第十三話 『花の姫』
前回のあらすじ
Vs.『蟲毒の姫』Part2
ついにラナの正体が明らかに
『蟲毒の姫』が浮かんでこない。死に際に散々暴れてくれたおかげで森が燃えているから早いとこ逃げたいのだが、死体の確認をしないと不安だ。湖に潜った方がいいのだろうか。
「おい、何してんだ! 早く逃げるぞ!」
「仕方ない、いったん帰る……ん?」
水面が泡立っている。何かが浮かんできているのか?そう思っていると、泡立つ面積がだんだん大きくなっていった。同時に巨大な影が浮かんできた。直後に水しぶきが雨のように上がり、周りの炎が鎮火していった。目の前には巨大な花の茎らしきものが見える。
まあ、生きているとは思ってた。思ってたがブランデンブルク門より大きくなるとは想定外だ。さて、どうしたものか。これから逃げられるとは思えないが、倒す手段も見つからない。この茎にいくら矢を放ったところで無意味だろう。
「おい、何だよこれ……」
「知らん。でも参ったな、今の武装じゃ火力が足りない」
「何でこれ見て倒そうって思うんだよ!? 早いとこ逃げるぞ!」
せめて弱点かC4爆弾があればいいんだが、見たところ茎には弱点らしいものは無い。当然、こんな異世界にC4があるわけない。というかあってたまるか。
色々と思案していると、地面から葉がせり上がってきた。少し驚いたが、これはこれで好都合だ。上の方に何かしらの弱点が無いか探したかったところだ。
「わぁぁ!? なんで俺まで!?」
「なんだ、お前も来たのか?」
「来たくて来たわけじゃねえよ!」
ダグまで来たのか。さっさと逃げたものだと思ったが、とんだお人好しだな。まあ折角だし最後まで手伝ってもらおう。ここまでの奴が相手なら人手が欲しい。
揺れが収まった。どうやら葉が安定したらしい。周囲を見回してみると、結構な高さのところまで来たようだ。だいたい地上150mくらいか。ここまでくるとだいたいの物がけし粒くらいの大きさに見える。ただ一点、少し離れたところにある大きな花のつぼみを除いて。
花のつぼみが開いていく。中には『蟲毒の姫』がいた。
「アアァァァァァァ!!!」
咆哮か悲鳴か、巨大な声を上げ、ツタや茨が大量に湧いて出てきた。
「冗談きついなこれ。ダグ、引き続きよろしく頼む」
「ハァー……分かったよ! やりゃいいんだろこん畜生!」
なんかヤケになっているな。まあ無理矢理引っ張りこまれた上にここまで巻き込まれた気持ちは察する。元凶は俺だけど。
まあそんなことはどうでもいい。問題は前にいるでかいのをどうするか、だが……
「防戦一方だな。さっきから雑草取りしかしてないぞ……あぶねっ」
「落ち着いて言ってる場合か! なんか助かる方法を考えてくれよ!」
そんなもんさっきから考えている。とは言っても火力が足りない。せめて周りのツタや茨を薙ぎ払えるだけの火力が無いと話にならない。遠距離武器はクロスボウ以外無いが、そいつらが邪魔で何も見えない。色々思案していると、ツタに捕まってしまった。
「しまった────! グゥッ……無駄に締め付けやがって」
「おい!? う、うわぁ!」
ダグも捕まったか。これは……終わったかもしれんな。
「ダグ、大丈夫か?」
「これが大丈夫そうに見えるか!? 勘弁してくれよ、俺には嫁が……」
「あいつには知ったことじゃ無いだろ。それなのに騒いで何になるんだ?」
「何でそんなに落ち着いて話せるんだよ……チクショウ!」
実際騒いで暴れても抜け出せないくらい締め付けられている。しかし参ったな。これではラナとの約束を果たせそうにない。信頼に関わるからなるべく約束は守りたいのだが、まあ死んじまえば関係ないか。
……と、思ったら何やら妙な液体を垂らしたツタが近づいてきた。非常に嫌な予感がするが、手足が縛られて動けない。
「おい! 聞こえてるか!」
「……何?」
また違う植物から声が聞こえた。会話ができるのか。時間稼いだらアリスが助けてくれるだろうか。
「一応聞くが、この垂れてる液体は何だ?」
「……まあ、教えてもいいか。それは人間の意識を奪って操る毒よ」
おっと、案外恐ろしい代物を持ってるな。
「そうか、予想は出来るがこれをどうする気だ?」
「飲ませるに決まってるでしょ」
「だろうな。じゃあ何でこれを飲ませるんだ? 俺に操るほどの価値があるとは思えんが?」
「スチュアートと随分仲が良いみたいだし、奴の暗殺に使わせてもらうわ」
別段仲が良いわけじゃないが、そう見えたのならまあ確かに利用価値はあるか。アレをそうそう殺せるとは思えないし、殺せてもどのみち兵士に捕らわれて殺されるだろう。
その手詰まりの状況が、すぐに一変した。ツタが一気に薙ぎ払われ、解放された。
「誰の暗殺をするって言うんだ?」
「スチュアート!? 何故ここに!?」
アリスかと思ったら予想外の援軍が来た。いや、本当に何でここにいるんだ?
