るくなってきた。
「森を抜けられた……嘘みたい……」
「うまくやったな」
「いや、そうはいくか」
聞こえた声に振り返るとバルトがいた。ラナの喉にダガーを突き付けながら立っている。
「いつの間に乗り込んだ?」
「エミール、武器を捨てて手を上げろ。それと馬車を止めろ」
「アリス、馬車を止めろ」
そう言うとすぐに馬車が止まった。仕方がないので武器を捨て、投降する。
「兄貴の仇だ、ぶっ殺してやる」
バゼルを殺されたからか、この上なく息巻いている。
「……っえい!」
ラナが目を覚まし、近くに落ちていたダガーをバルトのすねに刺した。
「グゥァァッ! このアマァ!」
「お前の負けだバルト」
右腕に隠したダガーを抜き、投げる。放ったダガーはバルトの眉間を撃ち抜いた。
「ラナ、大丈夫?」
「はい、大丈夫です……」
「あっ! 居ました、隊長!」
「げっ! カルクスの騎士ども!」
また囲まれてしまった。今度は逃がさないためか、ある程度距離を取られている。
「……バルトも始末したのか?」
騎士に肩を貸されながらオーレルが問いかけてきた。
「確かに始末したよ、オーレル。それにしても元気無いな」
「誰かが轢いて行ったからね。君のせいで怪我人が大量に出た」
「怪我で済むだけマシだろ」
そう言うと苦い顔をされた。まあその気持ちは分かる。
「しかし、参ったな。君の身辺保護が必要無くなってしまったか」
「それが分かったんなら解放してくれ」
「むしろ君が危険過ぎるから拘束する、と言ったら?」
昔っから信用のために有言実行してきた。だからこそ言葉は慎重に選んで発言しよう。
「その時は真っ先にお前が死ぬ。他の兵士は出来得る限り殺して回る」
「ちょっと!」「エミールさん!?」
女性陣から非難轟々だが、これでも言葉は選んだつもりだ。あとはオーレルがどう反応するか、だが……
「冗談だよ、少しからかっただけさ。もう行っていいよ。あとこれ残りの懸賞金」
金の入った袋を渡され、囲みを解いてくれた。思った以上にいい結果になった。
「毎度あり。ああ、それともう一つ頼みたいことがある。」
「何だ?」
「俺が泊まってた宿があるんだが、ある理由で設備を壊してしまってな。とりあえず10万ダールくらい渡しとくから弁償しておいてくれ」
「理由は気になるが……分かった、請け合おう」
「ありがとよ、オーレル。暇があったらまた来させてもらう」
「個人的には二度と来てほしくないけどね…」
袋を馬車に載せ、再度出発する。アリスは疲れたようで俺が運転することになった。馬車なんか運転したことないが、引っ叩けば走るということくらいは分かる。逆に言えばそれ以外は何も知らない。
「そう言えばバゼルを昨夜殺したって言ってたけど」
「ああ、誰かさんが酔っ払ってひと悶着起こしてる間にな」
「お酒って怖い」
照れながら言うが、半分は酒のせいじゃ無いだろ。
「お前の方が怖いわ。部屋をあんな悪臭まみれにしやがって。あと今も結構臭い」
「デリカシーの欠片もない発言はやめて」
「失礼ですが確かにちょっと……」
どの口で言ってんだこいつ。
「お前も決して人のことは言えないぞ」
「えっ」
「さっきからデリカシーの無さが目立つんだけど?」
「事実を言ってるだけなんだがな。ただあの宿、風呂が無かったからそろそろ入りたいんだよな」
でなければ悪臭まみれの三人組が出来上がってしまう。いや、もう出来てるか?
「確かに。じゃあ私疲れたから運転よろしく~」
「今日はついてないな。騎士には絡まれ、報復されかけ、挙句お目付け役は人使いが荒いと来た」
「あの、そう言えば聞いたことが無かったのですが……お二人はどういう関係で?」
特段何かの意図があるわけでは無いのだろうが、一番困る質問だな。
「観光客とガイドだ。アリスから聞いてなかったか?」
「いえ、聞いてませんが……観光客とガイド?」
「あ~……忘れてた」
「ああ、そういうやつだったなお前」
駄弁りつつ街道を行く。次の街はせめてマシなところであってほしい。
「失礼します。ルータス執政官」
「オーレル、何か用事か? 今は立て込んでいるから後にしてくれ」
「ホレイス子爵への言い訳ですか?」
「……何の話だ?」
「とぼけなくても構いませんよ、もう裏は取れてますから」
「何だと?」
「生憎ホレイス子爵は証拠を残さなかったのですが、貴方に関しては色々な証拠が山ほど出ました」
「どこまで知ってる?」
「エミールをバルトに売り渡そうとしたこと。ラウル監察官の暗殺。あとはカルクスを渡す前から双子と密通して稼いでいたことですね。その金がどこに流れたかは調査中ですが……伯爵が動いてる以上、時間の問題ですね。」
「まさか、寝返ったのか?」
「ま元からスチュアート伯爵の密偵だっただけですよ。ともあれご同行願いましょうか」
「……分かった。しかし一つ聞かせてくれ。何故奴を売り渡すことを知りながら拘束しようとしたんだ?」
「うまくやればバルトも捕まえられると思ったのですが、想定外のことが起きましてね」
「バルトが殺されたことか」
「ええ、お陰で仕事がほとんど無くなりましたが最終的には良い結果に落ち着きました」
「……これはこれで良かったのかもしれんな」
「……?」
「もういい、さっさと連れていけ」
「では、こちらです」
数日前 王都ラムダローク
「珍しいですねスチュアート様、あなたが調査なんて仕事をするとは」
「オーレルか。こういうのは俺の性分に合ってねぇな。ったく、俺は前線で暴れてる方が好きなんだがな」
「確かにそうですね。ならどうして引き受けたのですか?」
「陛下の勅令なんだよ。俺にとっちゃ陛下は絶対だからな」
「そこは相変わらずですね」
「まぁな。ところでルータスの監視はどうだ?」
「証拠が大量に出てきましたよ。バゼルが死んでからはずいぶん焦っているようです」
「まだ利用できる双子が死ぬとは思ってなかったんだろうな」
「ある程度乗ってから双子と一緒に捕まえるつもりです」
「そうか。ったく、あいつら余計な仕事増やしやがって。腰巾着のトニーはどうだ?」
「ホレイス子爵の方は……お恥ずかしながら証拠が何一つありません」
「用心深い野郎だ。いやちげぇ、小心者なだけか。まあいい、パパっと終わらせるか」
「分かりました。あと、シェリー様がお探しでしたよ」
「……俺は帰る、次に会うときを楽しみにしてるぜ」
「ええ、それでは」