第十七話 獣人の住む地
前回のあらすじ
魔王軍幹部についての幕間
獣人との戦い(オムニバス形式)開幕
紆余曲折は特に無いが、途中で街道を外れつつもなんとか旧トールラント中央領に着いたらしい。女性陣はぐっすりと熟睡している。呑気な連中だ。しかしまあ、何というべきか、前方には異様に鬱屈とした森が広がっている。またかよ。
「ここはトールラントじゃ有名なアルダンヌ密林って言ってな、前までは魔族やら強力な怪物やらが棲んでて誰も近寄らない場所だったんだ」
ダグが聞く前に解説してくれた。本来こういうのはアリスの役回りのはずだが、本人はぐっすり寝てる。働けガイド。
しかしアルダンヌと来たか。アルデンヌの森に名前が似てるな。この世界の文明が進んだら戦車で踏み潰されるのだろうか。
「でも近頃は状況が変わってきてな、魔族も寄らなくなっちまった」
「どういうことだ?」
「ああ、そう言えばまだ言ってなかったな。この土地に住んでる獣人は四つの部族に分かれてるんだ。そのうちの一つがここ、『アルダンヌ密林』に住んでる」
その情報をもっと早くに欲しかったが、まあここに寄るつもりは無い。そもそも馬車が通れるほどの隙間すら無い。
「ふーん……まあ通れねえし迂回するか」
「別にいいが、迂回してもあんまりいいことは無いと思うぞ?」
「どういうことだ?」
「そうだな……そんじゃ、一から説明するか」
ダグが咳払いをして、解説を始めようとしている。女性陣寝てるんだがな。
「この土地には旧都バークルに本拠を置くアルマン族、そこから東のアスラ湖沿岸に住み着くバルマ族、グルダ山を住処とするオイレ族、そしてアルダンヌの森に住むブラウ族だ」
多いし地名がごっちゃになりそうだな。
「で、こいつら全員魔王軍の配下だ。しかもだ、こっから迂回しようものなら間違いなくバルマ族の縄張りに入る」
「……つまりそのバルマ族と争うことになるってことか?」
ダグが大きくうなずいた。参ったな、面倒は避けられないってことか。だがアリスと約束した以上、そういう連中とも話し合う必要がある。
「話し合うつもりならお勧めはしないぞ、あいつら縄張り意識が他の部族と比べても異常だからな」
「とはいってもな……」
「一応バルマ族は四部族の中では一番の穏健派だ。戦闘狂だけどな。それでも恐ろしいまでに排他的だから気を付けろよ」
詰まる所まだ話が通じる方らしい。それで話し合いがお勧めできないって言うなら、残りの三部族はどれだけ話が通じない連中なんだか。
「まあいいや、とっとと迂回するか」
密林から随分離れ、遠くの方に湖が見える。どうやら件の『アスラ湖』らしい。ダグの言う通り、沿岸に住居らしき巨大な建造物が見える。さて、話が通じるといいのだが……
と思っていると、妙に地面がズーン、ズーンと揺れ始めた。それに怯えてか馬が暴れ始めた。
「地震か? にしては何か揺れ方が……」
「おい、暴れんじゃねえ! ……ん? なんか来るぞ?」
道の向こうから二足歩行の服を着た象の群れが歩いてきた。体長は三メートル近くある。……って、冷静に見てる場合じゃない。どうにか友好的に話してみるか。
「よ、よう。今日はいい天気だな」
「ニンゲンよ、ここから立ち去れ」
象の内の一匹がそう話した。参ったな、開口一番にこれか。
「えっと、そうだ! まずは自己紹介をしよう。俺はエミールだ、あんたは?」
「……バルマ族長ダゴールだ」
「ダゴール……まさか《怪象》ダゴール!?」
ダグが驚愕している。そんなに有名な奴なのか?まあ取り敢えず交渉が先だ。
「そうは言っても、事情があってディルナには行けないんだ。どうにかして他の国に行きたいんだが……」
「うるさいなぁ、一体何の騒ぎ……って象!?」
アリスが起きてきた。目の前の光景に驚いて尻もちをついたが、それが失礼に当たらないといいんだが……