「嬢ちゃんたちなら騎士団と一緒にいる、安心しな」
「どうやって来たんだお前?」
「お前の肩に触ったときに《ポイント》をかけさせてもらった。空中も地上も酷い状況で近づけなかったからな」
また知らない言葉が出てきたな。
「《ポイント》ってのは転移魔法を使うときにあらかじめかけておく魔法だ。普通は場所に使うもんだけどな」
「なるほど。ダグ、解説どうも」
何でそんなもんかけたのか気になるが、何はともあれ状況は良くなった。火力要員も欲しかったしちょうどいい、反撃開始と行くか。
「そんじゃスチュアート、ダグ、奴を狙撃するから俺を護衛してくれ」
「分かった!」
「いいけど、俺はスチュアート様ほど強くないからな!? 期待すんなよ!」
そんなことは言われなくても分かっている。単独で部隊を消し飛ばす奴がそこらの店に居てたまるか。いやそれにしてもすごいな、スチュアートが戦斧を振るうお陰で視界がどんどん開いていく。ツタが十本出ると二十本ぶった切られているからこっちも狙いやすい。
「喰らえっ! ……駄目か」
通常の矢を撃ってみたが、空中で防がれてしまった。
「さすがにあれをぶった切りには行けないぞ、空は飛べないからな」
「分かってる、少し手段を考えるから待っててくれ」
「冗談だろ!?」
なんか悲痛な声が聞こえたがまあいい。まともな矢が防がれるなら違う矢を使えばいい。今あるのは通常矢と爆弾矢しか持ってないが、幸いにも油の瓶二つと切られたツタがある。これを爆弾矢と組み合わせて、と。
「よし出来た!」
早速撃ってみると、案の定防いできた。が、着弾と共に爆散、炎上したために盾となる植物は燃え尽きた。
「ガアッアァァァ!!」
「こいつでくたばれ!」
更にもう一本撃ち込むと、花の中にいた『蟲毒の姫』に命中した。
「アア、アアアァァァァッ!!!」
周囲のツタが沈んでいく。念のため通常矢を装填して狙っておこう。
「嫌だ、まだ死にたくは……! 誰か、助けて……ア……アァッ……」
「仰山殺してきたんだ、殺されて当然だ。俺もお前もな」
しばらく暴れた後、うなだれて動かなくなった。その後段々としおれていったところを見るに、どうやらこれで仕留めたらしい。問題なのは足場である葉が沈んでいっていることだが。まあ本体がやられたらこうなるわな。
「うわぁっ!! 落ちてるぞおい!」
「……帰る方法を考えてなかったな」
「奇遇だなスチュアート、俺もだ」
さあどうしたものか。さすがにこの高さは木に落ちても普通に死ぬ。かなり前に藁山に落ちれば助かるという話を聞いたが、こんな誰も来ないようなところには無いだろう。ってか森の中だしな。
そう考えているうちに、喉が締め付けられたような感触と共に、空中で静止した。
「三人とも大丈夫?」
「アリス、空飛べるのかお前」
「まあね。ツタが邪魔で援軍には行けなかったけど」
そういえばスチュアートが言ってたな。
「た、助かったぁ~」
「あんがとよ、嬢ちゃん」
「このまま地上まで行くから大人しくしてて」
若干喉が苦しいが、このくらいは我慢するか。隣でダグの呻き声が聞こえるが、まあ
意識が少し飛びそうになったが、ようやく地上に戻って来られた。絞首刑ってあんな気分なのだろうか、なんて思いつつ周囲を見ると、ラナが目を覚ましていた。目立った外傷もないあたり無事なようだ。
「みなさん、大丈夫ですか?」
「全員怪我は無い。危うくただ働きさせられそうになったがな」
「……? あの、何で店主さんまで?」
「こいつのせいで巻き込まれたんだよ……今日は人生最悪の日だ」
