03.伝わる居場所
「なん……だ……!?」
視界が黄色に包まれる。
森の中の物陰で身を潜めていたはずのシキとネオンを、稲妻のような光が包み込む。
まさかこの少女に身を引かれなければ、目が眩むような光を直に受けていたのか?
記憶喪失の男シキは、目覚めたばかりの頭を無理やりにでも働かせる。だがシキが考えるよりも先に、答えの方が姿を現す。
「地響き……まさか!?」
覚えのある音と振動に、シキは急いでネオンを抱え横道に飛び込んだ。
先ほどまで身を潜めていた岩が砕かれる。同時、二人の居た地を踏み荒らされる。化け物は的確に二人の位置を把握し、全身全霊を放っていた。
「何故分かった!? 今の今まで近くになど居なかったはず……ッ!!」
困惑を最後まで口にしようとして、シキは直前の出来事を思い出す。少女の指差した、両手に収まるような小さな獣。その獣の姿が、どことなく目の前の化け物に似ている事を。
眼球を揺り動かし、破裂音のした地を確認する。そこに獣の姿はいなかった。それどころか毛皮も肉片も、獣がいたという過去は消え失せていた。
あるのはただ一つ、黄色い花弁の塊が空を舞うのみ。
稲妻のように見えた黄色い光は、突如として空に咲いた花であった。
鼻元をくすぐるほのかに甘い風を受け、シキは空で散った花の意味を理解する。
「音、光、臭い、そして空を舞う花弁。こいつ、手駒を従えているのか……!?」
五感を刺激し、あらゆる手で敵の存在を伝える小さな獣。
ただの乱暴な化け物に思えた巨獣は、知能と未知を合わせた不可思議でシキ達を追い詰めていた。
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見知らぬ森の中。シキとネオンは逃げ続ける。
小型の獣と目が合うだけで、奴らは一瞬にして居場所を伝えている。
情報が伝達する前に。とシキは小型の獣を投げ飛ばしたりもしたが、本体の化け物は宙で爆ぜた獣ではなく、投げ飛ばしたシキの元へと真っ直ぐに突き進むのであった。
小細工は通用しない。見つかったら最後、二人の位置は否が応でも伝わってしまう。かといって見つからぬよう身を潜め続けても、化け物が森を去る可能性は無に等しい。この森全体に手駒を放っている以上、あの化け物が住んでいるのはこの森の中に違いないのだ。
辺りに気を配り続けながら、ああでもないこうでもないとシキが対応を模索していると、不意に彼の腕が横へ引っ張れられる。
「服を引っ張るな。奴をどう退くか今考えている……」
頭の中でまとまりかけていた作戦が、同行者の茶々入れで分解してしまう。少しばかり不快感を抱きながら腕を見てみると、寡黙な少女はやはりといった様子で服の袖を引っ張っていた。
だが彼女が自発的にアクションを起こすのは、何も気まぐれだけではない。獣が初めて爆ぜた時のように、少女は細い腕をそっと伸ばし、ある一定の方角を指していた。
化け物が襲い掛かるよりも前に、少しでも安全な場所へ。シキは今までと同じように走り出そうとした。だが、少女の指差す獣の様子が少しばかり違っているのにシキは気づく。
「……こちらに気づいていない。のか?」
小さな獣は明後日の方角へ歩き、シキの視界から姿を消す。運が良かった。だけではないと、シキは本能的な違和感を抱く。
あれだけ執拗に居場所を探し出す獣より先に、この少女は相手の居場所を見つけ出したのだ。
たまたま見つけ出したと言われればそれまでだが、この植物生い茂る森の中で、少女は視界の隅にいた獣を指差した。それに初めて獣と対面した際も、少女の指が先に動いていたのをシキは思い出す。
「まさかお前……分かるのか? 奴らの居場所が。奴らの動きが」
少女は何も喋らない。ただ小さく、首を縦に振り男の問いに答えるだけだ。
それだけの事が、ただそれだけの行動が、男の心を揺り動かす。
やれる。かも知れない。
状況の有利不利が僅かに揺らぐ。ただ追われるだけの立場から、追い詰めるための策略に。
どこまで逃げれば終わりなのか。どこへ行き着けば安息は得られるのか。
記憶の無い男には何も分からない。だったら、やるしかないではないか。
男は決断する。過去を求めるために、今を乗り越える。




