第十四話 離脱と詐欺まがいの勧誘
前回のあらすじ
ブランデンブルク門より巨大な花の姫
どこまでも巻き込まれる可哀想な男
いつもと全く違う毅然とした様子に少し戸惑ったが、虚勢に見えるのは俺がマフィアなんかを見慣れているからか、それとも兵士の前だから本当に虚勢を張っているのかは分からない。しかし第一王女ときたか。てっきり公爵とかの娘かと思ったが、結構な大物だな。
「なるほど、王族ともなればそりゃあ偽名も使うか」
「あの、エミールさん。少し前に同行すると言ったばかりなのにごめんなさい」
それは仕方のないことだが、そうなると一つ疑問を覚える。
「王女様がどうして家出なんかしたんだ? 出来ることなら一から頼む」
「おいおい、素性を聞くだけだろ?」
スチュアートの心底呆れた声が飛んできた。そう言えばそんな約束だったか。俺としたことがうっかりしていた。
「そうだったな、なら言わなくても────」
「……分かりました、最初から説明させてもらいます」
ラナ……いや、レニアがスチュアートを制止し、話し始めた。今までずっとラナと呼んでいたから呼び方に困る。
「私はこの国の第一王女であり、王位継承者なんです」
いきなりとんでもない情報が飛んできたが、まあイギリスとかだと普通にあった話だったからいいか。
「いずれ私は王位に就く身……しかし、その自信が私にはありませんでした。自分にその立場は相応しいのか。色々考えるうちに、そもそも私はこの国のことを全く知らないことに気がついたんです」
「何も? 家族からとか、誰かから少しは聞いてるもんじゃないか?」
「母は既に亡く、父は「まだ早い」と」
どれだけ過保護なのかは知らないが、確かこいつの歳って21だったはずだ。むしろそういう話をするには遅い気がするが。
「それで、家を出る前に家族と話したんです。一人で旅に出て国の実情を見たいと話すと、父は「駄目だ」の一点張りで許可してはくれませんでした」
「……お前とは短い付き合いだが、親父さんがそう言いたくなる気持ちはよく分かる」
それを言うと若干ばつが悪そうな顔をした。実際、家出前から荷物を忘れるような奴が一人旅とか冗談にも程がある。それに戦闘能力だって周知のとおりだというのに、護衛無しで旅するなんて無謀なことを許可する親がどこにいる。
「っと、話を切って悪い。続けてくれ」
「……それで喧嘩して、勢いのまま家出してしまい……数日間、地図も無く魔族や怪物から逃げまどいながらたどり着いたのがあの街、カルクスでした。エミールさんと会ったのはその後のことです」
「色々と運のいい奴だなお前」
「確かに、こんな子があんな街に居たら……フヘヘェ」
とりあえずアリスを叩く。ずっと黙ってたくせにいきなり喋ったらこれか。つくづく呆れたやつだ。
「空気読めお前」
「ごめん、つい」
ついって何だついって。
「……さて、話は終わったようですね」
木々の奥からオーレルが騎士たちと共に姿を現した。副官のエレジアとかいう女もいる。なんかいつもより目つきが鋭いような気がするな。俺が言えた義理でも無いが、元々悪い人相が恐ろしいことになっている。
「終わったよ、連れ帰りたきゃ好きにしろ」
「まあ、それが命令だからね」
「オーレル、支度は終わったか?」
「いつでも出発できます、スチュアート様」
何をしていたのかと思ったが出発準備か。まあ相変わらず生真面目な奴だ。すると、エレジアがこちらに近づきつつ話し始めた。
「全部聞いてましたよ。レニア様の家出理由も、元とはいえあなたが殺し屋だということも」
「……お前、オーレルと支度してたはずだろ?」
「スチュアート様、通信魔法を切り忘れています」
あっという声を上げて通信魔法とやらを切った……のだろう。なにぶんそれがどういうものか分からないから、いまいち分からない。
というか聞いていたくせにオーレルには話していなかったらしい。当人は少し困惑した様子でエレジアを見ている。そんなオーレルをよそに、殺気を放ちながらこちらを睨みつけている。
「やはりこの男、生かすに値しないと思われます」
「……ハァ。エレジア、だったな?」
「何? 命乞いなら聞くつもりは────」
そっちがそう来るのなら、こちらも同じ方法で答えてやる。
「来るのは勝手だが、死ぬのはお前の方だ。それだけは言っといてやる」
