10.盗賊団の流儀
シキとネオンが盗賊団『ノース・ウィンド』へと入団してから数十分後。
夕陽の差し込むとある洞窟の中で、アネッサは団の皆を中央へ置かれた円卓へと集めた。
「入団早々悪いが、明日行う作戦を再度考えようと思う。せっかく良い仲間と土産も加わった事だしな」
そういうとアネッサはシキから貰った首飾りを掲げ、作戦の続きを説明した。
「『蜃気楼の首飾り』とか言ったな。早速だがこれを実践投入しようと思う。アンタ達、入団順に受け取りな!」
アネッサは首飾りから小さな勾玉六つを取り外すと、一つずつ仲間達に渡していった。
最初に副団長らしい屈強な男ことストウムが一つ受け取り、続けて五人の男達が並び、その後ろへ頭に猫を乗せた癖っ毛少女ことミルカ、最後にシキとネオンの順で列を作る。
手際よく受け取って行きそろそろ順番が回って来そうなシキの前で、突然頭の猫が飛び上がりそうな大声でミルカが叫んでいた。
「ええーっ!? ウチの分は無いんスか!?」
ガックリと肩を落とし落胆するミルカを前に、アネッサは大人な態度で対応する。
「そんな事言ったってな、元々アタイの分を入れて七つしか無かったんだ。文句を言ったって仕方が無いだろう?」
「そうっスけどー」
唇を尖らせて不機嫌になるミルカに、最初に勾玉を受け取ったストウムが声をかける。
「ミルカにはチャタローがいるじゃねぇか。別にこんな魔道具無くたって困らねぇだろ?」
ミルカの頭に乗っかっている茶色い猫へストウム手を伸ばし、そのふてぶてしい顔ごと撫でようとする。
雰囲気から察するに、この猫の名がチャタローらしい。
ストウムの大きな手が触れようとした瞬間、チャタローは逃げるようにミルカからネオンの頭へと飛び移った。
飛び移られた衝撃でネオンはぐらぐらと揺れるが、その表情はほんの僅かも変わりはしない。
「この猫……チャタローがいると何かあるのか?」
シキの命をあと一歩まで追い詰めるほどの手練れが、こんな猫一匹に一目置いている。シキにはその状況がいまいち理解出来なかったのだ。
「こいつはすげぇぜ。なんたってうちの……」
「そーれーはー、見てからのお楽しみっスよ!」
ミルカはストウムの言葉を遮ると、両手をネオンの頭へ伸ばしチャタローを回収した。そのままポンと定位置に戻し、含みを持った笑みでニヤニヤと頬を上げる。
そんなミルカのを見て機嫌が戻ったのを確認したアネッサは、再び話を作戦会議へと戻す。
「それで、この首飾りの力を使ってアタイの風馬をアンタ達にも使ってもらい、付近の屋敷を強襲する。機動力が格段に上がったんだ。予定よりもっと上の相手を狙ってみるのもありだな」
「風馬……? そんなもの私は使えないが、私達はどのように参加すれば良い?」
「シキとネオンはミルカと共に支援を頼む。盗んだ金品の運搬や、屋敷の外から陽動のサポートに参加してくれ」
「ふむ……了解した」
「それで、襲撃先についてだが……」
アネッサは付近の様子が描かれた地図を取り出すと、マル印を一つとバツ印を三つほど付けより詳しい内容について話を始める。
「マル印はこの洞窟でバツ印がターゲットの位置だ。この中にある屋敷の一つから武器や金品を頂く。当初では東にある関所近くの屋敷を狙う予定だったが、今なら北西にある一際大きい方へ変更もありだとアタイは考える。アンタ達、何か気になる事はあるかい?」
地図上でも分かるほど大きく切り抜かれた一帯を指差すアネッサに対し、ストウムが横から意見を述べる。
「アネさん、そこは話じゃ王族や軍の連中も出入りしているかなりの上玉じゃなかったですかい? 専属の部隊も控えているかもしれやせんし、それならこっちの北の屋敷が良いと思いますぜ」
