19.その名は強欲
スワンプから作られる、泥の魔術で出来た魔物。ヴァーミリオンによって無理やり作らされた魔物の群れは、いくら倒せども底が尽きず無数に襲い掛かって来ていた。
生体実験施設への道を塞ぐように立つオームギとレンリは、数の暴力によって劣勢を強いられる。
「集団狩り!! どれだけ来たって全部倒せる! けれど……!!」
「数も勢いもいつになったら減るんだ!? クソッ、砂乱の翼ッ!!」
同じ敵意を向ける相手を一斉に狩る全体技に、長距離でも威力の衰えない範囲攻撃を持つオームギとレンリ。本来であれば圧倒的な有利を保てるはずの二人であったが、それは終わりが見える戦いであればの話。大技を何発も放てば消耗も比ではなく、二人はじりじりと後退を余儀なくされていた。
「オームギ! 魔術でも魔道具でも何でも良い、さっきのエリーゼみたいな分断する術は持っていないのか!? 俺と仲間達の風の魔術では、威力はあっても破壊力が足りないんだよ!!」
「私だって扱えるのは非戦闘用の術はかりなの! 結局、重要な場面じゃ役立たずって訳。今はもう、シキ達を信じて耐えるしか……!!」
オームギもレンリも、本来は戦いのために生きてきた訳ではない。それぞれが守るべきもののために仕方なく戦いに身を投じていた。それ故に共に欠けるのは決定力であった。二人は自分達以上に強大な魔物と戦っているシキ達に、それでもと希望を託すしかなかった。
だが緊張感の張りつめた戦場で、二人の思いをばっさりと断つようなギラギラとした声が突如として響き渡る。
「あらあら、でしたらワタクシが破壊してあげますわ……!!」
オームギとレンリは咄嗟に背後へ振り向く。忘れようとも脳裏に刻まれた忌々しい声の主は、砂漠で戦い因縁のあるヴァーミリオンの部下、ミネルバであった。二人がミネルバの姿を捕らえた瞬間、猛烈な斬撃の嵐が二人を目掛けて放たれる。
「クソッ、間に合え……ッ!!」
規模も範囲も桁違いの猛攻を前にして、レンリは咄嗟に風の魔術を真横に放つ。自身の魔術によってレンリは壁側に飛び、そして魔術を受けたオームギは反対の壁に吹き飛ばされ何とか攻撃を回避した。
半ば不意打ちを喰らったオームギは小言の一つでも言ってやろうと思ったが、レンリの機転により無傷で回避出来たのも事実。そして何より小言も言えなかった理由。それは、放たれた斬撃の嵐が背後にいた魔物達を切り刻んでいたからだ。
仲間ではないのか? とレンリはミネルバへ問いかける。しかし答えを聞くよりも先に、爆発的に膨れ上がった斬撃が通路のあちこちを抉り取る。そして、あろうことかオームギ達と魔物の間に瓦礫の山を築き上げていたのだ。
退路も進路も断たれたオームギとレンリは、やっとミネルバの真意に気づく。
「侵入者の排除を命じられていたのですが……、あなた達も侵入者ですわよね? だったら排除しなくちゃですわ! 今度こそォ!!」
「貴方は確かミネルバ。勝手に盛り上がるのもいいけど、勝手な事をして良かったのかしら? 二対一にもなって、瓦礫の山も作ってくれちゃって。結局私達にとってありがたい結果になった訳だけど」
「あんな有象無象など関心もありませんわ。それにそこの弱者にも。それよりもワタクシは、決着を付けたくてウズウズしているのです……っ♪」
「ヴァーミリオンに依存しなければ生きる事も出来ない奴がよく鳴くな。弱くたって自分の意思で生きている方がマシだと教えてやるよ。来い、ハロエリ! ハルウェル!」
振り被られた大罪武具が内の一つ『欲深き双武器』。強欲の名を持つその斧槍の切っ先からは、斧槍の領域を超えたあらゆる攻撃が繰り出される。
絶対的な破壊力を前に、レンリは二羽の仲間を呼び対峙する。そして、オームギも。
「決着とかどうでもいいから、盗ったもの返してくれない? 私が戦う理由なんて、結局それだけよ」
そう一言だけ呟くと、オームギは白い光と共に姿を消す。そして次の瞬間、大鎌の形をした魔道具『集断刀』の刃が、ミネルバの背後から襲い掛かるのであった。




