第九話 異世界労働譚
前回までのあらすじ
酔っ払いから逃げて蜘蛛退治した
異世界には労基も閉店法もない
どういうわけかエミールが寝てしまった。すごく疲れていたように見えたけど、何も言わずに寝てしまったから、起きたら聞いてみよう。でもそのおかげで部屋を追い出されてしまったけど、ラナとデート出来るならいいか。なんか昔買った気がするおさがりのメイド服を上機嫌で着ている。かわいい。スカートが長いものだから本職のものだろうけど、コスプレ衣装以外は買ってないはず。どこから出てきたんだろう?まあいいや、今はこの時間を楽しもう。
「ラナ、何か食べたいものはある?」
「う~ん、色々食べたいですね。まずはステーキでも食べましょう」
質問をミスったかもしれない。そう言えばこの子結構な大食いだった。
「……お金、足りるかな?」
まあ足りなくなったらエミールから貰おう。
ステーキは美味しかったけど、目の前に積まれたタワーを見て少し吐き気がした。それ以上に驚きなのは、こっちが食べ終わるころにはもう半分くらい無くなっていたこと、そこから三分ほど待っていたら完食したことだった。完食したことも驚きだけど、あれだけ早く食べ終わることが一番の驚きだった。若干引いたけど、食べてる時の顔が可愛かったから良しとしよう。
「美味しかったですね! 次はどこに行きます?」
「ラナ、私はもう食べられないしどこかで一休みしない?」
「そうですか、ではあっちのお店に行きましょう!」
ラナが指を差した先には、お洒落な店が見えた。どうやら喫茶店のような店らしい。
「いいねぇ、行こう行こう!」
店内に入ると、木造の店内にラグが敷かれている。テーブル席とカウンターが多くあり、店内の雰囲気もいい。これでお洒落な音楽があれば完璧だったのだが、流れるはずもない。適当なテーブル席につきメニューを見ると、お茶らしきものや菓子らしきものがあるようだ。もっとも、実際に頼まなければ何が出るのか分からない。とりあえず資料を見てどういうものか確認しよう。
「ええっと、確か資料に……」
「86ページだよ」
「あ、ありがとう……ってアラン!?」
いつも通り一瞬で現れた。でも何故か重傷を負っている。
「あの、どなたですか? ……それにいつの間に?」
「私はアラン、アリスの知り合いだよ」
「……酷い怪我ですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫、腕の一本や二本取れたって数日もすればすぐに治るよ」
相変わらず化け物じみた再生力をしている。
「……何考えてるのか大体分かるから言うけど、君にだけは言われたくないね」
「それもそうかもね。で、何でそうなったの?」
「久しぶりにジャックとやりあったんだよ」
なんでそんな何にもならない戦いをしてるんだろう。こっちは勤務中なのに。
「ジャック……? どなたですか?」
「なに、私のライバルだよ。昔負けたのが悔しくてねぇ」
「で、また負けたと」
「ああ、ボロッカスにね。いくら何でも化け物が過ぎると思うけどねぇ」
それは見れば分かる。でも何で現れたんだろう、そんな用事があるとは思えないけど。
「……監視は今はする必要が無いと思ってるけど?」
「それは分かってる、ちょっとご一緒させてもらおうと思ってね」
「つまりサボりってことじゃない」
「まあまあ、いいんじゃないですか?」
ちょっとお人好し過ぎる気もするけど、特に用事もなさそうなので本当にサボりだろう。
「まあ、いいや。えっと、確か86ページだったはず…」
「ここの特製ケーキとハーブティのセットはおすすめだよ」
「……じゃあそれでいいや。ラナは?」
「あ、私も同じもので」
「すいませーん! ケーキセット3つください!」
あんまり期待はしてなかったけど、思った以上に美味しかった。ハーブティを飲みつつ、ゆっくり休憩していると、アランが話し始めた。
「実は昨日エミールに会ってね、少し挨拶してきたんだ」
「エミールさんに、ですか?」
「……聞いてないけど?」
「今言ったからね。まあ自己紹介をしただけだから」
そもそも神が人前に出ることが問題なんだけど、それを分かっているのだろうか。
「でも、エミールさんからそんな話聞いてませんよ?」
「そりゃあそうだろう? 君たちが酔って絡んだ後、彼は脱走したんだから。怖いねぇお酒って」
「うーん……なんか微妙に覚えてる気が……」
記憶が曖昧だけど、確かラナがエミールに掴みかかっていたような気がする。
「いやぁ、流石に同情したね。だから今、監視してなくても許してるんだよ?」
