第十二話 グリーンヘル
前回のあらすじ
魔王軍幹部『蟲毒の姫』現る。
戦闘パートで1話使うスタイル
さて、ひとしきり喧嘩を売ったはいいが、『蟲毒の姫』は滅茶苦茶怒っている。正直倒す方法まではまだ考えてない。どうしたものか。
「……もう少し話し合おうって気は無いの?」
「どうせ殺すんだから関係ない」
「呆れた……で、そっちは?」
心底呆れたような声で言うが、今に始まったことじゃないだろう。というかなんで敵側に意見を求めてるんだこいつ。
「釣り出す際に木を燃やし、第一声が「くたばれ」だった男と何を話せと言うの?」
「参ったな、人さらった魔王軍幹部が言ってることなのにぐうの音も出ねえ正論だ」
こいつら揃いも揃って酷い言い草だな。まあ何も間違っていないが。
「時間掛けたくないしパパっと進めるか」
そう言ってクロスボウで撃ったが、地面から出てきた木の根でガードされてしまった。
「……ねえ、立場分かっててこんなことしてるの?」
「ガタガタ言うな、この雑草女」
「このっ……私は人質を取っているのよ? 分かったら大人しく」
不意打ちで思いっきり長剣で叩き斬ろうとしたら、当然のようにガードされた。これも駄目か。
「喋ってないでさっさと来い。それとも怖いのか?」
「やめとけって、あいつすげえ怒ってるぞ」
「そんなに死にたいなら……」
おっと、少しやりすぎたか。まあ挑発には成功したらしい。
「ここで殺してやる!」
そう言い、ラナを杖と一緒に明後日の方向に投げ捨て、怒り心頭でツタを伸ばして襲い掛かってきた。
「嫌に決まってるだろ、お前にそっくり返す」
「余計に挑発するなよ!?」
とにかくこれで相手の有利は一つ消えた。手の内はガード以外分からないが、ツタや木の根を使って攻撃してくるらしい。植物を伝って色々仕掛けてくるんだろうが、本体が見えている状態であれば大して怖くもない。
「アリス、ラナをどっかに避難させとけ」
「分かった!」
「ちくしょう! ここまで来たらやるしかねえ!」
ダグは覚悟を決めたらしい。是非とも囮として頑張って欲しい。それを見ていると、『蟲毒の姫』がツタを固めて物理攻撃を仕掛けてきた。しかも暗くて周囲が見づらい。そう言えば宿を出た時点で既に日が傾いていた。そう来るとは思ってなかった。どうにか避けたが、こいつは搦め手使いじゃなかったのか?そんなことを考えていると、地面から木の根が突き出してきた。
「うわっと! ……おぉ、怖」
あと数センチ左にいたら刺さるところだった。そこそこ太いから刺さったら足が無くなる可能性がある。木の根が地面から突き出てくるのを回避しつつ攻撃しようとするが、さらに出てきた茨が邪魔で近づけない。実に鬱陶しい限りだ。
「オレンジ剤とか作れればいいんだけどなぁ……おっと!」
「何だそりゃ? っていうか話してる場合じゃないだろどうすんだよ!?」
「それは今から考える。あとオレンジ剤は除草剤のことだ、人にも植物にも効果的だぞ」
攻撃をかわしつつ説明はしたが、使った連中が負けたことは伏せておこう。とはいえあったところでヘリも散布機も無いのだからどのみち使えない。
「お前たち……私を愚弄しているの!?」
余裕あり気に話していたのが気に入らなかったのか、攻撃が激しくなってしまった。ツタはこちらを捕まえようと躍起になり、茨や木の根は大量に襲い掛かってくる。彼女の眉間にはしわが寄り、地面は穴だらけ。おまけに前は茨、ツタ、木の根が入り乱れてもう混沌としている。花壇にミントを植えたみたいに真緑だ。昔ジャックの家にやって怒られたっけな。
「なにしみじみしてるんだよ! そもそもあれ以上煽る必要は無かっただろ!?」
「黙って防御しろ。捕まったら死ぬぞ」
一瞬、恨めしい表情でこちらを見てきたが、すぐに必死な表情になった。さて、今から倒す手立てを考えるか。
エミールに言われてラナをその場から離したけど、あの二人は大丈夫だろうか。店主の確か……ダグだったか。あの男のことだ、肉壁が欲しいから巻き込んだんだろう。店主も本当に可哀想な人だ、道中にいたばかりに魔王軍幹部と戦わされるなんて。そう思いながら森を進んでいると、担いでいるラナからうめき声が聞こえた。目を覚ましたらしい。
「ラナ? 大丈夫?」
一旦降ろして顔を見てみると、目は確かに開いていた。ただ、その目はどこまでも虚ろなものになっていた。目を開けたまま寝るような子だったかな、なんて考えているとラナがスッと立ち上がった。その様相に恐怖感を抱き、夢遊病か何かだろうかなどと慄いていると、杖を拾って殴り掛かってきた。