結構酷い扱いをしたとは思っているが、存外役に立ってはくれた。今のパーティじゃ俺くらいしか戦わないし、盾役としてスカウトしたいな。
少し落ち着いたころに、スチュアートが近づいてきた。
「エミール、お前さんに話がある」
俺に話か。まあ行く前の反応を察するに、ラナの処遇に関することだろうな。どっかのお偉いさんの娘あたりだと睨んでいるから、連れ帰るようにでも言われたのだろう。
「あの嬢ちゃんを連れ帰ってこいって命令が下りてな」
「それは分かっている。ただ、本人とした約束があるから少しだけ待ってくれないか?」
少し考えこむ素振りを見せる。内容も話しておくか。
「聞きたいことが一個あるだけだ、すぐ終わる」
「……まあ、それくらいなら構わねえか」
ラナのところに行くと、回復魔法で兵士を治療していた。相変わらずのお人好しというべきだろうか。まあそれはどうでもいい。
「おい、ラナ」
「エミールさん、どうかしましたか?」
「スチュアートに命令が下りたそうだ」
そういうと少し目をそらしてうつむいた。本人も聞いたか。それならそれで話が速くて助かる。
「アリス、ちょっと来い」
「何? 肩痛いからあんまし動きたくないんだけど」
おっさんかこいつは。
「それじゃ、約束通り教えてもらおうか? お前の正体を」
「……」
「約束って何のこと? 私、知らないんだけど」
そういえば話していなかったな。すっかり忘れていた。
「約束ってそういう事か」
「……」
「少し躊躇いがあるか? なら、俺から話そうか」
俺もこいつも随分と引っ張ったが、ようやくホントの自己紹介ができる。
「改めて自己紹介をさせてもらおう。俺はエミール・コルトバーグ……元殺し屋だよ」
周囲の空気が凍り付くような感覚がした。周りの兵士には、見える範囲では慄く者、警戒する者、蔑むような顔の者が見える。
「やっぱ、そういう仕事だったんだな」
「どうする、捕らえるか?」
「……えらい被害を受けそうだからやめておく」
さてと、言うべきことは言った。今度はこちらが聞く側だ。
「で、お前はどこの誰だ?」
「……そうですね、改めて自己紹介させてもらいます」
立ち上がり、こちらに向き直って話し始めた。
「私の名はレニア・セス・ディルナ。ディルナ王国の第一王女です」
その娘は、いつもの弱気なところなど微塵も感じさせない、毅然とした態度でそう言った。
「ジャックさま、ごきげんよう」
「クレアか。アランの奴なら珍しく働いてるぞ」
「ハァイ、ジャック」
「イセリア……お前も来たのか」
「何かアタイの扱い酷くない? それはそうと、ぶっ壊したい気分なんだけど何かない?」
「ぶっ壊れてるのはお前の頭だ。まったく、時空の神にはロクな奴が居ないな」
「むぅ」
「それで、お前らが分離してるってことは結構大事なんだな?」
「ええ、例の二人が見つかったとかで手が足りないらしく……」
「例の二人? ああ、凪宮風音と凪宮紫苑か。で、お前らは何してるんだ?」
「情報収集だよ」
「情報収集? お前らに? 新手のジョークか?」
「あんまり煽らないでよ、ぶっ壊したくなるじゃない」
「両断されたくなかったら殺気は抑えておけ。実際、お前のようなぶっ壊すことしか頭に無い《破壊者》に出来るわけ無いだろうが」
「まあまあ、今日は争いに来たわけじゃないのよ?」
「喧嘩売りに来たわけじゃないっていうことは、俺にも手伝えってことか?」
「報酬は払うってアランから言われてるよ」
「話が早いな。それで、どこに行けばいい?」
「最近、アランがよく通ってる異世界だよ。あんな退屈な世界のどこがいいんだろうね」
「……またあそこに行くのか」




