39.私も一緒に
次なる旅へ向かおうとするシキとネオン。
そんな二人が目指すのは、紫の兄弟が待つとされるとある国であった。
そこにはきっと、消えた兄に関する何かがあるはず。
そう思った時、エリーゼはもうシキに声をかけていた。
彼女の呼びかけに対し、振り返って返事を伺うシキ。
ここで彼に思いを伝えれば。
しかし、言葉が喉元を超えようとした時、ふと隣で作業をする祖母の姿が目に入った。
「いえ……何でもありません」
「……? そうか」
何でもない事などこれっぽっちもない。
兄へと繋がる何かが。十年間探し続けた何かが、そこにあるというのだ。
しかし――――。
二人だけになった家族。そこからまた一人抜ければ、祖母は一人になってしまう。独りぼっちにさせてしまう。
そんな気持ちが、彼女の、兄を思う気持ちと祖母を思う気持ちの二つが、エリーゼの心を真っ二つに引き裂いてしまいそうだった。
手を伸ばしたいのに、伸ばしてはならない。
私はいったいどうしたらいいのだろう。
彼女は、優しさでがんじがらめにされてしまっていたのだ。
そんな彼女の元へ、ある人物が現れた。
「よぉシキ。アタイらの兄弟のクセして勝手に旅に出ようとしてるってのは本当かい?」
盗賊団『ノース・ウィンド』が頭首。アネッサだ。
「アネッサ……!? 怪我はもういいのか?」
「アンタにゃ聞かれたくないよ。それで、団長無視して勝手な事しようとしてるってのは本当かって聞いてんのさ」
えらく真剣なアネッサに、シキは息を飲んだ。
その真意は彼女なりの礼や手助けなど、色々と考えてのものなのだろう。だとしても、シキはこれ以上盗賊団でいる事は出来なかった。
「アネッサ、済まない。私とネオンは盗賊団『ノース・ウィンド』を脱退する。兄弟と言ってくれた事、本当に嬉しかったぞ」
盗賊団の存在意義とシキの旅の目的は、違う方向を向いていたのだ。それ以外に退団する理由など無かったのだから。
シキの決意を聞いたアネッサは、最後に一つだけ聞いておきたかった事を問いかける。
「シキ、もう一つだけ聞きたい。あの最終局面でアタイと腕輪が連れ去られそうになった時、どうしてアタイを助けた? アンタの旅の目的を聞いた限りじゃ、腕輪を優先するってもんだろうが」
紛れもなく、アネッサはシキに助けられた。ミルカやチャタローの手伝いをしたとか、紫の兄弟に勝ったとか、そんな事ではない。命がけで探し回っているお宝とただの知り合いを天秤にかけ、そしてシキはアネッサを選んだのだ。
アネッサからの問いに、シキは立ち止まり少しの間考える。結果、答えなど一つしかなかった。
「そんなもの決まっている。私がそうしたいと思ったからだ」
「……!! ふっ、そうかい」
そうしたいという気持ちだけでこの決断が出来るか。アネッサは自問をしてすぐに止める。
そんなもの出来る訳がない。あんな土壇場で、そうしたいと思ったから。自分ならそんな理由で出来るはずがないと、アネッサは改めてシキには敵わないと再度認識をした。
だから、彼の力になってやりたいと、自分に出来る事は何かと考え、答えを導き出した。
「アンタ達!!」
へい!!
アネッサの後ろから、彼女に率いられ現れた盗賊団のメンバーへと、アネッサは命令を下す。
「アタイら盗賊団『ノース・ウィンド』は今を持って解散だ!!」
へい!! ……へい!?
「アネさん解散ってのはどういう事ですかい!?」
「そうッスよ、せっかく悪の敵を倒して勢い付いているってのに、どうして解散なんかするッスか!」
「フンニャー」
そうだそうだとメンバーからの不満が溢れる。
しかしアネッサは一喝入れると、すぐにその理由を口にした。
「黙れ黙れい!! アタイは盗賊団『ノース・ウィンド』は解散と言ったが、『ノース・ウィンド』を解散するとは一言も言ってないぞ!!」
へ?