「ちょっと! どうしたの!?」
「……うあ……あぅ」
何かに操られているのか、はたまた洗脳されているのかは分からない。しかし、『蟲毒の姫』に何かされたのは間違いない。どのみちそれを考えるのは後だ。まずはラナをどうするべきだろうか。杖をぶん回して襲い掛かってくるものの、動きが直線的で読みやすい。というかそれ以前に非力過ぎて大して痛くない。ただ問題が一つだけある。
「あ……あぁ……」
「目を覚まして! あなたが耐えられるよう手加減できる自信が無いの!」
ある事情により私の腕力は加減しても常人の数倍、フルパワーなら数十倍まで跳ね上がる。そんな力でラナのようなか弱い子を叩けば頭を吹き飛ばしかねない。そのうえ死神となってからというもの、まともな人間とやりあうことが無くなったため、そういう人間相手にする力加減が分からなくなっている。
「……出来る限り加減したけど、やっぱりだめね」
試しに近くの木に軽く手刀を入れると、大きなへこみ痕をつけてしまった。これでは背骨が折れてしまう。
「魔法は攻撃魔法しか使えないし……ちょっと厳しいものがあるかも」
周囲に何か使えないかと探してみる。まさかこんな形で苦戦を強いられるとは思わなかった。とはいってもここは森。あるのは樹木と草、あとはツタくらいしか……
いや、あった。あるにはあったが、これは私にとっても使いたくない手段だ。それに洗脳が解けない可能性もあるものの、他に手段もない。仕方ない、ここは覚悟を決めよう。自分でも分かるくらい顔をゆがめながら、近場に蠢いていた毛虫をつまんだ。
「うえぇ、サイアク……」
つまんだ毛虫をラナに投げつけた。どう転ぼうが後で手を洗っておこう。
「……!!!」
顔に直撃し、直後に泡を吹きながら倒れた。どうやら成功したらしい。毛虫を除け、さっさとこの場を離れよう。と思ったら、案外出口は近かった。ただし、大量の騎士団が待ち構えていた。
「ほらどうした! その程度か!?」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!!」
「なんで余計に煽るんだよ!?」
多少賭けにはなるものの、一応手立ては思いついた。とりあえず煽って注意を引くが、攻撃が激しいため避けるだけで精一杯だ。後ろに湖が見えるが、挑発し続けた甲斐もあってか、攻撃に粗が目立ち始めた。
「はぁ……はぁ……待て、エミール……」
うれしい誤算というべきか、どうやら疲弊してきたらしい。まだ5分と経っていないことと、そもそも疲れることに驚きを隠せない。いくら何でも体力が無さすぎる。引きこもるとこんな風になるのか。
「いいだろう、さあかかってこい」
「このっ……ふざけるな……」
相変わらず木の根やらツタやらがすっ飛んでくるが、非常に弱々しい。これ幸いと避けて一気に近づき、油の瓶を本体に投げつけ、すかさず距離を取った。
「ぐっ! 何を……」
「燃えろ!」
クロスボウにセットした爆発矢を放つと、炎が巻き上がった。
「ガアアァァァァァァ!!!」
『蟲毒の姫』が暴れ、周辺にも燃え移る。ここにいると巻き込まれかねないが、確実に仕留めたい。急いで矢を装填し、胸を撃ち抜いた。
「ガアッ……」
多少ふらついた後、『蟲毒の姫』は湖に落ちて行った。
「おいマジかよ、やったなぁ!」
「油断するな、まだ死体を確認してない」
生きていられると都合が悪い。浮かんでくれば手間が省けるのだが……
ああ、水に入ったというのに体中が焼けるように熱く、痛い。散々小馬鹿にされた挙句がこれなんて……認めない、認められない。許さない……許してなるものか!!!
ディルナ王国 某所
「やあ風音、余ってるモルモット一匹寄こしてくれ」
「また? 別にいいけどさ……もう少し慎重にやってくれないかな? 紫苑」
「いいじゃないか、足りなくなったらまた補充すればいいだけだろう?」
「性能テストの的に《センチネル》シリーズの原材料、こっちだけでも色々使うんだから節約して欲しいんだけど」
「ま、確かにちょっともったいないかもねぇ」
「もったいないと思っているならもう少し節度を持ってよ」
「仕方ないだろう? 泣き喚いている姿が本当にかわいく思えてねぇ……」
「で、趣味の拷問に走ったって? それで殺したら世話無いでしょ」
「ならそっちの《センチネル》たち少し融通してくれたまえ、補充してくるからさ」
「……ハァ、都会の方には出向かないでよ? あんた前に調子乗って村一つ分のモルモット捕まえてきたでしょ?」
「分かっているとも、吾輩に任せたまえ」