「ちょっとエミール! 騎士に喧嘩売るなんて……」
「随分舐められたものね? いいわ、お望み通りここで殺してあげる」
そう言い、剣を抜いた。次は名乗るつもりだろうか、なんて考えてたら本当に名乗りを上げた。
「ディルナ王国伯爵・スチュアートが副官、エレジア・ファレス。いざ、尋常に……」
「やめろエレジア」
かかってくるかと思い身構えていたら、スチュアートが止めた。
「しかし……」
「これは命令だ、やめろ」
語気を強くされ、剣を収めた。面倒が減って助かる。結局それが気に入らなかったようで、エレジアはレニアを連れて行ってしまった。
「済まねえな、なにぶん頭の固い奴でな」
「気にしなくていい」
「なあ、俺もう帰っていいか? 嫁がうちで待ってるんだが……」
ダグがタイミングを見計らっていたように話しかけてきた。それ以前にまだ居たことが驚きだ。しかし参った。俺としては何だかんだ役に立ってくれたからスカウトしたいが、店と家族があるとなっては誘うこともままならない。どうにかならないかと考えていると、ある一つの発想が浮かんだ。少し試してみるか。
「そうだスチュアート、魔王軍幹部を始末したが、報奨金って出るのか?」
「ん? ああ、まあ結構な金額が出るな。一応手伝ったから俺も少し貰ってくがな」
まあそれは当然のことだからいいだろう。さて、ここからが本番だ。
「そんじゃダグ、報奨金の分け前を相談しよう」
「は? いや、金なんか貰っても……」
宿に案内してもらった時に、こいつは案内料を断った。恐らく金よりいい武器を眺めたり作ったりする方が好きなのだろう。
「なら迷惑料として何か欲しいものを贈ろうか? 何でもいいぞ」
「……本当に何でもいいのか?」
よし、かかった。
「ああ、好きな物を言うといい」
「……なら、ボラリス鉱って鉱石が欲しいな」
「店主、それって確か幻の鉱石って言われてるやつじゃなかったか?」
スチュアートが話に入ってきた。幻の鉱石と来たか。また難易度の高そうな代物を要求したな。
「なに、それが欲しいって言うなら構わん。ただ、欲しいものをコロコロ変えられたら面倒だから変更はできない。それでいいか?」
「当たり前だろ? 報奨金は路銀にでもしてくれ。じゃ、楽しみに待ってるぜ」
「おっと、待ってくれ。俺は鉱石なんか分からないんだ」
少し訝し気な表情を見せたが、すぐに納得したような顔になった。
「素人ならまあ、仕方ねえな」
「騙されて別なもん買わされたらたまらん。そこでだ、お前たちにも同行して欲しい」
ようやく真意に気づいたようで、慌て始めた。だがもう遅い。
「いやいやいや!? 勘弁してくれよ! っていうか今お前たちって……」
「ロジーナも連れて来るといい。別にお前ひとりでも構わんがな」
「やり口が詐欺師と変わらねえな……」
「ええ、まったく……」
なんかアリスからも呆れた声が聞こえてきたが、そんなことはどうでもいい。あとは適当に突きまわして引きずり込むだけだ。
「分かった、じゃあ金を受け取るからそれで……」
「変更はできないって俺はちゃんと言ったぞ?」
「うぐっ……卑怯だぞテメエ……」
あいにく効果的ならどんな手も使う主義だから、大して響かない。
「交渉成立ってことでいいか?」
「……ああクソ! もうそれでいい!」
周りはドン引きしているか嫌悪感を露わにしているかといった反応だが、目的は達せられた。
「ラウムのとこに一回報告しに行くか」
「そうね……心中お察しします、店主さん」
「おぉ、済まねえなぁ嬢ちゃん」
「一応私の方が年上なんだけど……まあいいか」
なんか遠くに異様な大きさの花が見えたが、何だったんだあれ。まあいい、大した問題じゃないだろう。しかし前に来た時にも思ったが、なんともボロい建物だ。日本の小説に出てきたボロい門もこんな感じだろうか。扉を開き……扉を……建てつけ悪すぎだろ。仕方ないので蹴り飛ばすと、扉が外れて吹っ飛んだ。面食らった顔でこちらを覗く眼鏡の男、元『幽鬼街』頭領のラウム・リーが警戒態勢をとろうとしていた。
「……蛮族の襲撃かと思ったらお前かよ、ジャック。いつそんな知能低下を引き起こした?」
「色々酷いな、修理費はアランにでも請求しておけ」
「そうさせてもらうよ。それで何の用だ?」
「ちょっと面倒な連中がこの世界に来てるらしい。それで手が必要なんだが……」
