第十一話 『蟲毒の姫』
前回のあらすじ
クロスボウ魔改造と盗品店店主との再会
伝承の方読んでたら少しくらいは楽しめるかも
周辺を探したがラナの姿は無く、呼びかけにも答えない。聞こえるのは風の音と近づいてくる魔族らしいものの声だけだ。……まずい、呼び寄せてしまったらしい。単独での捜索は危険だ。街に戻ってアリスも連れてこよう。
街に戻ると広場が何か騒がしい。喧嘩か殺人でも起きたのかと思ったが、何やらガァン!だとかガギィン!といったような金属音が聞こえてくる。喧嘩にしては使う武器が物騒だな、と思いつつ見てみると、人知を超えた争いをしている二人が見えた。片方は黒髪の短髪でオッドアイの青年で、もう片方はフードを被ってブラウンのコートを着ている刀と銃を持った男だ。アランと……ジャック?何であいつこんな所に?
「逃がすかアラン! その腐った根性を体ごと三枚におろしてやる!」
「勘弁してくれ、あとそれ普通死ぬよ!?」
何があったかは知らないが、邪魔だし知り合いとは思われたくないさっさとギルドに───
「あっエミール! ちょっと助けてくれ!」
アランに声をかけられた。余計なことを。
「エミールだと?」
「隙ありギャフッ!」
隙を見て襲い掛かったアランがカウンターで蹴られた。ちょっとスッキリした。それはともかく野次馬の視線がさっきから痛い。
「よ、ようジャック。とりあえず今は緊急事態だから後でな」
「そうか、せっかくだから同行しよう」
そう言ってアランを引きずったままついてきた。ついてこなくていいしそういうことは街行く人の目を引くからやめて欲しい。
「いでででで! 耳を引っ張り上げないでくれ! 千切れるから! ぐあぁぁ! 捻じらないでくれ!」
「なら唇を掴んでいった方が良いか? そうすればその減らず口も治るだろ」
「せめて襟首にしてくれ! ああぁぁぁぁぁ!」
……だんだん頭痛がしてきた。
その状態のままギルドに帰ってきたら、ラウムとアリスがいた。二人とも驚いてこっちを見ていたが、男の耳を引っ張りながら入ってくる奴まで連れてきたのだからそりゃそうなるだろう。
「アラン!? それにジャックまで……」
「ずいぶんやかましい二人が来たな。そこの赤い奴だけで足りてるのに」
「よう、ラウム。元気そうだな」
「お前ら知り合いか?」
そう聞くとラウムの方は苦々しい表情をした。どうやら藪蛇だったらしい。
「……昔、そいつに殺されたんだよ」
「殺されたって、お前もしかして」
「そう、ラウムは転生者なんだよ。それはそうと、いい加減放してくれないかな?」
「また変なご縁があるもんだな」
ジャックがそう感嘆しているが、無視しないでくれというアランの悲痛な叫びを無視している。
「取り敢えずうるさいからそいつ放してやれ。それより問題発生だアリス。ラナが居なくなった」
「えっ!? ちょっと、ちゃんと見てたの!?」
「子供みたいな言い方してやるな。自衛はともかく、逃げるくらいは出来るだろ」
「だいたい、散々命令違反した君が言えた口じゃないだろう」
ようやく放されたアランが耳を押さえながら話に入ってきた。確かにその通りだが、仕事をサボっているこいつが言っているのも甚だおかしい話だ。
「忙しないなお前ら(……ラナって誰だ?)」
「とにかく、早急に探しに行くぞ」
「待て、あの近くには魔族はいない。『沼の暴君』が全部食っちまったからな」
「魔族が居ない?じゃあなんだ、盗賊か?」
「そんなとこ盗賊も通らない。さらったのは間違いなく『蟲毒の姫』だ」
『蟲毒の姫』?また新しい怪物か何かだろうか。
「『蟲毒の姫』っていうのは魔王軍の幹部だね」