ストウムはそう言いながらマル印の上側、つまりこのアジトより更に北にある、先ほどより一回りほど小さな屋敷を指差した。
しかしそれを聞いたミルカが驚いたように声を上げ、とんでもないと対抗して来た。
「ストウムのアニキ、そこだけはダメっスよ! 前も言ったじゃないッスか。偵察に行った時、誰の姿も見えないのに建物だけはやたら綺麗で、めちゃくちゃ不気味だったって……」
「だったらお前はもともと襲う予定だった、一番小せぇ東の屋敷が良いってのか? 折角チャンスだってのにビビッてんじゃねーよ!」
「んな事言われたって行きたくないっスもんー!!」
「そんなビビりで盗賊が務まると思ってんのか!?」
「ビ、ビビりじゃないっスよ! ウチはただ分からない敵と戦う事のリスクをっスねー……ってうわあ!?」
ミルカは突然目の前に何かが現れ、驚いて後ろへひっくり返る。
「…………?」
それが話の輪に入ろうと頭を出したネオンに気づいたのは、転がり回って頭を打ち付けた後だった。
やいのやいのとあちらこちらで騒がしくなり、アネッサは頭を抱えながら別の新参者にも意見を問う事にしてみた。
「落ち着け二人とも。確かに北の屋敷は不明瞭な点も多い。なぁシキ、アンタならこの三つのうちどこが良い思う? 新しい知恵も借りてみようじゃないか」
突然話を振られたシキは少しの間考え込む。そして、東の屋敷にまつわるとある話を思い出し、その事を添えて回答した。
「なぁアネッサ、この『ノース・ウィンド』は何のための組織か、もう一度聞いてもいいか」
「ん、そりゃ決まっている。戦争で困っている奴らを助けるため、つまり戦争で得している奴らの邪魔をするために立ち上げた組織だ。それがどうかしたか?」
「こんな話を聞いた事は無いか? 東の屋敷に住む貴族は、関所を強引に作って荒金を稼いでいるという噂を」
「……聞いたも何も、ここいらじゃ有名さ」
「ならば、襲う相手は自ずと決まっているではないか。王族と関わりのある連中や不気味な屋敷より先に、挫くべき相手はそこにいるだろう」
なるほど。とアネッサは不敵な笑みを浮かべると、地図上の東の屋敷を叩きつけ高らかに宣言した。
「よぉし決まりだ。アタイら『ノース・ウィンド』は明日、東の屋敷を襲う事にする。予定通りじゃないぞ。関所ごと全て頂いてやろうではないか!」
うおおおおお!! と盗賊団の一味は各々武器を掲げ、団長アネッサの意見に同調する。
(これで関所の問題は解決だ。後は隙を見つけて盗賊など辞め、旅を続けよう)
シキはうんうんと自らの策が順調に進んでいる事をひっそりと喜んだ。後は流れに任せていれば何とかなる。それはそう思った矢先の出来事であった。
「そうと決まればお堅い話はここまでだ。お前ら!」
へい!!
「ん?」
会議中の堅苦しい空気が一変、妙な熱気を帯び始める。
「早速二人の歓迎会と行こうじゃないか! さぁさぁ飯を作れ酒を注げ。期待の新人達にアタイらの血を流してやろうぞ!!」
うおおおおお!!
「んん!?」
鉄鍋を豪快に振るうストウムに、食器類を流れるように並べるミルカ。他のメンバーもそれぞれ手慣れた様子で調理や会場の用意を行い、宴の準備を進めていた。
シキが驚く間もなく、とあるアジトと化した洞穴には一瞬で宴の会場が出来上がった。
「……正気か?」
そんなシキとは対照的に、美味しそうな匂いに包まれるアジトの中でネオンはソワソワと落ち着かない様子だった。
もちろん、その表情はただの一つも変える事はないままに……。




