21.氷は溶けて、雪となる
魔術雑貨屋から少し離れた森の中。
少女は黒髪を揺らし、襲い掛かる風で出来た馬とそれに騎乗した盗賊団と対峙していた。
先にエーテルの結晶が取り付けられた木の杖を振り、さらに細かく装飾された飾りが呼応して踊るように空を舞う。そして、少女の言葉に反応して結晶と飾りは青い光を帯びるのであった。
「うちを襲撃しようだなんて、命知らずも甚だしい人達ですね。シキさんもよく面倒事を連れて来たものです」
「何をブツブツ言っているんだ嬢ちゃん。それより、俺ぁあんまり女子供には手を出したくない主義なんだ。だからさぁ、降参してくれないかな? そうしたらこっちも穏便に済ませられるんだ。頼むよ、な?」
鉈を片手でクルクルと回しながら、キザったい態度をした盗賊の一人はエリーゼへと話しかけて来た。
そんな彼をエリーゼは一度だけ見てそのまま目を閉じる。そのまま、ぽつりと呟いた。
「…………はぁ。だったら襲撃なんてしないで下さいよ。そもそもあなた、盗賊なんて向いてないんじゃないですか。本当に命を懸けているなら、情けなど必要なくありませんか」
「はぁ……?」
「全く、物分かりが悪いですね。私はこう言ったんです。泥棒なんて大っ嫌い。って。こうした方が分かりやすいですか? 行け、氷結精製:氷柱の槍!!」
エリーゼが杖を向けた先へ、氷の槍がまるで氷柱が落ちるように襲い掛かる。
「どわっ!? エーテル術とか言いながら思いっきり物理じゃねぇかよ!!」
「何を言いますか。エーテルを使って精製しているのですから、エーテルの術なのです。といっても氷を扱える私ならではの魔術。それがこれらの術です。まだまだ行きますよ。氷結精製:降雹の刃、氷結精製:氷裂の槌、氷結精製:氷河の盾!!」
少女は僅かに湿った黒髪を揺らしながら、思いつく限りの術を放ち続ける。
打ち出された様々な武具は、日の光を浴び水滴を垂らしながらキザったい盗賊へと次々に降りかかった。
(これだけ武器を放っておけばシキさんの方も大丈夫でしょう。……きっと!)
頼まれ事をこなしつつ、エリーゼは盗賊への攻撃の手を止めなかった。
溢れんばかりの武具に襲われた盗賊は、時折り鉈で軌道を逸らしながらエリーゼの攻撃を防ぎ続ける。
「ばっ、バカ野郎! そんなもんで襲われたら大ケガすんだろが!!」
「戦場で何を言うかと思えば……。そんなに自分が大事なら、こんなところから今すぐにでも逃げ出して身でも隠しておいた方が賢明ですよ」
「ふざけんじゃねぇ! 俺ぁアネさんに頼まれてんだ。この店にあるお宝を取ってこいって、それが俺達『ノース・ウィンド』には必要だって!」
「だからそれはシキさんが渡したのでしょう。だったら他に何の用があるというのです」
「シキが持ってきたのは本命の物じゃなかった! この店にもあるんだろ、エーテルの塊が……。エーテルコアがよぉ!!」
「なっ、エーテルコアが……うちに……?」
きっと盗賊の戯言に過ぎなかっただろう。祖母でありこの魔術雑貨屋の店主でもあるエランダも、エーテルコアについては一度も取り扱った事などないと言っていた。
実際、エリーゼも生まれてこのかたそのような物を見た事が無かった。
しかし、でも、もし本当に彼の言っている事が本当だとしたら。シキやネオンがエリーゼの元へやって来たのが、偶然でないとしたら。
その可能性を考えた一瞬が、エリーゼに隙を与えてしまっていた。
「隙ありっ! 風馬一閃、疾走迅雷!!」
「なっ……!?」
キザったい盗賊は風馬に騎乗し、エリーゼを目掛けて飛び込んで来る。
エリーゼは咄嗟に杖を横にし受け身の体制を取った。それこそが盗賊の狙いだった。
「そこだ、貰いっっっ!!」
「あっ……!!」
風馬はエリーゼを避けると同時に彼女の横を通り過ぎる。その通り様に、キザったい盗賊の男はエリーゼの持っていた木の杖を奪い去ったのだ。
