第十九話 VS.バルマ族 中堅・戦士長ディクル
前回のあらすじ
術師じーさん(象)
待たせて済まぬ
目を覚ますと牢の中に戻っていた。起き上がってみると、傷は癒えていて痛みも引いていた。治療してくれたのだろうか。それはありがたいけど、何故かベッドもふかふかになっている。前の硬いベッドの方が好きなんだけど……と思っていると、重い足音がしてきた。
「起きたか」
牢番だった。大量の野菜や果物が乗った盆を持っている。
「食事だ、食え」
「あ、ありがとうございます……あの、野菜と果物だけですか……?」
盆の上には穀物も肉類も無い。というか野菜は生のままだ。根菜をかじって食べろとでも言うのだろうか。
「そうだが……何か気に入らないことでも?」
「いや、えっと、あの……」
「儂らと食文化が違うのだぞ? 不満にもなるだろう」
入口の方からヌァルが入って来た。何かを載せた盆を両手で持っている。そういう問題でもないのだけど……
「親父殿……」
「えっ!?」
「クハハ、随分素っ頓狂な声をあげたな?」
一介の牢番が祭司長なんて地位の人と親子だなんて、そりゃあ驚くに決まってる。でもどうしてそんな人が牢番をしているんだろう。そう考えていると、盆を差し出してきた。盆の上には包丁と皿、フォーク、塩が乗っている。
「なにぶん肉を食う種族ではなくてな、他のところじゃあ食うらしいが……」
「親父殿の食べ方も正直好かんが、連中も気味が悪くて仕方ない」
牢番が心底嫌そうに吐露する。どうやら部族同士でも仲が良いわけでは無いらしい。
「さて、あとはこれを盛りつけて……こいつをかければ完成だ」
そう言って塩をサラダに振っている。いつの間に切って盛りつけたんだろうか。まあ生でかじるよりはマシだ。
「それじゃ……いただきます」
「ディクル、準備はしたか?」
「……確認してくる」
そう言い、牢番はどこかに行った。……準備?何のことだろう。
「あの、準備って……」
「ん? お主との戦いの準備だが?」
へ?私との戦い?どういうこと?だってあの獣人はただの牢番じゃ……
「あ奴、自己紹介もしなかったのか?」
「……そう言えば、まだあの人の名前を聞いて無いですね」
ヌァルがため息を吐き、話し始めた。
「口下手な奴で済まんな。あ奴はディクル・ニース、バルマ族の戦士長だ」
「へぇ~……って、戦士長!?」
思わず声が上ずってしまった。バルマ族の戦士長と言えば、《怪象》ダゴールの右腕とまで言われていて、三百人の兵隊を三十人で壊滅させた獣人だ。
「儂と違って前線に立っているからな、一筋縄ではいかんだろうな」
「……しかも、詠唱みたいな明確な隙も無いってことですか」
と言っても後半無詠唱だったけど。
「まあ、応援しとるよ」
そう言ってヌァルは外に出ていった。
「何か、あからさまに強くなっていってるけど……この次は族長とか言われないよね……?」
少し不安な部分はあるものの、二戦目の時間が来た。正直不安でしかないが……闘技場に入ってみると、前回の戦闘の跡がきれいに元通りになっていた。かなり隆起や陥没を起こしていた記憶があるけど……
「皆さんお待たせしました! いよいよ第二戦の始まりです!」
実況の声が闘技場中に響きわたる。今更ながら何で実況が付いているんだろう。
「さあ、挑戦者の入場です。祭司長を破り第二戦へと歩を進めました。《大地を穿つ鉄槌》ロジーナァァァァッ!!」
前のときより大きな歓声が沸き上がったけど、何か気恥ずかしい二つ名をつけられてる。前のも大概だったけど、正直やめて欲しい。
「対するはこちら! 闘技場の番人にして我らバルマ族の戦士長! 《豪剣》ディクル・ニースゥゥゥゥゥ!!」
当然ながら私の時よりも大きな歓声が巻き起こり、ディクルは観客に手を振った。その際に背に大きな剣を背負っている。
「そっちの準備はできたか?」
「……正直、心の準備がまだ……」
やるしかないとは言え、死にかねないというのはやっぱり怖い。実際、今も少し足が震えている。
「そうか。とはいえ、今から待つわけにもいかん」
そう言ってディクルは剣を抜き、構え始めた。こちらも慌ててハンマーを構えた。
「さあ、それでは……始めぇッ!」
宣言と同時にディクルが図体に似合わない素早さで突撃してきた。剣を下から振り上げ、それを避けると一歩踏み込んで振り下ろしてきた。
ガギィン!