「魔王軍の幹部? どういうやつだ?」
「植物の力を駆使して攻撃を仕掛けてくるアルラウネで、まあ搦め手使いだよ。沼の近くにある森に引きこもってて、そこに入ったら二度と帰ってこないって有名だよ」
搦め手使いか。となると面倒くさそうだが、こちらも姑息な手段は使い慣れてる。だが、引きこもっているような奴が人をさらっていった理由が分からん。
「君、彼女に随分恨まれてるみたいだねぇ」
「恨まれてる? 何でまた?」
「君、少し前にオークを殺しまくっただろ? そのせいで街は予想していた被害も下回って、魔王軍の作戦行動が丸潰れになったからね」
「じゃあ文字通り潰してやるか。ったく、下らない喧嘩吹っ掛けやがって……ほら、行くぞアリス」
「分かった!」
あの一件のせいだったのか。だがそんな恨みは知ったことじゃない。約束した以上、ラナには守ってもらわないと困る。無事であるうちに救出したいところだ。
「話が半分以上分からなかったんだが」
「まあ、知らなくていいんじゃない? こっちで暮らすわけでもないし」
「……説明が面倒くさいからだな? このサボり魔め」
「ラウム、余計なことを言うんじゃないよ」
バァン!
「見つけたよ、アラン!」
「ボロいんだからもっと優しく開けろ」
「あっゴメン」
「おい、逃げようとしてんじゃねえよ。いい加減俺を元の世界に帰せ」
「いででででで! 分かった分かったよ! だから髪の毛を引っ張るんじゃない!」
街の外へ出ようとしたら、スチュアートが帰ってきていた。血まみれのコートを着て、同様の戦斧を担いでいる様子がスプラッター映画の殺人鬼に見えて仕方がない。実際周りの住人も怯えた顔をしている。
「よう、全部終わったぜ。そっちは?」
「あれ全部終わったんだ……」
「ちょっと緊急事態が起きてな、今から森に行くことになった」
そう言うとこちらの様子を見て、若干顔を顰めた。少し殺気を放ったように見えたが何故だ?
「……金髪の嬢ちゃんが居ねえな、どうしたんだ?」
「魔王軍の幹部にさらわれたかもしれん、今から森に行って探す」
殺気を隠す気すら無いような放ち方をしている。ラナに何かあるらしい。おおかた正体がどこぞの偉いさんの令嬢か何かってことだろう。
「そうか、なら騎士たちを森に連れて行く。お前らはもう帰れ」
「ちょっと横暴過ぎない?」
「横暴でも無いだろ、むしろ相手が相手なだけに当然だな」
アリスがこちらに不満そうな顔を投げかけてきた。まあ当然だろう。
「だからって大人しく聞くつもりは無い。文句はこれから死ぬ幹部さんにでも言ってくれ」
そう言って横を通り過ぎようとしたら、肩を掴まれた。
「分かってんのか? あの嬢ちゃんはお前を釣り出す餌だ」
「そんなことは言われなくても……」
「お前が殺されれば嬢ちゃんも殺されるかもしれねえ、ここは本職に任せろ」
確かにそうなるだろうが、そんなことを言うためにわざわざ邪魔したのか。
「大丈夫、俺も本職だ」
「本職? 冒険者と騎士を一緒に……」
「……殺しの本職だよ」
そう言うと、スチュアートは反射的に手を離した。
「行くぞアリス」
「え、ええ!」
「……通信魔法展開」
『こちらエレジア、どうぞ』
「俺だ、東門に騎士を集められるだけ集めろ」
『承りました、では』
森の近くまでくると誰かが道端に立っていた。盾と手斧で武装しているが、顔は見知ったものだった。
「ダグ? 何でこんな所に?」
「ロジーナの為に素材取りに来た。『暴君』も倒されたことだしな」
がめついとべきか商魂たくましいと言うべきか迷う。武装しているとはいえ素人が安易に街の外へ出ていいものなのかと思ったが、武装してないベンスがカルクスから来ているから大丈夫なのか。