「これがなきゃ戦えないだろ! 分かったらそこで大人しくしててくれ!!」
エリーゼの大切な杖は、盗賊と共に彼方へと消え去っていく。
あの杖は十年前、父が奮発して買ってくれた最高級の素材で作られた至高の杖だ。母がその値に文句を言いつつも、祖母もその上質さには納得した様子だった。
初めて使えた魔術は氷の塊を生み出すものだった。エリーゼは一目散に祖父の墓前へと行き、その魔術を今は亡き彼へと見せたのだ。
そんなエリーゼの成長に、兄であるアインはとても喜んでくれた。エリーゼから見ても分かるほど優秀なエーテルの使い手である兄に褒められた。その事がエリーゼにとって言葉にならないほど嬉しかった。
なのに、その兄は突如消え去った。何を告げる事も無く、さながら風が吹き去ったように突然に。
そして兄を探すため、父と母は旅へと出向いた。二人の事だきっとすぐ見つけて帰って来るだろう。そう信じていた。
それから十年が過ぎた。兄は帰って来なかった。父も母も、旅に出たまま帰って来なかった。
だけどエリーゼは悲しくなんて無かった。もちろん寂しくはあったけど、それでもめげずに毎日術の特訓を続けていたからだ。
父が買ってくれた杖と共に。家族の思い出が詰まったあの杖と共に。
そんな命の次に大切な杖が誰とも知らない盗賊に奪われようとしている。もう何秒か経てば視界からも消えてしまう。
大切な思い出が。何にも代えられない特別な杖が。
その事実は、今のエリーゼには耐えがたかった。
「返して」
ぽつりと。
杖の力も借りずに、エリーゼは魔術を繰り出す。
「氷結精製:雪崩の浸食ィィィーーー!!」
一瞬だった。
大地の揺れに気づいた時にはもう、雪に埋もれていた。
「…………は」
雪の中で、盗賊はまだ自分が生きている事に気づき安堵した。
だが安心したのも束の間、ズカズカと音を立て、雪に埋もれて動けない盗賊の周りへ何かが突き刺さるのが聞いてとれた。
キザったい様子も出せない盗賊の男は心臓をバクバクさせながら、必死にその何かが自分の身体に触れない事を願った。願う事しか出来なかったのだ。そして。
「あっ、ありました~!」
宝物を取り戻した氷の使い手は、子供のような無邪気な声を上げ喜んでいた。
「…………は。は?」
雪は溶け、盗賊の男はゆっくりと地面へ顔を付ける。湿った地面から視線を少し上げると、そこには杖を大事そうに抱えながら笑顔を見せる少女の姿があった。
「い、今のはお前がやったのか? 本当に、お前だけの力だったのか……?」
「む、目が覚めておりましたか。ならば次の手を。氷結精製……」
雪は溶けたというのに、少女の黒髪はまるで雪を被ったかのように雪の結晶のような白い輝きを帯びていた。
何のためらいもなく次の術を使おうとする少女を見て、流石の盗賊も命の危機を身に感じる。
「待った待った降参だ! あんな術使われちゃ俺なんかに勝ち目はねぇよ」
「今度は降参ですか、つくづく戦場に向かない方ですね。それで、どうしてうちを襲ったのですか。エーテルコアがどうとか言っておりましたが、詳しく説明をお聞かせ願えますか?」
「そ、それは言えねぇ! アネさんを裏切る事は絶対に出来ない。断じてだ!!」
「ほう……この期に及んで口を紡ぐとは。しかし、私としてはアネさんへの忠義などどうでも良いのです。氷結精製:氷柱の監獄。からの氷結精製:氷柱の槍。さぁ、どうすれば答えが聞けますか?」
「ひ、ひぃぃぃ……。勘弁してくれぇぇぇ!!」
キザったい盗賊を倒したエリーゼは、彼から情報を得るべく尋問へ入ろうとしていた。
だが彼女はまだ気づいていなかった。
今の一戦での圧倒的な成長に。
魔道具の力を借りずに魔術を放った事。魔道具の力が無いにも関わらず、超高威力の術を使いこなした事。そして、氷使いの彼女が新たに雪の術を会得していた事。
エリーゼという少女の物語は、ゆっくりとその扉を開け始めていた。