「ぐうっ!」
どうにか寸前で防いだものの、弾き飛ばされた上に手が痺れた。自分でもよく防げたなと思うほど途轍もない力だ。しかし息つく間もなく、振り下ろした剣で突き上げてきた。
ガァン!
「ああっ!」
ハンマーで防いだけど、そのせいで上に弾かれた。ディクルが突き上げた剣を振り下ろそうとしている。まずい、立て直しが間に合わない。ここは一か八か……
「もらった……なにっ!?」
体を全力で捻って、間一髪避け距離を取った。こんな冷や汗の出る思いは何度もしたくない。
こっちも攻勢に転じたいところだけど、まともに殴り合えばまず負ける。だからといって防御しようにも、今のように弾かれては話にならない。どうしようかな……
「両者ともに睨みあっています。正直絵面が地味で実況しづらい!」
それは言っちゃお終いでしょ。
「……どうした? かかってこないのか?」
ディクルが不思議そうに聞いてくる。そんなこと言われたって力と経験が違い過ぎる。こっちは元々兵士とかでもなんでもない、ただのドワーフの鍛冶屋なんだから。
「まあいい、それならこちらから行けばいいだけの話だ!」
剣を振り上げ、私の方へ踏み込んできた。避けようと思ったけど、縦か横のどちらに振るかを見てからじゃないと大剣の餌食になってしまう。
「……甘いッ!」
突然、ディクルが立ち止まる。直後に飛んできたのは振られた剣ではなく、ディクルの右足だった。
ドゴッ!メリメリ……
「!? ガハッ!」
「あぁーっと! 挑戦者、ディクル様の蹴りをもろに喰らったぁ! これは痛い!」
お腹にごつごつとした足がめり込み、内臓が圧迫され、壁まで吹っ飛ばされた。鈍い痛みが全身に駆け回り、口から血まで出てきた。どうにか立ち上がると、なんだか目の前がかすむ。
「うぅ……ぐっ!」
「直撃してまだ立てるとは、親父との戦いの時も思ったが中々しぶといな」
それに関しては自分も驚きだ。よく考えなくてもあんな蹴りが直撃すれば、普通は立てないどころかそのまま死んでるかもしれない。
とはいえ立ててると言っても、全身に鈍痛がするくらいに私もボロボロだ。
「先の戦いでも感じたが……なるほど、貴様には戦士の才があるのかもしれんな」
ディクルが感心したようにつぶやくが、そんな才能があったところで微塵も嬉しくない。
「まあ、その様子ではもはや関係ないかもしれんがなァッ!」
そういい、彼は剣で薙ぎ払おうとしてくる。見極めようとすれば意表を突いてくる。この怪我じゃ避けようにも避けられない。防ぐのも駄目。そのうえ意識が段々と薄れてきた。そうなると私が取るべき行動は……
「ぐっ……がああぁっ!」
「なっ!? ぐあっ!」
私が取るべき行動は、やられる前にやることだ。そう思い、ディクルの懐に潜り込んで一撃食らわせた。
「貴様、グゥァッ!」
「おお! 挑戦者、ディクル様を圧倒している!」
体勢を整える前に一撃を叩きこむ。かすれかけた意識の中で、そうすればいいことだけがうすぼんやりと分かっていた。更にもう一撃入れようとしたら、反撃が飛んできた。縦振りの一撃だ。
私はそれをハンマーの柄で全力で受け止めた。別段そうしようと思ったわけじゃない。ただ勝手に体が動いて、勝手にそうした。たったそれだけだった。
「グゥ……ぬぅ……!」
