16.一番の料理人
つい話し込んでしまい作業の手を止めていたシキとエリーゼは、思い出したかのようにサッとローブや魔女の衣類を湖で洗い、汚れや魔物の臭いの浄化を済ませる。
急いで白い屋根の家へ戻ると、扉を開けた途端に想像を絶する光景を目の当たりにするのであった。
「なっ、なんだこれは……」
ネオンの姿が見えない。さらに魔物の死体は無残にも切り分けられ、卓上へと積み上げられていた。
「あら、遅かったじゃない。もしかして、逃亡の算段でも立てていたのかしら」
自信満々に、オームギは机の横で大鎌を片手に仁王立ちしていた。シキ達は卓上に積み上げられたものをまじまじと見つめ絶句ずる。
「これ、は…………」
「さぁて何かしら。こんなもの、外の世界では見た事無いんじゃない?」
「……サンドイッチ、ですか。まさか食材全てを同じ料理へ調理してしまうとは」
魔物の肉は瑞々しい野菜と共にふんわりとした三角のパンへ挟まれ、まるで建築物でも立てたかのように綺麗に卓上へと積み上がっていた。
意外にも料理名を当てられたオームギは、自信満々に腰へ当てていた片手を滑らせ、うっかりこけそうになっていた。
「な、何で知っているの!? これは私が考案した、この世に二つとない料理なのに……!」
「いやいや、サンドイッチなどこの世界のどこでも手に入る、有名な食べ物ではないか」
山のように積み上げられたサンドイッチの陰から、角のかじられた食べかけを両手にを抱えたネオンがひょっこりと姿を現す。
「…………」
「またお前は、遠慮もせずに一体いくつのサンドイッチをその胃の中へ収めた」
「…………」
「というより、本当に美味しいのですか。それ……」
少し前まで独特の強い臭いを放つ魔物だったそれは、いったいどこへ消えたのか全て綺麗に調理され、変わり果てた姿で食卓へと並べられていた。
両手では数えられないどころか抱える事すら難しい山を見て、これを食べるべきなのかそもそも食べられるのか困惑するシキとエリーゼ。
そんな彼らを見て、オームギは声を張り上げ割って入って来た。
「じゃなくって! なんでこの料理を知っているのか聞いているの!!」
「むしろ知らない奴がいるのか? これはサンドイッチと言ってだな。砂漠の魔女が考案したという、それはもう美味な料理の一つで……」
シキは得意気に説明をする。サンドイッチの存在を知ってからはそれほど経っていないはずだったが、飽きるほど頻繁に口にした結果、彼にとってはもうこの世界の常識レベルで身に染みついていたのだ。
だが、ふと説明をするシキの口が止まる。口にしていた言葉が、現状と寸分狂わず一致している事に気づく。
「砂漠の、魔女……。砂漠の、魔女だと!?」
シキはオームギとサンドイッチを交互に見つめ、全てを理解した。賢人と呼ばれた種族唯一の生き残りにして、オアシスの主である白い衣服に身を包んだ魔女。そしてその実は……。
「まさか、考案した砂漠の魔女というのは……」
「私よ私! このオームギさんが考えた百はある料理の内の代表作!! どうしてそれが外の世界に知れ渡っている訳……!?」
「サンドイッチとは砂漠の魔女が考案した料理の一つであり、その味はエーテル術の基礎を構築したされる、あのクリプトも愛した料理として世界的に有名ですよ」
「あいつのせいかーーー!! 全くもう! 存在を隠そうとしているのに世界的に有名になっちゃったら意味が無いじゃない!! い、いや、諦めるには早いわオームギ。有名なのは砂漠の魔女であってエルフの存在ではないのよ。だからまだ、私の目的達成には何も影響はない、はず……!!」
卓上へ積まれたサンドイッチの山の横で、オームギは情緒不安定に落ち込み塞ぎ込んだり喜びで立ち上がったりを繰り返していた。
少しずつ崩れていく山からひょこりとネオンの顔が見えると、シキは不思議なものを見るような目で彼女を見つめる。
「…………一晩で食べ尽くす気か?」
「…………?」
「飽きないのか?」
「…………!」
一言二言会話を交わすと、再びネオンは死肉の山を食い荒らす作業に戻る。半信半疑になりながらも、ネオンの容赦のない喰いっぷりを見て、シキも思わず一つ手に取った。
「獣臭さは……消えているな」
「ほ、本当に食べるのですか……?」
嫌というほど衣服に染み付いていた悪臭を思い出し、口に運ぶ手がはばかられる。しかし、準備不足のため砂漠横断を諦め戻ろうとしていた彼ら旅人には、今目の前にある不思議な食材を使ったサンドイッチしか食料は無いのであった。
そんな食べ物を一つ二つと口に運ぶネオンに、その横には未だ悶えている白い魔女。そんな二人とサンドイッチを交互に見つめ、シキは意を決し未知の味を口へ運んだ。
「これは……ッ!?」
長時間の移動と緊張から来ていた疲れと眠気が、サンドイッチを噛み締めた瞬間に吹き飛ぶ。魔物の肉は独特の臭みを残しながらも、燻製肉のような味わい深さを引き立たせシキの舌を虜にしていた。
「シキ……さん……?」
エリーゼの不安がる声も届かず、シキは無心に二つ目を手に取り、勢い良く噛み締める。
ただ独特な臭いの肉が美味いのではない。癖の強い肉の旨味を際立たせるため織り込まれた香辛料が、肉の旨味を脳にまで伝え食欲を刺激する。
そして肉と香辛料のこってりとした重厚感を包むのが、このオアシスで育てられていた野菜の数々だ。瑞々しい野菜は収穫される直前の鮮度を保ったまま、シャキシャキと小気味良い音を立てながら食感でサポートする。
癖のある味付けと食べやすさを融合させた極上の一品は、肉の在りし日の姿を忘れさせるほどに美味の一言であった。
未だ不安な様子でシキを見つめるエリーゼに、シキは一線を越えた表情で注意を施す。
「エリーゼ。お前は食べない方がいい」
「えぇ……っ!? な、なにを急に……」
「一つ食べれば、もう止まらなくなるぞ。だからお前は食べない方が身のためだ。いや、この山は全て私が頂く……ッ!!」
「あっ、ちょっとシキさんそれ独占したいだけではありませんかー!?」
食欲に脳を支配された仲間達を見て、ついにエリーゼも遠慮がちだったその手を極上の山へ伸ばす。
本当にこれは食べて良い物なのかは分からない。エルフだから食べるような辺鄙な食材かもしれないし、それを食べるネオンやシキの感覚も普通の人のそれとは違っているのかもしれない。しかし。
「これは勉強のためだから仕方ありません。そうこれは、何でもホットサンドメーカーのレシピのためなのです!!」
始まり魔術師クリプトが作り出した万能調理器具。それすらもダシに使い、エリーゼは己の欲求に屈服していた。
サンドイッチを調理した料理人が悶えている間に、旅人達は山のようにそびえ立っていたはずの魔物肉のサンドイッチを全て平らげたのであった。