「アネさん、それはどういう……」
「アタイらは今を以てエランダの魔術雑貨屋の傘下に入る! アタイらの風馬を使ってあっちへこっちへ荒稼ぎしに行こうではないか!!」
おおお……。
アネッサの取った決断は、盗賊を辞めエランダの手伝いを行うというものであった。
それは即ち、エランダの周りに人がまた溢れるという事を意味しているのであった。
「アネッサ……さん!!」
「エリーゼとか言ったな。屋敷では世話になった。それで、行きたいんだろ? あの国に。兄の元に。そいつらと共に」
エリーゼの不安。それは祖母を孤独にしてしまう事だった。それが解決された今、取るべき決断はもう、一つしか残っていなかった。
「シキさん、ネオンさん!!」
「なんだ、エリーゼ」
「…………?」
「私も一緒に……旅へ連れて行って下さい!!」
溢れ出す。漏れ出す。
今度こそ。今回こそ。今こそ。助けに行くのだ。消えた兄を探しに行くのだ。己の手で……!!
突然の加入希望を受けた旅人一行は話し合いをする。
「仲間が一人増えそうだが、どうする? はらぺこ旅団長」
「…………!」
「空腹リーダーは例のホットプレートを持って来るのかと聞いている。どうなんだ入団希望者よ」
「もちろん……朝食に加え三食全てサポートさせてあげますとも!! それに私は料理人ではありません! きっと戦力面でも活躍出来ると思います!!」
「らしいぞ無限の食欲様。これはもう決まりではないか?」
ネオンは強く頷いた。
新たな同行者が増える事を、大いに喜んでいた。
「決まりだ。これからよろしく頼む、エリーゼ!」
「はいっ!!」
シキ達の旅の目的に、エリーゼの兄を探すが追加された。
歓喜に溢れ涙を流す元盗賊団達を前に、一度姿を消していたエランダが再び店内から現れた。
「まったくどいつもこいつも好き勝手し放題だねぇ……。ウチは厳しく行くよ。覚悟は良いかい!?」
へい!!
「へい! じゃなくてウチでははい! だ馬鹿タレ共が!! ……それで、旅立つ前にアンタ達に見せておきたいものがある」
「……? なんだ、旅に役立つ魔道具か何かか? 悪いが金ならないぞ。タダなら貰ってやってもいいが」
「誰が売り物を渡すって言ったんだい! これだよこれ。アタシが昔、ダンナからプロポーズの時貰った宝石なんだが……」
エランダは綺麗に包装された木箱を開ける。そこには。
「これは……!! まさか、青の、エーテルコア……なのか?」
青白く輝くそれは、まぎれもなくシキ達の探しているコアそのものであった。
「おばあちゃんこれ……! エーテルコアなんて知らないって言ってたじゃないですか」
「いやぁプロポーズで貰ったものなんだ。大切にしまっておくものだろうに。それに青のエーテルだったから、アタシにゃあまり感知出来なかったんだよ」
「なんだいなんだい……アタイらの探し物は本当にこの雑貨屋にあったってのかい」
騒ぎを聞いた元盗賊団が集まり、エランダの持つエーテルコアの輝きに目を奪われていた。
「それで、どうしてこれを私達に見せた? 私の探し物と分かっての事だろう」
「まだアンタにゃやらんよ。エリーゼ、お前の杖にこれを組み込む。兄貴連れて帰るにはこれぐらいあっても困らんだろうさ」
エリーゼの杖にエーテルコアが組み込まれる。
それは、ただでさえ強いエリーゼをより完璧にするための祖母からの愛情であった。
杖を改造するという事もあり出発は翌日の朝という事に決まった。
危機の去った魔術雑貨屋からは周りを囲む岩盤が取り除かれ、陽の光を浴びた古い建物から独特の臭いが溢れ出す。
そんな臭いを打ち消すように、エリーゼや『ノース・ウィンド』によって門出のパーティは盛大に開かれたのであった。
シキとネオン、そしてエリーゼの旅は改めてここから始まる。
希望も絶望も味わった彼らはこれからも長く険しい旅路が待っているだろう。
だとしても、それを乗り越えて掴み取るのだ。
勝利を。明日を。失われし記憶を。
鏡映しの兄弟編 終わり。