「監視……エミールさんって何者なんですか?」
「むしろ彼から直接聞けばいいんじゃないか? 無駄だろうし今はやめた方が良いけどね」
「……分かりました」
エミールに説明を丸投げするようで少し罪悪感を感じるけど、勝手に素性を言うわけにはいかない。本人の口から言ってもらうしかない。
「さて、私はそろそろ……」
「またサボり? いい度胸だね? 勝手に怪我まで負って」
聞き覚えのある声がした。見るとそこには、黒いポニーテールの女が立っていた。片手には背丈よりも大きな鎌を持っている。
「げっ、ミズキ!」
「……見つかってしまったか」
「あの、こちらは?」
ミズキはラナに気づき、自己紹介を始めた。
「ああ、僕はミズキ。アリスの同僚だよ」
ミズキはここの異世界を担当する死神だ。生真面目な性格で、アランをよく追い回している。性格は黒いスーツと黒いパンプスのピシッとした姿から想像できるが、個人的には堅苦しすぎて苦手だ。
「アリス、また他人にこんな服着せて! 同僚だけじゃ飽き足らないの!?」
「い、いえ、私も気に入ってますので」
「でもこれ買った覚え無いんだよねぇ……」
「ああ、それは私が持ってきたものだよ」
いつの間に混入させていたんだろう。というかなんで持っていたのかが一番気になる。
「帰るよアラン! 溜まってる仕事が大量にあるんだからね!」
「おいおい、痛いから怪我した部分を引っ張らないでくれ。あ、お代はここに置いてくよ」
「あ、はい……」
「それじゃあまた会おう!」
アランは引きずられながら帰って行った。どうせしばらくしたら脱走するだろうけど。
「……まだ帰るには早いかな?」
「エミールさんはもう少し寝かせてあげましょう。折角ですし、ギルドに行って依頼でも受けませんか?」
「そうしましょう」
起きたら日が暮れていたが、アリス達は戻っていなかった。行くところなんて飯屋と商店、ギルドくらいしかないが、いったいどこに行ったのだろうか。まあいい、風呂に入って飯を食おう。……まさかどこかで酔いつぶれているわけではないよな?どこかで迷惑をかけていたら、その時は禁酒命令を出さなければいけなくなる。その時はその時でどうにかしよう。とりあえずまずは風呂と飯だ。
「ほら、譲歩したんだからしっかり仕事してよ」
「ちょっと量が多過ぎないか? これじゃあ過労で異世界転生してしまうじゃないか」
「自業自得なんだから馬鹿なこと言ってないで働く!」
「……ああ、今日は厄日だね」
風呂と飯を済ませて201号の前を通り過ぎると、何かが聞こえてきた。片方は分からないが、もう片方はアランの声だ。サボりがばれて働いてるようだが、しぶとくごねている。呆れたやつだ。アリス達は食堂にはいなかった。風呂ならうるさいくらい声が聞こえるはずなので、後探していないのは部屋くらいだろう。そろそろ帰っていないと本当に迎えに行かなければならないのだが、結果は誰も居なかった。仕方ない、探しに行こう。服を着て玄関に出ようとしたら、誰かにぶつかった。
「あだっ! ……ああ、エミールか」
「アラン? 何してるんだ?」
「見れば分かるだろう、脱走するんだよ。移動を封じられてしまったからね」
救いようのないサボり魔だ。こんな奴が時空を管理していることに一抹の不安を覚える。
「じゃあ私はこれで……」
「後ろは知り合いか?」
「えっ」
アランの後ろには、鬼の形相をした女が立っている。
「逃げようとした?」
「いやまさかそんな……」
「正直に答えて」
「……はい」
アランがそう答えると、女が襟首を掴んで引きずって行った。
「あ、エミール。彼女らはギルドの方にいるよ」
「どうも、せいぜい死ぬなよ」
「そう思うんなら助けて欲しいね」
ギルドに赴いてみると、そこそこ盛況していた。死体でも見つかったのかと思い、近づいてみた。
「あ、エミール! ちょっとこっち来て!」
顔を出すとアリスが呼び掛けてきた。群衆の視線が集まるからやめて欲しい。
「おう、エミールか」
「ラウム、何があったんだ? 人でも死んだか?」
「そんな訳あるか。ってかここは俺しかいないんだから不吉なことは言うな」
誰かが死んだわけではないなら、何故こんな廃墟に人が集まっているのだろう。
「さっきから依頼がひっきりなしでな、動ける冒険者はとりあえず動いてほしいんだ」
「冗談言うな、こんなボロっちいところに誰が依頼するんだよ」
「依頼が舞い込んでいるのは本当だ。何故かは知らん。ほら、さっさと捌いてこい」