「ねえ、この人誰?」
そう言えばアリスは初対面だった。
「武具店の店主やってるダグってもんだ、よろしくな」
「あ、よろしくお願いします。ところでロジーナって?」
「こいつの嫁さんで、鍛冶屋やってるやつだ」
ドワーフで見た目だけなら幼い少女に見えることは伏せておこう。
「あんたは何してんだ? また違う女連れて」
「そういう関係じゃない。ちょっと知り合いがさらわれてな、引き取りに行こうと思ってんだ」
当然ながら驚いた顔をされた。
「さらわれたって、誘拐じゃねえか!? 騎士団に話した方がいいぞ!」
「もう動いてる。だが騎士団じゃあじわじわ削られて終わりだ」
実際、『蟲毒の姫』は話の限りだと直接戦いそうにはないだろうが、植物を使って色々手を使ってくるだろう。だいたい俺に喧嘩を売っているのだから、それを騎士団が買うのは違うだろう。
「でもそんな森に私たちが行っても……」
「大丈夫だ、奴は必ず姿を現す。ちょっとした作戦があるんでな」
ただ、その作戦は釣り出すだけで倒すものではない。だから被弾しないように肉壁は多い方がいい。目の前にいる男は盾と斧を持っている。つまりは壁役にちょうどいいってことだ。
「ダグ、ついでだし手伝え」
「は? 手伝え? 何言ってんだお前? 大体誰にさらわれたんだよ?」
「『蟲毒の姫』だ。ほらモタモタすんな、さっさと行くぞ」
「こど……!? おい、なんて奴に挑ませようとしてんだ!?」
ごちゃごちゃ何か言っていたが、面倒なので引きずっていくことにした。
森の中に入っていくと、夜だから暗いというのもあるが、鬱屈とした雰囲気が漂っていた。呼吸をするだけでも息苦しく感じる。人の手が入ってないこともあってか、植物は生え放題、そこら中にツタが垂れている。沼も相当に雰囲気が悪かったが、ここも大概だな。
「なんでこんな所に来なきゃならねえんだよ……」
ダグは相変わらずうだうだ言っている。気持ちは察するがこちらも手駒が欲しい。
「エミールって、時々無茶苦茶なことするよね……」
「やかましい、お前も人のことは言えんだろうが」
「で、どうやって探す気だ?闇雲に歩いても迷うだけだろ」
「そんなもん、こうするに決まってんだろ」
そう言いつつ、近くの木に油を撒いて火を付けた。
「何してんだお前!?」
「気でも触れたの!?」
酷い言われようだな。しばらく待つと、どこからか水が撒かれた。
「何てことを……ただで死ねると思うな!」
怒り心頭の少女が出てきた。緑色の髪が若干浮き上がっている。その周りには茨や花が蠢いていて、よく見ると蔓にラナが縛られている。これで探す手間が省けた。
「出やがったな『蟲毒の姫』。結論から言うとくたばれ」
「労働ってのは対価が無いとやってらんないねぇ」
「対価があってもサボるでしょ、いいから手を動かす!」
「生真面目だねぇ、自分だって何も貰ってないのに」
「そういう仕事だからね」
「まあ君の妹も随分真面目な……」
「それ以上言うと炭にするよ?」
「おっと、悪かった。それはそうと手が疲れてきたんだけど……」
「捥げるまで書いて」
「上司の扱い酷くない? ……あ、日課のアレやってもいい?」
「……まあそれも仕事だし、いいよ。結果出たこと無いけど」
「一言余計だね。《履歴閲覧》」
「……おい、ミズキ」
「どうしたの? あと口調変わってるよ」
「あいつら、この世界に流れ着いてる」
「……!?」
「どっかで野垂れ死んでくれれば良かったのに、よりにもよって……」
「あとは居場所を掴むだけだね」
「さてと、現地人に被害が出る前に対処したいけど……難しいな」