「うう……おおぉりゃあっ!」
もう手元もぼやけるくらい意識が危ういけど、ディクルの剣を弾き返し、残りの力をありったけこめて彼の頭にハンマーを振った。
「ガアァッ!」
何かメキッっという音の感覚がして、ディクルが地面に伏した。ピクリとも動かないが大丈夫……ではないか。それよりこっちがちょっとまずい状況かもしれない。
「……治、治癒師! 急いでディクル様の処置を!」
観衆からどよめきが起き始めた。流石に少し強くやり過ぎたかもしれない。
「えー、と、とりあえず……勝者、ロジーナァァァァ!」
困惑の声らしいものが聞こえるものの、正直何を言っているのかまで聞こえなくなってきた。ああ、なんかまた意識が……
「ま、まずい……挑戦者も運べ、今すぐ!」
「大変な騒ぎになったな」
「……親父はあれ喰らってよく無事だったな?」
「儂のときは土壁が威力を和らげてくれたからな。それでも老体には堪えたが」
「そうか……だがまさか最終戦まで生き残るとはな、少し甘く見過ぎていたかもしれん」
「次はお前だったな、ダゴール。準備は怠るなよ?」
「分かっている」
魔王軍本拠地 サヴィエント城
魔王騎士団本営
「団長、ライルマンです。報告に上がりました」
「……入れ」
「失礼します」
「それで、何かあったか? といっても、ここ最近は小競り合いの報告しか来てないが」
「実は、ピュリア様が討ち死にされました」
「……なんだと?」
「ほう、あの復讐の鬼が死んだのかい?」
「ッ! グレゴール副団長……」
「いいじゃないか、人間の反撃が始まったんだろう? 程よく狂ってきたじゃあないか」
「なにがいいんですか、幹部一人殺されたんですよ?」
「君は相変わらずだな。はっきり言うがもっと死ぬ、いや、そうでなければ困る。でなければ私は退屈で死んでしまう」
「いくら何でも不謹慎が過ぎますよ!?」
「それが戦争だ。君たち、いや、私たちは地獄に向かってるのさ。心が躍るじゃあないか。なあ? ファストウ団長」
「口を閉じろグレゴール、まずは報告が先だ」
「ああ、すみません」
「では私も聞いて行こう」
「……まあ後で報告に行くつもりでしたからいいですが。えー、どうも情報によれば『エミール』とかいう人間と交戦したらしいのですが……」
「エミール? グレゴール、知ってるか??」
「聞いたこと無いね、そんな騎士だか軍人だかは。そうなるとおおかた異界人辺りじゃないのか?」
「まあこちらは情報が入り次第報告いたしますが……もう一つ報告が」
「何だ?」
「我々の軍門に下りたいという奇妙な女が来てます」
「女? どんな奴だ?」
「は、はあ、それが……声は女なんですが、頭が猫で、足にヒレが付いてて……」
「……その女、一体何なんだ?」
「はあ、簡潔に言えば……化け物、ですかね。本人は人間だと言い張ってますが、何か変な化け物連れてますし、かなり狂った女ですよ?」
「いやいや、結構じゃないか。その女、こっちで引き取ろう」
「え!?」
「どういう風の吹き回しだ、グレゴール?」
「なあに、面白いじゃないか。私も暇していたところだ」
「……まあ、扱いに困るからお前に任せる。ところでその女の名は?
「あ、はい。女の名は……ナギミヤシオン、だそうです」