そう言われ、書類の束を渡された。依頼書のようだが、パっと見た感じ偽造の跡も無い。本物だとすれば余計に依頼主の正気を疑うが、どうせ暇なので受諾することにした。
「よう! 元気かあんた!」
最初の依頼主は武具店の店主だった。またこいつか。
「依頼が大量に来てる。なんでか知らないか?」
「そうだな……鍛冶屋と店先で兄ちゃんの話をしたくらいだな」
「俺の話?」
「坑道が崩落したこととか、『ビッグマザー』を倒したこととかだな。凄腕が来たって宣伝しておいたぜ」
「……一応聞くが、あの蜘蛛ってそんなに有名なのか?」
「何言ってんだ? あれは以前王国軍を返り討ちにした洒落にならない奴だぞ?」
それを往来の多い店先で話したのか。そりゃあ依頼が舞い込むわけだ。
「まあ、坑道のことを話したら鍛冶屋は卒倒しちまったけどな」
「だろうな。しかしとんでもないことをしてくれたな、お陰でこっちは三人で大量の依頼を捌く羽目になった」
「良いことじゃねぇか、何が不満なんだ?」
「人手が足りないのに依頼が来ることが問題なんだよ」
実際、依頼書がこの束だけでも20枚はある。対してこちらはギルドマスター含め4人。人員を確保しなければ全員過労死まっしぐらだ。
「確かに、そりゃあ問題だな。でも冒険者になる奴なんて居ないと思うぞ?」
「実際、悪評が立ちすぎてイメージが悪いからな」
「まあ俺は兄ちゃんのこと信頼してるぜ?」
「嬉しくない。それで、依頼は?」
「おおっと、そうだったな」
簡単な依頼を10件ほど済ませてきたが、11枚目から討伐系統の依頼ばかりで気が滅入ってくる。疲れもあるし一旦ギルドに戻ろう。帰ってくると人だかりは無くなっていたが、テーブルでだれている二人の姿と、死んだ魚みたいな目で事務仕事をしているラウムの姿があった。これがいわゆる『ブラック労働』とかいうやつだろうか。いや、これはただの人手不足だな。
「10件終わったぞ、そっちは?」
「……5件」
「3件です……キュー……」
何をしてきたのかは知らないが、今はそっとしておこう。
「ラウム、討伐依頼以外は終わった」
「……ああ、ご苦労さん」
声に覇気が無く、無感情に答えてきた。人が足りないせいで、ギルドの仕事を全部兼任しているラウムに全部の手続きが行くようだ。あいつらは死にかけているので一人で行くことになる……いや、流石に10件近い討伐依頼を一人でこなすなど普通じゃない。というか何故揃いも揃って期日が明日までなんだ。これでは間に合わない。
「誰か探してくるか……」
「そんな物好き居るわけないだろ」
ラウムからツッコミが入った。それを言っては元も子もないだろう。だいたいお前が言ったらお終いだ。
誰か居ないか、なんて考えながら歩くが、討伐依頼をこなせる人間なんてそこらに居るわけがない。居たら依頼なんか出すわけがないから当たり前だが、それではこっちが困る。どうしたものかと思っていたら、正面から見覚えのある男が来た。
「よう、確かエミールだったか?」
「あんたは……スチュアートだったな。この際あんたでいいや」
「は? 何の話だ?」
「ちょっとこっちに来い、手伝ってほしいことがある」
「……手伝い?」
スチュアートをギルドまで連れて行き、状況を説明すると、眉間にしわを寄せ始めた。
「……要するに、俺に冒険者の手伝いをしろと言いたいのか?」
「そういうことだ、戦えそうな奴で助かった」
「エミールさん、流石に非常識過ぎますよ……」
ラナに注意されてしまった。地位のある貴族に冒険者の手伝いをさせるなどまあ普通ではないだろうな。
「分かってる、でも他に手段も無いしな」
「いいぜ、手伝ってやる」
「え!?」
「いいのか?」
「暇だし飲み代欲しいからな。で、何をやるんだ?」
依頼書を並べて説明すると、また眉間にしわを寄せた。
「……たった三人でこなす量じゃないだろこれ」
「分かってる、ギルドの職員が足りないこともな」
「残念なことに人件費に割ける金がない。改善を求めるなら助成金くれ」
受付カウンターからラウムが話しかけてきた。一応この男は貴族のはずだが、貴族相手に放つ第一声が金の催促でいいのだろうか。
「……あいつを受付から外さないと改善できないな」
「同感だね」
「でも結構な量ですよ? 二人で足りるのでしょうか……」
すると、スチュアートが8枚の依頼書を取って行った。
「俺が8件受けるからお前らは残りの2件を頼む」
「ありがたい、じゃあ頼む。ラナ、余裕があるなら手伝え」
「あぅっ……分かりました」
「スヤァ……」
アリスはぐっすりと寝ている。若干腹が立つが、とりあえず仕事を済ませてこよう。