「えっと、どうしたんですか……」
ロジーナも起きてきて、目を丸くしながら象の集団を見ている。
「ピィィィッ!?」
案の定、ダグの後ろに隠れた。揃いも揃って余計な真似しやがって。
「貴様ら、我々を愚弄しているのか!?」
「い、いや、あいつらはちょっと獣人を見たことが無くてな……」
「いや、獣人ってもっとかわいい女の子でいっぱいだとおもムグッ!」
「余計なこと言うな!」
まずい、象の表情なんか判別したことは無いが、怒っているのは分かるくらい表情が険しく見える。このままだと正面衝突することになって、最悪四部族と争う羽目になる。それだけは避けなければ……
「済まない! こいつちょっと、えーっと……そう! 馬鹿正直で!」
「お前何てこと言ってんだ!?」
……あ。
「貴様ら……! かかれい!」
「全員逃げろおぉぉぉ!」
「「「ウワアアアアア!」」」
一目散に馬車から出て逃げた。間一髪、一斉攻撃の寸前で逃げられたが、馬車がまた壊れた。畜生、結構高いんだぞあれ。大勢追いかけてきた影響で揺れて逃げづらかったが、足が非常に遅いためすぐに距離を離せた。二足歩行になった影響でスピードが落ちたのだろうか。まあとにかくラッキーだ。
走っているうちに一人で密林の中に入っていた。どうやらあいつらとはぐれたらしい。うちの欠点はチームワークの無さだな。まあ結成してすぐの即席パーティだから仕方ないが。
しかし密林か。ここは確か『アルダンヌ密林』とかいう場所で、四部族の一つがここにいるらしい。見つからないうちにさっさと出たいが、どうにも深いところに入ったようだ。出ようにもどっちが出口か分からん。仕方ない、少しだけ進んでみるか。最悪この森に火を付ければいいだけだ。
なんて考えていると、何かが木々の奥から出てきた。二足歩行の胸当てを付けた……人狼?そういや密林にも部族の一つが住み着いているんだったな。ラノベの奴とは全然違うな。
「えっと、ブラウ族の獣人ってことでいいのか?」
「侵入者はニンゲンか、ならば殺すまで」
そう言って長剣を抜いた。話にならんな。確かにダグの言う通り、あの象たちが一番話が通じたな。もしかして獣人ってこれが普通なのか?ロクでも無いな。
考えてるうちに相手は襲い掛かって来た。横に振って来たのを伏せて避け、腰にかけた剣での居合で切り伏せた。
「ガァッ!」
致命傷には至らなかったものの、とっさに距離を取ろうとした瞬間に振り下ろて追撃を加えた。獣人は膝から崩れ落ち、動かなくなった。どうやら死んだらしい。一応心臓刺しとくか。
周囲を見回すと、ぞろぞろと出てきた。全員が違う武器を持っている。好戦的過ぎるだろこいつら。
「呆れたもんだなこいつら……」
みんなと別れた後、後ろで馬車が壊された音がした。また馬車が壊された。前回はエミールがわざと壊したから、故意に壊されるのはこれが二度目か。今後も壊されそうで不安だ。
馬車を壊した象の獣人たちが追いかけてくる。しかし、私には絶対に追い付けない。私の身体能力は人間のものとは比較にならない。って言っても、それ以前に遅すぎて人間でも逃げ切れるけど。必死で走っているうちに、一つ思い出したことがあった。
「私、飛べるじゃん」
そうだ、空を飛べるんだからわざわざ地上を走る必要はない。折角だからみんなを探しに行こう。高いところに行けば見えるだろうし、山の方に行こう。私の目なら山の裏以外は大体見える。
「エミールは……いっか、あれはしぶとく生き残るだろうし。となると最優先でロジーナかなぁ……一番弱そうだし……ッ!?」
激痛が走る。何事かと思い見て見ると、左胸……心臓のある位置を矢が背中から貫いている。空の方を見ると、弓を持った鳥のような生き物が飛んで行った。まさか、別種の獣人……?