そう言うと少し考えこむような仕草を見せた。
「その面倒な連中って誰だ?」
「ああ、双子でな。一人が姉の凪宮風音で、まあ一言で言えばイカレた女だ」
それだけ伝えたら、少しだけ首を傾げた。説明が足りなかったか。
「少し詳しく言えば……奴は人体を改造して『ヴァルキリー』とかいう兵士を作っていた。試作や性能実験で何人死んだことやら……」
「確かにイカレてるが、お前も大概殺してきただろ? 俺もだけどな」
「それを言ったら終いだろ。まあこれでももう一人に比べればマシだけどな」
「……冗談だろ?」
正直話すのも嫌になるが、致し方あるまい。
「もう一人が妹の凪宮紫苑って奴でな、これがまあ……話す言葉よりも吐き気が先に出てくるくらい邪悪な奴だ」
「……なら、吐き気を我慢して話してくれ」
まあここで吐いたところでゴミ屋敷に空き缶捨てるようなもんだろうが、だからといって吐くのはまずい。最悪、ラウムの正拳突きが飛んでくる。鉄筋コンクリートの壁に拳の形そのままの穴が開くとかいう、常識外れもいいところの威力をしているから食らいたくない。
「……紫苑は根っからのサディストで、実験に嫌がる被害者に「意地悪」と称して拷問する女だ。奴の被害者には人間の形をした人はいない、大体拷問で死んだかキメラにされて処理されたかだからな」
「……想像以上だな」
「実際、想像以上の下衆だからな。失敗作って言ってるやつぐちゃぐちゃに組み合わせて生物兵器作る奴だからな」
俺が言えた義理でも無いが、命を何だと思っているんだあいつら。
「確かにそんな奴ら野放しにしたくねえな。ところでそいつらの容姿は?」
「風音は黒髪の長髪で黒目、紫苑は……猫の頭、手には水かきがついてて背にヒレが付いてる」
「待て、そいつ本当に人間か?」
そう言いたくなる気持ちは分かる。だって人間の形をしていないのだから。もっとも、同じ人間と思いたくないという気持ちもある。
「種族的には人間だ。精神性はチンパンジーの方がマシだけどな」
「そうか……まあいい、珍しく仕事もあるしとっとと探すか」
この世界でどんな生活をしてきたのか、今の一言でだいたい分かった。流石に腕が鈍ってないか不安だ。
「……腕は落ちてない、安心しろ」
「さっきの言葉のせいでそれが信用できないんだが」
「そうか、なら証明してやる。表に出ろ」
「ハァ……分かったよ」
「アラン、何してるの?」
「クレアか。履歴漁ってるんだよ、手掛かりが無いかと思ってね」
「あら、仕事してるなんて珍しいわね」
「みんな酷いねぇ……あれ、イセリアは?」
「それが探しても居ないのよ。だからあなたの力を借りようと思って……」
「……また仕事が増えた、嫌になるねまったく」
「あの子放置すると困ったことになるから、早めにお願いね?」
「前にどっか行ったときは街五つ破壊したからね、最優先で探すよ」
「それは前の前でしょう? 前の時はバルバロッサ様と大立ち回りをしていたでしょう?」
「ああ、そういえばそうだったね。二人とも困ったものだよ、止めるのに三時間もかかったし勘弁してほしいねまったく」
「あの黒槌と殴り合うことがそもそもかしいと思うのだけれど……」
「もうツッコミが追いつかないからそこは触れないよ」
「フフッ、確かに言えてる」
「笑い事じゃないよ、そんな人間やめた化け物が何人もいてたまるか。そんなのはジャックだけで十分だよ」
「私、彼とは戦ったことはないのだけれど、どれだけ強いの?」
「……私の腕を切り落とした唯一の人間だよ。もう何度も挑んでいるけど、挑むたびに実力差が開いている気がするんだよねぇ」
「ずいぶん悲しそう……いや、悔しそうね?」
「そりゃあ悔しいさ。神ではなく、私個人としてね。何度挑もうが、どれだけ動きを記憶しようが追いつけないなんて悔しくもなるさ」
「あらあら、男の子って感じねぇ」
「私はそんな年ではないのだけど……ああ、イセリアの移動記録見つかったよ」
「あらぁ、ちょうどいいタイミングね」
「……座標的に千極会の本部にいるみたいだな。ここに停滞しているってことは……やっぱり、圭吾とやりあってる」
「楽しそうねぇ」
「こんなおぞましい笑顔を浮かべながら殴り合う絵面を見た感想がそれかい……? ミズキから報告も来そうにないし、止めに行くかぁ……」