一枚目はゴブリン退治の依頼であり、すぐ終わったので二枚目の依頼書にあった沼に来てみたが、陰鬱としていて雰囲気は最悪だ。そんな雰囲気に似合う暗い色の木がそこら中に生えており、水は濁っていて水質があまりよくないように見える。
「さっきはまだ歩ける街道だったはずなんだがなぁ……場所しか見てなかったけど何を殺せばいいんだ?」
「えっと、怪物3169号『暴君』ですね。ワニの怪物って書いてます」
「蜘蛛の次はワニか、報酬もそれなりにいいからありがたい。強いのが面倒だけどな」
「蜘蛛? 蜘蛛と戦ったんですか?」
そうか、こいつら寝ていたから知らないのか。思い出すと殺意が湧いてくるが、ここは抑えよう。
「ああ、お前らが飲んだくれてる間にちょっとな」
危うく死ぬところだったが。
「あうぅ……みません……」
「……まあいい。しかし居ないなワニ公、一体どこに……っ!危ない!」
沼の中から何かが飛びかかってきたので、ラナを引っ張り込んで避けた。避けたついでにクロスボウを撃ったが、外皮に弾かれてしまった。
「きゃあっ!」
「おっと、想定内だけど結構デカいな」
確かに形はワニなのだが、その体高だけで3mほどある。体中がこぶだらけなのはまだいいが、目が八つあるのが非常に気味が悪い。口の中が少しだけ見えたが、歯が三段あった。あれに嚙まれれば一瞬でミンチにされるだろう。
「どう見ても蜘蛛より凶悪じゃねぇか。これを放置するとか国は何をやってるんだか」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでふよ!どうするんですか!?」
「噛んでんじゃない。とりあえず逃げ回る。ちょっと失礼」
お姫様抱っこでラナを抱え、全力でダッシュした。
「ええっ!? ちょっとエミールさん!?」
「お前を引っ張って走るよりこっちのが速い。死にたくないならしっかり掴まってろ」
どうにも手段が無い。矢が弾かれたとなると、剣も毒も意味がない。口の中に撃ち込むにしても、それがうまくいく保証もない。というよりも恐らく毒が足りない。何か無いものか。今のところ思い浮かんだ案は、とっとと逃げて依頼主をぶん殴ることだけだが、それは何にもならない。しかし倒せるだけの火力も無いからここは一旦街に帰ろう。
「一旦帰るぞ、あれを倒す方法を探す」
「……あの、揺れるせいでさっきから吐き気が」
「うおぉぉい!? 待て、ここで吐くな!」
「も、もう限界です……」
全速力で沼から離れたが……帰ったら洗濯しよう。
「やってくれたなこの野郎」
「うぅ、すみません……」
申し訳なさか吐き気からかは知らんが、うなだれながら謝罪してきた。適当に汚れを落としてから帰ろう。
「で、人を異世界に引きずり込んで何の用だ? それにどうして異世界に温泉があるんだよ?」
「ただ話し相手がが欲しかっただけだよ? 温泉は地熱が何たらって感じだけど、そんな詳しいこと私が知るわけないだろう」
「誘拐しておいてよく言えたな? ……仕留めておくべきだった」
「おっと、最後の一言は聞かなかったことにしよう」
「アラン? ちゃんと仕事してる? ……ってジャック!?」
「お邪魔してるよ、ミズキ」
「……目を離した隙に誘拐までしでかすなんて」
「まったくだ、あと俺は手伝わないぞ」
「そんな殺生なぁ」
「やかましい、文句言ってないで手を動かせ。でなきゃその書類の山は減らないぞ」
「ああ、呼ぶんじゃなかった」
「人さらいをまるで普通に誘ったみたいに言うんじゃない」
「……頭痛くなってきたから寝るね」
「ああ、おやすみ」
「じゃあ風呂に入ってくる、お仕事頑張れよ」
「行ってらっしゃい……通信魔法展開っと」
「何? 疲れてるから呼び出さないで欲しいんだけど?」
「上司に吐くセリフじゃ無いよね、それ」
「……」
「今忙しいけど、後でお説教……あっ、切られた! まったく、何て部下だ」
「上司がこんなんじゃ部下もそうなるだろうね」
「ミズキ、起きてたのか?」
「そりゃあすぐそこで寝てるんだから起きるでしょ」
「そうか、しかし二人そろって上司をこき下ろすなんて酷すぎないか?」
「すぐサボるのも尊敬されてないのも事実でしょ? 自業自得だよ」
「手厳しいねぇ……そうだ、エミールに関してどう思う?君も一応見ているはずだけど?」
「……まだ、結論は出せないかな」
「そうかい、なら結論が出たら話してくれ」
「結論次第では……」
「始末するって? まあ、許可しよう。勝てればの話だけど」