「ゴフッ……ガアッ……」
段々と地面が近づいてくる。胸も痛い。ああ、地面が目の前に────
ズーン!
「《修復》」
矢を抜き、そう唱える。血と土埃で汚れ、穴の開いた服が元通りになっていく。
「まったく……私にこんな真似するなんて、よほど死にたいようね」
必死で走っていると、ボロボロの市街地に入っていた。ここは恐らく旧都バークルだろう。何でまたこんな所に迷い込んだんだか。それ以前に何でこんな所に来てしまったんだ……まあ、ここに行くと決めたのはエミールなんだが。だいたいあいつが騎士を殺してさえいなければ、わざわざこんな危険な土地に来る必要も無かった。
とはいえ他人を批判していてもどうしようもない。早くここから出ないと……
「ッ! 危ねえ!?」
何かが飛びかかって来た。とっさに盾で防げたものの、結構吹っ飛ばされた。構えつつ相手の姿を見ると、服を着た猫だ。
「やるな、ニンゲン」
「猫の獣人……アルマン族か!」
声を聴く限り男のようだ。できれば会いたくなかった。アルマン族は獲物に対する執着心が異常な奴らだ。獲物と見られれば死ぬまで追い回される。
「なあ、俺はただの店の店主だからよ、そんな強くないぞ?」
「ガタガタ言うな、ニンゲン」
分かってはいたが、まるで話が通じない。そうだよなぁ、だって四部族の中じゃこいつらが一番話が通じない戦闘狂だもんなぁ。
「ああもうやってやろうじゃねえかチクショウ!」
「ダグ……みんな……どこ?」
必死に逃げてきたのはいいけど、巨大ハンマーを抱えながら走ったせいですぐに疲れがたまった。そのせいか変な集落に迷い込んだ。近くに湖もあるし、ここってまさかバルマ族の……?そう考えていると、獣人たちの足音がしてきた。
「ピィィィッ! か、隠れなきゃ……えっと、えっと、あ! この箱の中に……」
近くの建物に大きな箱があったので入ってみると、布のようなものが大量に入っていた。多分この箱は服を入れる箱なんだろう。大き過ぎて武器のハンマーまで入った。
「ニンゲンはどいつもこいつも素早いなぁ」
「あたしらが遅すぎるだけだろう?」
「族長も何で正面から行くかなぁ……俺たちを見れば大概逃げるのは分かってるだろうに」
どうやら男と女の獣人が入って来たらしい。心臓の鼓動が早くなる。見つかったらまずい。息をひそめてどこかに行くのを待たないと……
「ったく、走りすぎて汗が酷いな。ちょっと水浴びしてくる」
「そうかい、なら着替え用意して行こうか。あたし取ってくるよ」
足音がどんどん近づいてくる。あ、これ駄目な奴だ。
「さーてと、何に……え?」
立ち上がると同時にハンマーを振り、獣人を殴り飛ばした。私だって戦えるんだから。
「グッファッ!」
「な、何だお前!?」
もう一人にも気付かれた。もうどうしようもない、こうなったらとことん暴れて逃げよう。
「でえりゃああ!」
「ギャアアアア!」
「やあやあ調子はどうかな……って何だいこれ!?」
「アラン、戻ってきたのですね」
「や、やあ、クレア」
「あうう、痛い……」
「クレアちゃんのげんこつはやっぱ効くねぇ~ギャハハ」
「まだ反省が足りないようですね、大門様?」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「で、何があったのかな?」
「ちょっとやりすぎただけなんだよ……」
「そう、俺とイセリアがほんのちょっと森を潰したくらいで、なぁ?」
「森の三分の二をほんのちょっととは呼びませんよ、大門様?」
「……再生の権能は使ったみたいだね、お疲れ様」
「ありがとうございます」
「で、この大量のミルマワームの死体は?」
「ああ、それは俺らが好き放題暴れた結果だ。クレアも楽しそうだったなぁ?」
「あんなに体を動かすのは久しぶりですからね、つい張り切っちゃいました」
「いやぁ、楽しかったねぇ」
「……戦闘狂を三人も抱えて、私は頭が痛いよまったく……」




